楽健法研究会 東光寺の楽健法セラピスト養成講座

楽健法セラピスト養成講座の記録・現在第12期(2012年)4月開講から来年3月まで毎月の記録です

第10回1月12日(1日目)その1

2013年03月24日 | 第12期楽健法セラピスト講座
13:00 講義
(宥厳先生)お正月は皆さん、いいお正月を迎えられましたか?みな大体自宅で正月送られたんですか。故郷へ帰られる方もいらっしゃる?こん中に。
(受講生)特に…。
(宥厳先生)東光寺では三十日に餅つきをして、それで、大みそかの晩に初護摩を焚いたりして、あんまりたくさんお参りの方もいらっしゃらないんですけど、まあ、いつも少人数ですが、護摩の祈祷は色んな人から毎年のように申し込みが来てるので、人が来ても来なくても護摩は焚くことにしてるわけです。

(宥厳先生)今年は餅つきも三臼ついたんですけど…
(幸子先生)四臼!
(宥厳先生)四臼?あ、そう(一同爆笑)。四臼言うたら二升ずつ…
(幸子先生)八升です。
(宥厳先生)八升、餅ついたんですね。それで、いつも私半分以上はつくんですけれども、今回は私はノータッチで、みなさんに…大工の源ちゃんも来てくれたりして、それから、奈良で、今東京の方に行ってますけど、吉田由佳さんと言う方がご夫婦で来てくれて、吉田さんが杵取りがお好きなんで、それで、まあ私は横で見てるだけだったんですね。まあ、そんなんで。怠けたせいか風邪を引きまして(笑)。少し、いまだに鼻声です。

 それで、今日は4時ごろにペテロ・バーケルマンス神父さんがここへ来られます。ペテロさんの妹さんベーラさんっておっしゃる妹さんです。…と、それと、それを車で多分、小谷良子さんっておっしゃる、あの人は今どっか、奈良か…女子大の教授されている女の方ですけど、まあ、あの古い、お互いに知り合いで、小谷さんが車でここへ連れてきてくれると思います。

 ペテロさんにまあ、今夜2時間前後お話ししていただいて、どんな話してくれるかわかりませんけれども、この間ここで先月紹介したのかな、「イエスと空海」という、大部な本を日本語で出版されたんです。で、この本についてお話して頂こうというようなことです。内容が非常に奥が深いのですが、カトリックと真言密教との共通点をさぐる、そういう比較宗教学の立場でずっと勉強されて来た神父さんです。

 日本に来られた時はまだ神父さんではなくて、布教師として日本に来られたんですね。それが1991年のことだったと思いますね。で、私と出会ったのもちょうど1991年の1月ごろだったと思うんですが、大阪のお寺で彼が日当たりのいいところで日向ぼっこしながら本を読んでたんですね。

 そのお寺のおばあちゃんに私が週に2回くらい楽健法しに行ってあげてたんですけど、そこのお寺の本堂の前で私がお寺に行ったときに目があって話をしたのがきっかけなんですね。日本に来られたばかりで、まだ日本語がほとんどできなくて、あいさつくらいしかできなかったんですけど、まあ、それで色々お話聞いてる内に、仲良しになって、それでちょうど私はこの東光寺に入ると言う話が決まったばっかりのときだったんです。

 東光寺へ入ってからたびたびペテロさんが来て下さっていろいろ助けてくれました。
東光寺に私が引越ししたのが1991年4月19日、桜が満開のときに引っ越ししてきました。それから彼は絶えずここへやって来ては、そのお寺の整備を手伝ってくれたりしました。それ以来随分お互いに便宜を図りあって来たような関係です。10年くらい前ですかね、真言密教についてのガイダンスを彼が英語で書いて、高野山出版と言うところから本を出したんですけれども、それの翻訳を出すということだったんですね。ところが、やってる内にだんだん意欲が出てきて、こんな大部な内容になってきたんです。

 真言密教についての部分は僕もリライトしてほしいと言うような依頼があって、去年、一昨年くらい、私もかなり集中して彼の論文に目を通しました。
小谷良子さんが、全体に目を通されて非常に読みやすい、いい本になっております。

ペテロ神父さんは素晴らしい方です。ペテロさんは双子で、双子の兄妹でベーラさんとおっしゃるんですけど。ふたりを見てると双子と言うのは実に仲のいいもんだな、と言う感じがする、
2回くらいベーラさんも日本へ来られて東光寺へもその都度来られたんです。

今日の予定ですけれども、今から楽健法を、早い目にやって、それで彼が来てから一緒に食事、関東炊きか何か知りませんけど、おでんやってんのかな。それを皆さんで食べて講演していただきます。
外部にもフェイスブックやブログで呼びかけたんですけれども、いらっしゃるかどうかわからないのですが、2、3人来られたらいいとこだと思います。今夜は楽健法はなしですね。

 それで、今、お渡ししたのは例によって下手な短歌ですけれども、これはちょうどこちらの先月の講習会が終わって翌週に福山へ行って、福山の教室で始まる前に慌てて書いた短歌です。どうだんの締め切り日を、どうだんの後書きに書いといて下さいって編集長に僕が言ったら、じゃ書いときますって言って、12月12日に雑誌が届いたんですけど、それに〆切りが12月10日ですって書いてあったもんだから、間に合わせようがない。これは慌てて書かないといかんと思って、福山で書いたわけです。いつも詰まらない短歌ばかり書いてるんですが、ちょうど最初のは…

●もみじ葉の真っ赤に染まるやわらかき陽差し眺めつ夕餉の支度
先月は座敷からちょうど前のモミジが真っ赤に映えてた時期だったので、その印象をこう言う風に書いてみたんです。

●集いたる楽健法の受講者に過ぎ来し俗世の歩みを法話す
 先天的にお坊さんと言うわけではありませんので、まあ誰もそんな人いないんですけれどもね、ま、先天的には俗物であるというのが相応しいようなわたくしですので、まあ俗世の、いままでの歩みを法話すということです。

 今日フェイスブックにアップしましたけれども、アーユルヴェーダ研究会の代表だった丸山博先生の奥さんで丸山光代さんっておっしゃる方が今97歳になって、それで、この間、何やったかな、フェイスブックにアップしたんですけど、内閣府からエイジレス・ライフ賞、年はいっても元気で介護なんか受けていない人に出す賞なのかな。エイジレス・ライフ賞って言うのを受賞したみたいですね。97歳です。年は取っていてもかくしゃくとした元気な人ですね。97歳だから多分彼女はセンテナリアン、一世紀を生きると言う、センテナリアンを達成できるんじゃないかなと思います。彼女がセンテナリアン達成するの見届けようと思ったら、こっちがそれまでもたなかったりして(一同笑い)。その可能性も無きにしも非ずですけどね。まあ、もうあの世に行ってることも多い世代になってきて、ちょうどこの14日が僕の生誕記念日(一同笑い)、生誕にあたるんですけども、それで七十七回目と言うことでね、だから、喜寿っていうことになるらしいんですね。まあ、そんなこと言うてまだ若いですけどね。まだまだ続けられますって人には顔を見て言われてるんですが、、、。

●即興の一人芝居を演じては空爆されし経験語る
 「がらんどうは歌う」と言うのはいつも毎年やって来てるんですが、今年はどうしようかななんて毎年思いながら、またその時が来たらやってしまったりもしてるんですが、もうちょっとおもしろくもないのかな、と思ったりもしながら、しかし、戦後60何年も経つと戦争についての体験を語れる人がほとんどいなくなって来ていると言うような時代に入って来ましたので、語り部としてもうちょっとやれたらやってもいいのかなと思ったり、まあ今度やるんだったらそれこそ本当の即興で、「がらんどうは歌う」というような台本は関係なしにね、一発こうチャレンジしてみるというのも、面白いかなー。
(琴美ちゃん)言っちゃた!言っちゃった!
(宥厳先生)ん?面白いかなーなんて考えているわけです(一同笑い)。やるとは言ってないんです。まあ、あの芝居皆さん見て頂いたと思うんですけれども、話は…芝居見てて即興であくまでも即興でやっていると言う風に書いてあるものなんですね。私は、まあ俳優と言うのは即興で1時間くらいね、人を楽しませられなければ俳優とは言えまいなんて生意気なことを思ってるところがあって、それで、観客に錯覚を起こさせる、本当なのか嘘なのか、現実なのか、わけがわからないようなそういう世界に引っ張り込んでいくというようなそういうカラクリで、かなり計算したんじゃないんだけれども、書くときに本能的に計算ができてるんですね。後から考えたら、だから非常に不思議な虚実のからくりを持った芝居だと思うんですね。

 それで、ある評論家なんかは、ぼくの芝居を観た後で、虚実の境目がわからないような世界を目指す人は多いんだが、なかなかそういうことが書けないんだと言う話をされたことがあります。いかにも台本書いてやってら、絵空事みたいな感じがするんですね。「がらんどうは歌う」本当かうそかわからないという揺さぶりをかけるというところを狙ったんです。それで、寺山修二なんかもね、そういう世界を狙ってやろうとしたんだけれども、結局一度も成功しなかったんだと言ってその人は私に言ってたですね。だから、まあそういう意味では、ユニークな独白劇だとういうのは確かだと思うんですね。

 後は、楽健法のことばかり書いてます。

●足で踏む足裏太もも脹ら脛腕の付け根も手足の先も
 この歌を覚えてたら楽健法ができる、そういうつもりで書いてみたんです。それから、

●踏まれては眠ってしまう楽健法眠っちゃ駄目だね教えられない
これはときどき、「私の楽健法はどうでしたか?」って踏んでくれたひとに終わったあとで聞かれるんですよ(一同笑い)。それが全然記憶してないんですよ。ホントにやってくれたの?ってことになっちゃうのでまあそんな感じですね。

●踏むことをム楽健法といい踏まれるをディ楽健法というインドネシア愛好家
インドネシアの領事の人たち、神戸…関西に住んでるインドネシア人の中でここへも勉強に来たリした人がいるんですけど、楽健法に夢中になってるグループがあってね、毎週2回くらい楽健法やってるそうです。その人たちは踏む方は「ム楽健法」って言うんですね。Melakkenhoってスペルで書きますけど、楽健を「L」で書いてますね。それで、MEっていう前の言葉がついて、それを「ム」と読むらしいです。で、「ディ」はDIと言うのが楽健法の前について、踏まれる方と踏む方と言うのを分けて言ってるんですね。僕らはそういう便利のいい言葉はなくて、楽健法をどっちが踏む?とか言ってますけど、ディ楽健法やる?とかム楽健法やる?とか言うようなことばをつくってやってるらしいですね。すごいな、とそういう言葉を作りだしてやってるって。ぼくにも是非教えに来てほしいって言って領事館の方から言われています。

●楽健法をはじめたところあれほどの不仲消えたとケニアの夫妻
この「あれほどの」って言うのがね、「あれほどの不仲」って言うのは琴美ちゃんがいろいろ事情は知ってるらしいですが、その方が1月に来られて、さいきん楽健法を奥さんと踏みあうようになってから、対話ができるようになり、理解ができるようになって、仲良くなりました。そのことを宥厳先生に報告しなくちゃと思ってやって来ましたっておっしゃってたので。楽健法というのはそういうありえないような奇跡を起こすね、そういうタッチトリートメントなんですね。良くない人間関係を修復すると言うことは、色んな人やグループからも言われてます。

 昨日、一昨日か、友永ヨーガで長年ずっと先生してた、橋・トーマス・流美さんて言う人が奈良に最近引っ越して来られて、それで年賀状、写真入りの丁寧な冊子も送って頂いたりもしたもんですから、

Trrr.....

ちょっと待って…ちょっと待ってね、運送屋さんや!

《電話終了》
せっかく配達にきたのに持って帰ってしまうという運送屋さんがおって(一同笑い)。置いて帰るのと持ち帰るのとどっちが正しいのか(笑)。

 まあ、まあそんなことで、その友永ヨーガの橋先生のおっしゃるのには、人間関係の修復、それとか精神的な困難を抱えている人に対しても楽健法をすると、ヨーガに入りやすくなるといってられました。友永ヨーガで、そのような困難が見えて来た人に対しては、まず湯沢先生なんかは先に楽健法をやってあげて、それでほぐれてきたらヨーガの道にスッと入れるようになるので、そう言う活用の仕方させてもらってます、と言ってられました。ケニアの夫妻は、今頃ケニアに帰ってられると思うんですけど、仲良く今日も踏みあってるでありましょう、と言うことで(笑)

それから、
●手のひらに

手のひらに足の裏にもあかあかと血が通うのかほかほか手足
まあ、楽健法の功徳ですね、これも。楽健法の効能。

●クロガシの樹霊見守る杜に棲む野良猫蛙長虫浄土
 東光寺山のことをこう言う風に言うてみたんですけど。大きな木がたくさん階段の両側にあるますが、あれクロガシの木なんですね。それから、屋根の向こう、本堂の裏の屋根越しに見えているのが落葉樹、葉が落ちてるのがいわゆるクヌギとか、そういうシイタケ取るようなね、木ですね。野良猫、蛙、長虫…長虫って蛇のつもりで書いてるんです。長虫浄土。まあ、そういう何もかもが一緒に住んでるぞ!っていうことですね。

 これは、この額に書いてる「共生浄土(ぐしょうじょうど)」っていうね、これもそうなんですけど、これは、あらゆる生き物が仲良く住むと言うことももちろん含まれるんだけれども、「共生(ぐしょう)」というのは霊的な意味で、この世には餓鬼と言うのがいましてね、私たちには普通見えないんで、高野山で修行してきたら見えるようになるんですけどね。

 餓鬼と言う普通のひとには見えないのがおるんですね。餓鬼はその辺を走り回ってるんですよ。だけど、人間が面と向き合うとシャイでパーっと逃げていったりするんですね。だけど、隙だらけの人間にとりついて悪いことをしたり、まあいたずらをするのがそういう餓鬼ですね。それで、そういう餓鬼が悪いことをしないように施餓鬼供養と言うのをお寺では年に一回やるわけですね。

 その、餓鬼って言うのは背丈がだいたい50センチくらいだと言われてるんですね。5~60センチ。それで、あの、大きなお寺の本堂なんかに行きますと、本堂のだいたい前から見て右の方に柱を一本、縁側の近く立ててあります。ちょうど縁側よりちょっと低いくらいのところね。縁側結構背が高いと思うんですけど、それが柱を立てて、その柱の上にちっちゃな台作って、棚板を乗せてあるんですね。それがいわゆるサバダイって言う柱で、それで施餓鬼供養するときにお坊さんはご飯を食べるときに必ずちいちゃなシュッサバって言う風に言うんですけど、ちっちゃなお皿を横に置いておいて、それでまずご飯をね、六ヶ所に三粒か四粒ずつご飯をその皿の上に取りよけとくんですね。で、それを、まあ行者が20人なら20人いると、そのご飯を夕方集めて、それでそれを一つのお皿に入れて、その柱の上にポーンと置いて、餓鬼に施す、そういう施餓鬼供養をするんですね。

 高野山で四度加行のとき、施餓鬼供養するときは数珠は懐に入れてしまって使わない。
 施餓鬼というのは目が合ってもパッと逃げるし、それから数珠の音を聞いてもパッと逃げるので数珠なんかも隠してしまって、それで施餓鬼供養のお経をあげて、それからこの「共生浄土~」と言う言葉の入ってるお経も上げて、それでそのお皿を柱にそっと置いて、置いたらもう絶対後ろを見ないようにして、引き上げてしまうんです。
 そしたらそれを餓鬼が食べに来る。そうやって餓鬼に供養することによっていわば人間に悪さをしてる、いたずらをしてるような餓鬼をね、人間の背後霊みたいにして役に立つことに力を貸してくれる。そういうものに変えて行こうと言うのが施餓鬼ですね、だから、この共生浄土と言うのはそういう霊界の魑魅魍魎も含まれたものであって、長虫とか蛙とか野良猫だけではないと言うことです。

●あとひとつ

あとひとつ詠めばさばさば着こなして旅に発てるか師走の朝
これは、まあ、短歌を九首まで書いてきて、最後の一つを読むときに、ああもうこれで終わりだと思ってこんな歌を書いたわけなんです。

 お粗末でございました。じゃあ、今から楽健法やりましょう。で、一時間ずつくらいやる時間はあるだろうと思うので、まあ、そのつもりで、ね。



「イエスと空海」


「どうだん 1~2月号」




しめなわ



楽健法(12)



Dinner「おんぎり&おでんset」

●おでん(れんこん、だいこん、ちくわ、こんにゃく、じゃがいも)









講義「イエスと空海」














質疑応答


本にサイン



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