
昨日300BPPアンプの修理が完了しSA氏はご友人を伴われ
二台をROYCEに搬入してくださった。
定電圧回路をバイパスするか名医は逡巡しておられたが、
やはり従来の音で、ということになった。
SA氏は先日まで一人で中国に渡り特殊な技能を生かしてかの地の発展に寄与していた。
仕事が終われば異郷の人々と白酒を酌み交わし身振り手振り交流したお話を伺い、
杜甫李白の世界に更けてゆく夜を思った。
万葉の歌人大伴家持が、
『あずまなる みちのく山に くがね(黄金)花咲く』
と詠んだ東北の産金地帯には、黄金のオーディオ装置もあちこちに眠っている。
SA氏のご紹介で、あるとき大型JBLの3チャンネルマルチセットを鳴らしているという
SS氏を訪ねたことを思い出す。
無類のオーディオマニアのK氏が、御自分の高級車をご提供くださった。
初めて乗った車は、路面の上を吸い付くようにゆったり移動して、
大型スピーカーのようなけっこうな案配である。
途中、北上川にかかる大きな橋のたもとで車を停め、
大戦中、米国のグラマンが機銃掃射したといわれの残る
鉄橋のアングルに弾痕を探していると、地元の老人が通りかかって
「あのへんだ」
漠然と天を指してみせた。
やがて道は海辺に抜けると、そこにおだやかな志津川の町は広がっており、
近代的に整備された海浜公園から美しい景観が広がっていた。
一関から直線にして50キロの距離である。
SS氏とは一度の面識があるが、どうも以前から知っていたような気がする人
と思うのはなぜか。
迫市にあるSA氏のオーディオ工房に入り浸ってアンプ作りに熱中し、
遅くまで作業してそのまま泊まり込むことしばしばで、ついにSA氏の奥方が
「あなたたちはどうなっているの?」
と冗談話がオーディオマニアの身につまされる。
お宅に到着したとき、ちょうど工場から出てこられた人がいて、
SS氏ではないのかと遠目に眼をこらした。
SS氏も、こちらを何者か?と波長が遭って、
「きょうはいよいよ、装置を拝見しにまいりました」
と挨拶すると、SA氏からもお話が通っていて快く工場に案内してくださった。
その途中、左手に牛舎があり数頭の牛が真っ黒な宝石のような眼をして、
口をもぐもぐさせていた。
その右手に鳩小屋のようなものがあって思わず覗き込むと、
微妙な鶏が一匹。眼を凝らすと初めて見る鳥骨鶏と言うそうな。
SS氏はひょいと抱き上げて箱から外に取り出し目の前にどうぞと置いてくれた。
育ちがよいのか大人しくトサカに羽根状のふさふさしたかんむりを持ち、
蹴爪がクエスチョンマークに曲がっている優雅な動きの鶏であった。
いよいよ案内された工場の一角に鎮座しているJBLを見てドヒャーとのけぞった。
観葉植物に隠れているがどう見てもベイシーと瓜二つのビッグシステムではないか。
予想外の光景に息を呑んでSS氏を見ると、パチパチンとスイッチをさわって
切り替えて、まず「げんこつ」のほうを鳴らしてくださった。
ほかに蜂の巣ホーンもあって適当に気分にまかせて鳴らされるそうである。
メインの大型装置が鳴り始めると、驚いたのが
真空管で駆動した時のベイシーサウンドである。
JBLを6台の真空管マルチで鳴らしたらどうなるか、オーディオマニアなら
あれこれLPジャケットと音を空想しないではいられない。
それを実現しているのがSS氏だ。
この音の印象は、点ではなく面で放射されるサウンドといったらよいのだろうか。
とろりとした濃厚な音である。
工場の機械の音とJBLサウンドが溶け合って、自分の好みと違和感無く
JBLを楽しめたので、かえって首をかしげるしまつである。
ユニットのパワーが騒音を楽々と押さえ込むのであろう。
「これは重要文化財級のすごい内容です」
微笑まれるので、さもありなんと底力のある音にクラクラしながら
さされた指のさきを良く見るとスピーカーのことではなく、
真空管やコンデンサーの並んでいる航空母艦状のデバイダーを指している。
一抱えもある大きなマルチチャンネルネットワークは、
迫市SA氏の設計になる管球デバイダーであるが、
中身はすべてUTCのトランスでかためてあるそうで、重量もかなりありそうだ。
たんたんとしたSS氏が唯一自慢された物件であった。
三相200Vから電源を取っており、
「工場のラインと同時に稼働すると、やはり音がちょっとゆるいですね」
と言われたが、やがて静まり返える無人の構内に、
ひとりJBLスピーカーが楔を解かれて、マイルス、ロリンズ、コルトレーン、
続々とステージに駈け上がって乱舞する光景を想像すると、
うわさの黄金郷を見たような気がし、思わず興奮がわき上がる。
工場の操業も終わって一杯やりながらズズズン、ズババンと鳴らしていた或る夜のこと、
外に出てみたら、牛どもが一列に横に並んで工場の方に聞き耳を立てて、
首を振っていたそうであるからすごいマルチ装置だ。
正確に言うと、とほうもなくジャジーな牛どもである。
2006.2/24