ウチの近所に空き地がある。
ここは、昭和の時代には、当店のお得意さまが多く暮らす長屋が在ったのだが、道路計画のため立ち退きになり、その後、道路計画が遅々として進まず、以来、市の管理地となっている。
地域の方が、市の方の指導の下、花壇を作ったり、町の先輩方のグランドゴルフ場であったり、近年は子供達の遊び場でもある。幼子を連れて来るお母さん、子供のサッカーの相手をするお父さん、他地区の公園が水路工事のため縮小したので、中学生たちの遊び場になったり、角打ち部活の常連さんも、子供の野球練習に利用したりしていた。

その空き地から、子供の声が消えた。
聞けば、いつものようにグローブ持って空き地に来た子に、「看板が立ててあるじゃろ。お前らは迷惑なんじゃ。」と言った人が居たとか。

なんだか、寂しくなった。
長い間には、サッカーの的にして水道蛇口が何度も壊されたり、ご近所の空き家のガラスを割っても知らん顔の子供も居たとは聞いた。でも、多くの人は迷惑にならぬよう、楽しんで利用していた。
例えば、常連さんが子供達の野球練習する時など、周りに歩いている人がいると練習を中断したり、彼らが炎天下、草刈りをしてる姿は何度も見て来た。

「ご苦労さん!」と、声を掛けると、「子供らが使わせていただいてるんで、これくらいの事なら。」と、汗ふく間も惜しんでの作業姿だった。
どなたが看板を立てられたのか分からない。市の方にクレームがあったと聞くが、先日、誰も使っていない時間に周囲を調査されてるような人も見かけた。
でも、時間帯によって、さまざまな皆さんが利用している空き地だけに、クレームだけに対応するのでなく、現状を把握して、折り合いのつけられる方法を模索するのが、やがては地域力に繋がって行くんじゃないかなと思う。
昔語りをしても、快く思ってない方には通じないとは思うけど、昔は、学校の校庭が解放されてたし、空き地もたくさんあった。子供たちが遊ぶ場所には困らなかった。そりゃあ、ホームランでガラス割った奴もいたし、花壇どころか、畑にボール拾いに踏み入るガキも居た。そこで大人に叱られて、親に連れられ謝りに行ったりで、大袈裟に言えば、社会勉強、地域との繋がりができた。よその子でも平気で叱ったり、いいことすれば褒めたりで、大家族の中に居るように、心が育まれた。
今は、地域コミュニティーがどんどん無くなり、その方が居心地よいと思う人の方が多いと聞く。でもね、生きて行く上で、人との触れ合いは不可欠なんだよ。そんな触れ合いの場になれる場所がそこにあるのに使えなくなる。勿体ない。いつか来た道、やがて、行く道。まだまだ話せば聞く耳持ってる若い世代には、寛容でありたいなと思う。まっ、明るく注意することは何度もあるけどね。(笑)