上半身を起こしてセンが笑いかけてくる。
でもそう言われて素直に台所に向かうのは気が引けた。
「あのさ、セン」
「なんですか?」
「気にさせてくれたほうが俺としては気が楽なんだけど」
「あはは、変な話ですね。言ってることが矛盾してますよ?」
「とにかく俺はここに居させてもらうからな」
ベッドの縁にもたれて、床に座り込む。そして少々の沈黙。
「……お腹空きませんか?」
「今のところはな」
別にこのまま一食くらい抜かしたって問題ないさ。
世の中朝食を食べないのが普通な人が居るくらいだし。そしてまた沈黙。
「星、今日も綺麗ですね」
「そうだな」
やっぱり沈黙。会話が続かない。
「えっと……どうしましょう。なんだかギクシャクしてますね、わたし達」
「…………余計なお世話だったら悪いんだけどさ」
「はい?」
「その、お前のほうこそ俺のこと気にしないでくれていいから。
例えば……怖いとか、不安に思ってたりするんだったら」
「この足ですか? そりゃあちょっとはそんなふうにも思いますけど、
よく考えたらわたし普段もこの部屋からあんまり動かないですし。
だからその、あんまり影響ないかなって……」
「じゃあ今どうなんだよ。ギクシャクしてるって自分で言っただろ」
「それは……」
背中を向けたままの俺の問いに、センが言葉に詰まる。
でもそれは答えが解らないからではなく、解ってるけど口に出したくないからだ。
さっき、「ちょっとはそんなふうにも思う」とセンは言った。
でも普通に考えて、ちょっとなわけがない。
いきなり自分の足が動かなくなって平然としてるようなやつが居るか? 俺なら無理だ。
「気にするななんて、無理に決まってるだろ。お前が俺の立場だったらどう思う?」
「…………」
センは答えない。なので俺は続ける。背中を向けたままで。
「無理矢理作った笑顔なんてさ、見てても辛くなるだけなんだよ。
それだったらいっそ泣いてくれたほうがマシだ。落ち着くまで付き合ってやるから」
塞ぎこんで閉じ篭って、そのまま閉じ篭り続ける羽目になった例を俺は知ってるからな。
お前だって知ってるだろ?
「だ……だって、大好きな人に迷惑をかけるなんて、そんなこと……」
「ちょっとキツイ言い方になるけど、ごめんな。先に謝っとく」
後ろの気配がびくりと震えるのが解った。でもことわりを入れた以上、止められない。
「そうやって引きずられるほうがよっぽど迷惑だ」
多分あいつも、お前に泣き付いて欲しかったんじゃないかな。なあ岩白。
「だ、だって……だって……! そんなのわたし、どうしたら……!」
「頼りにしてくれ、なんて格好良いこと言えるようなやつじゃないけどさ、
泣き言を聞いてやるくらいならできるぞ。
……『聞いてやるくらいしかできない』の間違いかな」
それから数秒、間が空く。そしてその後動く気配がないまま、声だけが聞こえてきた。
「……怖いです」
「ああ」
「怖くて……怖くてたまらないです」
「ああ」
「う、腕まで動かなくなるって春菜さんが言ってました」
「……ああ」
「わたし、どうなっちゃうんですか? 手も足も動かなくなるって、そんなの、そんなの……」
「…………」
その時俺の背中に重さがかかり、肩越しに腕が伸びてきた。
伸びてきた腕はカタカタ震え、俺を力いっぱいに締め付ける。
その手に触れると締め付ける力が少し弱まったので、俺は体の向きを180度回転させた。
そして俺の背中に乗りかかっていたそいつを、
ベッドから引きずり降ろすように腕の中に収める。
そこからはもう、泣き言すら聞こえなかった。聞こえてくるのは単なる泣き声。
「うあっ……うああああああああ! あああああああああ!」
こんなことしかできない自分が、腹立たしかった。
そして腕の中で泣いているセンに、申し訳なかった。
そう思えば思うほど、腕に力が入る。
少しでも、ほんの僅かでも、それでこいつが楽になるなら――
暫らくすると時々しゃっくりのように体を痙攣させてはいるものの、泣き声が止んだ。
「落ち着いたか?」
「うくっ……はい」
そう答えつつも、センは俺の胸から顔を離さなかった。だから俺も、腕を緩めなかった。
でもそう言われて素直に台所に向かうのは気が引けた。
「あのさ、セン」
「なんですか?」
「気にさせてくれたほうが俺としては気が楽なんだけど」
「あはは、変な話ですね。言ってることが矛盾してますよ?」
「とにかく俺はここに居させてもらうからな」
ベッドの縁にもたれて、床に座り込む。そして少々の沈黙。
「……お腹空きませんか?」
「今のところはな」
別にこのまま一食くらい抜かしたって問題ないさ。
世の中朝食を食べないのが普通な人が居るくらいだし。そしてまた沈黙。
「星、今日も綺麗ですね」
「そうだな」
やっぱり沈黙。会話が続かない。
「えっと……どうしましょう。なんだかギクシャクしてますね、わたし達」
「…………余計なお世話だったら悪いんだけどさ」
「はい?」
「その、お前のほうこそ俺のこと気にしないでくれていいから。
例えば……怖いとか、不安に思ってたりするんだったら」
「この足ですか? そりゃあちょっとはそんなふうにも思いますけど、
よく考えたらわたし普段もこの部屋からあんまり動かないですし。
だからその、あんまり影響ないかなって……」
「じゃあ今どうなんだよ。ギクシャクしてるって自分で言っただろ」
「それは……」
背中を向けたままの俺の問いに、センが言葉に詰まる。
でもそれは答えが解らないからではなく、解ってるけど口に出したくないからだ。
さっき、「ちょっとはそんなふうにも思う」とセンは言った。
でも普通に考えて、ちょっとなわけがない。
いきなり自分の足が動かなくなって平然としてるようなやつが居るか? 俺なら無理だ。
「気にするななんて、無理に決まってるだろ。お前が俺の立場だったらどう思う?」
「…………」
センは答えない。なので俺は続ける。背中を向けたままで。
「無理矢理作った笑顔なんてさ、見てても辛くなるだけなんだよ。
それだったらいっそ泣いてくれたほうがマシだ。落ち着くまで付き合ってやるから」
塞ぎこんで閉じ篭って、そのまま閉じ篭り続ける羽目になった例を俺は知ってるからな。
お前だって知ってるだろ?
「だ……だって、大好きな人に迷惑をかけるなんて、そんなこと……」
「ちょっとキツイ言い方になるけど、ごめんな。先に謝っとく」
後ろの気配がびくりと震えるのが解った。でもことわりを入れた以上、止められない。
「そうやって引きずられるほうがよっぽど迷惑だ」
多分あいつも、お前に泣き付いて欲しかったんじゃないかな。なあ岩白。
「だ、だって……だって……! そんなのわたし、どうしたら……!」
「頼りにしてくれ、なんて格好良いこと言えるようなやつじゃないけどさ、
泣き言を聞いてやるくらいならできるぞ。
……『聞いてやるくらいしかできない』の間違いかな」
それから数秒、間が空く。そしてその後動く気配がないまま、声だけが聞こえてきた。
「……怖いです」
「ああ」
「怖くて……怖くてたまらないです」
「ああ」
「う、腕まで動かなくなるって春菜さんが言ってました」
「……ああ」
「わたし、どうなっちゃうんですか? 手も足も動かなくなるって、そんなの、そんなの……」
「…………」
その時俺の背中に重さがかかり、肩越しに腕が伸びてきた。
伸びてきた腕はカタカタ震え、俺を力いっぱいに締め付ける。
その手に触れると締め付ける力が少し弱まったので、俺は体の向きを180度回転させた。
そして俺の背中に乗りかかっていたそいつを、
ベッドから引きずり降ろすように腕の中に収める。
そこからはもう、泣き言すら聞こえなかった。聞こえてくるのは単なる泣き声。
「うあっ……うああああああああ! あああああああああ!」
こんなことしかできない自分が、腹立たしかった。
そして腕の中で泣いているセンに、申し訳なかった。
そう思えば思うほど、腕に力が入る。
少しでも、ほんの僅かでも、それでこいつが楽になるなら――
暫らくすると時々しゃっくりのように体を痙攣させてはいるものの、泣き声が止んだ。
「落ち着いたか?」
「うくっ……はい」
そう答えつつも、センは俺の胸から顔を離さなかった。だから俺も、腕を緩めなかった。
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