
五味康祐さんが厳選の20曲を手帳に
メモしていた写真をときどき思い返す。
貴重な万年筆の筆跡が映っている。
五味音楽の核心とは何か、
当方がわかりかねていることを、五味さんの筆跡は黙示している。
Schwanのカタログに目を釘付けて、ためつすがめつ選び、
期待と興奮でタンノイと対峙された一刀斎の心の結晶である。
カラヤンの振った『魔笛』が、ご自分の一番とは、
意外であるが、とてもおもしろい。
この手帳(電話番号メモ帳)を見ていると、上から七行目だけが
空欄になっており、なぜかご本人は決めかねていたか、
ほかのもう一つの演奏を聴いてにしようとされて、そのままになったか。
当方それが気になって、いくつかの曲を手前かってに想像している。
『西方の音 』 の目次を見ると、はじめにシュワンのカタログについて
解説しているが、次から具体的な曲や作曲家の項目を立て、
ご自分の心の鏡に映しはじめる。
したがって、欠番の曲は必ずページのいずれかに潜んでいるに違いない。
二巻にわたる音楽の詳細は、特異な表現を駆使して
古今の名曲を筆で演奏するようにタンノイで紐解いていくが、
次第に当方には別の考えが浮かんで来た。
あえて曲題を書かなかったことが、意味をもっているのではないか、
という、漠然とした読後感である。
第一に選ばれた『カラヤンの魔笛 』 について思ったことであるが、
映画館で『アマデウス 』 を観ると、予想外に骨太のサウンドが、
これまでのモーツァルトイメージと違って、圧倒的に骨太の
オーディオが鳴り響いて感心する。
タンノイで音楽を聴くとき『オルトフォンSPU 』 をアームに取り付けて
いるのは、骨太の響きが聴こえるからであるが、
それにしても映画館のモーツァルトの剛腕秀逸オーケストラに感じ入った。
『アマデウス 』 では、期待の、魔笛の夜の女王のコロラトゥーラが鳴らなかった
が、あの最高音Fをいったいどのように、映画館は鳴らすのであろうか。
タンノイでドイテコムのFを聴きながら、シュトライヒやグルベローヴァや
サザーランドや、そして五味さん推薦のリップなどが、
『浄 』 の書のさがった部屋で歌うところを想像して、
冬の夜は静かに過ぎていった。
「西方の音 」 新潮社目次
1. シュワンのカタログ
2. 協奏曲
3. ピアノソナタ109
4. ペレアスとメリザンド
5. バルトーク
6. 不運なタンノイ
7. タンノイについて
8. 少年モーツアルト
9. ハンガリー舞曲
10. セレナード ハフナー
11. カラヤン
12. ワグナー
13. シベリウス
14. ラベルとドビュッシー
15. 米楽壇とオーディオ
16. 死と音楽
17. 映画 「ドン・ジョバンニ 」
18. トランジスター・アンプ
19. わがタンノイの歴史
20. ドイツ・オペラの音
21. 大阪のバイロイト祭
22. ペンデレッキの「ルカ受難曲 」
23. 日本のベートーヴェン
24. あとがき
「西方の音 天の聲 」 新潮社目次
1. 音と沈黙
2. 音による自画像
3. 美しい音とは
4. 三島由紀夫の死
5. レコード音楽の矛盾
6. ステレオ感
7. ヨーロッパのオーディオ
8. ハルモニヤ・ムンディ
9. モーツァルトの「顔 」
10. マタイ受難曲
11. メサイア
12. ベートーヴェン「弦楽四重奏曲作品131 」
13. ラモー 「ガヴォット 」
14. レコードと指揮者
15. マーラーの「闇 」とフォーレ的夜
16. トリスタンはなぜ死んだか
17. 音楽に有る死
18. あとがき
2014.1/25