JIIN’S ブログ

寺院の住人が綴る、ジーンズをはいた時のような気取りなしブログ!

ワザのわざ

2009年09月30日 | Weblog

28日の記事の立華は
とても 反響が(web上も実際も)大きかった。

そこで、せっかくの秀作なので、お彼岸が終わっても、しばらく水を替えながら
本堂のお内陣にお供えしていた。

だが、さすがに葉の色があせてきたので、今夜 お下げしたした。
そこで、その立華を分解しながら、詳細を改めて ご紹介しよう。

まず、上の写真の赤丸線内を拡大すると
             
となる。
これは、立華でいうところの「請け(うけ)」という パーツになる。

そして、されに この請けの赤丸線内部分の一枝は  こんな感じ。
                

実は、この小さな 枝先は それぞれ一本ずつ 差し込んであるのだ。
引っ張ってみれば、こんなふうに抜ける。
               

立華 の向かって左下のこの「控え」というパーツもまた 同様に皆、小さな枝が 一本
ずつ植え込んである。
              

こういう立華を 当地では「葉組み」というのだが、形の良い五葉松をそのまま
使う 当寺報恩講の立華 とは 手間も趣もまた 違う。
             
こんなふうに、ひと手間 ふた手間をかけること 自体が 阿弥陀さまへの
ご報謝をあらわれであり、また それを通してまた思いが深まっていくのだろう。 


まいりました&有難うございます

2009年09月28日 | Weblog

シルバーウィークとかで、この彼岸前後に
大阪 I 市から、Sさん(60才代後半)が、温泉津へ帰ってきた。

実は、このSさんは 西楽寺の近所に家がある。(ふだんは大阪住いのため 留守)そして、幼い頃 縁あっていつも 西楽寺へ出入りして、僕からいえば
祖父や西楽寺に出入りされる住職方に 随分 可愛がられたらしい。

その結果、Sさんには 立華の心得がある。
今も熟達した左官職人であるが、その器用さは 半端じゃない。

そして、

ごいんげさん、勝手知ったる西楽寺の本堂。
留守中に 坊守さんに許可もらって ちょっと(仏具の)花瓶を借りましたよ。

え? どうしたんですか?

ちょうど西楽寺でお彼岸法座あることを聞きましたから、
久しぶりに ちょっと 遊ばせもらいました。^_^;

これ…            
                          

なんと、見事な立華!
彼岸法座では、蓮如聖人御影を奉懸していある左脇壇の上卓に置かせてもらう。

たまに 温泉津へ帰ると 僕の立てた仏華に チラッとアドバイスをくれて
いたけど、ここまで されるとは…。

いやはや、参りました<m(__)m>
そして、有難うございました。


法座ウィーク

2009年09月26日 | Weblog

お彼岸が明けた。
おかげさまで、今年の彼岸は 法座ウィーク。

この一週間の内、最初の6日間は東へ(車で1時間)、西へ(車で1時間)、
そして南へ(車で2時間)へと、 3つのお寺の彼岸法座のお取次ぎのご縁を
頂戴してお参りした。

ところ違えば、法座の形態も時間帯も異なる。

基本的に あちこちと駆け回る「布教使」タイプの僕ではないので、
いろんな意味で 変化に富んだお出遇いは 皆 刺激的だった。

とりわけ、南、つまり広島市内のお寺は まさに街中の
ビルがお寺。              
省スペースの中で ちゃんと お寺としての機能が整えられているのは驚きだ。

2階の本堂へ入ると、講師(僕)が ご法話を始める寸前まで お念仏の声が
響いている。
近代的な鉄筋のビルの中さえも やはり 安芸地方の土徳が肌で感じられた。


そして、最後の一日(今日)は 西楽寺のお彼岸法座。

ホークグランドであるから、僕は 住職としての おつとめさせていただき、
ご講師としてお越しくださった 島根出身(岐阜県在住)のO先生の音楽法話の
ご縁を ゆっくりと聴聞させていただいた。
            


とまぁ、毎日毎日 お取次ぎのご縁に お聴聞のご縁。
なんとも仏法漬けの有難い1週間だった。
(でも、ちょっと ちかれたび  ^_^;)


暖村

2009年09月25日 | Weblog

お寺から車で5分ほどの
ところにある静かな海沿いのH地区。

ここに 92歳になる一人暮らしのご門徒のおばあちゃんがいる。

だが、ここ数年、すっかり腰が曲がり、耳も遠くなって、欠かさず
お参り下さっていた法座にも顔が見えなくなっていた。

先日、同じ地区のご門徒さんが、教えてくれた様子によると

  # 最近は 食欲がなくなって、ずっと昼間から寝込んでいる。

  # どうやら、今度の連休頃に大阪の
息子さんが帰って、
      おばあさんを連れて行く らしい。

ということ。そこで お参りの合間に そのおばあさんの家に
寄ってみた。         

こんにちは~。…と言って玄関に入っても応答なし。
(耳が遠くなっているおばあさんが 返事するわけもない。)

見れば、筆談用のメモとペンが 
玄関の上がり段においてある。      

おばさーん !?   (当地方では、"おばさん"とは言わない^_^;)
…と、大声を出してみても やはり返事がない。

留守か…と思いながら、 障子をそっと開けてみると、なんと すぐそこの
部屋には 布団の上で目を閉じて横になり 微動だにしない おばあさんの姿。

まさかっ!

と、思って 駆け上がり、胸元を確かめ、鼻に手をかざしてみた。

        呼吸確認。  (ホッ)

「おばさーん、西楽寺だよ~!」 と 耳元で 声をだすと、

「あらま! ゴインゲサン。    いらっしゃい。」

とハッキリとした応答。その後は しゃべる、しゃべる… (^_^;)
横になったまま僕を見上げての会話だけど、たしかなモンだ。

その内容は、つまり…

 #何年も前に、大阪の息子が家を建てて、おばあさんの部屋まで用意して
    いっしょに住むように言ってくれているが 足腰の立つ間は、絶対に行か
    ない
と言っていた。

 #だけど 今は、年寄りの夏バテ (←自分の見立て)のために食欲もなく寝る
    ばかり。

# それでも、近所のみんなが、入れ替わりに顔を出しては、いろんな見舞い・
    差し入れをしてくれるので 有難い
    
 (たしかに、おばあさんの枕辺には "いちじくや 干し芋などが 置いてある)

# お風呂も 近所の親戚が 温泉に連れて行ってくれ、服を脱ぐはしから
    下着まで取り上げて持って帰って 洗濯してくれる。もったいない。

 #だけど、さすがに今回は もう一人が辛いので、こちらから
    電話して
大阪へ行くことを承知した。

 #今度の連休に帰ってきて、いっしょに大阪に行く(連れて行ってもらう)

ことの成り行きを僕に説明しながら、絶えず周りの人々への感謝を口にされる
おばあさんはどこか 満足感さえ漂うような さっぱりと割り切ったような顔だった。


何も知らない旅人なら、過疎化で さびれた浜辺の寒村と表現する
かもしれない                                  

しかし、この地区は間違いなく、人々の親切・心遣いがほのぼのとした暖村である。
 
          

わかったよ。(^^)v
じゃ、今度は 大阪で 会おうね。
お参りの合間で行くからね。


お念仏申すものは いつでも どこでも、  「じゃあ、またね」  だ。

                                                 ※ 僕の地方では、「大阪」といえば 関西地方全体をさす。


ご法耕

2009年09月20日 | Weblog

彼岸の入り。西楽寺から東へ車で一時間ほど
東へ走ったI市のC寺さまの彼岸法座のお取次ぎのご縁をいただいた。

途中、国道沿いのお寺には 仏旗や幕が張ってあり、ここかしこに
ご法座が開かれることとが伺われ、沿線はすっかり「お彼岸モード」。

さて、このC寺様へは もう18年も前からご縁を頂戴しており、今年で
12回目となる。

考えてみれば、30才過ぎの若僧のころから白髪頭のアラ・フィフに至るまで
よくもまぁ 懲りずに(失礼!)、お育て頂いたことと 勿体なく思う。

                 

そして、なんと言っても ここは満堂のお参りのご門徒が講師(僕)の
目の前まで詰めて座っておられるから、聞き手の反応がダイレクトに
届き、話す側まで ついつい調子に乗ってしまうのだ。

このC寺様は、もう、何年も前から「聞法録」という年間法座の参拝帳として
「聞法録」なるものを ご門徒に配布されている。

        

実は、この「聞法録」こそ 、何を隠そう、 温泉津組の「報恩講スタンプラリー」実施のお手本なのである。

それには、法座にお参りするごとに 受付でスタンプを押してもらい、一冊全部に
スタンプが満ちると 「聞法之証」と記念品が贈られる。

         

その効果であろうか、私がご縁をいただいている18年間で 参詣者は
ますます増えている。(いわゆる過疎地ではないけど、スゴイ!)

「なんとかしなければ…」というご住職の思い・願いがカタチとなって
はたらき出し、こうした結果につながるのだと思う。

「法耕」という言葉があるが、まさにご住職・坊守様が地道に法田を
耕やしてこられた賜だ。

温泉津の法田も、耕すどころか、荒らすことないように…と思いを新たにした。


圏外脱出?

2009年09月18日 | Weblog

先日のこと。
今年もまた、あの 「ケンガイ」のお寺
永代経法要にお取次ぎのご縁をいただいた。


という出だしで 昨年に書いた お寺へ またまたご縁をいただいて お参りした。


ところが…。

なんと、今回は携帯電話が通じるのだ!

そのお寺の坊守さんに よれば、昨年秋(僕がご縁を頂いた後)に
近所の山頂にアンテナが 立ったようだ。

携帯の電波が及ばない隔絶された世界での2日間  を満喫…という
僕のもくろみは淡く消えた。

ところが、ところが…!

電波の圏内になったのに 今度は僕の携帯電話自体のバッテリー残量が
危うい。(^_^;)  それもまた、タイミングよく充電器も忘れて来てしまった。

これでは、いくら圏内に居ても、バッテリーが無くなれば圏外と同じだ。

さらに、さらに、さらに…!

バッテリーの残量を保持するために、電源を切って 必要以外の電力消費を
抑えていたので、いよいよ 完全に携帯電話は受信不能となった。


果たしてまた、静寂の世界へ逆戻り。




なんまんだぶ。なんまんだぶ。なんまんだぶ。




阿弥陀さまの光は とどかぬところはないが、聞く耳を持つ人間として
生まれなければ仏法に遇うことはできない。

ちょうど、携帯電話の圏外では 電波を受け取ることができないように。

だけど、いくら人間として生まれることができても(圏内に入って)も、
聞く側の寿命(バッテリー)が尽きれば、もう遇うことはできない。

つまり、いつ尽きるかわからない寿命の中で、うかうか してはいられない。

そして、いくら寿命があって仏法のご縁に遇えても、わが身に"聞こう"
というスイッチ(電源)が入ってなければ、遇っていない(圏外)に等しい。


だが、たとえ電波の圏外にあろうと、電源が切れても、決して切れることが
ないのが 如来さまのはたらきだ。

如来さまは、いつでも・いつまでも待っていて下さる。
僕の電源が入るのを…。


最強・新アイテム登場!

2009年09月16日 | Weblog

テレビやビデオ・パソコンの画面を
拡大して映し出す器械である プロジェクター。

今までは、高額機材だったので、近隣寺院 数十ヶ寺で共同購入した
かなり旧年式のものを借りてきては使っていた。

ところが、近年の技術進歩と価格低下が半端でなく、きれいな画像の
プロジェクターが 随分求めやすい価格になっていると聞いていたが
どれを選んでいいやら、わからなかった。

そんなとき、いつも いろいろとご法縁を下さる
河久保道場のJINEIさん が、教えて下さった、DVD一体型プロジェクター は
立ち上げ式80型スクリーン(とっても簡単に設置できた!)も付属した 
スグレモノ もの ということなので、さっそくネット通販で購入。

             

本日の 西楽寺仏教婦人会の月例会で いよいよ初使用してみた!

まずは、DVDビデオで修復された本願寺御影堂を少し観て、次に
インターネットを接続したパソコン画面をプロジェクターで 映し出して、
会員のみなさんに 「インターネット画面」の初体験をしていただいた。

まずは手短に いろんなサイトを紹介してインターネットの雰囲気を
味わってもらう。

すると、インターネットという言葉は よく聞くけど、実際にその画面を見たこと
がないという70代・80代の会員さんは、ただただ  「へぇ~」 と 驚いていらっ
しゃった。

その後は 西楽寺ホームページ 「人生ナビ 日日あらたに」 を開いて
管理人の僕が 生解説をしながら、サイト内のコンテンツを紹介。
なんだか、会社でプレゼンしている営業マンになった気がした。


そして今夜は 朝参りの会「聞信会」(壮年会)の幹事会。

今年度後半の研修旅行・年末の集い(忘年会)などの企画をしたのだが
ここでも、プロジェクターが大活躍。

旅行先の店探しや定休日・アクセス・所要時間等の情報を みんなの目の
前で インタネットで検索・引き出しては、 「これにしよう!」 と決定していく。

これまた 話は 盛り上がるし、何しろ みんなが同時に目の前に同じ情報を
得るということ
が 素晴らしい!

              

途中、コーヒーを入れてくれた Boumoriが、
「まるで、どこかの会社の販売戦略ミーティングみたいね」 と笑っていた。


よーし、これでインターネット接続画面を 皆さんで観ることが確認できた。

これなら、 本願寺の御正忌大逮夜(1月15日晩)につとまる「通夜布教」の
ご縁をここ温泉津で皆さんと同時聴聞もできそうだ!

…と、どんどん 新アイテムの利用の夢がひろがるのであった(チャン、チャン!)


場違いなオヤジたち

2009年09月15日 | Weblog

 先日は、恒例の年中行事
 「年に一度の二人同窓会」

ここ数年、"会場"の店は 定番化していたが、今年は
思い切って 趣向・方向性を大転換。

そういう意味で、宿泊先のホテルも(ネット検索だけど)今までと
違う場所を予約してみた。

ところが…    である

夕方のチェックインの時から すでに  感じては いたのだが、
夜の街に繰り出すと それは 一層明らかになった。

つまり、通りを歩く人・店の中にいる客層…

    すべてが 若い

2件目に 紹興酒が飲みたくて、何気なく入った中華居酒屋も こんな感じの店で、
とにかく コジャレて お客も 若い!

             

だから、どこへ行っても 僕たちが”最高齢者”みたいな位置づけに
なっている雰囲気を感じる。


もちろん、そんなことで 揺らぐような ナイス・ミドル2人ではない。
 (勝手に ナイス をつけてしまった…^^;  … ただの アラフィフ・オヤジなのに)

だけど、話題は 血圧・コレステロール・体脂肪… と徹底的に
「現実」を直視する内容から始まっっていた。


この夜、僕は 同級生の友といっしょに 若者の街を歩き、若者の店で、
若者たちの間で 飲み、話しながら、自分が歩んでいる「今」という
この時を 考えていた。

僕が 僕の今を生きるのに、若者たちの今を見て、うらやむこともない。
こびへつらったり、くやむこともない。

僕は ただ、この「今」を引き受けて生きていくだけ。
そんな確かな今を 若い「今」の中で じわっと 感じ取れた夜だった。


ということで、最後は 行列のできるラーメン屋で しっかり仕上げ。
             

ココも み~んな若かった!

とはいえ、僕たちも互いに  アラ・フィフ…。
惜しまれて逝くより、憚りながら 生きていこうぜ!なっ、相棒!


七日ごとのたより

2009年09月13日 | Weblog

葬儀の後は、四十九日まで七日ごとに 
ご門徒宅へ いわゆる「七日まいり」をさせていただく。

だが、その家のご主人が亡くなられた場合など、初七日がすめば、
喪主である長男さんは もう地元には居らず、職場のある都会地へ帰って
しまう。

つまり、お参り先には 故人の奥さん(おばあちゃん)だけがいらっしゃる。

また、京阪神地区などの都会地在住のご門徒の葬儀へお参りした場合、
その後四十九日まで七日ごとにこちらから毎週お参りさせていただくと
いうのは 物理的に難しい。

といことで、いずれの場合も、葬儀後に喪主と七日ごとの仏縁を結ぶ
接点がないのが実情だ。

とはいっても、せっかく 故人が "いのちがけ" で導いて下さる四十九日の
ご縁を おろそかにはできない。

そこで 思いついたのが、ダイレクトメール作戦。

直接 お会いすることができないならば、葉書一枚サイズではあるが
七日ごとに ささやかなお便りを差し上げて、法縁にあっていただく
…というものである。

         

送り先は、実家を離れていらっしゃる喪主やその兄弟姉妹。

一週間ごとに決まった曜日に届くようにするためには、郵便の
所要日数や配達日、ポストの集配時間など ちょっとヨミをはたらかせる
必要もある。

それに第一、その日に忘れずに投函しなければならないから、
事務室の入り口の鴨居には、投函予定日ごとに 葉書が束にして吊る
されている。

                 

だが、おかげさまで、この「七日ごとのお便り」は、
ご門徒の皆さんには とても喜んでもらっている。
 
  * 全部保存して、繰り返し読ませてもらっています。

  * 毎週、会社に持っていき同僚も 読んでいます。

  * 7日ごとに (故人を)見送った今を かみしめさせられます

などと勿体ない感想をいただくことが多い。

都会地と田舎、距離的にも時間的にも離れてしまい、仏縁から遠ざかる時代に
この便りは、地方寺院として せめてもの「企業努力」だが、ささやかながら 続け
させていただこう思う。


※ この 七日のたより は 当寺HP内 コンテンツ

        
メニュー > バリア・フリー・ウェイ >  ひらがな法話

    に 「七七日法話」として アップしてあります。


移動 法事

2009年09月11日 | Weblog

「移動祥月命日」の次は、「移動法事」。

 
先週末、7月の葬儀にお参りした大阪方面在住のご門徒の
四十九日法要が営まれた。

その間に一度ほど 三七日(みなのか)頃にお参りさせていただいた
のだが、その時に、喪主が 言われるには

 「今度の (四十九日)法事は、おとき(会席)を予定している
  場所(店)で法要も行いたいと思ってます。

  駅前にあるその店(料亭)は、会席の前に仏事ができるような
  設備(用意)があるようです。
 
  ですから、今回は、人数も多いことですし、集まる親戚の交通の便も
  考えてそうすることにしました。」

仏具等は事前に確認したとおりで、ご本尊も「阿弥陀さま」のご絵像が
懸けてあった。

だが、僕は ご本山からお受けした ご本尊「いちょう」 (← 詳しくは 河久保同行の部屋を ご覧下さい)
を 持参していたので、それを安置して法要を営んだ。

         

たしかに、今どきの住居の作りは個室が中心で 親戚一同が集まって
仏事・行事をできるようには 設えられてはいない。

まして、距離的にも 離れている親戚が 一箇所に集まるということは
とても難しい時代となった。

我が家の仏間ではなく、こんな形で みんなが時と場を重ね、同じ方向を向く…

これもまた ひとつの方法かもしれない。