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ロイス・タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

オーディオニックス

2020年12月19日 | オーディオのお話


オタクではないが、代理店というところにも興味があった。
江戸川にあったタイガービルのハーマンの次に訪ねてみたのは、
オルトフォンの当時の日本代理店である。
代々木の並木道をすこし入ったところに『オーディオ・ニックス』はあった。
鉄骨の階段を昇って二階のドアをトントンとたたくと柔和な年配の男性が顔を見せ、
ワンルームに、壁に向かった作業机が5つほど並んでいるのが見えた。
「このGTEを、トランスを外してGEの針を付けてください」
一般客が訪ねて来ることは無いのだろう。
どこから来たのかときかれて住所を言うと、ビクターの人ですか?
と勘違いされニコリとされた。
何十年も前のことだが皆、和気あいあい静かに組み立てのようなこと
をされていたように憶えている。針はその場ですぐ付けてもらえた。
いつもはアキバまで行って、名物おばあちゃんにお願いして、自宅に送ってもらった。
あるとき急いでほしいというと、若い衆がカートリッジを持ってどこかに消えていったが、
そのSPUは、ホールドベースが前後逆に取りつけられて往生した。
取りつけ角が傾いていても、ちゃんと音は出るからしばらく気が付かなかった。
名物おばあちゃんの居ないとき、代わりの人が菓子箱のようなものを開けて
「ではこれ」と代わりのSPUを渡してくれた。
家に帰ってセットすると、片チャンネルから音が出なかった。
電話するともう一個送られてきて、トクしたのだろうか?
オーディオ・ニックス時代の製品は、いまでもプレミアムがつくようだが、
我々の知らないノウハウが、彼等にはあったのではないか。
オルトフォンの蘊蓄をぜひ聞きたいものである。
☆読売新聞日曜版に連載していたドナルド・キーン氏から、
家の者に年賀状が届いた。
表も裏も自筆で、本物かどうか論議になっている。
☆牛乳店の社長がお見えになって「わたしの母校です」と、
サッカー全国制覇の感激もあらたに盛り上がった。
味のある勝ち進みでドラマのようである。
2007.1/9


クリニアンクール

2020年12月19日 | オーディオのお話


「1週間かかります」
ショップの店長は、オルトフォンSPUを握ると、
見えないように親指の腹で針の先をチクチク確かめている。
誰が言い出したか、針交換はLP300枚くらいが目安と聞いた。
そこでボーナスごとに替えるのだが、
たいていの針はまだまだ減っていないらしい。
ほかの理由で音が悪くなっても、針先のせいになっている。
顕微鏡を中古で買ったのは針先を見るためだが、
さんざんながめて解ったのは塵芥の凄さ、
なぜか針の先の減った様子はさっぱり見えなかった。
針メーカーが無塵室で何千時間とレコードをかけてわかったことは、
ダイヤモンドは、ビニールを相手に摩耗しない。
減るのは、ミゾのゴミ砂粒が理由であると。それが本当なら嬉しい。
SPUのシェルのピンは、肉眼でつるつるに見えても、
アームのピンと圧着する先端面を拡大して見ると、
ヤスリのようにザラザラで接触が非常に心もとない。
この接触は音に重要な影響があると考えられ、
左右バランスや音像定位がシェルによって変わることも事実である。
だが、ここを平らに磨こうとしても、ミクロの世界ではゴミを目詰まりさせる。
それよりは、もっとよい方法がある...。
☆夜になっていよいよ雪が降った。
真空管は骨董ではないが、自由な何かがある。
☆ロイヤルスピーカーのトップを被うクロシェレース。
タンスの奥から取り出して労作を惜しげもなく贈ってくださった。
2007.1/7

音の記憶

2020年09月28日 | オーディオのお話


初♂♀の人に逢いたい。と、オカネを積んで探させる人もあるという。
良い音の記憶も、忘れがたく候。
たとえばホーム商会の4343とマークレビンソン。
思わず鳴っていたLPを買い求めに学大駅のレコード店に走った。
家で聴いたら、同じレコードかと、うーんジャケットを何度もひっくり返すしまつ。
オーディオ装置恐るべし。
突然電話が鳴って、「マークレビンソン、手に入りそうなんです!」
それはK市のK氏からで、彼も4343にマークレビンソンを使いたいと申される。
一世風靡した音で間違った選択ではないが、ひとつ気掛かりなのは、
最近6回もROYCEに通われて、
タンノイを聴きながらJBLの話をしたことで、あった。
良い音は、だれが聴いても良い音だが、最高に良い音は、
まだ誰も聴いたことがなくて、人の心のなかにあるのが深遠。
☆ホーム商会の前を通った趣味の先輩から頂戴したメールをひもといて
「花の帝都」のよすがを偲ぶ。

しばらくご無沙汰し失礼しました。
パソコンは復旧した様でなによりです。
あっという間に今年も6月を迎えはや折り返し、月日の経つのは早いものです。
今年はせめてこれこれはーーーと思っていたオーディオの事、レコードの事等
未だなにも出来ずにいます。
そういえば先に貴兄にお話したホーム商会のまえを先日通りましたら
アルテックのA5のキャビネが入り口まえに半梱包状態で置いてありました。
AV店に重量級のスピーカーシステム?まさか店内用ではあるまいし
今でも近所でこのような大型の需要があるのかと不思議な気がしました。
当方もアルテックの大型スピーカーは一部、下の写真のものや、デュプレックスのものを集めてはみましたが、
お蔵状態でとてもオートグラフに並べて鳴らすスペースはありません。
ではではこの辺で。
2006.7/31


タンノイ社JBL仕様?

2020年09月27日 | オーディオのお話


月見に一杯、猪鹿蝶。 親がしんでも食休み。
そこにチリチリと電話がなって
「加銅さんとお会いすることができました」
と申されているのは宮城のT氏であった。
T氏は一級設計ライセンスを持つ親方である。
趣味の管球アンプ造りがこうじ、
オーディオルーム受注建築の参考に各地を行脚され見聞を広めておられる。
タンノイの音のことよりも、建物の構造に質問が集中したのはそのゆえである。
大工さんを大勢かかえたこの方なら、タンノイとJBLを、
エンクロージャーに合体させた夢のスピーカーを制作できるのではなかろうか。
いっそのこと、そこにエレクトロボイスの76センチウーハーもはめて、
カウント・ベイシーも、ベルリンフイルも悠々とこなす、
いまだかってどのメーカーも解決できなかった相矛盾した音。
柔らかで硬い音。
ホールトーンを響かせながら個々の音像をシャープに定位、
うぶ毛を羽根で撫でるような音もカミナリの落下音も自由自在に再現する。
4畳半でも30畳でもこのスピーカーさえあれば...。
「とりあえず、それをアンプで実現しようと、管球アンプ造りに励んでいるのです」
ぜひ、1セット、オネガイシマス。
2006.8/30


ここは沈黙のタンノイ

2020年09月27日 | オーディオのお話


「届いたマークレビンソンは、片チャンネルから音が出ませんでした」
楚々と秋風の立った日、K市のK氏はお見えになって申された。
賢明な氏は、いっそ4343も処分されて『タンノイ』にしようかと思われたそうであるから恐るべし。
当方は、ここでギョッとひとまず口をつぐむ。
四十にして惑わず、五十前にして早くも天命を悟られたのであろうか。
はたして、ジャズにどっぷりの『4343使い』の御仁に、
タンノイで大丈夫???と、一抹の不安が。
ROYCEのタンノイは、ロイヤルの構造にまったく触っていないが、
あれこれいろいろと、よくもまあ....というしかけになっている。
タンノイの世界は深い。
ジャズにも向いています...と言いたいところをむっと押さえた。
ROYCEを一歩出れば、ここは○○である。
「これをどうぞ」
澤野工房の「ミハエル・ナウラ・クインテット」を聴かせていただいた。
ヨーロッパジャズの黄金期1960年代を堪能して、ジャズ世界は広がる。
2006.8/28


マランツ#7 2

2020年09月11日 | オーディオのお話


ジャズにとって、どうして柔らかな音ではいけないのか、
クラシックにとって、なぜ硬い音ではマズいのか。
シンバルの硬さと、羊の腸と馬の尻尾の構成は、
タンノイにヘゲモニーを預けた人の迎えるジレンマと快感がある。
九州のKU氏から電話があった。
「先方と話はついていますので、そちらで『マランツ#7』を受け取る詰めをお願いします」
KU氏によれば、もう一台マランツ#7を聴いた方が良いという。
その意味するところが理解できず、面倒にさえ思ったが、
ともかく相手に電話を入れたのである。
電話の相手はボソボソと静かに話す人だった。
「このことは誰にも言っていないのですが...このマランツ#7は日本で
五本の指に入る評論家の使っていたものです」
届けられたマランツ#7の包みを開けると、ケースのウオールナットの渋い色に特徴があった。
さまざまのオーディオ雑誌をひっくり返して、五本の指と目される方の、
マランツ#7の写真をかたはしからしらべていった。その人の名はすぐわかった。
音は、これまでのマランツ#7とまったく対称的な、しっとりと深みのある落ち着いた音色に、
クラシックは吸い込まれるような音楽が聴こえるが、ジャズの標榜するスイング感が複雑だ。
深夜に調整の終わったこのとき、あまりの深淵な音に驚いて、寝ているウサギを無理矢理
起こしたほど、度を失っていたのがオーディオのはた迷惑なところ。
KU氏にメールを入れると、すぐにでも飛行機で北上空港に飛んできそうな反応で、
まてまて、これはまずい。
「5時間経ったら、それほどの音ではありません」
わけのわからないことを申し上げ、思いとどまっていただいた。
いったいあの音は何であったのか、マニアを笑う一瞬の降臨かもしれない。
五味康佑氏が、評論家宅に訪れてサウンドを聴いている。
JBLに対し辛口の方が、意外や好ましく思われた表現になっていた。
目の前にある二台は、どちらもマランツ#7であるが、
個体差は歴然で、そこにKU氏の真摯な深さがあった。
2006.7/7


マランツ#7 1

2020年09月11日 | オーディオのお話


音にも、通り道がある。
二つのスピーカーの中央に座って、両耳で拝聴するのは、
礼儀というものであるけれど。
最近、当方のスピーカーのことでいえば、中央で聴くのが、
ドーンと飛んでくる音に、クラクラっときて、中央の場所を外したい。
ここで聴いているからどんどんやりなさい、的スタンスがいまは良い。
タンノイは、音を損なわずに重い音も強い音も出る。
ジョンブルのスピーカーはネットの後ろで惰眠をむさぼって、
本当の姿を見せずタンノイで御座いますと、すましている。
それを最初に教えてくれたのは、KU氏が送って寄越された
個性の違う二台のマランツ#7であった。
☆東山町にY氏という管球アンプ制作者がおられると、客人が話す。
☆クマさんは、ビールに浸っていたはずだが、ソフアに残っていた一本の長い髪を、
眼の前にかざして、いつまでも首をひねっている。
☆今日で定年退職と申されて、純米吟醸を小脇に新世界へ颯爽と。
☆冠木門の当主から朝採りのキュウリを頂いた。
2006.7/7

中国から戻ったSA氏

2020年09月07日 | オーディオのお話


「いやー、戻ってきましたー」
日本の地を踏んでご自宅のアルテック装置を聴かれ、
やっと人心地ついたSA氏からお電話をいただいた。
SA氏の才能はオーディオ・アンプの設計、制作だけではない。
日本に数人しかいない特殊技術が見込まれて、
所属する大阪の大メーカーから中国へ派遣されていた。
「かの地では日本酒に不自由し、パサパサの米のメシに悩まされました」
お仕事も首尾よく完了し安堵のご様子であった。
平安時代から遣隋使や遣唐使が中国に渡っているので、その気分で、
中国文物についての見聞をゆっくり伺いたいものである。
SA氏は、お仕事の合間に「300B球を二百本ほど調達しました」とポロリと漏らされた。
吉備真備は天平七年教典数百巻を日本に持ち帰ったが、
現代もこのように続いている。
あまりに高価なウエスターン球では躊躇するフアンにも、
中国の管球は手の届く良さがある。
「ペア10組ROYCEに置きますので必要な方に提供してください」
マニアの心配りがあった。
SA氏が現在赴任中の大阪には第二オーディオルームがあるという。
休日にアンプ制作のかたわら、ジャズを楽しまれている写真が届いた。
ところで、以前SA氏が、「ついでにこれも調整しましょう」と申された
ROYCEの『オースチン・TVA-1』のこと、制作工房から戻されてみると、
これまでの管球に変えて『GECのKT-88』が装填されていたが、
しだいに埃をかぶってなかなか出番がなかった。
あるとき紙ラベルの貼られたこの管球について
「すこぶるの銘球で、なかなか手に入りません」
管球マニアのお客におそわって「845アンプ」の前段の「EL-34球」が不調になったとき、
ちょっと差し替えて845アンプを鳴らしたところ、『白虎』か『朱雀』か、
『タンノイ・ロイヤル』はまたまた変身し、どうも不気味な音が聴こえる。
「未だかってない音が出ましたね」
客人はあきれて、このロイヤルの寸法はどうなっていますかと思わず尋ねてきた。
「2階の踊り場を廻るかどうか・・・」
気の早い独り言を申されているが、今ある二組のスピーカーはどうされるので?
2006.4/14


オルトフォンRF-297アーム

2020年09月04日 | オーディオのお話


人の五感は、六感ほどあてにならないところが良い。
針圧3.5gのSPUをひゅっと掬うと、
日によって2グラムと感じたり4グラムに感じたり、
あれっと我が人指し指を疑って、計りなおしてみる。
「RF-297オルトフォン・ロングアーム」はSPU-A専用でスリットが下に切ってあるが、
四角形のシェルが「RF-297」にホールドされて、黒い円盤の上をゆっくり
トレースしてゆくところは芸術だ。
だが、ロングアームを載せるプレーヤーは大きく場所をとるのが難儀である。
音楽データがメモリーカードに収まる時代に、アナクロニズムではなかろうか。
そうアナログニズムだ。
「クール・ストラッティン」のジャケットを裏返して読んでいると、
SPU-Aが黒い盤上をイナバウアーに滑ってチェインバースをブビンと
溝からいま掘り起こしているのが見えてほれぼれする。
鳴駒屋!音羽屋!の字面を見ると、SPUのためにある言葉では。
「RF-297」の針圧を加えるスプリングがあまりに堅く、
レコード盤に針が突き刺さるようでいたましい。
そこで一度、DIY店で購入した柔らかなスプリングと交換したことが有る。
同じ3.5グラムでも音はガタッと悪くなった。
スプリングはぜひとも硬い方が良い。
敷延すると、引力で加圧するスタティックバランスの「SME-3012」は、
SPUのときには音溝に跳ね上げられてエネルギーが減弱しているのか。
そんなことを気にせず、音楽を楽しもう。
「わたしの耳は貝の殻..」
音を捉える人の耳形はさまざまだ。横に張り出した耳の人は、
そうとう高域特性が敏感そうだ。
だが、そんなことを気にせず、音楽を楽しむ。


ジェットストリーム

2020年09月04日 | オーディオのお話


炎天の青空に金魚売りの乾いた声が吸い込まれていった記憶は『JBLのオリンパス』。
酢醤油でヒリヒリしたところてんを飲み込んだ縁台の記憶は『アルテックのA7』。
『タンノイⅢLZ』を購入した秋葉原のS無線の二階に上がると、
50畳はありそうなブルーのカーペットの敷かれた仄暗い柱のない試聴室に、
びっしりと3段に並べられたスピーカーがオーケストラのような圧倒的な光景で並んでいる。
これらこのスピーカーが独立したチャンネルで一斉に音を出していれば、
オーケストラと変わらない凄い音が聞こえたことであろう。
右手の棚に一世風靡のアンプがずらりと並んで、
備えつけた用紙に①SPU②ラックス38FD③タンノイオートグラフ④クラシック
と書いて白シャツの係員に渡す。
男はランプの明かりにメモを見て、お客のリクエスト順に淡々とそれをこなしてゆく。
係員は、すでに鳴る音は承知しており、オーディオの何かを悟っていた?
かもしれないが、説明を発するでもなく、しばらく順番を待って、
次々と鳴らされてゆく装置と組み合わせの音を聴くのであった。
全国から詰めかけている客の中に、メーカーの社員とおぼしき仲間と連れだって、
ヒソヒソとライバル会社の音についてコメントが交わされるものだから、
興味深く聞き耳を立ててしまう。
部屋の一番奥の左と右に、だいぶ離れて鎮座していたのが
『タンノイ・オートグラフ』という複雑なホーンエンクロージャー構造で、
他を圧倒していた英国のスピーカーである。
はたしてあんなに離れて右と左にあっては、音像がつながるものか訝ったが、
突然鳴り出した其の音は、タンノイの片鱗をのぞかせてはいたものの、
やはりどこかおかしく、この程度であろうはずがないと聴こえる。
しかし、周囲の人が不平や落胆を気配にもみせず粛として聴き入っていたのは、
五味康佑という審美の巨魁がすでに決定的な折り紙を付け、
疑いの差し挟む余地がなかったことと、変であるとはいえども
普通聴くことのできるどのような音像よりも、並外れていた音であった。
店側も、調整不十分と承知し堂々と鳴らし、まったく問題にしていなかったふしがある。
『オートグラフ』や『ハーツフィールド』は、其処にあるだけでありがたい別格の存在で、
購入した人が趣味に合わせて部屋を造り、ドライブアンプを取りそろえ音を調整し、
無限の可能性に挑戦する素材である。
『オートグラフ』の片鱗を味わうことができる、小型で廉価の求めやすい『タンノイⅢLZ』は、
それでも月給数ヶ月分というバチ当たりの手当てに奔走し、
とうとう或る土曜の夕刻住まいに届けられたときのことは忘れ難い。
其の夜聴いたFM東海の深夜番組「ジェットストリーム」の甘露の音が、
城達也のナレーションにのって昨日のことのようによみがえる。
遠い地平線が消えて、
ふかぶかとした夜の闇に心を休める時、
はるか雲海の上を音もなく流れ去る気流は、
たゆみない宇宙の営みを告げています。
満天の星をいただく、はてしない光の海を
ゆたかに流れゆく風に心を開けば、
きらめく星座の物語も聞こえてくる、
夜の静寂の、なんと饒舌なことでしょう。
光と影の境に消えていった、はるかな地平線も
瞼に浮かんでまいります……
これからのひととき、月曜から金曜までの毎晩、
日本航空があなたにお送りする音楽の定期便
ジェットストリーム…
客人の運転してきたアーリーアメリカン調のワインレッドの車に見とれた。
2006.3/18


山谷S氏のストレートホーン

2020年09月02日 | オーディオのお話


U氏と連れだって、久しぶりに山谷S氏の桃源郷を訪ねてみましょうということになった。
ひょっとして新作の300Bアンプにお目にかかれるかもしれない。
山里に車を走らせること小一時間。
人通りのない街道を、自転車に乗った田舎の人とすれ違った、
それだけのおだやかな午後である。
U氏は言葉たくみに坂上田村麻呂に攻められた悪路王の砦とか、
源義経がガールハントに馬を走らせた街道など、
よもやま話も快調に後ろに飛んで行く。
「まてよ、さっきの人、山谷Sさんに似ていませんでしたか?」
というわけで車を至急Uターンさせて追いかけると、
白い一本の道を、背筋を伸ばして自転車をどこまでも悠々と漕いでいく人は、
やはりS氏であった。
「どちらに? ほほう、わざわざわたしのところに」
S氏はあくまでおだやかだ。
オーディオルームの庭先に、籾殻を燃やす煙突のようなものが一本立っていた。
S氏のオーディオルームは、前回はまだ、けもの道が一本通っていたが、
いまは、それすら無くなって部品がいよいよ散乱しているように見える。
しかし、秩序ある散乱であるのかもしれない。
厚さ十五ミリはありそうな分厚いアルミシャーシボードが二枚立てかけてあるが、
いずれおそらくこれにアンプの部品が林立するのだろう。
「ちょっとこの感じを写真に撮らせてもらっていいでしょうか」
今では珍しい貴重な部品の混沌世界に、返事も待たずにカメラを構えると、
「そおですか、まあどうぞ」
鷹揚なS氏は、ほんの少し頭を出している古めかしい英国風テーブルの解説をされた。
この隙に部屋中のジャンクの山をパチリ、パチリと撮った。
庭先でU氏とS氏がストレートホーンの話をされている。
S氏の触っているさきほどの煙突をよく見ると、下が朝顔の花のように広がって、
長さ二メートルはあるかと思えるストレートホーンであった。
雨ざらしであり、灰色のデッドニング材が塗られて、
うかつにも気がつかなかったが、そうとわかれば、これは圧倒的威容。
左右二本吊るして300Bプッシュプルで鳴らす音を想像してみた。
シェップやグリフィンが純金楽器を吹き鳴らし、ブレイキーがドラムスを轟かせて、
脳天をカノン砲のように串刺しにする、硝煙漂う極限の音楽が聴こえるのであろうか。
いよいよ、タンノイに傍惚れてこだわっている場合ではないか、とすら期待が湧く。
建物の反対側にもう一本あるそうで、配線こそされていないが、
仙人なら空間に居ずまいしてステレオイメージで充分空想し、
楽しんでおられるのかもしれない。
「ぜひ、早くこれを完成させましょう」
名人というものは頭の中で完成させてそれでおしまい、という事態が多いと危惧する。
凡人としては耳で聴かせてほしい。
失礼をも顧みず、思いつく言葉をならべてお勧めしておいて、仙人の館を後にした。
帰りの道々、あのバイタボックスマルチの極上の音を再現されたS氏のセンスが脳裏によぎった。いつか孤高の楽境に踏み出されていたのか。
前人未到2メートルのストレートホーンの音とは、その深淵、
どのような音像が飛び出すのであろうか。
帰り際、山谷S氏が庭先の植物をひょいと掘り起こして
我々に持たせてくれたビニールの袋が、座席の横で揺れている。
山奥の砂防ダムの傍で見つけたという、不思議な花をつけた葉の大きな植物で、
初めて見るものだった。
2006.3/11

845アンプ

2020年09月02日 | オーディオのお話


K氏からせっかく届いた845プッシュプルアンプは、
当初、音楽の後ろで滝のような鼾をかく残念な結果で、
いかに美貌の誉れ高くとも、常の用にならなかった。
プリとパワーの間を離して使用するアンプ内蔵の業務用2S305のようような、
インピーダンスを低く設計してあったのだ。
音が悪くては押し花の重しくらいにしかならず、
しばらく片隅に飾りとなってあった。
あるとき登場された迫市SA氏の845アンプを見る熱視線に気がついて、
「どうぞご自由に」
と申し上げると、つかつかと寄られたとみるや、
三十五 キロもあるシャーシをタイヤでも抱えるように掴むとウンと唸って裏返し、
一心に回路の解読をはじめられた。
SA氏はよほど自信があるのか、言った。
「一台ちょっと貸してください」
しばらくした或る日、電話の向こうから声がする。
「うーん。どうも大変ですが、なんとかうまくいきそうなのでもう一台のほうもいただきます」
SA氏の、どこかとぼけた余裕のある話に、改造に手応えを確信した。
ついに戻ってきた845パワーアンプを、接続ももどかしくはやる気持ちを押さえ、
マックスローチの<St.LOUIS BLUES>などを聴いてみたわけで、
プリとのマッチングがとれて電源ハムノイズの解消された初めて聴く845真空管の真価は、
いかにもメリハリのよい質感を伴った音楽が部屋中に混濁なく響きわたった。
ドラムスもサクスも、スピーカーから放たれて飛んでくる音に重量があると、
やかましさが消えてなまなましくステージの端のプレイヤーまで描き出される、
などと形容されるものだが、パワーアンプの交換だけで、
音楽がこうも変わるものであろうか。
いままで聴いていた音がにわかに色あせて感じられるのが軽薄ではあるが致し方ない。
このような、部屋が一廻り大きくなったような音はまだロイヤルから
聴いたことがなかったので初めての体験にびっくりした。
「こちらの球でもためしてください」
SA氏は申されて、845球をサポートする前段の回路の管球をいくつも列べ、
好みに応じ差し替えて微調整できるように用意されていた。
もはや300Bに戻る退路は絶たれたも同然であった。
翌日のこと、音を聴きに来た萩荘の園芸会社さんも言う。
「これまでとくらべると眼前に大きなパネル写真が出現したような、
演奏のイメージが浮かびます」
マイルスの『JUST SQUEEZE ME』を感に堪えぬ面持ちで聴いておられたが、
ついに、両手にドラムスのスティックを握るポーズをされて小刻みに、
手首が虚空を叩き始めた。
フィリー・ジョーはチェンバースと合体した楽器のように同じリズムを刻んでゆくが、
トレーンが吹き終える直前、バズババン!と大きくリズムをくれたのが、
初めて意味があるように聴こえた。
SA氏はRoyceのめざすタンノイのフレーバーを勘案し、
初段回路を何度も作り直されたそうである。
この845の改良に御自分が手を加えた回路図を書きましょうといわれ、
ペンと紙を広げ、ちょっと上目づかいに思案しておられたが、
一気に回路図を書いてくださった。
シュールな図面を掛け軸にでも仕立てれば「顔真卿の書」と見まがうありがたさだ。
このとき志津川から遠征してこられたSS氏が、
「SAさんが回路図を書いたの初めて見ましたねー」
と言われた。
2006.3/13


ふところの深いS電気

2020年09月01日 | オーディオのお話


いまでは単相や3相200Vを引き込んで100Vに落とし、
パワーアンプを稼働させることは広く知られている。
その効果はズバリ有る。
うまくいけば初心者でも解る程度にどっしりとしてなめらかな音になる。
0.5の視力の人が1.2になったようであり、普通車が大型車になった乗り心地だ。
しかし、あまり効果のない場合もあるから、非情な賭けである。
千葉の大先生からそう囁かれて、或る日農業用25キロの降圧トランスを買った。
つぎに一関市内の電気店をまわり、なるべく太い電線を20メートル捜していると、
「これなら、どう?」
S電気の社長が作業場からズルズルと引いてきた太いのを見てこれだと思った。
どこかの工場から解体してきたものだそうだ。
「なんに使うの?」
わけを話すと、ゆっくり首をかしげている。
そして社長は話題を変えて、
「オレはテレフンケンの球が、ごっそりストックしてある」
と急にマニアの顔になった。
スピーカーは『ボザーク』だというから、オーッとマニアぶりに感心した。
いったい何を聴くので?と踏み込んだら、
社長はふと身を引いてしばらく考えてから
「テレビだ!・・・」と言った。
テレビを聴かせてほしいとは言いにくい。怪しい人物だ。
これまでの降圧トランスのアイデアを聞いて、
迫市のSA氏が、「よいものがあります」
やはり工場で使用していたという50キロ重量の鉄の塊トランスを、
雨よけの鉄板をはずして取り出した。
やっとのことでクルマに積みこんで持ち帰ったそれは、
まったく別物の音だった。
トランスでこうも音は変わるのか。
SA氏は当方に譲ってからシマッタと思われたか、あとのまつり。
モシモシ、ほかにも手頃な大きさのモノがあると、
交換してほしいように申されたような気もする春の宵である。
2006.3/15


志津川街道の旅 3

2020年08月29日 | オーディオのお話


次にご紹介をいただいたところは、HS氏と申される
アルテック・スピーカーを各種管球アンプで鳴らされている方であった。
訪ねてみるとお仕事の真っ最中であったが、突然の来訪者にさして慌てる様子も見せず、
仕事場からのっしのっしと入口前の陽溜まりに姿を現されると我々に一瞥をくれ、
「いま両手がふさがっているので、勝手に見ていくように」
鷹揚に申される。
もちろんSS氏が遠来の我々をもてなすため、すでに携帯電話で、
ゴニョゴニョッと話をつけてくださっていたのだ。ありがたいことである。
小心の自分などは身を小さくして、SS氏を先頭にぬしのいないお宅に上がり込んだ。
オーディオの縁でこのさいである。
目指す装置は、玄関の隣の部屋から入って階段を登り直進し、
左に曲がった最初の部屋にあった。
廊下には大量の「MJ誌」が本棚に収まって有り、お話は伺えなかったが、
口火を切れば相当マニアックな会話となるであろう。
廊下の先に大きな天体望遠鏡が宙を見ていた。
或る時は牡牛座カニ星雲などを眺め、また或る時は
ジャズに無限の宇宙を聴いておられるのであろうか。
初めて障子戸を開くと、そこにどどんとあったのは、
845管をプッシュプルで使用した巨大なモノアンプである。
それを見たK氏はオオッ...!と息を呑んで眼を輝かせておられる。
ウーム、正直言ってやはりプッシュプルは良い!
見た目からして贅沢で麗しい、と周囲にシングル党の居ないのを幸い、
「トニー・ウィリアムス」の食い込み鋭いハイハットなど思い出しながら
3人でひとしきりプッシュ礼賛を口々に唱える。
そう、シングル党の傍でこのての話は禁物であることは申すまでもない。
どのような反論の嵐となるか知れたものではないぞよ皆の衆、か。
背後のラックには、上から下までずらりと管球アンプがコレクションされてあり、
ご本人から詳しいお話を伺えば、今夜は管球の明かりを草枕に、
一泊しなければならないところで、これが志津川金鉱の露鉱床である。
スピーカーはアルテックの『9844』と思われるが、ホーンを下に台座に据えられてあった。
『9844』スピーカーはスタジオなどで壁面にぴったり設置するモニター用に見かけるが、
箱のサイズからうかがい知れない堂々とした纏まりの良い音で定評がある。
HS氏のように堅牢な櫓に据えて鳴らされると、いかような福音を奏でるのか、
ぜひ聴きたかったが、ぬしのいないスピーカーは、
黙して語らず音無しのかまえであった。
2006.2/24


志津川街道の旅 2

2020年08月29日 | オーディオのお話


志津川街道の旅で次に向かったところはジャズ・パブ『S』。
マスターはどんな人であろうか。
『S』に到着すると、町内会の会合が丁度お開きとなって、何人もの人が
ドアから出てくるところで、海の方から川沿いに飛んできた2羽のカモメが、
目の前をゆっくり弧を描いた。
入れ換わりに中に入るとこれは広い。
ジャズパブと銘打たれた多目的ルームのような、照明も効果的な
落ち着いた空間がそこにあった。
一方の壁に『パラゴン』から始まる6組のスピーカーがバランス良くセットされてある。
事前に足を運ばれたK氏によれば、
「マスターは、あまりお笑いにならない人のようです」
とのことで、招かれざる客になってはと神妙にスピーカーの直前に席を取ると、
「そこは音が直接飛んでくるから、こちらの方が良いでしょう」
後の席を指してくださった。
「きょうは早仕舞いしましたので準備よしです」
引率役のSS氏が申されて、ビールを痛飲する態勢も整い、
テーブルのジョッキに指をかけ、そのままの姿勢でなにくれとなく気配りされる。
ドイツのビール飲みは、自分の足のつま先が見えるようでは一人前
ではないといわれたもので、SS氏は途中からワインに切り替えるそうである。
―― 十八才のころオーディオが始まりました、と言うと
「自分は中学のころに造った鉱石ラジオが出発点ですから、だいたい同じくらいの年月ですね」
と応酬されて店主はライブセッションに乗りが良く、当方のコンタックスを指し
「それはキャノンでしょ」と、突っ込みが来た。
Bもコンタックスだと申されて、業界のことは詳しいご様子である。
やがて鳴りはじめたパラゴンは、いたって高域のなめらかに調整された音に聴こえた。
「これは良い ・・・」
ポロリと言うと、店主は傍らのアンプラックの中が良く見えるように、
ガラスケースの戸を開けてくださった。
しゃがみ込んで球の素性を拝見しようとするこちらに、
「そのテレフンケンは十五万・・・」
石綿の巻かれたあの部分を指さして説明される。
ウーンと眼を丸くするこちらをしり目に、まだまだという顔をされて、
隣の仕切りのガラスのフタを開けた。
そこには二台のシングルアンプが仕舞われてあったが、
「こちらの球は1本20万・・・新しい仕様でメーカーに発注しているアンプもいずれ届きます」
特注の仕様書を見せてくださった。
Royceにお見えになった松並先生も、下段のアンプの真空管の
素性を確かめようと床にカエルのように手をついておられたが、
やはり大先生もかくのとうりマニアはどうも音楽を聴くだけで済まない。
その心理を心得た店主のお話の端々に、
オーディオとジャズについての深い造詣が滲んでいた。
秘蔵の球を聴かせましょうとラックの裏に廻られた店主は電源を入れて、
真空管は青いリングを茫々とうかべて輝きはじめた。
「ところで、どうしてトランジスタでなく管球アンプを選ばれたのですか?」
尋ねると、そこに居あわせた全員が管球派で、このときばかりは瞬時に一致して、
なにをいまさら.....といった管球梁山泊の空気があたりを覆った。
誰も話の続きを引き取る人がいなかった。
次に鳴り始めた『エクスクルーシブ2404』は、
JBLのロカンシーが開発したスタジオモニターで、一見小振りな
エンクロージャーにウーハーは40センチの大口径だ。
スピーカーの高域の性能は装置の性格を左右し、垂直方向に指向性を
広げた形はセッテイングがむずかしい、
横に広げすぎた形のホーンは焦点がぼやける、
などのことはよく知られてマニアを悩ませているが、
この装置の贅沢なウッドホーンがいかにも豪華だ。
シリーズにダブルウーハーの大型もあるが、ご主人のお話によると
位相か何か若干の問題ありと選択されなかった由。
スピーカーから、ステージさながら男性のなめらかで興奮した声が
サラボーンを紹介すると、観客がドッと沸いて拍手が巻き起こる。
静かに歌い出したサラボーン。
―― モノラル後期の録音ですね。
「ミスターケリーです」
店主はここではじめて笑ってくださった。
終わりに聴かせていただいたのは、ケイコ・リーである。
「当代随一の実力です」
店主はお気に入りだ。
ミネ・ジュンコ、カサイ・キミコなども聴きたくなってくるが...。
たっぷり楽しませていただいて、腰を上げると、
「ボクは残りますからここはおまかせください」
SS氏がテーブルの向こう端でちょっとワイングラスを上げるのが見えた。
「車内にでも吊るしてください」
小型カレンダーをくださったが、そこに写っていたものを見てあっ!と眼を剥いた。
『S』に登場してトランぺット片手に丁々発止とやっている若きT・Hではないのか。
筋金入りのジャズパブであった。
K氏から「カモメのようですが、あれはウミネコです」とお言葉があった。
2006.2/24