禅と薔薇

高島市 曹洞宗 保寿院 禅の話と寺族の薔薇のブログ

歩歩是道場

2014年11月30日 | 小さな法話
朝起きてから夜寝るまでの間、あなたは何をされていますか?
もちろんたくさんのことをされているので、一言で答えるのは難しいですね。
仕事されている方、商売をされている方、家事をされている方、それぞれの場所で「きょう」を生きておられます。
禅語に「歩歩是道場」があります。
修行というと、坐禅をしたり読経をしたりと思われているかも知れません。
では、それ以外の時間は、修行ではないのでしょうか。
「歩歩是道場」は「維摩経(ゆいまぎょう)」という経典の中の「修行は道場だけのものではなく、日々の生活や言動すべてである」という一節に由来したものです。
私たちの日常の行いは、どれもが修行といえるのです。
朝ごはんをいただくことも、靴を履くことも、人に挨拶することもすべてが修行になるのです。

11月も終わりですが、「マチルダ」はもう少し楽しませてくれるようです。

大地黄金

2014年11月29日 | 小さな法話
人生の目的は、何でしょうか?
財産を得ること?
名誉を得ること?
大きな家を建てること?
別荘を持つこと?
高級車に乗ること?
たくさんの家族に囲まれること?
多くの友人を持つこと?

「大地黄金」という禅語があります。
頑張って黄金に輝く大地にたどり着くことこそが人生の目的、といった意味ではありません。
私たちは、縁をもって、「今いるところ」にいるのです。
気に入ったところであるか、気に入らないところであるか。合っているか、合っていないかにかかわらず、「今いるところ」にいるのです。
結果にかかわらず、その場所を居所として一生懸命生きれば、そこはまさに黄金の大地となります。

隅のほうで「コーヒー・オベーション」が小さな花をそっと咲かせています。

呼吸

2014年11月28日 | 小さな法話
坐禅を組む前には、深い呼吸をします。
丹田といわれるおなかの下の方から呼吸をするのです。

呼吸とは「呼」(吐く)と「吸」(吸う)という、ふたつの字から成り立っています。
はじめに、息を吐くことからはじまります。
吐ききることが大切です。できるだけ時間をかけて、ゆっくりと吐ききります。
吐ききれば、「息を吸おう」と意識することなく、自然に体が息を吸います。
深い呼吸は、血のめぐりを良くするそうです。

かって、山中の仙人が洞窟の中などにおいて、この深い呼吸法によって、血のめぐりを良くして体温をあげ、冬の寒さをしのいでいたと言われています。

深いゆっくりとした呼吸が坐禅では必要なのです。

きょうの一日のうちのたとえ10分でも、この深い呼吸を行ってみてはいかがでしょう。


小さな白い薔薇「マリーパピエ」が綺麗です。

2014年11月27日 | 小さな法話
私には私の過去があり、あなたにはあなたの過去があります。
私たちは、この辿ってきた過去から現在に至り、未来へと生きようとしています。
その道は、1本の道のようにつながっているのでしょうか。
つい、そう思っていますが果たしてどうでしょうか?

パソコンを始めたのが、もう20年以上前でしょうか。
その時、ひとつの作業をする方法が幾通りもあることを学びました。
当時、パソコンが苦手と云われた方はここでつまずくことが多かったように思います。

また、子どもたちがファミコンで隠れたアイテムを探し当てるのが、理解の及ばないものでした。

未来には、いろいろな道があります。
ど真ん中の道を進まねばならないということはありません。
ときにはわき道を、ときには隠れ道をゆくことも、ありだと思うのです。


ひさしぶりに「チャイコフスキー」が大輪の花を咲かせました。

いただいた生

2014年11月26日 | 小さな法話
あなたの誕生日はいつですか?

人には誰もが誕生日があります。
でも、誕生した日の事を記憶してはいません。
誰かに聞いたりして、誕生日を知るのです。

生まれてきた私たちは、いずれ命日を迎えます。
そして、命日を知ることもできません。

誕生日は、誰もが祝います。
「おめでとう」といわれると「ありがとう」と答えます。
その「ありがとう」はなに?

私の誕生日は、母親が命を賭した日です。
死と隣り合わせの中で、母親が命を賭して出産した日なのです。
おかげで生まれてこられた「このいのち」です。

だから誕生日は、いただいた「生」への「ありがとう」の日なのです。

自分の足元をしっかり見つめましょう。


長く楽しませてもらった「ベルデスピヌーズ」ですが、花瓶の中で新しい景色を見せてくれます。