楽健法研究会 東光寺の楽健法セラピスト養成講座

楽健法セラピスト養成講座の記録・現在第12期(2012年)4月開講から来年3月まで毎月の記録です

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第1回4月11日(1日目)その1

2009年04月18日 | 第9期楽健法セラピスト講座
第9期のスタート
13:00~

 いよいよ第9期楽健法セラピスト養成講座の新学期?!がいまから始まりです。
 近藤琴美さんが、友人の結婚式のため、やむなく欠席するので、8期生の梅田さんが代役で参加してくれました。琴美さんはその穴埋めで、4月3〜5日の合宿に参加。その時は室生寺と大野寺へ行って、大野寺では満開の枝垂れ桜が見れたとか、、、です。


(幸子先生)喉つまるわ~
(ちあき)お茶のお代わりもらってこよう!

(ちあき)琴美ちゃんのは?
(梅田さん)琴美ちゃんのは私が!

琴美ちゃんのは琴美ちゃんのでまた!今日は「近藤さん」と呼んだらあなたが返事して!

(梅田さん)はい!(一同爆笑)



じゃあ、どうも、おはようございます。

(一同)おはようございます。えー初めての方も今日はいらっしゃいますので、今日は第一回なので今から少しオリエンテーションをやります。どういう風にこれから進めていくかと言うようなことを話して、それで今日は、あのー初めての時はいつもお寺の裏山ずーっと見て回ったりして裏で記念撮影したりしてやってますから今日もそういうことで行きたいと思います。

ここが終わったらちょっと本堂に入って一度皆さんで般若心経をお唱えしてそれから裏山に行って写真撮りますね。ま、ここはお寺ですのでお参りを強制するものではありませんけれども、まあ、あの、お寺に来たときのマナーとしてまず本堂の仏様、それからここの十一面観音様に手を合わせると言うようなこと、それからここの大黒さんて言うんですけど、お寺の大黒さんね、お寺の大黒さん(幸子先生)にも挨拶して、そして、私が見えたら私にもちょっと声をかけて、それからこちらで三々五々と言う、そういう形にしたいと思います。


それで、ちょっと最初に初めての方もいらっしゃるので、以前は講習会開くと初めての人ばっかりがさーっと並ぶと言うようなことだったんですけど、この頃ちょっとリピーターの方も何人かいらっしゃるので、まあ、しかしお互い顔見知りでない方もいらっしゃいますから、この住所録見てください。今お渡ししました。それで、この住所録の上の方から順番にちょっと最初の挨拶。市野さんから。あいうえお順になっていますので。それで住所にもしまちがいがありましたら、言っていただいて訂正してください。どうぞ、お願いします。


(市野さん)はじめまして。名古屋の市野壽子(ひさこ)と言います。去年も第八期で一年お世話になってまた今年も続けてお世話になることになりました。以上です!あ、趣味は楽健寺パンを焼くことです。楽健法よりパンを焼く方が上手です。よろしくお願いします。

(内田さん)二番目の内田圭衣子(けいこ)です。よろしくお願いします。えー一年間で楽健法がなんとか形になればいいな、というのと、まだ難しい。後は、自分自身の体を整えるためにと言うことはしたいと思いますので、みなさんご指導をお願いいたします。以上です。

(宥厳先生)内田圭衣子さんはずっと東京の教室に通っていらっしゃる。どのくらいになりますか?

(内田さん)今、中伝が終わったところです。

(大森さん)茨城って書いてあるんですけど、三月に東京に引っ越しました。すみません。えーっと東京から来ました。

(宥厳先生)住所をきちっと。早く言ってくれたら訂正できたのに。

(大森さん)すみません。電話は変わりません。

あの、住所変わってる人は変わったらねこういうときは早い目に言ってもらわないとね。そしたらきちっとしたものをお渡しできたのに。

(大森さん)はい。気をつけます。

他に引っ越しした人おらんかね。小林君は大丈夫?(笑)

(幸子先生)まだ、大丈夫だと思います。

それじゃあ大森さんの次、はい。

(片山さん)片山恵美と申します。大阪府から来ました。まあだいぶ経験がちょっと浅くて、みなさん経験けっこうある方が多いと言う風に聞いているのでご迷惑をおかけすることがたくさんあるかなと思うんですけども、ちょっと頑張って勉強したいと思いますので、よろしくお願いします。えーっと始めたきっかけというのは、人を癒せるようなことができる人になりたいなと思っているのでちょっと勉強をがんばりたいなと思っています。よろしくお願いします。はい、以上です。

(小林さん)茨城からまいりました小林恭子と申します。まだ楽健法を始めて日が浅いんですけれども、今回参加させて頂くことになりました。すこしでも自分を磨いて成長できればと思っています。宥厳先生の独り芝居を楽しみにしています。よろしくお願いします。

(宥厳先生)独り芝居って、、やっぱりするんですか?(一同笑)

(幸子先生)今年は予定はありませんが。(一同笑)。近藤さん。(一同爆笑)
(梅田さん)梅田です。近藤さんの代わりに来ました。よろしくお願いします。それだけです。

あの~今日は近藤琴美さんが結婚式で…本人のじゃないですよ。(一同笑)友達の結婚式に出席しなければいけないので、それで代役で来てもらいました。梅田さんです。それでは、瀬古さんお願いします。

(瀬古さん)瀬古都美子です。初めてここに来れました。まだ楽健法を始めて日が浅いのですけれども、しっかり勉強したいと思っています。まだ勝手がわからなくてご迷惑をかけると思いますが、すみません、よろしくお願いします。

(田中さん)田中勝子でございます。楽健初めて2年と数か月でございますけれど、まだまだ至りません。お教室は東京に通わせていただいて、去年ここに八期で一年間お世話になりましたけど、今年も楽健の技術ももちろんなんですけど、心の持ちようとかそちらの方をもう少し先生から学ばせて頂ければいいかなと言う風に思って、そちらを中心に本堂での思いも達成できたらいいな、と言う風に思っています。どうぞみなさんよろしくお願いいたします。

(谷川さん)谷川孝子です。第一期の中伝の時に東光寺でこの教室が始まって一番最初に参加させて頂きました。その時から約10年が経とうとしていまして、定年を機にもう一度楽健を学び直すのと同時に50~60までの生き方と、体の癒し方とかいろいろなものを先生に教わりましたので、今度は60~70までの体作りと精神作りをまた学びに来ました。よろしくお願いします。

(宥厳先生)これ、孝予と書いていますが、どっちも名前を使っておられて…適当に使い分けている(?)。間違いではありませんのでこのままでもお手紙も行くんですね。

(中島さん)中島と申します。前期の八期で一年間お世話になって、また今年も一年間お世話になります。前期は男の人がもう一人いて、今回一人で何か淋しい感じがあるんですけど、でも東京の水道橋で学んでるんですけど、その仲間が結構いらっしゃるので心強いと言うか、一年間…

(宥厳先生)孤立感はないわね。私も男ですけど!(一同爆笑)

(幸子先生)忘れてた。そうやった。おほほほほほ

(中島さん)一年間、よろしくお願いします。中島と申します。

(ちあき)ちあきです。東京の方とか私は全然参加させて頂いたことはないんですが、こちらでこの期で4回目になります。いろいろ勉強させて頂くこともたくさんあって、勉強しているんですけど、まだまだ成長が足りないのでこの一年もっともっと勉強して頑張りたいと思います。ブログの方も担当させていただいていまして、ちょっと勝手にみなさんの写真を撮らせていただいたりとか、みなさんの発言を載せさせていただいたりとかすると思うのですが、ご了承のほうよろしくお願いします。一年間よろしくお願いします。

(西澤さん)東京から参りました。西澤真由美と申します。よろしくお願いします。私は第7期にここの講座を受けさせていただきました。で、いろんなことを学ばさせていただきましたんですけども、今期も新しい出会いを通してたくさんのことを学んで帰りたいと思います。よろしくお願いします。

(西本さん)西本です。娘がお世話になって、それから私も今回お世話になることになりました。たまに来させて頂いたことあるんですけども、一年間通うのは初めてなのでよろしくお願いします。

(藤井さん)藤井勝子です。福山から来ました。私は電話番号が違うんですよね。*******です。

(幸子先生)全然違うやん。

(藤井さん)電話2本あったんです。1本をもうやめて、もう一つの方を残していますので、ちょっと番号はちがいます。えーっと…何か言おうと思って忘れた…。(一同笑)ごめんなさい。

(宥厳先生)何か言うてください。(一同笑)

(藤井さん)私はこの楽健に出会ってすごく自分の体が元気になって、体調不良だったのがこの楽健でね、もう本当にお医者さんにかかること以上にいい結果が出たので、すごく惚れこんでるような感じで自分ももちろん勉強しますし、それから楽健のパンが大好きでね。あのパンはたくさん焼いてみんなに食べてもらっております。また今年1年よろしくお願いします。

(藤山さん)広島から来ました藤山美智子です。よろしくお願いします。六期生で来させて頂いたんですけどその後ちょっと手術が続きまして、今回また元気をいただきに来ました。よろしくお願いします。家の人やら、家族とか、お店をちょっとやってますので、その知り合いの方に少しずつ楽健をさせてもらっています。もう少し上手に癒してあげられたらいいな、と思います。これからもがんばります。よろしくお願いします。

(堀内さん)堀内美江です。よろしくお願いします。えーっと私は7期と、8期と、9期と三年連続なんですけど決してベテランではありません。結構ぼんやりしていますのでなかなか身についていないことも多くて皆さんにご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、また一年心新たに頑張りますので、またよろしくお願いします。以上です。

(幸子先生)私ですか?(一同笑)。大阪から参りました…(一同爆笑)。大阪にも楽健寺という、この楽健法の一番始まりの小さいお寺がありまして、そこにも半分おりまして、70代から80代までを受け持たせて頂きます。(一同爆笑)。あまり、こう耳触りのいいことばかりは言わないかもわかりませんけれども、厳しくやらせていただきます。よろしくお願いします。

(一同)よろしくお願いします。


(宥厳先生)
 ありがとうございました。えーっと、あのー少し、ここの使い勝手ですけど、トイレ、初めての人はそこ出て曲がって左がトイレです。トイレが1つしかありませんので、待ちかねる人は上庫裏の方をいつも開けてありますから、上にも2つトイレがありますので若い人はたーっと走って行って用を足して下さい。

それから、炊事なんかは幸子先生の方からみなさんにいろいろ指示されるかなと思いますが、交替…適当にやってるのかな?適当にきちんと決めて交替で、(一同笑)やったりしてるみたいです。それで、まーあのー台所あんまり好きでない人もおるかもしれませんが、まあ折角のチャンスですので、包丁持ってやってみる、あるいは片づけものをしてみるとか、まあ色んな仕事を皆さん分担して、それぞれ気を利かせてやってください。人任せにして、いつも知らん顔をしているようではいかんので、ま、積極的にやってほしいと思います。

 料理は大体野菜ばっかりで、あのー、豚の丸焼きなんかは出てきませんから、肉やら卵に関しては、一切ここでは出てきません。それで、そういうベジタリアンの食事ですね。玄米菜食ではなくて、白米を炊いてますけども、玄米以外は食べられないという人がいたら、お聞きしといたらおにぎりなり用意しとくとか、何かあのしないといけないんですが、そんな厳密な人はいないですね、この中には。

だいたい、楽健法も天然酵母パンも特徴としてはアバウトなところが特徴ですね。あんまり私は厳密にこうでなくてはならない、とは言わないんですね。そんなこと言うとったら、自分自身が息が詰まりますので、あんまり厳しい、これはぜひ守ろう!とか言うことはあまり言わない方です。それで、何となくアバウトで、ああこんな気楽さでいいんだと言うことに気がついたときから健康になって行く人も多いので、まあ病気される人は割とこう厳密な人が結構病気になったりするんですね。衛生観念がすごく発達していて、そういう人も衛生観念が発達すると病気しないかと言うと、必ずしもそうではないところもありましてね。割と私たちは気楽にやれるというのが、それがまあ楽健と言う名前の一番根底にあるものかもしれないですね。

 その辺り、まあこれからみなさんね、おいおいいろいろお互いにどういうことをしているかと言うのを、一年間通じていろいろ知って行くようになると思いますけれども、まあ一人一人、いろいろ個性も違うわけですけれども、ここに来て何か、何となくお互いの和を持って行けるように、ずっと。何かお互いが衝突するようなことがあっては困りますけれどもまあ譲り合って、寛容に仲良くやって行ってほしいと思います。

後は、台所の方は例えばごみは燃えるものと燃えないゴミと生ゴミと、生ごみはここのお寺は一切ゴミとしては出しませんので、裏に畑と言うか、生ゴミ捨て場があってそこに勝手に大根が生えたり、じゃがいもが生えたりしながら、生ごみはそこへ捨てる。それから、燃えるごみは燃えるゴミだけ、赤い袋に入れる。ビンなどはあれは空色…かな。緑色の袋に入れてね。まあ、そういう風な簡単な分別、そういうことをやっていますので、協力してください。

それから、ここでは合成洗剤と言うのは使わないです、一切ね。それで台所では「太田さんちの洗剤」というのをご存じの方もいらっしゃると思いますけど、京都かどっかで作られている、一遍たわしにちょっとつけたらたくさんのお茶碗も全部洗えるような、泡がたつ間はよく落ちますので、ま、それを毎回つけてね、「太田さんちの洗剤」を減らそうとする人がいるんですが、高い洗剤ですのでそういうことも家内にちょっと指導してもらって、使い方も覚えて、まあロスなくね、やっていただきたいと思います。

 後は慣れてる方もいらっしゃいますので、それぞれずっと来られている方もいますから、わからないところは聞いて下さい。えっとっそれと、ここではこれを、見てください。五観の偈(ごかんのげ)というのがありますけど、これは食事の前に、内容についてはまたその内話しますが、お食事の前にお唱えする偈(げ)ですね。偈と言うのは詩という意味なんですね。現代詩とか言うような、詩ですね。詩人が書く詩。そういうのを偈と言うんですけども、まああのお経の中にこういう五観の偈というのがあって、食事のときにこれを先にお唱えします。これは晩ごはんまでに覚えてください。

 「五観の偈、一つんには功(こう)の多少(たしょう)を計(はか)り、彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)れ」という風に読みます。「一つんには」と「つん」と言う風にね。「二つんには己が徳行の善か闕か多か減かを忖れ、三つには心を防ぎ過を顕すは三毒に過ぎず、四つには正しく良薬を事とし形苦を濟(すく)はんことを取れ、五つには道業を成ぜんが為なり世報は意に非ず」ま、短いからもう早い人は覚えたかと思いますけどね、聞いて(笑)。覚えてくださいね。

それからこの裏の方に般若心経を刷ってます。これも、これはまあ晩までに覚えるには少し無理だと思いますので来月来るまでに、ちゃんと唱えられるようになってください。これは明日の朝ですね、皆さんで護摩を焚きますのでその時にお唱えします。で、「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」と言う風に最初に。頭(とう)を取る人がそれを言ったら、皆さんは「観自在」からついていくんですね。それだけ覚えとって、まあ何回かやっている内に覚えますから。頭(とう)を取る人はこのお幸さんです。幸子先生です。ま、これもできたら、こういうチャンスに覚えてしまわれたらいいかと思います。たいてい1年来たら覚えてしまうでしょ。1か月で覚えた?市野さん。まだ覚えてない?もう覚えてる?あやしい?

(市野さん)あやしい。(一同笑)

 それでもまあ覚えて来ますから。覚えたら何かが始まるわけです。じゃあそれで、えーっと、それと、この大きな紙ですね、これはちょうど2,3日前に印刷できたばかりのものでこの東光寺山のこっからずっと階段登って行く途中にも仏さんがありますけども、ずーっと順番にね八十八か所にこういう石仏がおまつりされているんですね。この地図を見ながらこの順番通りにお参りしていただくと、四国八十八か所を巡礼したと言うようなことになりますので、これもこれを見ながら時間のある時早い目に来てお参りしてみるとか、今日もちょっとさーっと回ってみようかと思います。今からね。出来たての地図なので、一度後で見ていきましょう。

それから、ここのこの地図で言うと左側の29番。一番左の下の方の29番のちょっと上ですね。桜の木を描いてあるでしょ?善法香風先生の碑、この辺りの広場で記念撮影をして、それをまたブログに載せたりして、ここで写真撮りたいと思います。もうしばらくしたら上がって行きます。

 それからこの地図のど真ん中に不動明王と書いてちっちゃな小屋を描いてますけども、ここはちょっとした広場になってまして、ここで五月にですねもう一枚の紙に、インド舞踊のね、この紙の柳田紀美子さんていう方に、インド舞踊を踊っていただきます。この昼間、ま、天気が良ければ、雨が降ったらもう中止せざるを得ないんですけれども、ここの不動明王のところでまあ青空の下でですね、新緑の下でインド舞踊をやる予定です。

それで、たぶん晴れるだろうと思ってるんですけども、夜はこの本堂で約一時間ほどですね、下に5つか6つほど、4つかな、4つのレパートリーが上がってますけど、インド舞踊を見せていただきます。ま、これは一応入場料を取って見ていただくと言う形を取って、本堂の上の方は、本堂ではなくて広場でする方は、近所の人にもちょっと声をかけて出来たら多くの人に見に来て頂けたらな~と言う風に思っています。

この上で、インド舞踊をするのはこのミニ四国八十八か所の整備を一応しましたので、まあそれのこの仏様たちに奉納するそういうインド舞踊ということで企画しましたので、ま、楽しみにしてほしいと思います。この不動明王の前で、山の上で踊るときはインド舞踊と言うのは裸足で踊りますので、それで地面で怪我してもいけませんので、何か敷物を敷くとか、いろいろ頭ひねってたんですけれども、今から芝生をね、ちょっとこう生やして、急きょ!で、その上で踊ってもらおうという企画です。それで、堀内さんに紹介してもらった、源ちゃんていう大工さん。大工さんでもなんでもできる人ですけど、この人に今オーダーしてありまして、2,3日内に芝が張られます。この芝が1カ月の間にちゃんとダンスが出来るように定着させるために毎日ここへ来てだれが面倒を見てくれるんでしょうね。(一同笑)。

まあ、そんなことを考えています。まあ、それまでに芝がうまく定着しなければ上にゴザでも引いてやろうかなと言う風に思っているわけですけどね。まあ何とか酵素でも噴霧して育ててやれば速く育つだろうと思いますね。勢いのいい時期ですので、そんなことを企画しています。

それで今から記念写真を撮りますけど、昨夜私がパン種を作って今、箱で持ってきたのがそのパン種なんですけど、今からパンの勉強ですね。少しやってそれから上に行きましょう。パンの仕込をせなあきませんので、機械が2台ありますのでそのパン焼き機、ホームベーカリーでも2台仕込んでそれから手でもちょっと1回分こねて、今から手でこねるパンは夜にパンにするんじゃなくてパコーラ、インドではパコーラと言う風に言うんですけどフライですね。あのーとても美味しいフライができますので、パンのフライを夕食に食べていただこうかなと思っています。

(幸子先生)それがごはん?

いやいやご飯じゃないよ。おやつと言うか、まあ食事にそれが一品加わると言うことです。後は野草の天ぷらとか。

(幸子先生)桜ごはんしようかなと。

あ、桜ごはんをするそうです。

(一同)お~~~

それで、何か野草がだいぶいろいろ出てきましたので適当に野草を取ってねそれで野草の天ぷらとパコーラをしますから、その油で揚げたらいいので。ま、ちょっとそういうことをしてみようかなと思っています。そいで、ここにサツマイモが乗っているので気になって仕方がない人は…(一同笑)…どうぞ、今のうちに召し上がってください。

それじゃあ、ちょっと隣でパンの用意します。

 
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第1回4月11日(1日目)その2

2009年04月18日 | 第9期楽健法セラピスト講座
パン種作り










ミニ四国八十八カ所巡り

もみじに小さくてかわいい花が★


まずは本堂で、般若心経を唱えます。

集合写真


ミニ四国八十八ヶ所巡り

さあ、行くぞ!


このお不動さんは宥厳先生のおばあ様にそっくりだそうです(笑)。
お不動様によく似た宥厳先生の祖母日野ヨウ↓



みなさん、地図を片手に☆


お不動さんのお堂の前で。


この葉っぱはね…(忘れました!ごめんなさい。by記録者)


お花が!後ろに怪しい人が!


木蓮の花、今年は咲かなかったんだ。なんでだろう。


野菜のてんぷっら、てんぷっら♪


取れたて!

楽健法(1)

さっ、護身法(ごしんぼう)よ♪


すねの踏み方はね、足首を内側に入れてもらって…

マーマレード作り


夕食

野草の天ぷら、分け分けしましょ!


慎重に、均等に。


野草の天ぷらに桜ごはん。揚げパン。菜の花のおひたし。

講義

19:39~
(宥厳先生)いつも初めに本とビデオを差し上げることにしています。
 DVDとビデオとありますので、どちらかほしい方を一つ差し上げています。

(幸子先生)あれ、みかんの実どこおいたん!?

(宥厳先生)もの言わんといてんか!(一同爆笑)。あの人はね、割りと無神経なんです。そいで、いつも怒っとるんです、僕が。僕が部屋でね、昔ね、仏間を作ってね、それで2階に最初仏さんを祭って、出家したときね。で、一生懸命お経読んでたらね、物干しから彼女がね、洗濯物を横にボーンと。(一同爆笑)。そういうのが非常に激しいんだよね。ケロッとしてそんなことされるんです。お経聞こえとるはずやのに。

(田中さん)なにこの忙しいのにお経なんて読んでるのって思ってるんじゃないですか。
(受講生)かもしれない。

(宥厳先生)まあ、そんなものですねぇ。そうやって人はいろいろ練磨されていくわけですね。それで、まあ諦めるようになって、本当にあきらめたらそれが悟りになるんですね。

(田中さん)悟りとは諦めですか?

(宥厳先生)そうそうそう。諦めと言うのは物事が明らかになると言うことだからね。この人はもうどうにもならんと言うものだと認めるところから、それが諦めと言うものです。諦めると言うのは放棄することではないんですよ。だから、この人はこんな風なんだから大事にしなくっちゃ、とこういう風に思わないと。聞いてるか!とか言って(笑)。(一同笑)。

(受講生)聞こえてないんじゃない?

(宥厳先生)聞こえてるところで言うもんかね、こんなこと(笑)。
 あのーちょっとDVD欲しい人手をあげてみて。1,2,3,4,5,6、7人。じゃ、ビデオの方は?ビデオかDVDかどっちか好きな方をね。どっちが欲しいの?DVDがいいの?ビデオ欲しい人いる?おたくはビデオがいい?明日、ここにあったらここから持って行ってもらったらいいけど。ま、ええわ。忘れないように。

 それで、みなさん大体DVDの方がいいんやね?あのDVDは5250円なんです。定価が。ビデオは14000円なんです。どっちが欲しいですか?(笑)。だから~DVD出したから、、、内容が一緒だから、もうディスカウントしてるわけ、泣く泣く。
 ま、それでいいんですけどね。同じものだから。まあ、この頃もうビデオなんて使う人がなくなってきたからDVDですね。ま、じゃあ明日渡しますのでね。これはね。

 僕はあんまり自分の写っている映像を見たくないんですね。恥ずかしくて。よくあんなことやっているな、と言うような感じが(笑)。それで、ぞっとしながら見るんですけどね。まあ、あの一応非常にこう、基本的なところはきちっと押さえて、踏み方を勉強する意味では、まあ皆さんはもう十分楽健法の初歩はマスターされていますので、今さら必要ないかもしれませんが、まあ知り合いの人なんかで必要な人があれば映像を活用していただけたらと思います。

 DVDのケースの中に小さな薄っぺらい本が入っていまして、その中に英語で楽健法のお経、楽健法経の英文が載っています。この英文を読むだけでも、一応楽健法が出来るような仕掛けになっていますので、是非外国の知り合いの方にDVDを差し上げて下さい。手元になくなったらまた新しいのを買っていただいたら結構ですので(笑)。というようなことで、喜ばれる人もおるんですね。一応あれで基本的なところを押さえていますので。


楽健法の本「二人ヨーガ 楽健法」について 
それで、この本はえーっと、ま、いいか。中身はほとんど一緒で1ページだけ序文が増えているのが今農文協で販売されておる本です。古い表紙の方がずっと好きだと言う人が結構いるんですよ。古い表紙は今皆さんに渡したら残り20冊も残ってないかな。10冊くらい。それで終わり。だから、まあ、あのそういうことです。

この本を農文協から出したのは去年の10月くらいだったかな。それで、2500部農文協に本を渡したんですけど、ほとんど売れてしまってそれでつい2,3日前に増刷をしました。増刷分は1000冊。とりあえずね。ところが、ま、これは内輪話なんですが、1000冊だけ印刷すると1冊あたりが随分高くつきますので、2000冊刷ってもらって、それでとりあえず1000冊納めて、また欲しいって言ったときに次の1000冊をと思って今朝、配達に来てもらったのがガレージに梱包して入れてもらってます。ま、そんなような経過です。

この楽健法の本は、随分古い時代、古い本なんですけど、1981年の9月25日初版と言う風になっていますが、まあその頃に書いた本で、もうこんな昔に書いたものを今頃、それこそビデオ見るのも一緒なんですけど、照れくさいと言う感じが私自身はするんですが、今もっていろいろ読んでいただいて感動したとか、勉強になったとか、いろいろ評価して下さる方がいらっしゃるので、まあ有難いことだと思っております。

ま、この本には、随分変なこともいっぱい書いています。変なことがいろいろ…ですが。しかし、この変なことは、全部自分が体験してきたことばかりを書いて本にして行ったんです。

 それで、もう一つあまり人に公表しない話なんですけれど、この本の原稿を書いているときに私は体調を崩してたんですね。ちょうどだから1981年。年にしたら僕なんぼかな?

(ちあき)何年生まれでしょう?

1936年生まれ。ちょうど厄年くらいかな?

(ちあき)45歳ですね!

(宥厳先生)45歳。じゃ、厄が終わった後くらいですね。その頃に、これを書いてるときに少し体調を崩しましてね。これを書いた年の、これ書き終わってからですね。一応、書きあげることは書きあげたんですけど、書き終わって出版社に渡して、その後これが9月でしょ?そうか、やっぱりこれ前の年だ。執筆中だな。執筆中に体調崩して、これ1981年の1月頃に体が急速に痩せてね。一気に10キロやせたんですね。1か月で。それで、50キロの体が11キロやせたんだ。39キロになったんです。(一同え~っ)。ガタガタガタ~っと痩せたんですね。それで、ここが非常にだるくて。足がね。ものすごくだるくて。それで、そういう体調の悪い時にこれ書き始めたんです。

 そしたらね、頭が何かまとまらないんです。考えが。一体僕はどうなったんだろう。どこが壊れたんだろうと思うくらい同じところ堂々めぐりしてね。何か、思考力がまったく正常に働かなくなった時期があって。それで、それからとにかく、ふくらはぎがだるくてしょうがない。で、体がどっと痩せる。というような経験をしたんですね。

 そのころ楽健法ももちろんやってたわけですけどね。だけど、その痩せてきてそれで、ドカーッと体重が落ちて、ほっぺたが細くなってね。私は当時有害食品研究会とアーユルヴェーダ研究会の2つの会の事務局長やってましたから、毎月例会、研究会にも飛び回ってたんですけどね。そういう風なものは、一切休まないで出ていくんですけど、だんだん痩せてきて、それでもうここのあばら骨が出てきてね。シロフォンみたいになって、ボロボロボロボロ♪っていうようにね、痩せてくるんですね。非常に音楽的な感じで(笑)。

ま、そんな風に痩せたことがあったんですけどね。で、その状態の時にね、研究例会に出て行ったら、丸山先生が僕の体を見て「山内君、君のような人が、健康法もやっていて、君のような人がどうしてそんなことになったんだ」って僕を抱きしめて泣いた…涙を流したりしたことがありましたね。

 まあ、しかし病気するというのは必ず原因があるんですね。ま、その原因と言うのは僕自身はちゃんと頭の中ではわかっとったわけですけれども、体調的に言うと肝臓もやられてちょっとバセドウ氏病になりかかってた。甲状腺機能亢進ですね。肝臓が少しやられて、それで足がだるくなって、もう電車に乗ってもすぐ眠気が来るんです。と言うようなことがあったんです。

ま、そういうときに甲田光雄という先生が、去年8月でしたか、亡くなられたそうですけど、甲田光雄先生が僕の体を見て、「山内さん、生食を試してみたらどうですか」って言う風に言ってくださって、それで、まあ先生からせっかくアドバイスいただいたんですから、まあ、じゃあやってみましょうということでやり出したんですね。それがここに載ってますけど。79…80ページ。

生食療法
 これ、生食療法のとこタイトルのってない…。あ、79ページの下から「生食療法について」ってあるでしょ?ちょうどその時期にこれをやったわけですね。

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第1回4月11日(1日目)その3

2009年04月18日 | 第9期楽健法セラピスト講座
 で、ここに書いているのは、「人間は管によって体が形成され、健全な循環によって健康を維持しているのです。病気の治療は管を順調ならしめるという一言に尽きるのである。断食は管の清掃の最短距離です。食べながら断食に等しい効果をもたらすものに生食療法があり、大阪八尾市の甲田光雄先生の指導で私も長期にわたってやってみましたが、難病の人は是非やってみるべきです。カロリーが不足で栄養失調になるなどという心配は全くありません。体重は一時的に減りますが、あるところで止まり、それ以後はまた増えてきます。一週間目くらいから体の変化を自覚するようになり、すこぶる快調です。」と言うようなことで、まあその状態で生食したんですね。

生食をしていると皮膚に艶が出てきて、からだもやわらかくなります。人によってはお腹にかたい大きな潜脹も持っていて、それが癒着していて、玄米食を四〇年もやってきたのに、とれていない人も生食をしたおかげで癒着がなくなっていた人があります。生食は玄米食よりも療養食としてははるかに効果が大きいといえるでしょう。

生食療法は仏教の僧侶がたまにやる木喰である。断食をやるような効果があり、慢性病、難病のきめてである。一ヶ月から数カ月時には一年以上も続けるので、かなりの意志力が必要である。

まず、朝食は抜いて、水を午前中にできるだけ多くのむ。(これは西式では午前中に2L飲めと言うんですね。なかなか2Lなんてな水を飲むと言うのは大変ですね。私はだから水をこんなにたくさん飲まなかったですけどね。コップ一杯くらいしか飲まなかったですが。)生野菜の青汁には五種類の野菜(五〇〇グラム)をいれたいが、コラードを作ればその葉だけでよい。(ここに書いている5種類の野菜を入れろと言うのは甲田光雄先生が教えてくれた方法なんですが、実際には当時は有機農法の野菜なんて手に入らなかったんですよ。それどころか農薬がもう盛んに大量に使われる時代でしたから、野菜は怖かったので、生食はやりましたけども、青汁はその時は実際はしなかったんです。)ミキサーにはよく洗って根の方から入れる。

大根おろし 一〇〇グラム
人参おろし 一三〇グラム
山芋おろし 三〇グラム

それぞれ別々に食べる。(これはみんなおろしがねでおろす。ま、この目方も大体いつもいい加減なんですけど。今日のパン作りのようなもので、大体これくら~いってのをぱぱっといれて、ぱーっとおろしてね。)

玄米粉五〇~七〇グラム(コーヒーミルでひく、このままよく噛んで食べる)。(これは自分でコーヒーミル、横に回す手回しのコーヒーミルをひざに抱え込んでね、ギリギリと玄米を粉にしてそれをこう、あのースプーンで食べる、口に放り込んでいく。よく噛んで食べるんです。玄米を生で食べると、これが実に甘みがあって美味しいんですよ。ああ、こんなにおいしいものかと思いますね。だから、玄米は炊かない方が本当はおいしいですね。

玄米。よく噛んで食べたらね。それでまあ塩を少し入れて、と言うようなことで。これがまあ一食分でこれを一日二食やるんですね。それで、私はちょうど二か月やったんですね。それでどういうことが起きたかというともう数カ月くらいふくらはぎがだるくてだるくて、それでも仕事で研究会に出たりして、人の前に立って講演をしたりするんですけど、二時間立ってるのが辛いんです。それで、さりげなくこう演台の前の方に、ちょっとこう手をついたりして、何かこんな前後に揺れるような感じなんですが、それで話をしたりしてですね。まあ、それでもかなり痩せてひどい状態だったと思うんですけど。それがこの生食療法に入って三日目くらいから、ここの足のだるさが全くなくなった。あれっ!? はぁっと軽くなったんです。あ、治った!と思いました。それでも、まあ二カ月やろうと最初に決めていたので、二カ月やったんですね。

 で、あの~家内や子どもたちは家内が作ったものを食べてるわけですよね。私はもうそれだけ食べてるから、台所で作られているものはなるべく見ないようにしているんですが、時々台所に行って、歯を磨くこともあったりして、それで、あの~何かいい匂いがするので鍋を開けてみると、おいしそうなものが炊けてたりするでしょ?そうすると思わずこう手を突っ込んでね、つまみ食いしたくなるような気分に襲われるんですよ。だから、かなり自分は意志の強い、決めたことはちゃんとやれると思ってましたけどね、本当にハングリーになってくると、もうそれが、ぅわーっと行きそうな感じになる。誘惑に負けそうな感じね。そんな感じを何度か。

結局まあ食べなかったですよ。鍋に手を突っ込んでつまみ食いしよかなって気持ちにはなったんですけど。抑えられないような気持になって、えぇ~!?っと思って、僕はどうなったんだ?!と思うような気持に襲われましたけどね。ま、結局これをやったことで、ま、そのしんどいのは抜けて行ったんです。

で、三回医者に血液検査してもらったの。その血液検査をしてもらったのは甲田先生ではなくて。藤森弘先生とおっしゃって、アーユルヴェーダ研究会のメンバーで、今もお元気なんですけど、この先生に診てもらったらバセドウ氏病だと言うことがわかり、肝臓の数値が非常に悪いということがわかったんですね。

 それで、生食に入って一ヶ月目に診てもらったんですね。そしたら、数値がまったく正常になっていて、「こんな一ヶ月でこんな風に正常に変わった数値なんて初めて見ました。」ってびっくりされてましたね。それで、もう一度一ヶ月後に診た時は、「全く何の問題もありません。」ということで、まあそれで治ったんですけどね。

治ったと言っても実際は、その病気になった原因はそのままなんですよ。つまり、ストレスが原因になってそういう病気が起きているわけですね。そのストレスは何かと言ったら金欠なんです。金欠病。つまり、四十代半ばの働き盛りの男が、ま、仕事に精出してお金を儲けとったらね、それはそれでいいんだけど。そのアーユルヴェーダ研究会とか有害食品研究会だとかいって消費者運動のようなことをね、ボランティアでやってるわけでしょ、持ち出しで。

それで、なぜ私がそんな乱暴なことをやったかというと、ま、出家もしたし、それで世のため人のために役にも立たなくっちゃという気持ちもあったりしたもんですから、まやれるとこまで行こう、と。もしこれで飯が食えなくなったら、悪いのは上にいらっしゃる人だから。上にって二階におる人じゃないのよ(笑)。神様ですよね。神様がちゃんと僕を見ていないから、それはもう行けるところまで行こうかと言うような気持でまあ、やっとったんですね。だけど、やはりね、必要なものが十分満たされていかないと言うようなことが現実に生活の中で起きてくるとね、頭の中でそれはごまかせても体はね、騙せないと言うことがわかりましたね。

その時、家内も同じように何度か狭心症みたいなことが起こって、心臓にやっぱりストレスがね。まあ、そういう時代がありましたと言うことですね。それで、39キロの体重が50キロに戻るのに実に10年かかりました。(一同、へ~っ)

そんな、急に戻らないですよ。太るようなものを食べるわけでもないしね。肉、卵、魚そういうのは一切食べないでしょ?まああの、別に私はストイックにそういうことをしてるわけではないんですけれども、もともとものを食べても太るような体質ではないのですね。ま、そういうこともありまして、ほんとに50キロに戻るのに10年くらいかかりましたね。じわじわしか戻っていかない。

まあしかし、それでそういうようなことを、そういう生活が続いてそういう状態になって、それでこの本を出した、直後、これは9月25日ですけど、と言う風に日付はなっていますがこの年の、初めくらいに、9月に入って朝日新聞社が私の所に取材に来てそれでこういう人が天然酵母パンを焼いていますって記事が全国版にパッと出たんですね。

それから、まあ天然酵母パンの問い合わせが、朝から晩まで電話が鳴りっぱなしというような状態が二年間くらい続いたんです。それで、ぜひ勉強したいから、と天然酵母パンの教室をそれまで月に一度10人限定で教室開いとったんですけど、毎日開いてそれで20人くらい入ってもらわないと、もうこなせないというような大変なラッシュになりまして、まぁそういうこともあって少し、まあ儲かるところまでいかないんだけど、まあ赤字ではなくなったっていうような状況になってきましてね。

で、まあやはり苦節何年か、10年くらい何事かやっているとそういう時期も来るんですね。だから、やっぱり上にいてはる人が、なんかやっぱりこの辺でなんとかしないといけんなと思ったのかもしれないしね、神様は。ま、そんなようなことがあって、まあそれが、それ以後まあずーっとこうなんか生活がやや、この本を書くことによってもそうですけど、ややこう安定してきたというかそういう状況になってきた。

まあ、あの~楽健法の本には、なんか面白がって、目の相とか鼻の相とかほくろがどうとかいろんなこと書いてありますけど、あんまりこんなことは信用しないでください。(一同笑)。インチキ書いているわけではないんですけど。

まあ、あのこの本をまだ全部通して読んでいない人がおったら、是非一応通読していただいたら、まあ私がどういうものの考え方をする人間かと言うこともお分かりいただけるだろうと思うんですね。ぜひ一度はきちっと読んでみて下さい。それから、この一番最初の方の楽健法のこの10ページから天の部とか地の部とかいうところに、唯蘊(ゆいうん)とか羝羊(ていよう)とか、いろいろ出てきますね。

楽健法の急所について
この言葉は楽健法と言うものをこの本を書くときに何か踏む場所について名前を付けたほうがいいだろうと言うことで思いついて、これは最終段階で本屋、出版社に行って原稿の校正しながらこういうのが必要じゃないかということをサジェスチョンを受けて、あ、それじゃこういう風にやってみようと思って閃いてつけたのがこの14ページからの急所名というところですね。

ここに十の名前が出てきます。

羝羊(ていよう)、愚童(ぐどう)、嬰童(ようどう)、唯蘊(ゆいうん)、抜業その一(ばつごう)、抜業その二(ばつごう)、大乗(だいじょう)、覚心(かくしん)、一道(いちどう)、極無(ごくむ)、秘密(ひみつ)、荘厳(しょうごん)と言う風に名前が付いているわけですね。これはこの一番最後に書いている弘法大師の著作で十住心論という弘法大師の代表作ですね。そういう本、論文がありまして、その論文の中にこの十住心という、十の住む心と書いた論文が出てくるわけです。これは羝羊と言うのが一番下。第一段階。それから愚童というのが第二段階。嬰童というのは第三段階と言う風に人間と言うのは勉強して、修行していくとね、だんだんこうレベルアップしていくわけですね。まあ、だから学校の学校の学年みたいなものだと思ってもいんですけども、羝羊というのは、異生羝羊心という名前で、迷える子羊みたいなもんですね。そういうことを書いているわけです。これは、要するに生まれたままの姿だというようなことで弘法大師が書いています。

※参照・エンカルタ・弘法大師

弘法大師がなぜこういう十住心論と言う本を書いたかと言うと,天長年間(824~834)時代に淳和天皇と言う天皇だったんですけど、各宗派の教義を書いて提出しなさいとう勅命があって、各派の宗祖に書かせたんですね。教相判釈ともいいますが、それで空海が書いてだしたのが十住心論です。

いわゆる、当時、東大寺だとかそういう6つの、真言宗、天台宗、やら伝わってくる以前から六派の仏教が日本に伝わってきてるわけですね。そういう各宗派に一番偉いお坊さんがおるわけです。それで、もうすでに弘法大師がで十住心論書いたときには、天台宗では最澄さんがねおりましたね。自分たちの宗派がどういう宗派か、それは他宗派を寄せ付けないほど素晴らしいい宗派であると言うことをそれぞれが主張しないといけないわけですよ。それで、各宗派からそういう論文を出すわけですけれども、弘法大師の十住心論というものをね、誰も論破できなかったんですね。

それで、この弘法大師の説によると、第十まである段階のうち、たとえば南伝仏教、日本では小乗仏教と昔言いましたけれども、ビルマとかタイとかに伝わっているそういう南方系の仏教はね、弘法大師の説では第四住心なんです。四番目。それがずーっと進んで行って八番目くらいが日本のその他の六派の宗教。仏教がね。レベルとしては確か八番目くらいだった。そして九番目くらいに天台宗がある。それで完璧な、パーフェクトな仏教は真言宗だという証明をする論文なわけですね。で、それを誰も論破できないし、もう逆らえないわけです。従わざるを得ないわけですね。それで、真言宗が例えば各宗派が一同に集まって会議をするというと真言宗のお坊さんが一番高い、つまり上座にる習慣がその頃からできたとかいわれているわけです。

十住心論とという本はね。難しくてなかなか今の我々の学力、能力ではちゃんと読んでいくということは大変なんですね。弘法大師と言う人はそういう意味で完璧な何か一つ思想体系を作り上げたものですから。弘法大師の弟子からは弘法大師を超えるような人がその後出てこないわけですね。もう弘法大師の作ったものは文句のつけようのないものだという見方なんです。

真言宗の中でもね。だけど、それが後世になると例えば日蓮だとか出てくるとね、それを鎌倉仏教の時代に入ってくるとそういうものをまた批判していく。だから真言宗と言うものはあれは国を滅ぼすような宗教だというようなことで真言亡国と言うようなことも出てきたりするんですね。ま、だから歴史的にはいろんなことがあるんですけど、まこの十住心論のものの考え方というのは、人間の精神の進歩、進化みたいなものをず~っとこう解釈して行ってそれでこういう状態に持って行けるのが真言密教であるという主張です。

真言密教と言うのはもう生きたそのままの体で即成仏できる、即身成仏が出来る、そういう教えであるということを証明していくわけですね。それで、そのシステムもちゃんと弘法大師が作って行ったわけです。そのシステムをきちっと百日間かかって修行して行ってそういうすべての行をパーフェクトに本当にできるようになったら、正に即身成仏できるはずなんですね。ま、そういうことを高野山とか修行すると、みんな…みなさんやるわけですね。だけど、まあ本当に即身成仏してるかはね、大変疑問なんですけどもまぁそういう教えが真言です。

だから、それをね、この本に閃きでその中の異生羝羊心というようなそういう言葉の中から羝羊とか愚童とか嬰童というような言葉を急所の名前に当てはめていったわけです。ま、それでこれが急所の名前になっています。ま、この本を読んで熱心に勉強される人は、よく私と話をしていて質問されたら、え~羝羊がどうだとか愚童がどうです、あそこ愚童のところ踏むと~とか質問されたり、話されたり、私はその時に書いただけで頭に入っとりません。(一同笑)。参ったな~と思うことがよくあります。正直な話ね。

ま、だからそういう意味ではまあその時の閃きで名前を付けて行ったわけです。まあ、私ももっと本当はそういうことをきちっと押さえてこういう言葉も使いながら教えていくという風にするともっと立派な先生になるかもしれないですけども、割りとアバウトなところがございますので。

まあ、あの物事は私自身の考え方はね、偉い先生がいるとするじゃないですか。偉い先生がいて、その先生を慕ってたくさんの勉強したいという人が集まって弟子になったりする。それで先生はその弟子にとくとくといろんなことを教えるわけです。教祖様は要するに弟子にいろいろものを教えるんですね。それで大抵の弟子は教えられたことをちゃんと守るのがいい弟子だと思うわけですよね。それで、ちゃんと守ろうとする。それで、守ろうとする弟子がまた先生になったりして先生から教えられた通りのことを伝えていこうとするわけですよね。そういう風にしてまあ教えが伝わって行くわけですけれども。本当は私はその辺りのことに非常に疑念を感じるんですね。だから、聖者が世に現れてものを教えることは罪悪だと思っているんですね。教えてあげると教えられたことを鵜呑みにする人がいっぱい出てきて、それで、その教えている先生をなかなか超えられないという弟子ばっかりできるんですね。

たとえば、それが一つの政治の組織だったらよくわかるんですけど、例えば非常に激しい考えをもった政党があるとする。そこに入党する。例えば共産党に入党する。そうすると、上から指令が下りてくる。それがおかしいなと思っても組織の人間と言うのはその組織に逆らうことができないように洗脳されていきますから、鵜呑みにするわけです。それで教えられた通りのことをねやろうとするし、人にも伝えようとする。そういう風な人間がいっぱい生まれてくるんですね。だから、私はあまりそういう組織なんかでプロパガンダ、宣伝されることはあまり信用しないようにしてますし、自分の目で判断し、自分の頭で考えて、自分の目で見てそれで判断するというね、そういう人を作って行くのが私は仏教の教えだと思っているんですね。

だから、仏教っていうのはこういう風に言われたからその通りに信じてそれをやるって言う風になったらそれは仏教をやってることにはならないと思うんですね。お釈迦さまと言うのは自分の頭でものを考えて、それでやっていける、自分で判断してやっていける人間にならないといけないということを説いた人なんですね。だから、このことについてはこう考えなさいということは、本当は言ってはいけないんです。と思うんですね。一人一人の問題なのにそれを何か普遍的な問題のように受け取ってね。それをやって行くという人間をいっぱい増やしたらねこれは人びとは不幸になる。

だから、今の人間と言うのはお互いに横見て、すぐ横見て暮しますからね。指導する人が無茶苦茶な人が指導するような体制だと、そうするとそこでそれに従わざるを得ない人は不幸になっていくわけですよ。だから今の北朝鮮の国家にしてもそうですけれど、上の方だけ上層部だけ。それで一番偉い人におべっか使っているような人たちだけはちゃんと贅沢が出来て、それで本当に末端の地方を問わず今は町の中でもたくさんの子供たちが飢えて道端で倒れていたり。誰もそれを振り向きもしないという映像が出たりしますけれども。そういうようなことにもなって行くんですね。

だから、あのーみんなが豊かになって行くということは、長年ね人間が、良心を持っている人間が考えてきたことなんだけども、そういうみんなが平等に豊かになって行くというそういう社会を作ろうとしてそれでまあ日本も戦後ここ六十何年間か、昭和二〇年に戦争に負けて以来ね、ずーっと続けてきたわけだけれども、みんなが等しく、平等に豊かに文化的な生活を送れるような社会には決してなってないですね。かなりこう出来る人も、レベルとしては全体に上がったのかもしれないけども、しかし、非常にムラがあって、貧富の差があってね。

まあ、日本はブッシュみたいな戦争の好きな、それで戦争を起こしてでも何か、自分で民衆を支配してやろうというようなそういう社会では今、日本はありませんからね、だから、突出したそういう人は出てきませんけれども、まあああいう戦争とかそういう時代になると、みんなが自分の思ったことが率直に言えない。そういう時代にまあ、なってしまうわけですね。アメリカなんかでも、そういう所があるんですね。いま、オバマさんが出てきてどう変わっていくかわかりませんけれども、まあブッシュなんかも親子二代揃ってアメリカ人をどれくらい殺したかわかりませんね。アメリカ人も殺したけれども、それの何十倍もの人間を、世界中に悲劇の種を蒔いて行った人たちですね。

だから、あのなかなか人間が健康法をやったりいろんなことをして健康になろうという、健康になって幸せに平和に、と言うことは長年考えてきたことだけれども、なかなかね具体化していかないです。それでそういうことが一番近づいたかに思えたのは、僕は二〇世紀ではなかったかなと思うんですよ。二つの大きな第一次世界大戦。第二次世界大戦やって、それが終わってそれで何か世界中が電波で結ばれ、インターネットで結ばれて、もう瞬時に同じ情報が共有される、そういう社会になってね、それで人々がそういうことを見たり聞いたりできるようになって、やっと本当の平等な社会、みんなが思想の枠も超えてね、思想の違いも超えて一緒になれるかなと言うような予感をしたのは僕は二〇世紀ではなかったかなと思うんですね。

ところが、二〇世紀の終わりごろになってからこれはだめだわい、と僕も思い始めて二一世紀はたぶん見殺しの時代になるだろうと、僕は言い始めたんですね。見殺しの時代になる。正に今、見殺しの時代が始まってるんじゃないかと思います。だから、本当は、もっと世界中の貧しい人を、でも、貧しい人を救うってのは一体どういうことかろいうことから考えていかないとあかんけどもね、人を救うてことは大変なことなんです。だから、人を救うというのは、一人一人が自立した精神を持てる。そういうことが何かできないとね。あの、お金持って行って、「はい。あげます。あなた物持ってないから、持っている人からあげますよ。」というような平等はね、それは成立しないんですね。だから、まあそれぞれがそれぞれの地域で、それぞれの国で、自立していける、そういう状態にね、本当に果たしてなれるのかどうかということですね。

何か、あの日本でもお年寄りが今、非常に今介護の問題で、介護システムを何とかしようと介護のシステム作ってきましたけども、介護を受け出すと、介護を受けるのが当然の権利みたいに思ってね、それで自分で歩けても、なるべく座っとって押してもらおうというような発想の人間がどんどん増えてきたりとかね、なかなか人間と言うのは度し難いものですね。実に度し難いといつも僕は思いますね。

だから、たとえば日本中の介護施設で楽健法がそれぞれ二人くらいできる人がおってね、それで、ああいう所に入っているお年寄りがお互いに踏みあって、毎日ね。それで、こう自分の健康を維持していく、て言うようなことがもし自発的にできればね、僕は世の中が面白いように変わるんじゃないかと思うんだけれども、決してそういうことにはなっていかないだろうと思いますね。ま、だから私たちは楽健法なんかでもほんとにごく少数派でね、どっかの目につかないところで、種まきをやっと始めて、少し誰か知っている人が現れてきたかな、と言うような状況なんですね。

だから、まあこれから皆さんも楽健法を覚えられて、それで、ま、それが自分の人生の中で周りを、それが少しでも周りの人にそれが広がってそういう人たちが救われていく、それで何か大切なことに気がついていくというそういうような、ま、活動と言ったら大げさですけども、そういうことができるような気持でね、是非、楽健法を勉強してほしいなと思います。

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第1回4月11日(1日目)その4

2009年04月18日 | 第9期楽健法セラピスト講座
ま、この本に書いているのは私の体験談みたいなもので、自伝みたいなものでもあるんですけれども、そういう意味で、私はこれを書いたときにもう僕はもう書くことがなくなったよ、と思った感じで、何か全部放り込んだような気もするんですね。

大したことは書いてないんですけど。だから、人間て言うのは、どんな人でも自分、一人一人が自分の頭でものを考えていくというともうこれ以上は考えられないという一番奥の深い所まで誰だって考えられるんです。だから、それはソクラテスだから考えられる、お釈迦さまだから考えられる、弘法大師だから考えられる、宥厳さんだから考えられて、他の人には考えられないという問題では決してないんです。

だから、人間の何か生活の条件みたいなこと、生きて、自分が生活している中で何か物を見て考えて、それで人生とは何だろうというようなことをね、ずっとこう突っ込んで考えていくと、もう一番どん底まで、どんな人でも考えられる。そういう意味では皆さんもいろんな本を読まれてそういう方向でものを見ていけば、必ず深いところまで物を見ていける人間になって行くと思います。

まあ、そうやってものを深く見るのが必ず幸せがどうか分かりませんよ。だから、何も知らない。世の中には何でも知ってる馬鹿と、何も知らない馬鹿とがいるって言われますけどね(笑)。ま、あのー人間って言うのは口でまあ立派なこと言ってるからといって、そのことをその人が出来ているのかと言うとそれもそうではない人が多いですね。

人間と言うのは本当に海千山千の存在です。みなさんだってそうなんです。何か追い詰められたりすると、咄嗟に嘘をついたり、言い逃れをするというようなことは非常によくあることです。

だから、そういう中でどんな状況になっても自分はもうこれを貫かないと自分の存在意義はないと思うような何者かを持っている人が、僕は一生かかってもなにかしらちょっとしたことを、できるんじゃないかなと思ったりするんですね。ま、非常に難しいことですけれども。まあ、そういう意味でこの中にこんな問題を皆さんに投げかけていることと思いますので、是非まあ読んでみてください。

何か、いきなりこんな難しい話をしてしまいましたけども、それからここで勉強、ここにきている間にね、この中の半分以上の方はパンもここへきて勉強して、自分で焼いたりできるようになってますけど、まだ初めてこれからね天然酵母パンをやってみようかと思う人は、まあ明日パン種ももう一度作り方も皆さんの目の前でねやって、それで発酵させたものをね持って帰ってもらいますので、それでパンをぜひ自分で作ってみてください。

これがさっき言った朝日新聞ですね。9月16日、1981年ね。ま、見たことない人は。ま、欲しかったらコピーしてあげますけど。初めて見られる方はどうぞ持って行って下さい。あの、今ね、ちょうど今月東京へ行ったときに、農文協の人が来てくれて会うことになっているんですけど、パンの本を今年中に出す予定にしているんですけど、楽健寺の天然酵母パンというパンの作り方ですね。入門書を作る予定です。それで、今まで天然酵母パンについてはねいろんな所に随分いろいろ文章を書いてきたんですけども、まあその本を手にしたらちゃんとこう楽健寺のやり方の天然酵母パンが作れるというそういう本にしようと思って今、用意している最中です。

で、みなさんはこの中で毎日パンを食べている人はいますか?天然酵母パンでなくてもパンが好きって言う人。毎日一食パンを食べている人。パンは作っているけど食べないという藤井さんみたいな人もいるんだけど(笑)。彼女は非常に上手に天然酵母パンを作ります。ほんとに見事なパンを作られますけど、あんまり食べないんですね。なぜ食べないんですか?

(藤井さん)最初の一、二年の間にものすご食べたんです。もう本当に、美味しくて。もともと玄米党だからね。それで、家族が玄米がいいっていう人だったので。でも、珍しくて美味しくてすごく食べたころもあるんです。でも、ある時にもうパンはちょっと卒業したって雰囲気になったんですかね。でも、珍しく美味しく焼けたらやはり食べてますよ。

ああ、そう。それはご主人のことですか?あなたは?

(藤井さん)私はあんまりパン食べないですね。最初の頃からあんまり食べないですね。

作るばっかり?

(藤井さん)作るのは楽しいけど。

作るのは面白くて作るんだけど?

(藤井さん)食べるのは玄米の方が多いですね。

ああ、そうなん。お宅のお嬢さんなんかはしっかりパンを食べるんですね?

(藤井さん)はい、しっかり。孫は毎日毎日。パンが大好きで。週に十斤位送ってます。それをまたお嫁さんの親のうち、自分の父とか母とか、そこへ持っていきよるみたいだから。ね、いいよ~って感じで週に十斤とか、こっちは週に六斤とか八斤とか送ってます。

天然酵母パンを作りだしたきっかけ
~どんな病気でもこのパンを食べていたら知らん内に治っちゃう~

そっか。この、ま、私がこのパンを作り出した動機と言うのがこの本にも書いていますけれども、どんな病気でもこのパンを食べていたら知らん内に治っちゃうというような、そういうパンが作れますという話を聞いたんです。それは、私とこの東大阪の近くに酵素風呂っていうのを作っている人がいましてね。そこの社長がこの酵素風呂を発酵させている、この菌でパンを焼いて、それを食べ続けているともうたいていの病気は治るという話をしてくれて、それで当時私も玄米食をやるようになってまして、それでまぁ、玄米を食べていたんですけど、何かもう一つ玄米が美味しいように思わなくて、まあ、喘息治そうと思って、取り組んだことだったんですけど。で、その人が天然酵母パンを作れば病気が治ってくる。面白いように治ってくるというような話をしてくれてそれで、その実例を話してくれたんです。

それはね、戦争中らしいです。だから、昭和18年とかそういう時代なんですけども、日本に伊豆の方に多田政一って先生がいたんですね。で、この多田政一っていう先生がちょっと変わった先生で、要するに非常に革命的な思想を持った先生なんですね。政治的な革命と言う意味ではなくて。健康とかそういうことに関してね。非常にユニークな考えをもった先生で、この先生のところで何か、人間改造会という会をやっていたらしいんですね。

それで、その先生を慕って全国から人間改造会に勉強に行くというような人がおったらしいです。そのグループでいつもそういう天然酵母のパンを焼いて食っていたらしいですね。で、そこへ東大阪で酵素風呂を経営していた、やはりこの人も多田さんという名前で、この多田さんが香川県の大川郡って言うて、ちょうど札所でいうと八十八番。最後の八十八番の大窪寺という寺があるんですけど、その近くの大川村っていうところの出身の方なんです。

そこの大川村でこの男の人が若い時に人間改造会に勉強に行って、それで帰ってきてそこで教えられた風変わりなことをね、いろいろ村でやろうとしたんですね。母親がリュウマチかなんかだったらしくて、長年苦労してたらしいんですね。で、そのお母さんにこのパンを作って、「食べたら、あんたの病気は治るから。だから食え!」と母親に厳しく、息子が言うたんですね。それで、お母さんはそれを息子の言うことだから、というのでパンを作って食べ出したらしいんです。ところがいつもきれいに膨らまないし、美味しいパンにはならないんだけど、まあとにかく言われるもんだからお母さんはとにかく白米食いたいのにね、涙を流しながらそのまずいパンを食べていたっていうんです。ところが食べているうちに、いつと知らず、そのリュウマチのひどいのが奇麗に治ってしまったんです。それで、びっくりして、そんな不思議なパンだったら私にも教えてほしいてなことで、その村中がそのパンを作って食べるようになったらしいです。で、それが何かNHKのラジオで、パンを食べる村と言うので紹介されたことがありますと言うてましたね。

そういうようなことを聞いたもんで、それで、その社長さんがねこういう風にして作るんですよと、と教えてくれたのがこのパンの取りかかる始まりだったわけです。

それまで、まあ私が大阪で暮らすようになってからですね、たぶんパンとはほとんど無縁の生活を送ってきたんですね。買って食べない。で、パンとサツマイモが大嫌いだったんです。何故かというと、サツマイモを食べてもパンを食べても、何かすごい胸やけがする。てきめんに胸やけがするんです。それで、みんなよくあんなもの食べてるなと思うくらい。

この頃はサツマイモ食っても胸やけしなくなったんですけど。若い時はどういうわけか胸やけがして、パン食べても胸やけがして困ったんですね。それで、あんなものはとても人間の食うものじゃないと言うくらいに、憎んでましてね、パンを。で、食べなかったんですけど、それが自分でその人に作り方を教わって、作って焼くようになって食べ出したらね、非常においしいんですね。この美味しさと言うものが記憶の中にもあったわけです。

私が小学校の2年生くらいの時に学校給食が当時からありまして、その給食にごくたまにパンが出るんです。コッペパン。2つくれるんですよ。たぶん、目方でいったら1つ100gぐらいのパンではないかと思うんですが、コッペパンを2つくれましてね、それがやはりおいしいパンだったんですよ。イーストで胸がやけるようなパンじゃない。だから、まああの頃はイーストがそんなに盛んに使われていなくて、何かそいう天然酵母みたいな作り方で作られたパンだと思いますが、とても匂いのいい、懐かしいパンだったんですが、それに似てるようなパンが自分でも作れるようになってきたわけですね。

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第1回4月11日(1日目)その5

2009年04月18日 | 第9期楽健法セラピスト講座

本物とは何か!?

それから、ま、それまで見えていなかったものが自分でパンを作りだしてから、見えるようになってきた、というのが、じゃあ世間のパンと言うのは一体どうやって作られているんだろうという好奇心ですね。それでいろいろパンのこと調べ出したんですね。それで、食品微生物学と言うような専門書も何冊か買ってきたり、それから顕微鏡も買ってきたり、それでパン工場の、パンやり始めてからですけど、顕微鏡を買ってきて、パン工場の上に今もあるんですけど、実験室をこしらえて、そこでいろいろ培養してみたり、そういうことをしながら、イーストとは何か、どんなものかというようなことをずーっと調べていったんです。それで、パンイーストと言うものは誰がいつ、どうやって作って、今パン屋さんが使っているああいいうイーストは誰が作ったのか、と言うようなことまでずっとさかのぼって勉強して行ったわけです。

それで、いろんなことがわかるようになってきたんですけれども、世界中でもともとパンと言うものは家庭で、ヨーロッパなんかでは今でもそういう家庭があるそうですが、伝統的につぼの中にパン種を生かしておいてそれを繰り返し培養して、それでパンを焼いてるとかね、そういうような天然酵母の伝統的な作り方がいろいろあるわけですけれども、あのパンイーストと言うのは第一次世界大戦ですね、1907年くらいですか。14年くらいに終わったのかな?7年くらいですか?ねえ。確か第一次世界大戦のころにドイツが世界を相手に戦争をしてだんだん追いつめられて、それで国の中にジャガイモも生産できなくなって、それでパンを作ろうと思っても、何か当時はマッシュポテトでそれを材料にして発酵させてパンを作っていたらしいんですけど、ところがそのじゃがいもがないのでマッシュポテトももう作れないですから、それでパンが作れなくなってきて難渋していた時代に、ドイツのハイダックと言う先生、ハイダック博士とまあ本読んだらその名前が出てきたんですが、ハイダックと言う先生が何か楓の廃糖蜜、何かお砂糖を作った時に白砂糖を作ると廃糖蜜と言って未精製の要するに茶色いお砂糖のカスがいっぱいできるんですね。どろーっとした。蜂蜜みたいなものができるんです。その廃糖蜜をまたちょっと精製してお砂糖にすることもできるんですね。そうやって作られたものが三温糖と言われる、だから三温糖というのは色がいろいろ違ったりしてそれが繰り返し精製して行ってだから色違いの三温糖が出来たりするみたいなんですね。

その廃糖蜜で酵母菌を増やすことができないだろうかということをハイダックと言う先生が研究するんですね。それで、その廃糖蜜の液で酵母菌を培養することを研究して、それを完成させたのがそれです。だから、大きなタンクの中に、ここに廃糖蜜ね、お砂糖作った時にできる廃糖蜜を入れるんですね。廃糖蜜のタンク入れて、ここから空気を送ってやってairですね、airを送る。それで、ここに酵母菌を入れてですね、それでairを送って、これを循環させてやるんですけれど、それでこの中にいわゆる植物の肥料を、三大肥料を、ああいう肥料分も入れてやるんですね。まあ、それでいろいろ薬品使うんですけど、それでこれで通気培養、air送りながら培養して、酵母菌を温度三十何度かに管理して、温度与えてやっていくと酵母菌がこの中で急速に数が増えるわけです。それで、だいたい読んだ本ですと120%くらいの分量ですね、120%くらい酵母菌が増えるらしいです。そういう風に酵母菌が増えるとそれをフィルターにかけて、遠心分離機にかけて、水分をバーっと飛ばしてしまう。そうすると灰色のこう酵母菌の塊が残るわけです。それが生イーストなんですね。

そういうようなことをまあ研究してそれで生イーストと言うのが作られる。この生イーストをほぐして乾燥させたらドライイーストになるんですね。だから、こういう風にして作られたイーストのことをケミカルイーストと言うんですね。ま、ケミカルに作られるからね。化学的に作られたイーストです。このケミカルイーストと言うものは非常にこう安定している。だから、ケミカルイーストはだいたい45分で発酵します。粉にこれをだいたい3%くらい入れてこねて寝かしておくと45分でパーっと膨らむんですね。それで、それをガス抜いて成形してまた置いとくと45分で膨らむ。それを焼く。ということをやるわけですね。

で、これは非常にこうケミカルイーストと言うのは非常に安定しているわけです。だから、誰がやっても条件を整えてやればもう決まった時間にきちっとパンになる。ね。ま、こういうのがケミカルイーストの特徴なんです。ま、これに対してあの楽健寺のパンのやり方はつまり、人参やらリンゴ、長いもなんかでああいう培養基を作ってやって、それで菌を入れてそれで発酵させていくとだいたい2時間でこれが発酵がピークに達するんですね。僕は大体130分ぐらいといつもまあ思ってるんですけど。だいたいまあそれくらいの時間差がああるわけですね。天然酵母とケミカルイーストでは。

それで、さらにこのケミカルイーストはだんだん発酵力も強いし、発酵力と言うのはつまり膨らます力が強いし、安定してパンが出来るというので世界中に急速に広まっていくんですね。広まっていくんだけど、この45分をもっと短くする方法と言うものを専門家がいろいろ考えて、研究するわけです。それでこのイーストにイーストフードと言うようなものを加えていくわけですね。イーストがさらにフードにするようなもの。そういうものをつけ加えていくことによって、例えば、イーストフード、パン屋さんが今も使ってるので有名なものは臭カリってものが。臭素酸カリウムというものなんですね。こういうイーストフードを使っている。このイーストフードをこのケミカルイーストで45分かかる所に、この臭素酸カリウムをまあ何%か入れていくことによって、この発酵時間が好きなように調整できるんです。だから、臭カリをイーストに加えて、それで発酵させていくとこの45分が最大、リミットまで臭カリを入れますと45分のものが何と7分で発酵が完成するんですね。(一同、え~~~)

で、これはもうイーストフードの分量次第できちっとこれが割り出せるわけ。だから、
大手のパン屋さんはトンネル窯といって全長が50メーターもあるような、大きな装置ですね。もう、向こうは粉の倉庫とつながっとって、そこから粉が流れてきて途中でイースト入れて水入れてこねて、こねられてずーっと通ってきて、通ってくる間に発酵して分割して丸めて焼いて、それで冷えて袋に入って出てくるというようなそういうトンネル窯というものがあるんですが、そういう中ではこの時間が厳密にできないとパンはできないわけですね。それで、そういうところで大手のパンと言うのはそういう風にして作られるものが多いんですね。

だから、これがまあ7分まで短縮できるということですけれども、それが作業時間、作りたいものによってこの臭カリの分量を調整することによって、好きな時間に、15分に持っていくとか、20分に持っていくとか全部できるわけですから、まだから非常に早くパンが出来るんですね。

ま、そういうやり方でパンが焼かれているということを知った時に、農業がじゃあどうなんか、と言ったら要するに現代農業になって化学肥料使ってぼんぼん機械でやってそれで、やっていくというようなこととね、全く同じことがパンの世界でも行われている。これは医療においても同じことが行われている。つまり、現代医学と言うものはやっぱりこの臭カリやらね、何かやってるのとあまり変わらないわけですよ。

だから、私たちの社会が進歩するとかいうのは、もうあらゆるジャンルにわたって、農業から医療から食品。もうあらゆる食品にまで全部こういうことが行われてきているということですね。で、そういうものが、そういうことが見えるようになってきた。天然酵母パンを私が作ることによってね。だんだんそういうことがもう否応なしに見えてくるわけですよね。それでまあ有害食品研究会みたいなところの事務局長を引き受けたりしたのもやっぱりそういうことが見えてきて、あ、これではいけない!本当のことを何が有害で何が体にいいのか、本当に安心して暮らすにはどういう食べ物が皆さんに、だまって買ってきても安心して食べられるというものでなかったらあかんわけですね。

食べモノなんかは。安全第一ですから。買うてきた餃子で死んだりしたら困りますからね。だけど、今まで、あの日本でも戦後いくつもそういう食糧の上でね、大きくは森永のヒ素ミルク事件、ご存知ですか?若い人知らない?森永のヒ素ミルク事件というのは赤ちゃんの粉ミルクの中にヒ素が混じってたんですね。それは徳島県の森永の工場で作られたものですけど、機械の故障かなんかでパイプのどっかが壊れておってそれがミルクの中に混入して、たくさんの赤ちゃんがそれで被害を受けて死んだ子もいるし、体中に湿疹が出て一生の障害をおってしまった子供もたくさんおるんですね。それが有名な森永ヒ素ミルク事件です。

で、この森永ヒ素ミルク事件と言うのは、もみ消しにかかった。ほとんどを森永が。それから、森永からお金をもらって、まぁこの問題は片付いたといった阪大系の先生なんかもおるんですよ。そういう先生がいたりして、それで森永事件は片付いたと、裁判も起こしてたんだけど、とにかく患者をもって、うやむやで闇から闇へ葬られようとするような状況になっていたんですね。そういう状況になって、森永ヒ素ミルク事件が起こって14年目に、有害食品研究会と、アーユルヴェーダ研究会の会長だった丸山博っていう先生が森永ヒ素ミルク事件のことについて気がついて、それで14年目の訪問と言うのをやってみようということで、それで看護師さんや保健士さんの人たちに日本の森永ヒ素ミルク事件の患者さんの家を一軒ずつ訪問していくわけです。それで実態を調べていくんですね。その実態を14年目の訪問ということで本にして発表するわけです。それがものすごい大きな社会問題に、もう一度問題を掘り起こして、それで森永ヒ素ミルク事件と言うのは、事故を起こした側から言うととんでもないことを叩かれて、明らかにされてしまう、そういう大きな事件が森永ヒ素ミルク事件、そういうのがあったんですね。

米オイル、ライスから作っていたオイルにも毒が混じっていたりしてね、それでまあそういうのを体に入れた人はとにかく内臓の中に取り出しようもないような毒が回ってしまいますから、生涯その病気で苦しむ。これはまあそういう事件がいっぱいあったわけですね。だから、私たちはそういう事件ばかり拾っていくとこれはもう原爆症からね、言っていけば本当に無数のそういう大きなことで苦しめられている人がおるわけですね。

だから、食糧の問題と言うのはこういうケミカルイースト使ってだいたい臭素酸カリウムを使うようなパンと言うのは水増しして、とってもたくさん水を使ってそれで、水増ししたパンを作るのに非常に便利がいいんですね。臭カリを入れると非常に安定して水増しが出来る。たとえばパンを作るときに臭カリを使うんですけど、あのその他にもいろいろ、のりですね。CMCというような食品添加物があるんですね。CMCと言うのは白いちっちゃな小麦粉みたいな、見た目にはわからない小麦粉みたいな粉末なんですけど、たとえばCMCと言う粉をバケツ一杯の水の中にそれを大さじ一杯くらい入れて、キューっと混ぜてやるとドローンと寒天みたいに粘ってくる。そういうのりです。CMCと言うのはね。それで、CMCというのはあらゆる食品に使われています。みなさんがハーゲンダッツのアイスクリームを買ってきてもCMCがたっぷり入っています。それで、だからこのノリが入っているから、アイスクリームを日向に置いても水にはならないです。いつまでもぷよんとしたものが残っています。これがCMCですね。

それで、これをね小麦粉に、パンにCMCを添加して臭カリ入れてそれでパンを作りますとね、まあ他にもいろいろ入るんですけど、入れますと、このノリが入りますから、だから小麦粉の表面にノリで膜を作ってだからべちゃっとしたふわっとしたような感じだけれどもべちゃっとして、しっとりしてそれで袋から出して置いておいてもパサっと乾燥してこないの。そういうパンが作れるわけですよ。これはCMCなんですね。

それで、このCMCを入れることによって、まあ私たちが作っているパンでしたら大体55%くらいの水の量ですね。50%くらい、半分くらいの水の量でパンを作ってるんですけれども、CMCを使うことによって実に78%まで水を増やすことが出来る。だから、つまり目方は1キロなんだけれども78%は水!ね、つまりね、水増しが出来るわけなんです。だから、大きさは一緒なんだけれども実際は水の分量がガバッとある。だから、食べて、ギュッと握ったらこないに小さくなってしまうんですね。あれはみなCMCのおかげなんですね。(一同、へ~~~)。

だから、そういうパンを皆さんは知らずにね、でやっぱり110円とかで食パン売ってますけどね。なぜあんなに安くできるのか。それはやっぱり水がほとんどを占めているからですね。

(受講生)あの、耳まで柔らかいってよくね~

だから、こういうものをパンだと思って知らずに食べさされているということは非常に悲惨なことです。本当はね。だから、こういうケミカルイーストと言うものはだから、パンを焼いて、焼いた焼き立てのパンは絶対に食べてはいけない。イーストで焼いたパンは食べると必ず胃を荒らします。だから、パン屋の職人に入ると、最初に焼き立てのパンを食べてはいけませんよということをまず先輩は教えるんです。

だから、家でああいう機械が出来ましたからドライイースト買ってきたりして家で焼いてて、美味しいねってお母さんが喜んで子供と毎日食べてたら、家中みんな胃が悪くなったとかね。(一同笑)。だから、大体焼き上がって6時間くらいは食べてはいけない。毒が抜けるまでね。だから、まあそういうことを知らずにパン屋さん、売る方は焼き立てのホカホカって言って売るんですよ。ね、だからまあそういう現実はねいっぱいあるということです。それに比べてこの天然酵母パンがいかに豊かであるかと言うことはまたの話に(笑)

まあそういうね、あの。私がパンを焼き始める、パンを焼いたことによって、ただパンの問題だけでなくてこれはお酒のことを話しても、みなさんがびっくりするような話もいっぱいありますよ。お酒と言うのは一体どういうものか、というのもね。だから、何でもね、臭カリ使って、まあパンはこうやって78%まで水が増やせますけど、たとえば日本酒作ると米をまあ仮に1とします。ね、そしたら、米1対水1。水1で例えば米が1トンだとしたら水も1トン。こういう状態で仕込むのが日本の伝統的な日本酒の大体やり方なんです。これが純米酒なんか作る場合、米1:水1で作ります。

ところが、たいてい今作られているのは米1に対して水が3なんです。ここで3倍になっとるわけですね。だから、こうやって作られるお酒のことを三増酒と言います。三倍に増やしたお酒。この三増酒と言うものを作ろうと思ったら、ま、米1水1でもね、酒というのは製造過程で腐りやすいんです。発酵に失敗すると火落ち菌と言うのが発生して、一晩で酒が全部腐ってしまう。で、これが非常に怖いわけですね。火落ち菌を発生させずに上手に醸造しようと思ったら、ここへ醸造用アルコールと言うのを、エチルアルコールを入れるんです。そうするともう安定して発酵できるんですよと。これを水を3にして米を1にして、つまり三倍にしてもアルコールを入れたらこれがちゃんと発酵する。それでこういう風にして三増酒が春先に新酒が出来たって言って絞られてそれで、絞り立てのやつが瓶に詰められて、絞り立ての生の酒っていって売られるわけです。ね。

だけど、酒って言うのはこうやって発酵させたものが酒でなかったらいかんわけです。ね。ところがまあ、こうやって作られた三増酒もできたてで絞ったものは生の絞り立ての酒として売られるんですが、間もなくそれが絞り立てが、まあ終わるとどうなるかと言うと、これで作られたお酒。三増酒をこういう瓶の中に25%の原酒、つまり原酒として25%入れます。それで、残りの75%は水を入れるんです。瓶の中に。それで、薄くなりますよね、味が。そこでまたアルコールが入るわけです。それで、アルコール濃度を調整する。それで、味についてはお砂糖を入れたり、ま色んな添加物を入れたりして、それで味の調整をしてそれが大手の酒屋さんに並んでいるお酒になるんですね。

だから、こういうインチキをするのが、非常に得意なんですよ。日本は世界で発酵学が最も進んでる国と言われながら、その進んでいる発酵学で本物を追及しているわけではなくていかに本物そっくりの偽物を作るか。だけど、実際は本物そっくりになんかなってないんですよ。だけど、値段高くしたら本物だと思って買う人いるもんですから、悪いものに高い値段をつけると有難がって買っていくんですね。だから、とってもおめでたいわけですね。

ま、そういうお国柄だということを私はパンを焼くことによってだんだんこう見えてきたわけです。だから、実際にずっと食品のことを真剣に勉強して行ってみると、もアホらしくてその辺でもの買ったり、食ったりできなくなりますよ。そういうことに気づいた人は自分で勝手に人参やらリンゴをすり下ろしてね、パンを作って食べて、それで本物がいかに有難いかということを感じてほしいんですね。

もっと自然食に口やかましい人だったら、リンゴも有機農法、人参も有機農法、長芋も有機農法。で、そこに入れる米は無農薬で作った米、とかね。自然農法で作った米とか言って、まあ凝るわけですけれども、私はその辺はもうアバウトにやりましょうっていうんですね。スーパーに行って自分で、まあ納得して買ってきて、それをちゃんと自分で加工して、料理して、それでベストに仕上げて食べる。も、これでいいわけです。後は旬のことをね、できたら守りたいですよ。パンの場合は例えば今もリンゴ、本当に旬のリンゴなんかありませんからね。時期が過ぎたら、そういうときはやっぱり冷蔵しているリンゴを買ってこないとしょうがないですね。時々パンのことで質問で、リンゴがなくなった時期はどうされるんですかっていう質問が来るんですね。スーパーに行ったら売ってるじゃないですかってね。これには納得してくれないんですよね。

だけど、まあそれはあまりね。そこまで厳密なことを考えとったらね、この地球の上でなんか生きてられない。もう本当に汚染だらけでね。だから、まあ米作るんだったら国道から何キロか何メーターか離れていないと排ガスを受けるからとか、まあ色んなこと心配される人がおるし、隣の畑で農薬使ってるからあそこのは自然米ではありませんとかて言うようなことを言う人もいるんだけど、まあそんなこと言うてたらね本当に生きられない。

リンゴだってそうなんです。あのー、化学肥料とか農薬を使うとリンゴの皮に残留してね、中にまで浸み込んどるから、できるだけ分厚く切りましょうとか。それで、下にまいたやつは根から種の中に入ってきますからね、じゃリンゴの中のどの辺が安全かと言うと(笑)。何も残ったりしないですね。ま、そういう意味ではまあ皆さんが眼で見てね、まあ出来るだけ新鮮な元気のいいものが手に入る人はそれでいいですけど、リンゴも売れ残りのすごく安くなったようなやつを買ってきてパンに使うとか、そういうケチなことはしないでね。活きのいいやつを買ってきてフレッシュなものを材料にしてものを食って行ってほしいですね。

ま、だから小麦粉だってそりゃ国内産だとかね、カナダから入ってくるものはハーヴェストの問題がありますからね、いろいろ船に積む時に薬を使ったりして虫が湧かないような、じゃあ、虫が湧いてもいいから、もう虫付きだらけでも食べますから、使わないで入れて下さいっちゅうわけにいかんですね。

だから、まあ大変難しいことはあるんですけど、あんまりこだわらなくて天然酵母パンでこうやって繰り返し発酵させて、発酵がちゃんとうまく行ってるとそういう、微生物、酵母菌で発酵させたものには、ま、ほとんど、仮に農薬を使われた果物で加工してもね、チェックするとほとんど正常になっているという、そういう報告も出てますから。ま、あんまり神経質にならずに、こういうことを作って楽しんで、それでこれは台所のエコロジーですからね。自分の生活の中に何かこう一から完結するまで何か自分の手で全部できるというのは非常にすごいことなのでぜひ実行してみてください。まあ、あと細かいことについてはまた明日パンも焼きながらこねながら、パン種作ったりしながら、お話していけたらと思います。

ま、今日はこれくらいにしておきましょうね。またお風呂にも入ったり、こちらの人もかなりお疲れのようなので…。

(幸子先生)眠たい…(Θ_Θ)

終わりにして、明日また。明日の朝は6時半に上に上がってきてください。それで、朝は護摩を焚きます。それで般若心経も唱えていただいたりして、護摩焚きますので。ま、これから一年間頑張ってやっていきたいと思っていますのでよろしくお願いします。

(一同)お願いしま~す。

アレルギーに効く鼻マッサージ
さっき言うたように中指の腹で鼻の横を上下に18回。ね、18回。恭子ちゃんはさっき「先生、上で1回、2回ってするんですか」って、1回、2回としたら半分で済んでしまいます。(一同笑)。18回!一日に3回くらいここをよく、ぐーっとちょっと力入れて。そんなに無茶苦茶力入れないで、鼻の骨折れるほどしなくていいんですよ。マッサージしてください。

それで、あのごま油。がここにある。天ぷらで使ったあのごま油で歯をうがいしてください。そうするとそれが、歯を磨いた後でうがいして、でもう、飲み込んじゃっていんです。油を。スプーン1杯くらいですかね。大さじ軽く一杯くらい、口の中に入れて歯をぐちゅぐちゅっとやると、歯槽膿漏の予防にもなるし、それが粘膜を通じて鼻の方に回っていくことによって、花粉のアレルギーが治ってきます。これは毎日やると必ず非常によく効くもんです。

だから、今までたくさんの人に教えてあげて喜ばれてますからね。ま、是非やってみてください。まあ、あんまりマスクをかけて歩いておったら、ベッピンさんも台無しやからね。ね!ま、そういうつもりで取り組みましょう。楽健法やってるうちに、だんだんそれも軽減されてくるかと思います。

じゃあ、まあ今日はこれくらいにしておきましょう。どうも。

(一同)ありがとうございました!

一日目終了~
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第1回4月12日(2日目)その6

2009年04月18日 | 第9期楽健法セラピスト講座
二日目の朝

朝日が美しい。


朝日を受けて輝く花。

朝のお勤め

願いを込めて…☆


火が梵字に見えないことも…?


般若心経を唱えます。


ご利益、ご利益。有難や、有難や。

朝の作務











みなさん、朝のお日様のようにすがすがしい笑顔で(^o^)

朝食

大忙しっ


美味しいパンを♪


カボチャのスープと、野菜サラダ。珍しいブロッコリー。

お不動様の前の芝生

あら、かわいいお花が


拡大図。


5月9日のインド舞踊のための、芝生の舞台作り。みんなで耕す!


桜の木に同化!保護色。ヨッシーを探せ!!


青空をバックにピンクの花びらと、新緑のコントラストが美しい。


みんな総出で見守ります。


じゃ、芝生を敷いて行きますか!


頼もしい、源ちゃんさん!


きれいなグリーンな絨毯ができました。


芝生植えに飽きた三人。わが道を行く!畑のお手入れ、ありがとうございます。


仕上げは私がするんだから!手出しちゃダメよ!


お不動さんも喜んでくださっているはず!


お堂の中もすっきり★


白アリ君が…


ここが来月にはインド舞踊の舞台に。

楽健法(2)


昼食

美味しいご飯とやわらかいゴボウ。お漬物と吸い物。おいしゅうございました。

こぼれ話~昼食編~食と農の応援団 農文協

健康法をやっている先生方だとか、割りと著名な人がたくさん講師として登録されているわけです。

(中島さん)楽健は入ってないんですか?

入ってるわけです。私が入ったんですね。今度。

(中島さん)パンじゃなくて楽健のほうですか?

パンも。だから、こういう内容だったらこの先生を紹介します、というようので。

(中島さん)じゃ、2つに入ってるんですか?

そうです。他のジャンル、一般講演。食の問題とかいろんな問題についても依頼があれば行きます、というようなことで、ま登録されてるだけで向こうから仕事が来るということはないと思いますけども。私がどういう内容で話が出来るかと言うようなことを一応、紹介されているわけです。

奈良からは4人か5人ですね。講師として登録されている人は。

(中島さん)川内さんなんかは?

川内さんは入ってないですね。ご馳走様でした。

(一同)御馳走様でした。

楽健法(3)



パン焼きあがりました!


なかなか美味しい。


パン種持って帰って、しっかりパンを焼いてね!

終わりの会

(受講生)これ誰の~?
(田中さん)誰かいない人いない?
(ちあき)琴美ちゃんの分じゃないですか?

じゃ、これ写真を。写真みんな取った?まだ取ってない人。あんまりきれいな鮮明な写真ではないんで、まあこんなもんですね。

(幸子先生)あ、お餅入ってた?誰か食べません?

晩飯にしよか、とか言うて(笑)まあ、どうも御苦労さんでございました。

(一同)ありがとうございました。

ちょっとバタバタしましたけど、ま色んなことやりましたので。まあ、しかしこんな感じで、だんだん雰囲気に慣れて楽しくやって行きましょう。来週も忙しくて餅もつこうかなと思ってたり。つきたての餅を大根おろしで食べるっていうのもやらなあかんし。(一同笑)。まあ、あの~そんなことで、ま行き届かないこともあるかと思いますが、根気よくやって行きましょう。

ま、いろんなことお話もしたんですが、ついこう実技中心になっていて、あまり講義の時間が取りにくいという感じがちょっとあるので工夫しながら、踏む回数もできるだけ多くしてみんなが総当たりできる回数が多いように工夫していきたいと思いますけれども、ま、頑張って勉強していきましょう。

他に何か質問とか、ご希望とかないですか?今日のところは。これで一応満足でしょうかね(笑)。

(受講生)はい、大満足です!

じゃ、まあこれくらいにしてまた来月お会いしましょう。

(一同)ありがとうございました。

(田中さん)大根おろしもいいですけど、あんこもいいですね!
(一同笑)

あんこも作れってよ(笑)

(幸子先生)こわっ!

あとがき
先生方、皆様、ご協力ありがとうございました。今回も無事レポートを終えることができました。遅くなりまして、申し訳ございません。

今回もいっぱい勉強しました。偽らない本物を求める姿勢を大切にしようと近いました。みなさんは何を感じられたでしょうか。コメントお待ちしています。

では、もうすぐ第2回が始まります。よろしくお願いします。
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5月9日の催し案内です

2009年04月18日 | 日記
5月9日の土曜日は東光寺で奉納インド舞踊が開催されます。晴天でありますように!

楽健法研究会 山内宥厳 参照ページ 農文協 
食と農の応援団、農文協のページ
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