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雨雲日和

気が付けばすっかり大泉洋とCUEに乗っ取られた、一応ヴィジュアル系や日々の出来事を綴るblogです。

COMPOSER~困惑派になる為の7つのメモ その5~

2005年04月29日 01時27分18秒 | 演劇・舞台
今回は完全な趣味語り。
クラシックが好きな人は、大抵モーツアルト派とベートーベン派に別れます。
私はモーツアルト派。無論音そのものにあるきらびやかさが好きなのだが、
それともう一つ、死が謎に包まれているというのが何ともそそるポイントなのです。
今回はそんな死にちょっと関わっているかも知れない人物のお話し。


その5~歴史の闇に隠れた影の功労者~

その1で挙げた時代の作曲家達の中で、多分1人については「?」と思う人物がいると思う。
学校で習った以上の、クラシックをある程度知っている人で無いと知らない作曲家が一人紛れ込んでいるのだ。
その作曲家の名前は「サリエリ」と言う。

私も2ヶ月程前にネットのニュースで知ったのだが「サリエリを見直そう」という動きがある。
彼は現代においても有名な作曲家の1人である。しかし、その有名になるきっかけが不幸なのだ。
そのきっかけと言うのは『モーツアルト暗殺説』。

モーツアルトの死については、未だに幾つもの諸説があり、はっきりしない。
その中でも一番有名なのが「サリエリによる暗殺説」なのである。
この説を一躍有名にしたのが映画「アマデウス」である。
この映画はサリエリによるモーツアルトへの嫌悪、嫉妬、暗殺の独白により構成されている。
モーツアルトの死後、ウィーンではサリエリがモーツァルトから盗作したり、
毒殺しようとしたと非難するスキャンダルが起った。
しかし、この事件の真相・証拠は今日に至るまで発見されていない。

しかし、実際の歴史ではモーツアルトを高く評価していたという説もある。
当時、様々な式典において、ことあるごとにサリエリはモーツアルトの曲を推薦し、演奏した。
モーツアルト没後、レクイエムを指揮したのもサリエリだった。
少なくともモーツアルトの葬儀に参列した数少ない友人であることは確かだった。
何てたって、モーツアルトの息子(次男)がサリエリの弟子だった時期もあるくらいだもの。
普通に考えて、いくら何でも殺した相手の息子は弟子にとれないでしょ。
高く評価していた友人のこどもだからそんなことできたんじゃないのかな?なんて思ってます。


さて、モーツアルトとの深い(不快?)関わりは解ったが、
今回の主役・ベートーベンとの関わりはあるのだろうか?
実は大いにある。

モーツアルト没後、ハイドンの誘いで再びウィーンに来たベートーベン。
しかし、ハイドンは忙しく中々レッスンをすることが出来ない。
そこでベートーベンは自ら様々な当時の著名な音楽家達を訪ねては、学んでいったのである。
その中の1人にサリエリが居た。当時の彼はハイドン・モーツアルトと並ぶウィーン音楽界のリーダーだった。
そんなサリエリをベートーベンが訪ねない訳はないだろう。
もっとも、このベートーベンにレッスンをした頃から作曲活動からは離れ、
教師メインの生活になっていったらしいが。
また、ベートーベンの「ウェリントンの勝利」初演の際、舞台上にサリエリが居たことから、
その親交はそれなりに深かったものと推測される(ちなみに大砲の役割をする大太鼓の担当)

教師としての活動がメインになったサリエリは、後にシューベルト、リストの指導にもあたった。
このような名だたる大作曲家が師事を受けたということは、
サリエリ自身が優秀な音楽家であったと同時に優秀な指導者であったということに他ならない。
そういった意味では、彼はこの時代のキーパーソンと言ってもいいだろう。

さて、これだけ語っておいて何なんだけど、
最大の問題はサリエリがCOMPOSERに登場するか否かなんだよね(苦笑)
冒頭にも書いたとおり、他の音楽家と比べると、どうしても知名度に乏しいんだよね。あっても、悪名だし。
森崎さんがこれらのエピソード及びサリエリ復興の動きを知っているのなら間違いなく登場するだろう。
今まで一本の線で繋がっていた関連性を、全て一手にまとめるのがサリエリなのだから。

実はサリエリは私の新たな研究対象としても大変興味深い人物なのだ。
だから、是非サリエリに登場して欲しいのだ。
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COMPOSER~困惑派になる為の7つのメモ その4~

2005年04月28日 23時36分21秒 | 演劇・舞台
昨日2つUPしようと思ったのに眠ってしまいました(苦笑)
今日中に4つ?無理だな…
明日の初演前にUPすればいいという説もあるけど、明日PIERROT渋公で居ないし…
あ、ネットカフェで原稿持って行ってUPしてもいいな。
その前に、ネットカフェ行く時間あるのか?ま、いいか(笑)


その4~『普通』という個性~

交響曲の父・ハイドンはこの時代の中では珍しい存在なのかも知れない。
「偏屈が服着て歩いてる」と言われたベートーベン
「うんこ」連呼する手紙を書いてるモーツアルト(トリビアの泉参照)
若くして死んだシューベルト
これらに比べてハイドンは割合『普通の人』なのだ。
そしてこの時代の人にしては長生で、77歳まで生きていたそうな。しかも、生涯現役で。
奇人変人数奇のオンパレードの作曲家業界で、彼のように割合普通な人は珍しい、というか貴重なのだ。
そして、普通であるが故に様々な音楽家に尊敬され、交流を持ったと言えよう。

ハイドンはモーツアルトと深い交流があった。
そして演奏旅行でボンを訪れたとき、恐らくモーツアルトから評判を聞いていたのでしょう、
ベートーベンの音楽を聞き、再びウィーンを訪れた時にはレッスンをする約束をします。
超人気作曲家のお誘いに、夢見る青年ベートーベンが乗らないはずありません。
こうして21歳の時、ベートーベンはウィーンに赴き、ハイドンに師事するのだった。
しかし、この師弟関係も長くは続かなかった。
ハイドンの教授法がベートーベンの求めるものと異なったこと、
ハイドン自身が余り教えるのが上手くなかったこと、
ハイドンの曲に人気が出てきて忙しくなってきてしまったこと、
ベートーベン自身の楽曲に個性が出始めてハイドンのことを教師として物足りなさを感じたこと、
これら様々な要因によって一年強で師弟関係は崩れてしまったのだ。
しかし、この師弟関係が崩れた後も、ベートーベンのハイドンの曲への敬意は変わらなかった。
ベートーベンにとってはハイドンの人として教えることではなく、彼が作った楽曲そのものが師だったのだ。

まぁ、その道の達人でも教師としてはイマイチな人って多いけど、この場合もそうだったと。
でもハイドン自身も使用人兼作曲家という時代が長かった苦労人で、
師としては物足りなくても通常の付き合いをする上では十二分に尊敬すべき人物だったのではないでしょうか?
でなきゃ、師弟関係解消した後も彼の曲を好きで居続けるのはちょっと難しいと思う。
「曲と人格は全くの別物だ!」なんて割り切れればいいんだけど、
神経質なベートーベンにそれが出来たかと言うと、私はどうかな?と思う。
やっぱ人となりを知って、それに幻滅してたら辛いんじゃないかな?と思う。

さて、お芝居の中ではハイドンは…ベートーベンのお父さん?
いや、お父さんにしては年齢離れてるな…って、多分関係なくなるんだろうけど(笑)
何だろう、亡くなった大好きだったお祖父さんの面影をハイドンに見るとかどうよ?
でなきゃ父親役になるのかな?
やっぱハイドンのイメージって年長者なんだよね。だから、そういう展開を予想します。
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COMPOSER~困惑派になる為の7つのメモ その3~

2005年04月27日 01時44分37秒 | 演劇・舞台
実は5まではネタが出来上がっていて、原稿もある程度書き終えているのだ。
問題は6と7のネタが出来上がらないこと。
さて、どうしたものかのう…



その3~我々の中で最初に死に行くものに杯を!~

若き歌曲王シューベルト
その人生は31年10ヶ月と短い(っていうか、今のNACSくらいの歳か…)
その僅か32年弱で作った歌曲は、延べ700曲!
COMPOSERではCMでアヴェ・マリアを使ったことから
シューベルトは主要人物の一人になることが予想されます。
まずは簡単にベートーベンとの関わりを説明。

シューベルトが生まれたのは1797年のこと。当時ベートーベンは27歳。
その後、難聴と戦いなが、シューベルトが物心がつく頃にはベートーベン全盛期を迎える。
そんな中で育ったシューベルトはベートーベンを「神」のように尊敬していた。
そう言えば、どっかの伝記漫画で「L!O!V!E!LOVE!ベートーベン」な~んて描かれてたっけ(大笑)
まぁ、それくらいの熱狂的ファンだったということだ。
晩年、寝て過ごすことが多く、又甥の自殺未遂等で気が滅入っていたベートーベンに
弟子(秘書)が差し入れとして持っていったのがシューベルトの歌曲集だった。
ベートーベンは人目でこの歌曲集を気に入った。
そして、その話しを聞いたシューベルトはベートーベンのもとを訪れ、病気を見舞ったのだった。
その時のシューベルトは緊張の余り、全く喋れなかったと言う。そりゃ神とのご対面だもんな。
この見舞いがシューベルトとベートーベンの最初で最後の面会となった。
シューベルトが見舞った2週間後にベートーベンは亡くなったのだ。
ベートーベンの葬儀には2万人の人が参列し、その中には棺を担ぐシューベルトの姿があった。
葬儀後、シューベルトは友人達と飲み明かしたと言う。
「我々の中で最初に死に行く者に杯を!」と叫んで。

1年後、シューベルトがこの世を去る。
皮肉にも、彼が最初の死に行く者となったのだ。
彼の墓は遺言によりベートーベンの墓のそばに建てられた。
死してもなお、シューベルトはベートーベンを愛したのだった。

という訳で、ベートーベンLOVEだったのシューベルト。
会ったのは1回きりだったが、その敬愛は一生涯のものだったことから、その深さがうかがえる。
もっとも、完全な片思いなんだけどね(笑)
でも、シューベルトにとってはベートーベンが認めてくれただけでも本望なんだろうね。
とりあえず生涯独身だったのは確か。

多分、今回のCOMPOSERでの展開を予想すると…
家族愛がテーマだとするとベートーベンがシューベルトの養父になる、なんて展開有りじゃない?
尊敬するベートーベンのもとへ行き、そのまま住み込みで音楽を習う。
史実では1回きりの出会いだけど、お芝居の中では家族として暮らす。
な~んてちょっと夢があっていいじゃない?
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COMPOSER~困惑派になる為の7つのメモ その2~

2005年04月26日 23時45分33秒 | 演劇・舞台
えー、予定をかなりずれ込んでるCOMPOSER連載(苦笑)
本当は金曜から1日1記事の予定だったのに…
遅筆な自分が恨めしい。
まぁ、いいか。マイペースでいきます。


その2~努力型の天才と神に祝福された天才~


モーツアルトベートーベンを語る上で欠かすことの出来ない人物であろう。
それは、ベートーベンの人生にモーツアルトが大きく影響しているに他ならない。
そして、両者はスタンス・作曲法・人生、共に対照的なことから、2大巨頭として描かれる。
今回は両者の関係を軽く解説してみようと思う。

まずは両者の出会い(接点)から。
モーツアルトが生まれたのはベートーベンより14年早い1756年のこと。
3歳でクラヴィーアを弾き5歳にして作曲を始めた、紛れも無い天才であった。
ベートーベンが幼い頃、既にモーツアルトは天才としての名を欲しいままにしていた。
ベートーベンがピアノを本格的に引き始めた頃、父・ヨハンはベートーベンのピアノを指導したのだ。
しかし、ヨハンの狙いはベートーベンを『第2のモーツアルト』にすることだったのだ。
当時ヨハンは酒浸りの生活で、家は貧しかった。しかし、ベートーベンには才能があった。
ならば、才能を金に換えよう、そうすればお酒が買えるという魂胆だったのだ。
実際、彼はその後母と弟達を経済的に支える大黒柱となるのだが…
ヨハンのレッスン時の口癖は「モーツアルトはそんなミスをしない」だったとも聞いたとこがある。

後にベートーベンはボンで様々な作曲家に指導を仰ぐも、皆は最後にはこう言っていたらしい。
「君の先生になれるのはモーツアルトだけだ」
その言葉を信じ、ベートーベンはウィーンへと向う。モーツアルト31歳、ベートーベン17歳だった。
当時、人気絶頂のモーツアルトはベートベンの即興曲を聴いて
「この少年は今に知らない人は居ない音楽家になるだろう!」と宣言した。
その後ベートーベンはモーツアルトのレッスンをほとんど受けられなかった。
1つは当時モーツアルトが『フィガロの結婚』のヒット『ドン・ジョヴァンニ』の初演準備で多忙を極めていたこと。
そしてもう1つは、ベートーベンがウィーン滞在数ヶ月で母の病の知らせを受けてボンに帰ってしまったからだ。
その後、モーツアルトはベートーベンと再び出会うことなく死を迎えるのであった。


さて、実は浅いような深いようなよく解らないこの両者の繋がりだが、
ベートーベンはモーツアルトが死ぬまで彼の影を追いかけていく人生だったと言えよう。
それは、モーツアルトが天才であるが故のことであったし、間違いなく時代を代表する作曲家だったからだ。
そしてこの両者が常に両雄として名前を並べるのは、曲の素晴らしさもさることながら、
全てにおいて驚くほど対照的だったということに要因がある。

モーツアルトは明るく社交的で、貴族達にも気に入られ、又民衆からも熱い指示を得た。
幼い頃の家庭は裕福で、宮廷音楽家の父・レオポルトの理解の元才能を伸ばしていった。
最初、父親と姉に結婚は反対されたが、最終的には和解した。
コンスタンティンという妻との間に3人の子供をもうけた。
晩年は貧しい生活の中との戦いで、35歳の若さで亡くなった。
一度書いた曲は決して書き直さず、その音の中には軽いながらもきらびやかさがあった。
彼の思想の中心はフリーメーソン思想であり、その思想はオペラ『魔笛』に色濃く現れた。


一方ベートーベンは神経質で社交性は余り無く、
貴族に頭を下げることを嫌い、民衆からも「気難し屋」として疎遠されてた。
幼い頃の家庭は貧しく、父は宮廷歌手だったものの、酒浸りで家庭にはほとんど金を入れなかった。
父を亡くした後は、ボンから2人の弟をウィーンに呼び寄せて、共に暮らした。
弟の息子を奔放な母親と親権を争った結果、養子として迎えたが、
愛情を注いだにも関わらず反抗され、借金の山と自殺未遂をされる。
難聴との戦いの末、音を失うも、晩年は裕福とまでには行かないが、生活には困らない程度の収入があった。
ベートーベンの曲は書き直しの繰り返しで、その音には彼の人生をあらわすかのような重厚感があった。
彼の思想の中心は民衆による政治であり、その象徴としてナポレオンに陶酔した。


まぁ、やっぱその対比として色濃く現れるのは作曲のスタイル、そして家族についてでしょうか?
モーツアルトは1発OKでキラビヤカな音、ベートーベンは推敲を繰り返し重厚な音を作った。
35歳と言う若さで亡くなるも、両親、妻、子供と貧しいながら家族に恵まれたモーツアルト。
56歳まで生きるも、酒乱の父、甥の自殺未遂と家族愛には恵まれなかったベートーベン。
今回のCOMPOSERのテーマは『家族愛』
この辺の対比等は、かなり物語の鍵になってくるのではないのでしょうか?
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COMPOSER~困惑派になる為の7つのメモ その1~

2005年04月26日 02時22分04秒 | 演劇・舞台
昨日書こうと思ったら、メンテナンスに突入しちまったよ…
そして今日は残業&電話でこんな時間に…(凹)


その1~時代の彩りの構成者達~

さて、今回「ベートーベンがモチーフ」以外は全くの発表無し。
と言う訳で、まず登場が予想される大作曲家達を紹介しましょう。
詳しくはリンク先(ウィディペキア)を参照して下さい。


まず、かの時代を生きた作曲家達

ベートーベン:本編の主人公。耳が聞こえなくなるハンデと戦った大作曲家。
モーツアルト:ベートーベンと対で登場することの多い大作曲家。訪ねてきた少年ベートーベンの才能を認めた。
シューベルト:歌曲王。ベートーベンが没する2週間前に彼の元を訪ね、葬式にも参列した。
ハイドン  :交響曲の父。モーツアルト没後ベートーベンを指示したと言われる。
サリエリ  :宮廷作曲家。モーツアルト暗殺説で有名。
        実際は良い曲を幾つも残し指導者として多くの大作曲家の育成を行なった。
リスト    :ピアノの魔術師。多くのピアノ曲を残す。
        ベートーベン52歳の時に当時11歳だったリストの音楽界デビューを見ている。
ショパン  :ピアノの詩人。ベートーベンと重なるのは17年。両者に接点はあったのか?今調べてます。


(サリエリ・リスト・ショパンは微妙だけど、後は確実でしょう。
 ちなみにCOMPOSERのCMで流れているのはシューベルト作曲アヴェ・マリアのバイオリンソロVer)


ベートーベンと同じ時代を生きた歴史上の有名人達
ナポレオン :軍人から皇帝に成り上がった英雄。
ゲーテ   :詩人、劇作家、小説家、科学者、哲学者、政治家。私は『若きウェルテルの悩み』を読んだ。
マリー・アントワネット:断頭台の露と消えた悲劇の王妃。


ベートーベンの関係者
祖父・ルードビッヒ:選帝宮廷楽団の歌手であり、団長にまでなった人物。
父・ヨハン:ベートーベンの父。宮廷歌手でベートーベンのピアノのレッスンをほどこす。ただし、酒乱。
母・マリア・アグダレーナ:幼いベートーベンを精神的に支える
弟・カール:自分の息子・カール(2世)をベートーベンに託す
弟・ヨハン:ベートーベンの弟。余り歴史として目立つトピックスはない。
甥・カール:養子に迎えた弟の息子。しかし、簡単には打ち解けられす。後に自殺未遂を起こす。
ブロイニング伯爵家:ベートーベンの幼馴染であり、親友であり、家族でもあった。
秘書・シントラー:ベートーベンの晩年の世話をする。しかし、信頼関係には諸説あり。


時代を超えた大作曲家達(モリーダー設定では登場もありえるので)
バッハ :音楽の父と言われている。古典の礎。「大バッハ」とも呼ばれる、古典の礎を作った人物。
ヘンデル:音楽の母と呼ばれている。バッハと比べて革新的だったらしい。代表作は『ハレルヤ・コーラス』かな?
シューマン:ピアノ曲を数多く残す。私は『トロイメライ』が大好きです
チャイコフスキー:バレー曲で有名。代表作は『胡桃割り人形』『白鳥の湖』
ワーグナー:歌劇を総合芸術の楽劇にまで高めた。代表作は『ニーベルングの指環』

とりあえず、こんなところかな…って、マリー・アントワネットは誰がやるんだよ(笑)
まぁ、また登場候補が思いついたら次々書き足していきますね。
とりあえず、鉄板だと思われる5人についての予想配役も書いておきます

ベートーベン:大泉洋(公式発表)
モーツアルト:安田顕(裏歴史では変態さんだし・大笑)
       音尾琢磨(う~ん、ビジュアル的なイメージだと音尾さんが近いかな)
シューベルト:森崎博之(イメージ的に)
ハイドン:モーツアルトでなかった方(オイオイ)
サリエリ:佐藤重幸(公式写真が狡猾そうに見えたから)
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COMPOSER~困惑派になる為の7つのメモ その0~

2005年04月23日 02時00分15秒 | 演劇・舞台
さて、いよいよCOMPOSER初日まで一週間!
という訳で、舞台に向けてのカウントダウンっぽい記事を幾つか書いて行こうと思う。

その名も「困惑派になる為の7つのメモ」
Loppiでのリーダー言葉「知らない人には誤解を、知っている人には困惑を」
という言葉を受けての不定期連載…と、言える代物なのかは微妙だが、まぁ書いていこうと思います。
とりあえず、頑張って7つ書くよ…頭3つくらいしか内容決まってないけどさ(大苦笑)
一応予定は札幌公演初日までか、関東初日あたりまでを目処に載せていく予定です。



その0~感激出来る観劇の為に~

シアターワンダーランド」という雑誌と言うか、ムック本を大分前に買った。
舞台俳優としての大泉洋のインタビューが載っていたからだ。
当時、COMPOSERに行く気満々だった私だが、このインタビューを見て「行くの、どうしよう…」と思った。
それは彼等の舞台そのもの質とか特性とかそういうものへの感情ではない。
むしろCOMPOSERという演目や演じることに対しては好意的に受け取れるインタビューだった。
インタビューから見えてきた問題は…観客だった。
なんと言うか、凄く舞台での芝居がやり辛そうに見えた。
無論、客席を黙らせられない実力とかそういう問題もあるのだろうけど…
役者が出てきて「キャー」と叫ぶのは芝居を見せる以前の問題だと思う。
っていうか、本格的に芝居する前の段階での話しだし、こんなんされると出鼻くじかれるよなとは思う。
「客席が舞台の足を引っ張ってどうするんだよ…」というのがこの雑誌を読んでの私の感想だった。

とある観劇blogでのこと。仕上がりが良くなかった云々というのも気になるが、
一番気になったのは…「客の質は最悪」という言葉だった。

Loppiでの森崎さんのインタビューを見た。他にも舞台系雑誌でのインタビューを見た。意気込みは充分。
皆共通しているのは「前の東京公演は贔屓目で拍手してくれた」と言った主旨の意見だったと思う。
東京公演での異様な熱気というは、不思議なベクトルに戸惑いみたいなのがそこに見え隠れした気がした。

で、色々見ているとこの「観客問題」はけっこう深刻なようだ。
こんなblogが作られてしまうくらいだもんな…いや、目を瞑ってやり過ごせる範疇なら作らないって、こういうの。
このTEAM-NACSの公演を見に行く全ての方へとメンバーの戸惑いをきっかけにしてちょっと色々考えてみた。

私は今まで観劇経験なんて学校の舞台鑑賞と(寝てるのが多かったが・苦笑)
ZeppTOKYOと渋谷公会堂での『第14帝國』という名古屋のお笑いビジュアル系邪道劇団のしかない。
ああ、あとミュージカルも入れると『RENT』を3回観に行ってるか。
…私の黒歴史として、友人に連れて行ってもらった『美少女戦士セーラームーン』もあるんだけど(苦笑)
お芝居としては帝國が挙げられるのだが、少なくとも帝國ではそんなに不味い客はいなかったと思う。
『RENT』はもう少し観劇世代が上というのもあるけど…
まぁ、諸問題について私の経験から来る意見を述べてみようかな。


~お芝居を見るときの服装・アイテム編~
まぁ、第14帝國ではコスプレさんは居たかな…元帥と有馬少尉とPsycho le cemuのDAISHIが。
帝國軍服は目を瞑れる範囲としても、昔、第14帝國とサイコがコラボレーションツアーやったとは言え、
Psycho le cemuのDAISHIのコスで帝國見に来るのはどうかと思ったけどね。
しかも、イけてなかったし…いや、いけてたらいいというもんでもないけどさ。
一応DAISHIコスでもそのコラボレーションツアーの時のかっこうではあったが…場違いであることには変わりは無い。
まぁ、このビジュアル系劇団という特質上、ゴスロリちゃんが多かったのは仕方ないのかもしれないけどね。

あとRENTだと出演者のかっこうを真似た人はいたかな。
とはいっても、RENT自体が一応アメリカの普通の若者達の物語だから違和感はなかったね。
そんな私も、マーク風のマフラーにマーク風眼鏡で行った口だが(苦笑)

セーラームーンにはセーラームーンのコスプレさんが居たな(笑)
いや、ちびッ子達がセーラームーンの格好しているのも居たけど、大人のお姉さんも居た(笑)
途中の休憩時間中、コスお姉さんの周囲には子供が集まり、ちょっとしたヒーローショー風になってた(大笑)
「それもちょっとどうなのよ?」と思ったけどさ。

さて、今回COMPOSERについて考えてみよう。
基本的にどんなかっこうで来ても自由なのだが、余りにも場違いなかっこうは如何なものかと思う。
な~んか、タコ八ーカー着てこようとしている人も居るみたいだけどさ、
これは「水曜どうでしょう」のイベントじゃないんだぞ。
それこそ、さっき触れた第14帝國にサイココスが居るようなもんです。
確かに関係ある(つーか、全員関係者)だけど、舞台上では関係ない。
水曜天幕團みたいに「水曜どうでしょう」を前面に出していれば話しはまた別だけどね。
どうでしょうグッズでも、あの灰色パーカーとかだったら、まだ何とか…
コスプレもどうなんだろう…さっきのセーラームーンじゃないけど、
舞台よりも注目を集めてしまうのは問題があるんじゃないかな?
普通のかっこうで、それっぽいくらいなら許容範囲なんだろうけど(例・LOVER・ミハル)、
例えばヨーロッパ舞台のCOMPOSERでLOOSERの新撰組のかっこうっていうのは、許容範囲外だと思う。
あと、団扇とかも論外だと思うよ。何と言うか、舞台演出の妨げになると思う。
ああ、あと余りに過度な髪型と帽子も止めて欲しいかな。
だって、見えないんだもん…

どっちにしても言えることは「浮きすぎるな、狙いすぎるな」ってことだと思う。


~飲食~
禁止アナウンスされてるならするな。それだけだ。


~私語~
音楽でも、曲の世界に陶酔しきってる時に隣でされるお喋りほど殺したくなるものはありません。
いや、マジで殺意沸くよ、あれは。だから、止めてくれ。
今までどの舞台見に行っても、そんなんしてる人見たことないし。


~リアクション~
第14帝國はお笑い劇団だから、笑う時は思いっきり笑うのが常識。
でも、前半のシリアスな部分、そして途中の真面目な部分は絶対笑わない。
それこそ水を打ったように静まり返ってます。
RENTも泣いたり、コメディな所では笑ったり。
まぁ、舞台の世界に入り込んでいれば、そういう自然なリアクションは取り易いと思いますよ。


~スタンディングオーベーションとは~
第14帝國は終わってからアンコールも…まぁ座ったまんまだったしね。
座ったまんま拍手してたと思う、Zeppは。渋谷公会堂は立ったかな?
多分周囲を見て座ってたけど、立ち上がる勢いはあったかな。
いや、だって凄い最後感動できたもん。笑えて感動できて、お腹一杯になれる芝居だったし。
最後あまつん(天崎少将)がかくれんぼ中に消えてしまった帝國を探すシーンは大泣きした(照)

『RENT』は迷い無く立ち上がったなぁ~、去年新宿で見た時には。
いや、最後の〆の出来が凄い良くて、思わず立ちあがちゃったよ(笑)
演奏部隊はちょっと走り気味だったんだけど、ボーカル陣の出来が良くてね!
最後の方「What You Own」「Telephone」「CHRISTMAS BELLS3」「FINAL B」辺りは
曲が終わるごとに拍手起こってたもん。それくらい出来が良く、勢いがあった。
まぁ、『RENT』という作品は、その公演が良かったどうかは「What You Own」という曲にかかってると思う。
この曲は主役2人(マーク・ロジャー)が夢に生きる覚悟を歌ったRENTの中でもハードなナンバー。
この曲がビシ!と決まると、後は畳み掛けるだけなんだよね。で、もうそれがビシッ!!と決まってねぇ。
あとはそのまま一気に駆け抜けて、その疾走感を保ったまま〆られたから、良くない訳が無い!

…って話しがそれた(苦笑)
まぁ、スタンディングオーベーションというのは衝動的な行動であり、計画・約束としてやるものではない。
だからこそ価値があるものだと思うよ。自らその価値を失墜させてはいけない。

な~んて言ってる私だけど、私は実は非常に立ち上がりやすい人なのだ。
何故なら私は感激屋さんだから(苦笑)すーぐ感動しちゃうんだよね。
まぁ、立ち上がったとしても、それは感動に正直応えた結果だから、まだいいんだろうけどね(苦笑)
お約束ではなく、感動して立ち上がる分にはナンボでもOKだと思いますよ。


今回の記事はこちらを参考にさせていただきました。
もし良ければ皆様も読んでみて下さい。
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面子だけみると混沌この上ない舞台なのだが

2005年04月19日 00時25分11秒 | 演劇・舞台
アラジンとスターオーシャンの秘宝-オフィシャルサイト

さて、最近ここの話題はTEAM-NACSばかりですが、それ以前から好きな劇団というのは一応ある。
果たして劇団と言っていいのか微妙だけど(苦笑)
それは、名古屋のヴィジュアル系お笑い異端劇団「第14帝國」のことである。
まぁ、ヴィジュアル系に片足踏み込んでいる人なら知ってる人も多い劇団である。
特にこの劇団の主宰・皇認独裁官 楠本柊生帝國元帥(通称・柊生元帥)は
第14帝國の活動の他にも様々なバンドとのコラボレーションを行なっている。
一番有名なのはサイコルシェイムとのコラボレーション「元帥・DAISHIの生きてて良かった」かな。
これは第14帝國とサイコルシェイムのコラボレーションツアーで、完成度も高いといわれている。
その次が「元帥・鳶丸の宇宙と恐竜」かな。これはグルグル映画館の天野鳶丸とのコラボツアーで、
このツアーに関するCDまで出している。この鳶丸とのコラボはitv24での番組という形態でまだ続いている。
一番最近だと天野鳶丸・etcと一緒に行なった「元帥・鳶丸のメトロノーム忠臣蔵」かな。

さて、柊生元帥の最新コラボレーションが発表され、一昨日チケットの一般販売日だった。
それが今回の第14帝國楠本柊生帝國元帥・Psycho le cemuYURAサマ・劇団☆新感線吉田メタルによる
「アラジンとスターオーシャンの秘宝」である。
多分アラジンは劇団☆新感線の最新作「荒神」(主演V6・森田剛)に由来してるんだろうな。
ちなみにスターオーシャンの秘宝は元帥がPsycho le cemuに脚本を書いたツアーの名前である。

元帥も今までミュージシャンとの競演は多かったけど、こういう演劇畑の人とははじめてだな~。
どうしようかな~と思いオフィシャルサイトを見たら…何か出演者増えてる?!
しかも、ヴィジュアル系な人々は今まで通りとしても、アクションクラブの方(どこから声をかけた…)、
落語家(この前イベントで元帥と一緒に司会をした方です)なすび(どこから出てきた?!)
出演者一覧を見ていて中でも驚いたのが「藤川三郎(文学座)」

えっと、文学座って超老舗の名門劇団じゃないっすか!(あくまでRAIN的イメージ)
100%メタルさんとの繋がりなんだろうけど、よく参加するなぁ、この面子で…
あと、もう一つ驚いたのが救命病棟24時で日比谷先生役をやった小市慢太郎さんが所属する
劇団M.O.Pから永滝元太郎さんが出演すること!しかも「with銀河警察音楽隊」って何?(大笑)

まぁ、どちらかと言うと劇団の中ではまだ若手で、脇役という感じの方々が多いようですが
それでも、けっこう名だたる劇団から参加しているからねぇ、これは面白そうだ。

っていうか、脚本を書く元帥はこの面子をまとめきれるのか?
それが一番気になるところなのだが(大笑)

う~ん、迷ってたけどやっぱり見に行こう♪(笑)
コメント
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