11/13 13:08
8月に取り付けた真新しいエアコンが暖房を入れると数分働いたら止まってしまって準備中という表示になり、半時間ぐらい動かないで、突然また動き出して数分するとまた準備中になってとまるという不具合で、メーカーに問い合わせするなど朝から宥厳先生は忙しい。
新しい座布団到着!
灯台の絵<その1>
灯台の絵<その2>
幸子先生
講義始ります
どうもおはようございます。お元気でしたかね、皆さん。何か一カ月、今月もひと月経つのが割と遅いような気がしましたね。今月は岩谷さんが具合があんまりよくなくて休まれますので、代役を近くにお住まいの新田さんにお願いしました。
後ろにおられますけど、ちょっと立って自己紹介してください。
(新田さん)この、ほん近く、ここから10分か15分ぐらいの所に住んでいます、新田です。よろしくお願いします。
(一同)よろしくお願いします~
え~っと、それと何やら話しようと思っとったん…。あ、あの~
(幸子先生)人間国宝!!(一同爆笑)
(宥厳先生)人間国宝に指定されまして、この二人で。それで、陛下とお目にかかることには…なってないですけど(笑)。
(一同)え~~~
(宥厳先生)あの~、今月の25日か26日に、テレビで放送されるとかで、月亭八光っていう男の子がやって来たんですよ!僕は八光(はちみつ)と喋ってたんですけど、それが八光なんて芸人は全然知らないから、「あんた誰や?」って聞いたら、「八光です」っていうから、「あの甘いハチミツか」って言ったら、「いや、八の光と書きます」って言うから「はっこう」って書くのかって言ったら「そうです」って言うてました。
この桜井の街を、その八光さんが、色々な家をのぞきながら歩いて、話題になりそうなめぼしい人見つけて取材する番組らしいですね。僕はその番組を見たことなかったんですけど、何か人に聞くと結構有名な番組で全国放送だとか言うてましたね。
(琴美ちゃん)フジサンケイグループ。
(宥厳先生)ああ、そうそうそう。関東でも流されるんじゃないですかね。まあよかったら見て下さい。
(幸子先生)お笑い、お笑い。
(宥厳先生)大阪弁のガラの悪い人が出てきますから。
(琴美ちゃん)8chって関東ではね。
(宥厳先生)それと、そこに日記があるの持ってきてくれる?中西さんの。棚の上に本積んであるでしょ、薄っぺらいの。日記!!ちょっと一冊ずつあげて下さい。
灯台の絵がそこに一枚掛けてあるんですが、その絵を描かれた絵描きさんの旅日記です。1980年にフランスとスペインとシンガポールへ行った旅日記ですね。先月、ちょっと話しましたよね、この件について。中西康郎さんの遺作の展覧会を、先月の22日から一週間、大阪の上本町のギャラリーで開催しました。
♪~あ、また電話。ちょっと待ってね。 、、、電話、、、《あのね、このエアコンは初期不良の可能性があるのでそれで販売店を通じて修理を申し込んでくださいって。いま、メーカーから電話もらってそう言われたから、電気屋さんの方で手続きしてくださいって、修理の。うん、そう言うてもらったらいいから。こっちから修理依頼できないんや。販売店を通じてでないと…あれ?切れた!(一同笑い)
(受講生)ひど~いエアコンね~
(宥厳先生)はい、あのそれで遺作展を六日間やりました。それで今、東光寺には10点くらいその作品を預かってます。それで、この作品と上の本堂にも今、♪~あ、またや。《もしもし、あ、うん、うん。あのメーカーでないと直せないって。うん。はいはい、わかりました。はい、ありがとう。はい。はいはい、はい。お寺にかけてもかからんから、携帯にかけてもらって、はい。はいはい、わかりました、ありがとう。》
(宥厳先生)まあ、この日記は皆さんも持って帰って読んでみて下さいね。それからたくさんスケッチブックも預かっていますので、後で見て頂けたらと思います。折角の機会ですので。絵描きさんのスケッチブックを見るなんていう機会はめったにないと思うんですね。素晴らしいスケッチブックです。この間、全部写真撮ったんですけど、テーブルの上に置いて、上からこう写したもんだから僕の影が下の方にどうしても入って、こうやって写したんですけどね。何か、置いたまま横着して写したもんですから、やや陰ったりしていますが、言われないとわからない程度で、そこそこきれいな写真は撮れてはいます。ま、そんなことで一度、是非見て頂きたいと思います。またこれを読んだら感想でも送って頂いたら、HP、ブログに掲載などいたしますから、どうぞ送ってくださったら、と思います。
(宥厳先生)テレビ取材でこんなのもらいました。
それ、さっき言ったハッ、ハッ…ハッコウさん?…八光(はちみつ)さんか!
(受講生)ブっ(笑)
(宥厳先生)これは、八光さんから「認定します」ってもらった(笑)
(受講生)ここに来られたんですか?
(宥厳先生)上の方。本堂で。本堂と、庫裏の方で取材したんですね。まあ、ここでやったら広くてよかったんですけど、まあ、上に来てもらったんです。
(幸子先生)ほんま、ほんま。お笑い。
(梅田さん)フフッ
(一同大爆笑)
(幸子先生)アホやわ…
(宥厳先生)まあ、あのどんな絵になってるかはわかりませんけど、まあ、多分2,3分で終わるんじゃないかな、あんなもんね。そこそこ喋りましtらけど、まあ桜井の取材の中では、この認定した人ではメインになるなかな、とようわからないですけど。テレビなんか時間かけて取材しても本当に、いざ放送になったらこんなになっちゃいますからね。まあ、よう分りません。
(宥厳先生)僕は八光って言うのがわからなかったし、そのお父さんの八方?
(受講生)月亭八方!!
(宥厳先生)それも、月亭八方っていうのもわからない。知らないですね。米朝さんくらいしか知らない。米朝さんとまあ、仁鶴とか三枝ぐらいやねぇ、顔と名前がわかるのは。僕の友達の落語家で円座さんってのがおるんだけど、それはまあ親しくしてるので、良く知ってますけど、他の落語家は…
(幸子先生)他の人は知らないわ!
(宥厳先生)そうなんです。それから、今月の短歌。
今月は「中西康郎遺作展」のシリーズにしてみようと思って書いたんです。
例によって早坂さんにに朗読をお願いします。
中西康郎遺作展に寄せて 山内宥厳
どうだん12月号
二十歳ごろ邂逅したる画家がいた中西康郎黙って去りぬ
賀状来ず去る年七月に果てしことやっと知ったり友を悲しむ
二年経ち友とはなにかただ生きてあればいいかと自問する我
見つけたる旅日記あり黄ばみし表紙の文字によみがえる友
描くはずの白きカンバス並ぶ棚パレット置かれ洗われた筆
自動車に満載をせり油絵を遺作展する画廊へ向かう
堆くスケッチブック残したり遺作展の会場に置く
6Fの画紙に現るスペインの空に描かれた風車が回る
カンバスの前に佇み凝視めいる縁のひとの懐かしむ目
何故か道路標識など丹念に描きこんであり絵描きの不思議
(宥厳先生)どうもありがとうございました。ちょっと、あの~切り方が、僕の短歌の音と違うような感じが…
(早坂さん)あああ、すみません!
(宥厳先生)あの~例えば「何故か道路標識など丹念に」「6Fの画紙に現るスペインの」まで行かなあかんのちゃう?ね。「空に描かれた風車が回る」「堆くスケッチブック残したり/遺作展の会場に置く」って切り方としてはこんな感じかなと。まあ、あの何も難しいことは少しも書いていないんですけど。
これはブログでまた読んで頂きましょうかね。
スケッチブックは昼にでも持ってきて見てもらおうかなと思います。
この日記の日付に従って、今日は何枚スケッチを描いたとかって、日付もあって、その日記の、この日のスケッチだなって言うような感じで、非常にリアルな生き生きとした日記だと思いますね。なかなか得難い日記だと思っております。
遺作展の企画を、八月からにわかに決めて、二か月足らずの間に、この本と展覧会とそれで、琴美ちゃんにもアトリエに行って額に入れて運ぶのとか色々手伝ってもらったりして、
なんとか長年の友人の慰霊ができたわけです。
後、じゃあ楽健法やりますけど何か言うことないですか?
(受講生)人間国宝に選ばれたこと…
(幸子先生)えっ…そんな見て頂いて、すごく楽しみがあると思います。アッと驚かれることは多々あると思い…
(宥厳先生)何の?
(幸子先生)人間国宝の。
(宥厳先生)あ、人間国宝の?(笑)。僕は今、中西さんのスケッチのことだと…そうかそうか。
(幸子先生)ご感想とか…
(宥厳先生)まあ、あの~、テレビっていうのはどうも時たまですけれどもね、何年かに一度くらい取材を受けたり、放送局に呼ばれて出たりしたこともあるんですけど、何かいつも後で見て逃げ出したくなるような(笑)
(幸子先生)この年になって残酷やぁっとか言っておきましたけど。
(宥厳先生)20年前にここで、私がここに来た年にもやはり関西テレビだったですね。カンテレから取材があって、30分番組に取り上げられたことがありました。「宗教の時間」って、見たことある?それでここのお寺の裏山を削って作った土を僕が一輪車で庫裏の前の庭の埋め立てをしたりするのとか、楽健法や演奏会をやったりするところを宗教活動の一環として紹介されたんです。
いつも僕はテレビの連中ってのは、けしからんなと思うのは、何かこう取り上げてやったら喜んで写されるだろうというような恩着せがましい態度がどっかにあって、必ず返しますから昔の写真があったらぜひ一枚貸してほしいとか言われて、一枚しかない写真を、その頃はまだパソコンもやってませんからね。バックアップも取ってないし、それで、必ず返すから、と何度も念を押して持って帰ったんですよ。それで、放送が終わったら知らん顔してね、写真どころか、録画ビデオもちゃんと送りますっていって約束したのにそれも送って来ないし、随分いい加減な人たちだと思いました。だから、マスコミの連中ってのはどっか思いあがってるようなところがあって、いけすかんし、そこへ出てきて、自分の姿を見たり声を聞いたりするともう、わ~~~っと思って。
(幸子先生)笑うよな。
(宥厳先生)うん、笑う(一同笑い)。悪夢のような感じがします。
(幸子先生)でも、だいぶたしなめておきましたから(笑)。みなさんに、今頃の若者はなってないって言っといたから、まあ(一同笑い)。
(宥厳先生)それから、まあ楽健法の件で言えば、先月の終わりごろ…あ、ちゃうわ、今月になってからか…。今月の5日の日にお坊さんが二人と、お寺の奥さん方、全部で6人で楽健法の勉強に来られました。
その内、Nさんという体重が90キロはあるかな、大きな体のお坊さんがいて、ちょうど私と同じ時期に高野山で修行していたんですね。私はちょうど50歳の時に高野山に入ったわけですけど、その方は専修学院という別の場所で修行していた。向こうは1年コースで僕は135日間のコースで、僕は四度加行だけにいったんです。
それで、同じお寺さんでも、例えばそこの長谷寺ですね、長谷寺でも、四度加行っていうのがあるんですね。ところが、長谷寺の場合は1か月で全部終わるっていう加行なんだそうですね。そしたら、1つの行が高野山だったら3×7=21日の間同じことを一日三回繰り返すということが四度加行ですから四回次第に高度になっていく行が繰り返されるわけですね。だから、そういう意味でかなり時間がかかるんですね。だから、1つの行がだいたい2時間半から3時間くらいかかるんですけど、それを一日三回やってそれを21日やる。それが4クールあるというようなね、そういうのが四度加行の内容なんですけど。まあ、長谷寺辺りで一週間ごと4回やって卒業してきた人たちのなかにはもっと勉強したいと思う人もいて、そういうひとは高野山にもう一度来られて勉強するという、そういう人が私の時にも一人いらっしゃいました。
それで、Nさんは、その四度加行の時に正座の時間が長いものですから背中を痛めて、左の肩甲骨の下あたりが猛烈に、激痛が来るようになって、それが20年来治ってないそうです。激痛が来るもんだから、正座してられないんですね。正座してるのが痛くて、辛くて、もうお坊さんやめようかな、なんて思ったりするような状態が長年あって、東光寺へ来られたんです。それで、じゃあ僕が踏んであげましょうと初めての楽健法をやってあげたんです。そしたら、その痛みがすっかり消えて、ビックリ仰天して、これはすごい!と感激されて、また2日ほどして電話かかってきて、もっと続けてやってほしいと言われて2日目にまた来られました、来週もまた来られます。それで、楽健法はすごいので檀家の人にも是非教えて広めて、自分もお寺で普及活動に力を入れたいという風に熱心におっしゃいますので、それで来年ですが、男の人は今のところ一人だけ東京から小山さんが来られる予定なんですね、それでまあ、それならばあなたもいらっしゃいとか言って、入ってもらうことになってます。
まあ、そんなことですね。えーっとじゃあ今から楽健法やりましょうかね。
他、何かはじめに言っておきたいこととか、発言とか質問とかないですか。今日は、あれ?人数一人足りないのか?恭子ちゃん…
(琴美ちゃん)二人来てるから。
(宥厳先生)今日は大丈夫ね。夜は恭子ちゃんが来られるんやね。
(琴美ちゃん)何時になるか、でも。
(宥厳先生)あ、そうかそうか。まあ、そんなところです。
(幸子先生)あれ、増野さんは?あ、来てんの(笑)。
(宥厳先生)堀内さんが恭子ちゃんの代わりなので、今日何番からですか。
(受講生)4番。
(宥厳先生)じゃあ、護身法してからやりましょう。
楽健法23(4)
護身法
おやつ~
すやすや~
こうよ、こう!!!
夕食17:45
●むかごごはん●おでん(じゃがも、ちくわ、こんにゃく、あげ、だいこん)●春菊●ごま和え●舞茸と豆腐のおすまし
●かつおとちりめんじゃこのつくだ煮●大身ショウガとこぶとしいたけの煮物(勝子さん作)●日野菜の漬物●
五観の偈
8月に取り付けた真新しいエアコンが暖房を入れると数分働いたら止まってしまって準備中という表示になり、半時間ぐらい動かないで、突然また動き出して数分するとまた準備中になってとまるという不具合で、メーカーに問い合わせするなど朝から宥厳先生は忙しい。
新しい座布団到着!
灯台の絵<その1>
灯台の絵<その2>
幸子先生
講義始ります
どうもおはようございます。お元気でしたかね、皆さん。何か一カ月、今月もひと月経つのが割と遅いような気がしましたね。今月は岩谷さんが具合があんまりよくなくて休まれますので、代役を近くにお住まいの新田さんにお願いしました。
後ろにおられますけど、ちょっと立って自己紹介してください。
(新田さん)この、ほん近く、ここから10分か15分ぐらいの所に住んでいます、新田です。よろしくお願いします。
(一同)よろしくお願いします~
え~っと、それと何やら話しようと思っとったん…。あ、あの~
(幸子先生)人間国宝!!(一同爆笑)
(宥厳先生)人間国宝に指定されまして、この二人で。それで、陛下とお目にかかることには…なってないですけど(笑)。
(一同)え~~~
(宥厳先生)あの~、今月の25日か26日に、テレビで放送されるとかで、月亭八光っていう男の子がやって来たんですよ!僕は八光(はちみつ)と喋ってたんですけど、それが八光なんて芸人は全然知らないから、「あんた誰や?」って聞いたら、「八光です」っていうから、「あの甘いハチミツか」って言ったら、「いや、八の光と書きます」って言うから「はっこう」って書くのかって言ったら「そうです」って言うてました。
この桜井の街を、その八光さんが、色々な家をのぞきながら歩いて、話題になりそうなめぼしい人見つけて取材する番組らしいですね。僕はその番組を見たことなかったんですけど、何か人に聞くと結構有名な番組で全国放送だとか言うてましたね。
(琴美ちゃん)フジサンケイグループ。
(宥厳先生)ああ、そうそうそう。関東でも流されるんじゃないですかね。まあよかったら見て下さい。
(幸子先生)お笑い、お笑い。
(宥厳先生)大阪弁のガラの悪い人が出てきますから。
(琴美ちゃん)8chって関東ではね。
(宥厳先生)それと、そこに日記があるの持ってきてくれる?中西さんの。棚の上に本積んであるでしょ、薄っぺらいの。日記!!ちょっと一冊ずつあげて下さい。
灯台の絵がそこに一枚掛けてあるんですが、その絵を描かれた絵描きさんの旅日記です。1980年にフランスとスペインとシンガポールへ行った旅日記ですね。先月、ちょっと話しましたよね、この件について。中西康郎さんの遺作の展覧会を、先月の22日から一週間、大阪の上本町のギャラリーで開催しました。
♪~あ、また電話。ちょっと待ってね。 、、、電話、、、《あのね、このエアコンは初期不良の可能性があるのでそれで販売店を通じて修理を申し込んでくださいって。いま、メーカーから電話もらってそう言われたから、電気屋さんの方で手続きしてくださいって、修理の。うん、そう言うてもらったらいいから。こっちから修理依頼できないんや。販売店を通じてでないと…あれ?切れた!(一同笑い)
(受講生)ひど~いエアコンね~
(宥厳先生)はい、あのそれで遺作展を六日間やりました。それで今、東光寺には10点くらいその作品を預かってます。それで、この作品と上の本堂にも今、♪~あ、またや。《もしもし、あ、うん、うん。あのメーカーでないと直せないって。うん。はいはい、わかりました。はい、ありがとう。はい。はいはい、はい。お寺にかけてもかからんから、携帯にかけてもらって、はい。はいはい、わかりました、ありがとう。》
(宥厳先生)まあ、この日記は皆さんも持って帰って読んでみて下さいね。それからたくさんスケッチブックも預かっていますので、後で見て頂けたらと思います。折角の機会ですので。絵描きさんのスケッチブックを見るなんていう機会はめったにないと思うんですね。素晴らしいスケッチブックです。この間、全部写真撮ったんですけど、テーブルの上に置いて、上からこう写したもんだから僕の影が下の方にどうしても入って、こうやって写したんですけどね。何か、置いたまま横着して写したもんですから、やや陰ったりしていますが、言われないとわからない程度で、そこそこきれいな写真は撮れてはいます。ま、そんなことで一度、是非見て頂きたいと思います。またこれを読んだら感想でも送って頂いたら、HP、ブログに掲載などいたしますから、どうぞ送ってくださったら、と思います。
(宥厳先生)テレビ取材でこんなのもらいました。
それ、さっき言ったハッ、ハッ…ハッコウさん?…八光(はちみつ)さんか!
(受講生)ブっ(笑)
(宥厳先生)これは、八光さんから「認定します」ってもらった(笑)
(受講生)ここに来られたんですか?
(宥厳先生)上の方。本堂で。本堂と、庫裏の方で取材したんですね。まあ、ここでやったら広くてよかったんですけど、まあ、上に来てもらったんです。
(幸子先生)ほんま、ほんま。お笑い。
(梅田さん)フフッ
(一同大爆笑)
(幸子先生)アホやわ…
(宥厳先生)まあ、あのどんな絵になってるかはわかりませんけど、まあ、多分2,3分で終わるんじゃないかな、あんなもんね。そこそこ喋りましtらけど、まあ桜井の取材の中では、この認定した人ではメインになるなかな、とようわからないですけど。テレビなんか時間かけて取材しても本当に、いざ放送になったらこんなになっちゃいますからね。まあ、よう分りません。
(宥厳先生)僕は八光って言うのがわからなかったし、そのお父さんの八方?
(受講生)月亭八方!!
(宥厳先生)それも、月亭八方っていうのもわからない。知らないですね。米朝さんくらいしか知らない。米朝さんとまあ、仁鶴とか三枝ぐらいやねぇ、顔と名前がわかるのは。僕の友達の落語家で円座さんってのがおるんだけど、それはまあ親しくしてるので、良く知ってますけど、他の落語家は…
(幸子先生)他の人は知らないわ!
(宥厳先生)そうなんです。それから、今月の短歌。
今月は「中西康郎遺作展」のシリーズにしてみようと思って書いたんです。
例によって早坂さんにに朗読をお願いします。
中西康郎遺作展に寄せて 山内宥厳
どうだん12月号
二十歳ごろ邂逅したる画家がいた中西康郎黙って去りぬ
賀状来ず去る年七月に果てしことやっと知ったり友を悲しむ
二年経ち友とはなにかただ生きてあればいいかと自問する我
見つけたる旅日記あり黄ばみし表紙の文字によみがえる友
描くはずの白きカンバス並ぶ棚パレット置かれ洗われた筆
自動車に満載をせり油絵を遺作展する画廊へ向かう
堆くスケッチブック残したり遺作展の会場に置く
6Fの画紙に現るスペインの空に描かれた風車が回る
カンバスの前に佇み凝視めいる縁のひとの懐かしむ目
何故か道路標識など丹念に描きこんであり絵描きの不思議
(宥厳先生)どうもありがとうございました。ちょっと、あの~切り方が、僕の短歌の音と違うような感じが…
(早坂さん)あああ、すみません!
(宥厳先生)あの~例えば「何故か道路標識など丹念に」「6Fの画紙に現るスペインの」まで行かなあかんのちゃう?ね。「空に描かれた風車が回る」「堆くスケッチブック残したり/遺作展の会場に置く」って切り方としてはこんな感じかなと。まあ、あの何も難しいことは少しも書いていないんですけど。
これはブログでまた読んで頂きましょうかね。
スケッチブックは昼にでも持ってきて見てもらおうかなと思います。
この日記の日付に従って、今日は何枚スケッチを描いたとかって、日付もあって、その日記の、この日のスケッチだなって言うような感じで、非常にリアルな生き生きとした日記だと思いますね。なかなか得難い日記だと思っております。
遺作展の企画を、八月からにわかに決めて、二か月足らずの間に、この本と展覧会とそれで、琴美ちゃんにもアトリエに行って額に入れて運ぶのとか色々手伝ってもらったりして、
なんとか長年の友人の慰霊ができたわけです。
後、じゃあ楽健法やりますけど何か言うことないですか?
(受講生)人間国宝に選ばれたこと…
(幸子先生)えっ…そんな見て頂いて、すごく楽しみがあると思います。アッと驚かれることは多々あると思い…
(宥厳先生)何の?
(幸子先生)人間国宝の。
(宥厳先生)あ、人間国宝の?(笑)。僕は今、中西さんのスケッチのことだと…そうかそうか。
(幸子先生)ご感想とか…
(宥厳先生)まあ、あの~、テレビっていうのはどうも時たまですけれどもね、何年かに一度くらい取材を受けたり、放送局に呼ばれて出たりしたこともあるんですけど、何かいつも後で見て逃げ出したくなるような(笑)
(幸子先生)この年になって残酷やぁっとか言っておきましたけど。
(宥厳先生)20年前にここで、私がここに来た年にもやはり関西テレビだったですね。カンテレから取材があって、30分番組に取り上げられたことがありました。「宗教の時間」って、見たことある?それでここのお寺の裏山を削って作った土を僕が一輪車で庫裏の前の庭の埋め立てをしたりするのとか、楽健法や演奏会をやったりするところを宗教活動の一環として紹介されたんです。
いつも僕はテレビの連中ってのは、けしからんなと思うのは、何かこう取り上げてやったら喜んで写されるだろうというような恩着せがましい態度がどっかにあって、必ず返しますから昔の写真があったらぜひ一枚貸してほしいとか言われて、一枚しかない写真を、その頃はまだパソコンもやってませんからね。バックアップも取ってないし、それで、必ず返すから、と何度も念を押して持って帰ったんですよ。それで、放送が終わったら知らん顔してね、写真どころか、録画ビデオもちゃんと送りますっていって約束したのにそれも送って来ないし、随分いい加減な人たちだと思いました。だから、マスコミの連中ってのはどっか思いあがってるようなところがあって、いけすかんし、そこへ出てきて、自分の姿を見たり声を聞いたりするともう、わ~~~っと思って。
(幸子先生)笑うよな。
(宥厳先生)うん、笑う(一同笑い)。悪夢のような感じがします。
(幸子先生)でも、だいぶたしなめておきましたから(笑)。みなさんに、今頃の若者はなってないって言っといたから、まあ(一同笑い)。
(宥厳先生)それから、まあ楽健法の件で言えば、先月の終わりごろ…あ、ちゃうわ、今月になってからか…。今月の5日の日にお坊さんが二人と、お寺の奥さん方、全部で6人で楽健法の勉強に来られました。
その内、Nさんという体重が90キロはあるかな、大きな体のお坊さんがいて、ちょうど私と同じ時期に高野山で修行していたんですね。私はちょうど50歳の時に高野山に入ったわけですけど、その方は専修学院という別の場所で修行していた。向こうは1年コースで僕は135日間のコースで、僕は四度加行だけにいったんです。
それで、同じお寺さんでも、例えばそこの長谷寺ですね、長谷寺でも、四度加行っていうのがあるんですね。ところが、長谷寺の場合は1か月で全部終わるっていう加行なんだそうですね。そしたら、1つの行が高野山だったら3×7=21日の間同じことを一日三回繰り返すということが四度加行ですから四回次第に高度になっていく行が繰り返されるわけですね。だから、そういう意味でかなり時間がかかるんですね。だから、1つの行がだいたい2時間半から3時間くらいかかるんですけど、それを一日三回やってそれを21日やる。それが4クールあるというようなね、そういうのが四度加行の内容なんですけど。まあ、長谷寺辺りで一週間ごと4回やって卒業してきた人たちのなかにはもっと勉強したいと思う人もいて、そういうひとは高野山にもう一度来られて勉強するという、そういう人が私の時にも一人いらっしゃいました。
それで、Nさんは、その四度加行の時に正座の時間が長いものですから背中を痛めて、左の肩甲骨の下あたりが猛烈に、激痛が来るようになって、それが20年来治ってないそうです。激痛が来るもんだから、正座してられないんですね。正座してるのが痛くて、辛くて、もうお坊さんやめようかな、なんて思ったりするような状態が長年あって、東光寺へ来られたんです。それで、じゃあ僕が踏んであげましょうと初めての楽健法をやってあげたんです。そしたら、その痛みがすっかり消えて、ビックリ仰天して、これはすごい!と感激されて、また2日ほどして電話かかってきて、もっと続けてやってほしいと言われて2日目にまた来られました、来週もまた来られます。それで、楽健法はすごいので檀家の人にも是非教えて広めて、自分もお寺で普及活動に力を入れたいという風に熱心におっしゃいますので、それで来年ですが、男の人は今のところ一人だけ東京から小山さんが来られる予定なんですね、それでまあ、それならばあなたもいらっしゃいとか言って、入ってもらうことになってます。
まあ、そんなことですね。えーっとじゃあ今から楽健法やりましょうかね。
他、何かはじめに言っておきたいこととか、発言とか質問とかないですか。今日は、あれ?人数一人足りないのか?恭子ちゃん…
(琴美ちゃん)二人来てるから。
(宥厳先生)今日は大丈夫ね。夜は恭子ちゃんが来られるんやね。
(琴美ちゃん)何時になるか、でも。
(宥厳先生)あ、そうかそうか。まあ、そんなところです。
(幸子先生)あれ、増野さんは?あ、来てんの(笑)。
(宥厳先生)堀内さんが恭子ちゃんの代わりなので、今日何番からですか。
(受講生)4番。
(宥厳先生)じゃあ、護身法してからやりましょう。
楽健法23(4)
護身法
おやつ~
すやすや~
こうよ、こう!!!
夕食17:45
●むかごごはん●おでん(じゃがも、ちくわ、こんにゃく、あげ、だいこん)●春菊●ごま和え●舞茸と豆腐のおすまし
●かつおとちりめんじゃこのつくだ煮●大身ショウガとこぶとしいたけの煮物(勝子さん作)●日野菜の漬物●
五観の偈