rock_et_nothing

アートやねこ、本に映画に星と花たち、気の赴くままに日々書き連ねていきます。

ミケランジェロ、神に愛されすぎた芸術家

2012-01-14 23:34:53 | アート

誘惑

ミケランジェロは、彫刻家だ。
彼自身も、それを自負している。
なのに、人類の宝ともいえる壁画を残した。
システィーナ礼拝堂における創世記と最後の審判が、それだ。
彫刻家の目と三次元的空間構成能力が、力強く明快な画面を生んだ。
このシスティーナ礼拝堂には、そのほかにもラファエロやボッティッチェリも壁画を描いている。
どちらもイタリアルネサンスを代表する画家なのだが、華麗さでは勝っているそれらの絵も、ミケランジェロの前には、霞んで見えてしまう。
ミケランジェロは、神に愛されすぎているのだ。
彼の壁画は、圧倒的なオーラを放っている。
壁画を製作中、愚痴ばかりこぼしていたミケランジェロ。
体の痛み、鑿を取り上げられ絵筆を握らなければならない不満、実に文句たらたらなのだ。
持たざる者からしてみれば、なんと奢ったことだろうと思うが、彼にしてみれば、限りある人生を無駄にしていると焦っていたのかもしれない。
それでも、こうして後世の人へ、人類の存在意義を肯定できる素晴しい芸術を残してくれたのだ。
彫刻ばかりでない絵画における巨人ぶりを。
万が一にも、この壁画が失われることがないように、人類としての良識を持ち続けてもらいたい。
いままでにも、素晴しい芸術が焼かれ壊されてきた愚行を繰り返さないように。
美しいものを創り出せる、人間の素晴しい特性に祝福あれ!


ボッティッチェリ:モーゼと羊飼い


ラファエロ:アテネの学堂

暮らすにはこの上ない街、ベトナム:カントー

2012-01-14 00:08:14 | 街たち
「世界ふれあい街歩き」ベトナムのカントー、メコンデルタにあるメコン川の支流カントー川の北に広がる街。
肥沃で水に恵まれた土地は、米の一大生産地となっている。
そのほかにも、多種多様な農産物に、川と海の恵み両方の魚介類も盛りだくさん。
メコンデルタは、日本の九州ほどの大きさで、元は湿地やジャングルだったのを数百年かけて開墾し、いまのようになったという。
豊富な川の水を利用して、網の目のように張り巡らされた水路は、交通手段でもあり、洗濯や行水など人々の生活に密着した生活水路でもある。
もちろん移動はボートなどだから、燃料を補給する水上給油所、買い物をする水上マーケットなど、生活施設も備えてある。
カイラン水上マーケットは、メコンデルタいったいから集まる品物を取り扱う、卸市場のようなものだ。
特徴的なのは、各ボートには竹竿がまっすぐに立てられ、その竿に扱う商品が括り付けられていて、いわば看板のような機能を果たしている。
一目瞭然、先人の知恵。

一方、陸では、交通手段にバイクが圧倒的に使われている。
二人乗りは当たり前、3人だって、荷物を溢れんばかりに積んだって、お構いなく走る。
たとえ止まれの信号でも、相手にぶつからなければ進んでしまったり、市場の狭い通路も通り抜けたりと、日本とはかなり勝手が違うようだ。

カントーには、”米白く水澄むカントー、旅人去り難し”という言葉があり、街のどこでもこの言葉がささやかれている。
穀物野菜に魚介類、食べ物が豊かで、水を満面に湛えたメコン川の美しさ、住むにはこの上なく素晴しいところと謳っているのだ。
見る限り、街そのものが美しさを持っていると言い難い印象だが、そのむかし、雑多な建築様式に縦横無尽なバイク、情緒に欠けるアスファルトの道でなかった頃は、街自体もよかったのではないかと思う。
入り組んだ路地などは、市井の人の息遣いがストレートにあらわれていて、そこは興味深いものがあった。
貸しマンガ屋、生活雑貨店、八百屋など。

カントーは、米どころ。
米を利用した”フーティウ”という麺類があるという。
フォーとは違う製法の麺は、まず、米を細かく砕いて多くの水と混ぜ、それを薄くのばしてクレープ上に薄く焼いたものを天日で3日干し、細く裁断する。
その麺をさっと茹でたものに、肉や魚介の具をのせて熱いスープをかけ、もやしや春菊の生野菜をたっぷりとのせよく混ぜて食べるものだ。
熱いスープで、生野菜に程よく熱が入り、しゃきっとした食感がいいのだとか。
かつてベトナムは、フランスが統治していた時期がある。
そのおかげで、フランスにはベトナム系移民がかなりいる。
フランスで中華食といったら、ベトナム色がかなり強い。
もちろん、ベトナム料理店もよく見かけるし、食材店もたくさんある。
初め、パクチー(香菜)やミントに馴染めなかったりもしたが、慣れると実にあっさりとしながら味わい深い美味しい食べ物がたくさんある。
そのとき、初めて米の麺やライスペーパーの存在を知って、軽いカルチャーショックを受けたのだった。
米を粉にする発想に。

ベトナム戦争では、このカントーも戦火を免れることはなかった。
”代書屋”の初老の男性が、言っていた。
戦争で傷を負い、歩けなくなってしまったが、人生を変えるために、そのために日夜働くと。
人生は、変えられるものなんだという信念を持っていた。
どんなに悲惨なことが起きても、過去を背負ったにしても、人は前を向いて生きていかなくてはならない。
奇跡的に授かったこの命を、感謝して全うしなければ、命への冒涜になるだろう。
そして、人は、命を損なうような愚行をしないように、重々肝に銘じなくてはいけない。
戦争、生命を脅かす化学物質や放射性物質の不用意な製造と拡散、人命の搾取。
奇跡的な全ての命の存在を脅かさないように。

”米白く水澄むカントー、旅人去り難し”
我々は、地球を去ろうとしているのだろうか。