たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 30

2019-02-02 14:40:39 | 日記
山辺皇女に大名児のことを伝えた。
「何も情けをかける筋合いはないのかも知れぬ。しかしこのままではあんまりにも不憫でな。」と大津は苦渋に満ちた表情で言った。それは本心だった。ただ姉上のことがあるだけに余計に気持ちが抉れているのは事実だった。
天武天皇に万が一何かあった時、草壁は本気で斎宮の任を解かれた姉上を妃にするのではないかと焦ってもいた。姉上が応じることはないにしても…

山辺皇女はクスっと笑い「大名児がお気に召された…でよろしいのに。」と言った。
「天智天皇の父上も、天武天皇の義父上もたくさん妃がいるというのに私だけが大津さまを独占出来るなど思っていませんでしたよ。跡継ぎのお子は大切。大津さまの妃となってからは当たり前だと思っておりました。でも少しだけ嫉妬はいたしますわ。私は大津さまだけなので。」
「山辺…女人として気になったとか簡単な話ではないのだ。」
大津は抱き寄せた。
山辺皇女は理由を知りたくはなったが大津に任せると決めたことと聞かなかった。

「草壁から相手にされなくなったでなく、我から誘ったと言うことにしても良いか。」と大津は山辺皇女に聞いた。
「ええ、存分に。」山辺は大津からの愛情に満たされているためか慈しむように大津に言った。

しばらくして大津から石川の郎女に大名児が歌が送られた。

あしひきの山のしづくに妹待つと 我立ち濡れぬ山のしづくに。

相聞歌として大名児も大津に送った。

吾を待つと君が濡れけむあしひきの 山のしづくにならましものを。

官人達は騒然となった。皇太子は山辺皇女と仲睦まじいので他に妃なぞ持たないかと噂していたからだ。
「実に羨ましいのう。あの大名児を妃にするとは。」
「草壁皇子は斎王さまなぞ手に入らないものを望み過ぎて、大事なものを失われましたなぁ」
と笑う者もいた。
草壁は以前大名児がどうしたら我の要求をのむかと津守の占いに亀トさせたことがあった。
それを逆手にとり

大船の津守の占に告らむとは まさしく知りて我が二人寝し

とまで詠んだ。

草壁皇子は一方的に恥をかくことになった。
「二人とも許さぬ。山辺皇女もしっかり者でないわ。戯けが。」