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ロイス・タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

水沢の『J』

2018年01月06日 | オーディオのお話


タンノイ・ウエストミンスターを試聴できると新聞広告でその店を知って、いつか訪ねてみようと思っていたが、時が過ぎた。
ポチが西向けば尾は東、国道4号線を三十キロ北上すると水沢市の佐倉に着く。
しかし佐倉は広かった。
金ケ崎のプールの帰り道、夏の日ざしの照りつける中、道ゆく高校生やらオヤジさんに尋ねてやっとたどり着くことができた『J』である。
モダンな店内に8組ほどセットされた現代スピーカーから、さっそくタンノイを鳴らしていただいた。
アキュフェースのトランジスタアンプによる音は、ジャズもクラシックも整ったバランスである。
これほど多岐に品揃えしてある店はめずらしいが、やはり水沢市の底力というものか。
ガラスドアで仕切られた別室に、ビデオの大型スクリーンとサウンド・トラックをバックアップする装置があった。
この音が、小型スピーカーとは思えない強烈な馬力とスケールで、堂々たるサウンドである。
ジャズ・ビデオでも上映した場合、オーディオの王道はいったいどうなるのか、と心配したが、時間をかけて聴いてみるとそう簡単ではないジャズの音。
ポパイのマンガでハンバーガーをつまむ人がこちらをみて笑っているが、店員さんのようである。
SPUの針交換は一週間で戻るとのことで、ついでにオルトフォンのコネクトケーブルをケースから選んで、凱旋した。
K氏にお話しすると、このハンバーガーさんのことはご存じで、K氏宅にも水沢から出張されたことがあるらしい。
「とてもよい人です」と、話しておられた。
『J』の近くには、30品食べ放題の店があると、呉服商のかたが楊枝を咥えながらお腹をさすってジャズを聴いている。
御仲間と「当分もうけっこう」と言いながら、残したカニとアワビを残念がっているのを聞くと、ロリンズのブローとあわせて、忘れられずに居た。
そこで『J』から足を伸ばし饗宴に参じたところ、寿司から焼き肉、団子にケーキと進んで、時間制限の競技をがんばって、母屋の住人が帰りの車で「苦しい」とハンカチで顔を蔽い、「また行こう」と言っても返事がなかったのが残念だ。
2006.3/29


モンタレーのビリー・ホリディ

2018年01月06日 | オーディオのお話

市の中心から郊外に向かうと高速インターの付近にSという大型ショッピングセンターがある。
或る日のこと、外出していた母屋の住人から電話が入った。
「ジャズの中古レコードがダンボールで4箱陳んでいる」と、急を告げている。
Sではときどき一階の催事スペースでLPやCDのバーゲンがおこなわれた。それは演歌洋楽が中心で、ジャズの売られることは話題になく油断していた。急いで駆けつけたが、一抱えほど選りだすころには早くも閉店の時間であった。
「ロイスさんですね」と後ろから肩を叩く人がいてギョッとする。
だいたいにおいてジャズのレコードを漁っている人はまわりが見えていない。
離れたところから飛んできた売り場の責任者が「ボクの一存で」と申されて、レジで支払いのとき2枚プレゼントしてくれたのはセール終了間際のガサ入れだったのか。なにか魚河岸のような気っ風の良さがうれしい。
そのときもらったうちの一枚に、今はなつかしい「HERBIEMANN AT THE VILLAGE GATE」があった。
昔聴いたときは低音が出ない装置でよくわからなかったが、左側で太刀持ちのように控えてリズムを刻むアブダリマリクのベースが「先輩どうぞ!」といった感じで一呼吸あけると、ベン・タッカーが中央でブンブピン!とベースを構えて野太く土俵入りをはじめる。
自分の作曲したテーマでニンマリするタッカーに観客の待ってました!と盛大な拍手がおきる。やはりロイヤルのバックロードホーンで聴く2丁のベースの位置取りとハモリはただごとならず美しい。
尺八の極意とされる『黄鐘調』とおなじハーモニーが揺蕩って聴こえる。
ここで延々と通奏低音を繰り出すアブダリマリクは修験者の座禅のように歯がゆいほど控えめで、スコット・ラファロを持ち出してはならぬが、せっかくの2丁のベースに絡みがもう一つあったら、と残念だ。
これが『B』ではさらに指力も強く剛弦が唸り、この左と中央の弦二丁がくっきりと分かれる黄金のパースペクティブが聴き取れるであろうか。
ぜひ聴いてみたいものだが『ビレッジゲイト』をリクエストする勇気のある客はいるだろうか?
ROYCEがたまに変なLPをかけるのは客のリアクションを楽しむためではない。何がショックと言って・・・・・・盛大に「ガーン」とくるお客も居るのでそこが楽しい。
ベイシーといえば、『AT MONTEREY/1958』というビリーホリデイのライブ盤がかかったときの、モンタレーを大型輸送機がグワーッと頭上すれすれにかすめて行く爆音が圧巻だ。
ドドドド!っという、天井から下がった電気の傘も揺れるような爆音の響きが装置のレベルをズバリ雄弁に語っていた。
このときの両耳に栓をされたようなフルボリューム、ジェット・コースターに乗って真っ逆さまに落ちているような浮遊感覚の金縛り状態は、めったにない経験の有難さで、なぜか笑いがこみ上がるのを隠して苦労したが、マスターも心得てマニアに特別サービスしているのだ。
この曲がかかったからには「どうやらオーディオマニアだな」とよまれちゃったゆえの粋なサービスであったか、マスターはスルドイ。
もちろんビリーの晩年の「ベリータイアード・・・」などとつぶやきがマイクから漏れてきて、
まだ歌わせる気?とおどけながら聴衆を巻き込んで行く透徹した歌唱に惹かれる。
そちらを気に入って手を合わせる人もいる。
ときどきチリンチリンと鈴が鳴るのは、ビリーの口のそばまで垂れ下がった風鈴のようなイアリングだ。
一緒に聴いた葛飾のO氏が、ブラックホーク盤を後日捜して送り届けてくださったのが、恐るべき配慮。
ついでに夜更けのベイシーの体験で、とてつもなく単調なドラムソロを聴いたことがあった。誰もいない客席に一人居て、ダン!ダン!ダン!と雨垂れのような等間隔のドラムの音が延々と巨大なボリュームで増幅されて両方の耳の穴から脳みそに直撃を受けていると、漆黒の部屋でふわーっと生体離脱しそうになって驚いた。
こりゃぁなんだ?ビーンと皮の張った装置ならではのドラムスは凄い。
2006.3/28


ウエスタン16Aを聴く

2017年12月27日 | オーディオのお話

エンジニアKO氏が取り組まれたのは、アメリカの映画館で使用されていたWE16Aという現在ではほとんど見ることも聴くこともかなわないホーンスピーカーである。
だいぶ以前の話になるがお招きにあずかって、地図を頼りに一関の市街から抜けて景勝地の橋をこえて行くと、目印の水銀灯を入り口に燈しているお宅は闇に浮かんでいた。
すでに気分は高揚して足が地に付かないほど、はじめて聴かせていただくときのこれが毎度の期待感なのである。
廊下のガラス戸を開け通された奥の部屋は天井が非常に高く、なにか懐かしい気分にさせられる工夫が随所にほどこしてある。
そして、正面の壁を見てギョッ!とした。
鉄色の巨大な海に住むエイがそこに張り付いて息をしている。と見えたのは錯覚で、これが空前絶後のWE16Aホーンであった。
KO氏はこのホーンを港で荷受けするため自動車を仕立て、ご子息と一路横浜港に向かわれたときの思い出を昨日のように楽しそうに語ってくれた。
電源をいれるとWE555ドライバーが励磁されてドライブされる仕組みが、そもそも永久磁石を使用する一般スピーカーと異なっており、氏の装置はご丁寧にも左右各二個のドライバーを使用して威力を増す。
四発のミッドレンジとつりあわせるためウーハーもJBLの38センチを四発使用しておられる。
やはり、オーディオの道は深い。
聴かせていただいたこの音を風景にたとえるなら、グランドキャニオンとか、万里の長城を引き合いに出したくなる。
一たび咆哮がはじまると風が舞って砂煙が上がるようにすら感じる。あなおそろし、である。
マイルスのブラウンホーネットでも聴けば空気を切り裂くトランペットと地唸りするベース、炸裂するドラムスがきっと堪能できるに違いない。
半世紀も前に映画館で多くのアメリカ人を熱狂させたスピーカーが、一人の達人の熱意でここによみがえっている背景を思うと、柄にもなく、形而上的感傷すら湧いてしまう。
KO氏は、WE16Aホーンの音の仕上がりに完璧を期すため上京し、あたらし氏の門をたたく。
あたらしさんはこのスピーカーを使用されているので、きっと有益な助言を得たことであろう。
このスピーカーを駆動するアンプは自作されたWE300Bプッシュプルであるが、スピーカーコードや電源コードにも工夫があって、短い時間で全容を理解するのは困難である。
KO氏は、にこにこと会話を楽しまれてあっというまの時が過ぎた。
帰り際に気が付いたが、CDケースが、まるで販売店のデスプレイのようなショーケースに陳列されて、賑やかだ。
演歌からクラシックまで、ジャンルを問わず楽しまれる幸いにして優雅な時間がそこに在った。

2.
ところで、机の抽出しに1枚の大きな航空写真が入っている。
その写真のやや右下に虫メガネでみるとたしかにRoyceの丸い屋根が写っている。
画面中央を磐井川にかかる一関大橋から国道4号線がまっすぐに北に伸びて、遠方はるかに歌人西行が讃えた桜山が霞たなびくなかにあった。
これはKO氏がヘリコプターの窓を開けみずからお撮りになったそうで、後日届けてくださった。
そういえばと、雨上がりの晴天の日に頭上高く一点に停止している不思議なヘリを母屋の住人は覚えていた。
ご子息が操縦される機内でKO氏が「もうちょっと、右、右!」などと遊覧をたのしまれていたのであった。

午前零時のジェットストリーム

2017年12月21日 | オーディオのお話

炎天の青空に金魚売りの乾いた声が吸い込まれていった記憶は『JBLのオリンパス』。
酢醤油でヒリヒリしたところてんを飲み込んだ縁台の記憶は『アルテックのA7』。
『タンノイⅢLZ』を購入した秋葉原のS無線の二階に上がると、そこは50畳はありそうなブルーのカーペットの敷かれた仄暗い柱のない試聴室に、びっしりと3段に並べられたスピーカーがオーケストラのような圧倒的な光景で並んでいる。
このスピーカーが独立したチャンネルで一斉に音を出していればオーケストラと変わらない凄い音が聞こえたことであろう。
右手の棚には一世風靡のアンプがずらりと並んで、備えつけた用紙に①SPU②ラックス38FD③タンノイオートグラフ④クラシックと書いて白シャツの係員に渡す。
男はランプの明かりにメモを見て、お客のリクエスト順に淡々とそれをこなしてゆく。
係員は、すでに鳴る音は承知していてオーディオの何かを悟っていたかもしれないが、説明を発するでもなく、しばらく順番を待って、次々と鳴らされてゆく装置と組み合わせの音を聴くのであった。
全国から詰めかけている客の中に、メーカーの社員とおぼしき仲間と連れだってヒソヒソとライバル会社の音についてコメントが交わされるものだから、興味深く聞き耳を立ててしまう。
部屋の一番奥の左と右にだいぶ離れて鎮座していたのが『タンノイ・オートグラフ』という複雑なホーンエンクロージャー構造で他を圧倒していた英国のスピーカーで、はたしてあんなに離れて右と左にあっては音像がつながるものか訝ったが、突然鳴り出した其の音は、タンノイの片鱗をのぞかせてはいたものの、やはりどこかおかしく、この程度であろうはずがないと聴こえる。
しかし、周囲の人が不平や落胆を気配にもみせず粛として聴き入っていたのは、五味康佑という審美の巨魁がすでに決定的な折り紙を付けて疑いの差し挟む余地がなかったことと、変であるとはいえども普通聴くことのできるどのような音像よりも、非常に並外れていたその音であった。
店側も、調整不十分と承知し堂々と鳴らし、まったく問題にしていなかったふしがある。
『オートグラフ』や『ハーツフィールド』は、其処にあるだけでありがたい別格の存在で、購入した人が趣味に合わせて部屋を造り、ドライブアンプを取りそろえ音を調整し、無限の可能性に挑戦する素材である。
『オートグラフ』の片鱗を味わうことができる、小型で廉価の求めやすい『タンノイⅢLZ』は、それでも月給数ヶ月分というバチ当たりの手当てに奔走し、とうとう土曜の夕刻住まいに届けられたときのことは忘れ難い。
その夜聴いたFM東海の深夜番組「ジェットストリーム」の甘露の音が、城達也のナレーションにのって昨日のことのようによみがえる。

遠い地平線が消えて、
ふかぶかとした夜の闇に心を休める時、
はるか雲海の上を音もなく流れ去る気流は、
たゆみない宇宙の営みを告げています。
満天の星をいただく、はてしない光の海を
ゆたかに流れゆく風に心を開けば、
きらめく星座の物語も聞こえてくる、
夜の静寂の、なんと饒舌なことでしょう。
光と影の境に消えていった、はるかな地平線も
瞼に浮かんでまいります……
これからのひととき、月曜から金曜までの毎晩、
日本航空があなたにお送りする音楽の定期便
ジェットストリーム…
2006.3/18

『オーディオマップ』

2017年12月18日 | オーディオのお話


丁度〈クインシー・ジョーンズバンド〉がブパブパッ!と「STOCKHOLM SWEETNIN」をやっていたそのとき、
『オーディオマップ』という書籍を創っている人から電話がかかってきた。
広告の話かと思って「今、レコードをかけているから時間がない」と口実を言って、やんわり断った。
「また、かけなおすから何時がよいか」
電話の向こうで渋い声の男性が問う、熱心な人だ。
おまけにどうも声のトーンが「こっちもメシよりジャズが好きですよ」と言っている。
そこで「広告なら予定がない」と言ったのだが、
「一銭もいらないからお宅のような本格的なジャズ喫茶を全国的に初めて網羅して紹介する初めてのガイドブックである」
などと、二度もくり返している熱心さ。
本格的とは何かの間違いのような気もするが、本当に指定した時間にまたかかってきたのには驚いた。これも何かの縁というのか。
後日になって、博学の情報網羅人『T』のマスターが、「本に載っている」と教えてくださった。
さらに不思議なことに、10年ほど歳月の過ぎた或る夕刻に、関西から
『オーディオマップ』編集人の消息や人柄を話題にする客人が登場される。
このお話が、クインシー・ジョーンズバンドの輻輳したアレンジを聴いているような、
すごいライブを目の前にしたようで、ひとりで聴いたのがもったいなかった。
2000.12/20


タンノイ百景

2016年08月09日 | オーディオのお話

スピーカーをながめて、未知の音を考えているのも楽しい。

手を下さないが、さまざまアイデアを持っている。

思うところは、まだ聴いたことのないタンノイの世界である。

あるときなぜか、からだが勝手に動いて、

ヨークのエンクロージャーのうえに、ぽんと

スペンドールBC2を、乗せてみた。

それでヨークは、どう鳴ったか。

これは、凄い。

上からの重量でコンクリの床とサンドイッチになったスピーカーは、

低音も高音も、ブルンブルン、ギラギラのカチッとした音になる。

どこかで聴いた音であるが、

ふと、JBL4350を思い出した?

箱を、押しても引いてもビクともしないので、

ユニットの動作点が強く固定されているのだろう。

いろいろ聴いて、非常に楽しめたが、

翌日、ますます音が硬くなって、タンノイでは無くなっていた。

木材の遊びが、ぎゅっと長時間圧縮され、

細胞の反発力がついに失われたらしい。

元に戻すと、いつものヨークである。

つい、いきおい余ってトスカニーニのカーネギーライブを聴いてみたが、

テンパニーの連打がダダダダーンと、マレットに皮でも巻いたかの素晴らしさ。

雲霧の 暫時百景を 尽しけり


ウエスタン300B

2016年05月17日 | オーディオのお話

旧知の客人から電話で、

ウエスタン300Bのブルー放電リングの話を聞いた。

例の、通電するとガラス管の中がブルーに光る発光現象のことであるが、

あれは製造時に、特別にダブル・バキュームをかけて、

チューブの中を完全真空にまで、持っていくのであると。

「本当に真空に近くなると、球の中にボワボワと青い光の輪が現れて、

性能も寿命も格段によくなるのです」

と電話の御仁は次第に熱を帯びてくるが、

彼は、どうも最高の300Bを、誰にも見せず隠し持っているのではないか。

当方も、頂いたウエスタンの300Bを5本ほど使っているが。

むかし、海の近くのオーディオ・マニアの店で、

その青い発光リングの素晴らしさを見た記憶が有る。

奥のドアを開けて、わざわざ通電して見せてくださったが、

音までは、鳴らさない。

通人は、激しく脳内放電させて、無音の音楽を光に聴く。

それもこれも、理想の音への道程であった。

おや、室内も空気を抜きすぎたか、ちょいと青みが。


ヴァイタボックスの音

2016年04月04日 | オーディオのお話


山谷S氏のヴァイタボックス・マルチチャンネル装置の写真が見つかった。

英国ヴァイタボックス・マルチは、名人が4チャンネルに組み鳴らしてみせた手すさびで、他にゴトウホーンなども周囲にころがって、華麗なる遍歴の余韻があった。

カルーショーやキース・ジャレットが次々鳴らされると、燻銀にちょっとプラチナを加えた音が聴こえ、欠点を探すのもむずかしい完成された音である。

ご自作の真空管アンプをみると、部品の構成がどこから探してきたかと思われる集合体で、アームも奇妙な接合があり、ただの人ではない、とわかった。

音楽やオーディオを語る雰囲気が、山水画の仙人のように似合っており、いまは幸福な一時の思い出である。

英国サウンドもあのように鳴るのであれば、まだまだ音響装置のたどり着く先は霞んでいる。

宮城からお二人の客人がお見えになった。

おもやにて 余分の稲荷寿司まで 押しいただく

スペンドールBC3

2015年11月24日 | オーディオのお話
大型のタンノイほどでなく、
コンパクトなBC-2を聴き流して鳴らす。
タンノイを忘れて聴いているが。
巧みな響きで、我に返り、
タンノイでは、音楽がどう鳴るか非常に気になるものだ。
ターンテーブルにレコード盤を乗せ、
ぐいとボリュームをあげて聴くタンノイは、
迫真のステージが広がって
動悸が高鳴る。
そこまでしないでもよい聴こえ方が、
スペンドールBC-3であったのか、いつか
確かめてみたいと思う機器は、
いくつか有る。
ところで琳派の風神雷神の視線の交点に、
有ったものとは?
朝茶飲む 僧静かなり 菊の花


雪五尺

2015年11月23日 | オーディオのお話
垣根にスズメ達が、盛んに群れて遊び跳ねている。
時が移って、
いまだに謎のBC3は、高値の花のまま、あっさり市場から消えた。
幾つか理由を想像すると、ユニット生産が止まった、
開発者が変わった、
ほかにもっとよいもの思いついた、
高くて売れなかった。
スペンドールに大型装置の重金属音をもとめて、
アンプなど手を尽くしてみたかったが、
奥入瀬の客はそのような音のことを、
「世界が違います」
と申されている。
これがまあ ついのすみかか 雪五尺

痛恨のマッキンMC75

2015年09月28日 | オーディオのお話
マッキントッシュMC275アンプで変貌したアニタ・オデイは凄かった。
タンノイ・ロイヤルが、このように鳴ることもあるとは。
それを聞きつけた御仁は、電話先で言っている。
「それなら、モノのMC75を試してみてください。まもなく送ります」
我々の常識で、電源チャンネルの独立したモノアンプは、
セパレーションも、音の漲りも良いはず。
275と、75は、価格だけでなく、はてな真空管の仕様も違うのだろうか。
届いたアンプは10分使用すると音が出なくなる、
という痛恨のアクシデントによって、返送した。
秋葉原の店長殿は申される。
「こちらでは、問題なく良い音で鳴っています」
奥州街道を往復したアンプを再び試すも、10分もすると、フッと音が止まり、
マッキントッシュは、二台並んで夜目にも煌々と輝いているばかりである。
その後、時は過ぎてMC75でスイングするヴィレッジ・バンガードもベルリンフィルも、
謎のままに終わったが、真空管がGECであればどうかな、とたまに考える。
連休のおわりに、二人の興味深い来客があった。
博学のひとは、
「音は鳴らさなくてよいから、このまま店内を眺めていたい」
一方の「あまり知識はないので」という御仁は、
「最後にベートーヴェンの弦楽四重奏をお願いします」と。
豪雨で浸水したはずの都市から、パンやらさまざまお見舞いの品が到来したが、
こちらの河川は無事であった。

オッド・ジョブ氏

2015年01月02日 | オーディオのお話
『007ゴールドフインガー』で、
英国ストック・ポージスゴルフ場に特異な脇役で登場するオッド・ジョブ。
シャーリー・バッシーの唄うテーマ曲とともに、忘れがたい。
先日の、80センチウーハーシステムの客は、髭こそ無いが、どこかしら似ていた。
もちろん悪役ではなく、それがニコニコ良く話し、個性的である。
首尾よく写真をお借りできた。
---これは、どこのメーカーですか。
「ソニーの平面スピーカーのマグネットを改造し、コーン紙と箱を造ったものです」
あなたは、どこに住んでいます?
オッド・ジョブ氏の住んでおられる川崎町は、あの『河崎の柵』や、
壮大な打ち上げ花火や図書館のあるところと記憶にあるが、
写真の完成度をみると、思い立っても簡単に造れるものでない。
「知人が、これで譲ってくれないか、と指を2本立てたのですが」
---20万両?
「200万両。でも、断りました」
オット・ジョブ氏は、只者ではないグッド・ジョブ氏であった。

対馬の気流

2015年01月02日 | オーディオのお話
対馬は『魏志倭人伝』に、
---倭人は帯方の東南大海の中にあり山島に依りて國邑をなす、
と書かれたところである。
以前、ご先祖が対馬の人であることを申された御仁は、
夏の或る日、風のように現れ古い記憶を更新してくださった。
タンノイのビル・エヴァンスの織り成すサウンドが忘れられず、
3枚組のCDを購入され、ご出勤のまえにも室内に演奏を流すと申されて、
以前のように、どこかまじめな雰囲気は変わらず、ちょっと緩められた。
また、ホテルの紙フキン状のものを、頑丈そうな大型の手帳から抜き取って、
マイルスの音楽の合間にさらさらと書いてこちらに渡した。
筆跡の、本人の印象と似ているところが出色。
内容より先に、当方は字の形状を楽しんだ。
そこに書かれていた「梶田富五郎翁」は、
宮本常一氏の著作『忘れられた日本人』に記録されていた人物で、
ご自分の祖父の祖父であると気がつかれた瞬間がジャズである。
当方は、名前をつぶやいて、よろしくおねがいします
と対馬の翁に言った。
タンノイの縁であった。

☆昔、タンノイ社が製造販売していた管球アンプの写真。

『さんさ踊り』

2015年01月02日 | オーディオのお話
窓の外にエンジンの大きいバイクが停まって、
ツーリングのジャケットを外している。
メーターの目盛は、280Kまでスピードが出ると言っているようだが?
ご自宅では『デイナウデオ』のスピーカーと『パラビッチーニのEAR V12』 
50W管球アンプでクラシック音楽をこよなく楽しまれ、
ジャズは少々と控え目なご発言の紳士であった。
--以前あなたの聴いておられたパット・メセニーのことですが、いったい?--
「わくわくして、からだの弾んでくるようなあのサウンドは、たまりません」
当方は「ジャズは少々」という御仁を怪しんで眺めた。
「横浜からツーリングの旅に出て四日になりまして、恐山のイタコを聞いたところで、
そろそろ仕事に帰ります」と申されて、再びヘルメットを冠った。
その夜、南部藩に到着すると、夏祭りの余韻がテントの宴や雑踏にあった。
『さんさ踊り』から戻るゆかた姿に太鼓の一群と擦れ違ったが、東北の夏祭りが始まった。
『福島わらじ祭』『山形花笠祭』『仙台七夕祭』
『秋田竿灯祭』『盛岡さんさ踊り』『青森ねぷた祭』
奥州白河の関を越えて、さんさには北のかんばせが有る。

川風や 薄柿着たる 夕涼み

『鯉の山手線』

2015年01月01日 | オーディオのお話
四代目柳亭の噺「鯉の山手線」を、小学校のとき
居間の蝿帳の上の真空管ラジオで聴いて、
当方にはどうも以下の話しであった気がする。

上野をあとに池袋、走る電車は内まわり、こっちはちかごろ外回り、
アンプは奇麗な鶯谷うぐいす化粧、日暮里にっぽり笑ったあの容姿、
田端タバコを買っても命懸け、思うはアンプの事ばかり。
我が胸の内、駒込こまごめと、音の巣鴨すがもを伝えたい。
大塚おっかなビックリどきょうを定め、アンプに会いに池袋行けぶくろ、
行けば男が目白めじろ押し。
そんなアンプは駄目だよと、高田馬場たかたの婆や新大久保のおじさん達の意見でも、
新宿しんじゅく聴いてはいられません。
代々木夜よぎなったら家を出て、原宿腹じゅく減ったと、渋谷渋や顔。
アンプを見れば恵比寿エビス顔。
親父が生きてて目黒いうちはおいらもいくらか五反田豪胆だ、
大崎おお先真っ暗サイフ虚。
装置に合ったメーカーは、どんな品川しながわ良いのやら、
田町魂ちぃも宙に踊るよな、色よい音を浜松町はま待つちょう、
そんな事ばかりが新橋心ばしで、誰に自慢を有楽町言うらくちょう、
信じたおいらが素っ東京。
何だ神田かんだの行き違い、着いたはとうに秋葉原飽きはばら、
ホントに御徒町おかちな事ばかり。
山手線やまては消えゆく音だった。

消え行く音を支えているアンプは言うまでもなく銘機揃いである
山手線が丸いと知っていても、初めのころ、さようならとホームで見送った人間が
忘れ物で背後から戻ってくる奇妙な現実。
大きな観覧車を横にしたものと考えて、一周35キロ1時間。