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禅と薔薇

高島市 曹洞宗 保寿院 禅の話と寺族の薔薇のブログ

2014年12月11日 | 小さな法話
逸話の多い禅僧のひとりに「一休禅師」がおれらます。
ある日、お弟子さんと檀家の法事に参られる途中、たまたま「うなぎ屋」の前を通りかかったときの話です。店の中からおいしそうな鰻を焼く匂いが漂ってきます。
一休禅師は思わず「うまそうだな」といいました。
それを聞いたお弟子さんは驚きました。「自分たちのようなものでも、うなぎ屋の前でうまそうだな、というようなことを言うのはあまり行儀のよいことではない、ましてや一休禅師ほどの方がうまそうだなんて」何かを食べたいといった欲望を口に出すものではないと、弟子さんは思っていました。

やがて、家に到着したところで、お弟子さんは「和尚さんは先ほどうなぎ屋の前で、うまそうだなとおっしゃいましたが、あれは出家者の身としてよくないことではないでしょうか」と尋ねました。
すると一休禅師は、「お前はまだそんなことを引きづっていたのか。わしはかば焼きの匂いなどは、うなぎ屋の前で捨ててきた」と言われました。

おいしそうな匂いにそそられる、それは誰にもある当たり前の感情です。
花屋の前では美しいとながめ、お菓子屋さんの前で「おいしそう」と思うことは、その時の目の前のことを精いっぱい味わっていることであり、「今」を大事にすることです。
しかし、ひとつのことに心を奪われたりしばられたりすると、「今」を見失ってしまいます。

2014年12月08日 | 小さな法話
きょうは成道会です。

旧暦ですが、お釈迦さまの成道された日です。
その悟りを、「仏教」といいます。
いろいろな解釈をもって、説くところを宗派といいますが、お釈迦さまの説かれた真実はひとつです。

この地方では、この成道の日に歎佛法要をお勤めして、ほとけさまを讃え、報恩の行事を勤めます。幾度も五体投地のお拝を行います。

お釈迦さまの説かれた「仏教」は、道徳ではありません。
人の生き方を説いたものではないのです。
ありとあらゆるものの真実をとらえ、私たちが仏になるための導きを説かれたのです。
その導きをいただいて、「仏」になろうとする生き方をするのです。


また、きょうは日本の歴史の上では、太平洋戦争の開戦の日です。
私たちが二度と悲しいことに出会わないためにも、「仏」になろうとする生き方をしなければなりません。

「インフィニティローズ」が部屋の中で咲いています。

任運自在

2014年12月07日 | 小さな法話
すっかり雪景色になりました。
箱館山も白くなりました。
冬の訪れです。

実は「箱館山」という名前の山はありません。呼び名というか、スキー場の名称です。
一説には、羽子山という字名が近くになり、ここからスキー場の名前を付けたとも言われますが、ほかには、北海道の函館山の山頂から見た風景が似ていることから、北海道から来られた人によって付けられたとも言われます。
北前船の影響や函館がかっては箱館という地名だったことから考えると、昔の今津は琵琶湖に突き出た地形であったと言われ、これが函館と似ているようで、この説のほうが信憑性があるような気がします。

歳末に向かい、ますます寒さが厳しくなります。
冬を好む人、夏を好む人、様々です。季節の移りかわりは、私たちのはからいではどうすることもできません。
秋の次に春を望んでも、冬が来ることは誰もがかえることのできないことです。

禅語に「任運自在」という言葉があります。
自分の力の及ばないことがあることを思い、その中でしっかり自分を生きていくことが大事なこととなります。


雪の中で「コーヒー・オベーション」の小さな花が花びらを閉じたようです。


2014年12月06日 | 小さな法話
きょうは、おうちの仏壇にはどのような花をお供えされていますか。

仏壇にお供えの花の事を、「仏華」といいます。
もともとは「華」という字を使います。
華とは年に一度華をつける常緑の樹で、地域により入手しやすいものが使われます。
私たちの地域では「へちゃかけ」と呼ばれる、常緑小高木であるヒサカキ(柃)が多く使われます。これに色花として菊などを添えて供えます。

仏壇のご本尊様の前に供えるのですが、二つある場合は左右に、ひとつの場合は左側に供えます。

向きとしては、仏様に向けるほか、八方に向ける、花の背をご本尊様に向けるの三通りがあります。宇多天皇が「向下相を用ゆべし」を仰せられてより、花の背をご本尊様に向ける、つまりお参りの方の正面に向けるようになったと言われます。

綺麗な仏華をお供えして、心を落ち着けて、きちんと手をあわせてお参りしましょう。

薔薇はすっかり白くなった「マチルダ」です。

2014年12月05日 | 小さな法話
仏壇やお葬式のお供えの花は、菊の花が多いようです。

広島市平和記念公園において、天皇、皇后両陛下が原爆死没者慰霊碑に供花されたのも白菊でした。
お供えに菊が用いられるのは、菊が皇室の紋であり、格調の高さを示しており、特に白は色の格が一番高いと言われていることから、お供えするのに適しているといわれます。また、菊の花の香りが、お香の香りににているのでお供えするという方もあります。
平安時代から長く親しまれてきた菊の花は長持ちし、また散るときも花びらがあまり散らないためまわりがきれいなことから、仏花としても好まれたのだと思われます。
お供えは菊でなければならないことはありません。
しかし、お葬式などでは大量の花が用いられることがあり、用意できる量と金額の都合などで菊が用いられることが多くなったようです。


きょうの薔薇は、アイルランド民謡 庭の千草 のもととなった薔薇だそうです。名前はわかりません。