今回は完全な趣味語り。
クラシックが好きな人は、大抵モーツアルト派とベートーベン派に別れます。
私はモーツアルト派。無論音そのものにあるきらびやかさが好きなのだが、
それともう一つ、死が謎に包まれているというのが何ともそそるポイントなのです。
今回はそんな死にちょっと関わっているかも知れない人物のお話し。
その5~歴史の闇に隠れた影の功労者~
その1で挙げた時代の作曲家達の中で、多分1人については「?」と思う人物がいると思う。
学校で習った以上の、クラシックをある程度知っている人で無いと知らない作曲家が一人紛れ込んでいるのだ。
その作曲家の名前は「サリエリ」と言う。
私も2ヶ月程前にネットのニュースで知ったのだが「サリエリを見直そう」という動きがある。
彼は現代においても有名な作曲家の1人である。しかし、その有名になるきっかけが不幸なのだ。
そのきっかけと言うのは『モーツアルト暗殺説』。
モーツアルトの死については、未だに幾つもの諸説があり、はっきりしない。
その中でも一番有名なのが「サリエリによる暗殺説」なのである。
この説を一躍有名にしたのが映画「アマデウス」である。
この映画はサリエリによるモーツアルトへの嫌悪、嫉妬、暗殺の独白により構成されている。
モーツアルトの死後、ウィーンではサリエリがモーツァルトから盗作したり、
毒殺しようとしたと非難するスキャンダルが起った。
しかし、この事件の真相・証拠は今日に至るまで発見されていない。
しかし、実際の歴史ではモーツアルトを高く評価していたという説もある。
当時、様々な式典において、ことあるごとにサリエリはモーツアルトの曲を推薦し、演奏した。
モーツアルト没後、レクイエムを指揮したのもサリエリだった。
少なくともモーツアルトの葬儀に参列した数少ない友人であることは確かだった。
何てたって、モーツアルトの息子(次男)がサリエリの弟子だった時期もあるくらいだもの。
普通に考えて、いくら何でも殺した相手の息子は弟子にとれないでしょ。
高く評価していた友人のこどもだからそんなことできたんじゃないのかな?なんて思ってます。
さて、モーツアルトとの深い(不快?)関わりは解ったが、
今回の主役・ベートーベンとの関わりはあるのだろうか?
実は大いにある。
モーツアルト没後、ハイドンの誘いで再びウィーンに来たベートーベン。
しかし、ハイドンは忙しく中々レッスンをすることが出来ない。
そこでベートーベンは自ら様々な当時の著名な音楽家達を訪ねては、学んでいったのである。
その中の1人にサリエリが居た。当時の彼はハイドン・モーツアルトと並ぶウィーン音楽界のリーダーだった。
そんなサリエリをベートーベンが訪ねない訳はないだろう。
もっとも、このベートーベンにレッスンをした頃から作曲活動からは離れ、
教師メインの生活になっていったらしいが。
また、ベートーベンの「ウェリントンの勝利」初演の際、舞台上にサリエリが居たことから、
その親交はそれなりに深かったものと推測される(ちなみに大砲の役割をする大太鼓の担当)
教師としての活動がメインになったサリエリは、後にシューベルト、リストの指導にもあたった。
このような名だたる大作曲家が師事を受けたということは、
サリエリ自身が優秀な音楽家であったと同時に優秀な指導者であったということに他ならない。
そういった意味では、彼はこの時代のキーパーソンと言ってもいいだろう。
さて、これだけ語っておいて何なんだけど、
最大の問題はサリエリがCOMPOSERに登場するか否かなんだよね(苦笑)
冒頭にも書いたとおり、他の音楽家と比べると、どうしても知名度に乏しいんだよね。あっても、悪名だし。
森崎さんがこれらのエピソード及びサリエリ復興の動きを知っているのなら間違いなく登場するだろう。
今まで一本の線で繋がっていた関連性を、全て一手にまとめるのがサリエリなのだから。
実はサリエリは私の新たな研究対象としても大変興味深い人物なのだ。
だから、是非サリエリに登場して欲しいのだ。
クラシックが好きな人は、大抵モーツアルト派とベートーベン派に別れます。
私はモーツアルト派。無論音そのものにあるきらびやかさが好きなのだが、
それともう一つ、死が謎に包まれているというのが何ともそそるポイントなのです。
今回はそんな死にちょっと関わっているかも知れない人物のお話し。
その5~歴史の闇に隠れた影の功労者~
その1で挙げた時代の作曲家達の中で、多分1人については「?」と思う人物がいると思う。
学校で習った以上の、クラシックをある程度知っている人で無いと知らない作曲家が一人紛れ込んでいるのだ。
その作曲家の名前は「サリエリ」と言う。
私も2ヶ月程前にネットのニュースで知ったのだが「サリエリを見直そう」という動きがある。
彼は現代においても有名な作曲家の1人である。しかし、その有名になるきっかけが不幸なのだ。
そのきっかけと言うのは『モーツアルト暗殺説』。
モーツアルトの死については、未だに幾つもの諸説があり、はっきりしない。
その中でも一番有名なのが「サリエリによる暗殺説」なのである。
この説を一躍有名にしたのが映画「アマデウス」である。
この映画はサリエリによるモーツアルトへの嫌悪、嫉妬、暗殺の独白により構成されている。
モーツアルトの死後、ウィーンではサリエリがモーツァルトから盗作したり、
毒殺しようとしたと非難するスキャンダルが起った。
しかし、この事件の真相・証拠は今日に至るまで発見されていない。
しかし、実際の歴史ではモーツアルトを高く評価していたという説もある。
当時、様々な式典において、ことあるごとにサリエリはモーツアルトの曲を推薦し、演奏した。
モーツアルト没後、レクイエムを指揮したのもサリエリだった。
少なくともモーツアルトの葬儀に参列した数少ない友人であることは確かだった。
何てたって、モーツアルトの息子(次男)がサリエリの弟子だった時期もあるくらいだもの。
普通に考えて、いくら何でも殺した相手の息子は弟子にとれないでしょ。
高く評価していた友人のこどもだからそんなことできたんじゃないのかな?なんて思ってます。
さて、モーツアルトとの深い(不快?)関わりは解ったが、
今回の主役・ベートーベンとの関わりはあるのだろうか?
実は大いにある。
モーツアルト没後、ハイドンの誘いで再びウィーンに来たベートーベン。
しかし、ハイドンは忙しく中々レッスンをすることが出来ない。
そこでベートーベンは自ら様々な当時の著名な音楽家達を訪ねては、学んでいったのである。
その中の1人にサリエリが居た。当時の彼はハイドン・モーツアルトと並ぶウィーン音楽界のリーダーだった。
そんなサリエリをベートーベンが訪ねない訳はないだろう。
もっとも、このベートーベンにレッスンをした頃から作曲活動からは離れ、
教師メインの生活になっていったらしいが。
また、ベートーベンの「ウェリントンの勝利」初演の際、舞台上にサリエリが居たことから、
その親交はそれなりに深かったものと推測される(ちなみに大砲の役割をする大太鼓の担当)
教師としての活動がメインになったサリエリは、後にシューベルト、リストの指導にもあたった。
このような名だたる大作曲家が師事を受けたということは、
サリエリ自身が優秀な音楽家であったと同時に優秀な指導者であったということに他ならない。
そういった意味では、彼はこの時代のキーパーソンと言ってもいいだろう。
さて、これだけ語っておいて何なんだけど、
最大の問題はサリエリがCOMPOSERに登場するか否かなんだよね(苦笑)
冒頭にも書いたとおり、他の音楽家と比べると、どうしても知名度に乏しいんだよね。あっても、悪名だし。
森崎さんがこれらのエピソード及びサリエリ復興の動きを知っているのなら間違いなく登場するだろう。
今まで一本の線で繋がっていた関連性を、全て一手にまとめるのがサリエリなのだから。
実はサリエリは私の新たな研究対象としても大変興味深い人物なのだ。
だから、是非サリエリに登場して欲しいのだ。