表記の記事は電子新聞クオリティ埼玉に書いたのでご覧いただきたい。
先日、麻生首相が都議会議員選挙候補者の応援にでかけ「必勝を期して」と言うべきところを「惜敗を期して」と言い間違えたのには笑った。勝利は覚束(おぼつか)ないがせめて惨敗だけは避けてほしいという本音が思わず出たのかも。
日本郵政は西川社長の再任で決着がついた。あの一連の騒動の中で、民間会社の社長人事に政府は口を出すべきではないと言った人がいたが、これはおかしい。日本郵政の株式は100%政府がもっている。そして商法上取締役選任は株主総会の最も重要な権能である。
セブンイレブン値引き販売禁止の問題
世論はセブンイレブン(SE)側に風当たりが強いが、SEの気持ちもわからないではない。これをやると値引き時間を待つ客が増えて定価で売れる分が減少することが予想される。
家の近くのスーパーのパンコーナーは7時半頃になると半値にするのでそれを見込んでどっと客が押し寄せる。それと同じことが予想できる。
さっきのニュースによると廃棄分の15%をSEが負担すると発表。ということは引き続き値引き販売は認めないということか。
それにしてもどの大手コンビニも値引き販売を認めないのは同じなのになぜSEだけ公取のターゲットになったのだろう。
そのまんま東、衆議院選挙出馬の条件に総裁の座を要求
本気なのか、ただの冗談なのか、それとも相手が絶対に飲めない条件を出すことで暗に断ったのか今の段階ではわからない。
日本航空に政府保証で融資
アメリカにGMあり、日本にJALあり。どちらもレガシーコストが高いという共通点がある。
今の議員内閣制の下では衆議院第一党の党首が首相に選ばれる。その党が過半数を占めていればまだ問題は少ないが、どの政党も過半数を取れなかった場合は問題が多い。仮に次の選挙で民主党が相対第一党となったとしても単独過半数には至らなかった場合(その蓋然性はかない高い)鳩山兄が首相になれるとは限らない。その時民主党と自民党による中間派の取り込み合戦が熾烈となり、その結果によっては相対第二党の自民党から首相が選ばれる可能性もゼロではない。いずれにしろ強い政権ができなければ政治的混迷は一層深まるだろう。
任期の定めがない首相がその地位を失うのは二つの場合がある。一つは党首としての地位を失う場合、もう一つは衆議院で過半数の支持を失った場合である。
つまり首相は党内又は衆議院の諸会派の離合集散によってその地位を失うのである。
細川内閣のいわゆる政治改革(小選挙区制と政党助成金を定めた)は日本の政治を悪くしただけと私は考えている。だが強いてプラス面を探せば無所属候補者の当選は極めて困難となるので公認権と政治資金配分権を有する執行部の力が強化され、延いては首相の地位の強化につながるかもしれないと考えていたが、これまでのところそうはなっていない。
そろそろ議院内閣制を見直す時期かもしれない。これには憲法改正が必要となる。
その理由。小沢事務所の天の声が有効であるためには二つの条件が必要である。一つ、天の声に従ってゼネコンが談合したこと、二つ、県が予定価格を小沢事務所等にもらしたこと。だから小沢事務所の天の声があったというのであれば、談合したすべてのゼネコンと県の担当者を談合罪で摘発しなければならない。ところが検察にその気配はない。
小沢側と直接関係のない裁判で証拠も挙げず小沢側の非を暴くのはフェアでない。検察の真の関心事は西松ではなく小沢だろう。西松をダシにして小沢を叩きたいのである。だから検察は小沢の天の声を立証する必要はない。ただ一部の新聞が小沢事務所の天の声を書きたててくれたのは検察としては大成功であった。
東京名古屋間のリニア建設が日程に上っている。果たして5兆円以上も投じる意味があるのか。こうした建設費は予定より増えることはあっても減った例はない。周辺の道路整備は恐らく入っていない。在来新幹線の高速化で十分ではないか。
そのお金を東京、横浜、神戸港の整備に回したほうがはるかに意味がある。
鉄道建設は政治家、ゼネコン、地権者の利権が絡むことが多い(これで儲けた代表が田中角栄)。そもそもリニアの実験線が山梨にできたのも金丸信の政治力であった。こうした利権構造を断ち切るのもきたるべき民主党政権の役割である。
エネルギー効率から水運の復活も検討したほうがいい。自動車業界は反対するかもしれないが。アメリカで鉄道が廃れたのは自動車業界の政治力もあった。
高速道路1000円よりフェリーに補助金をだして消費者が安く利用できるようにするほうがよほど意味がある。
交通体系はバランスが重要だ。東京ー名古屋という二点間がいくら速くなっても、例えば名古屋から東京までは45分でいけたけど、東京から目的地まで渋滞で2時間かかったというのでは意味がない。
日本再生の道は土建国家からおさらばすることだ。
それにつけても明治政府の失策で今にいたるまで祟っているのが、鉄道を狭軌としたことと東西で電気の周波数を変えたこと、それに家庭用電気を100Vとしたことである。
新聞の書評欄で杉山隆男の「自衛隊が危ない(小学館文庫)」を知りすぐ買った。私はこの著者の本は中味を見ずに買うことにしている。期待を裏切られたことは一度もない。
この著者の強みは、一切の偏見を排除し、綿密な取材に基づいて問題点を浮かび上がらせる帰納的な手法である。ジャーナリストは本来そうあるべきである(著者は元読売新聞記者)。
以下この本の内容の一部を私見も交えて紹介する。青字が引用部分P49~53
田母神空幕長が浜田防衛大臣から辞表を求められたのを拒絶し解任に至ったことに関して田母神氏は「私は国家に対し悪事をはたらいたわけではないから『ごめんなさい』を言う必要はない。(だから辞表をかかず)大臣は解任し私はそれを受け入れた」と言う。
この経緯を杉山は次のように批判する。
「ごめんなさい」を言う必要がなかったから言わなかったというのであればきく必要のある命令なら従うが、きく必要のない命令なら従わないということになってしまう。
どんなに筋の通らない上意であっても理不尽な命令であってもともかく従わなければならない。それが軍だろう。命令が正しいのかどうか部下が一々判断して従うかどうか決めるような組織なら、もはや軍隊とは言えないはずである。
たとえ辞任するいわれは毛頭ないと思っていても、また大臣の辞任要求が理由すら示されない不当なものであったとしても実戦部隊のトップに立つ者として自ら軍を貫く上意下達の掟を破るわけにはいかないと、混乱を招いた責任をとっていさぎよく辞表をしたためる、それこそ武士らしい責任の取り方だったのではないか。
三島由紀夫が言うところの「諫死」は「自らの死と引換えに主君に楯ついてでもその誤りを糺すということと併せて主従の秩序を乱した責任を自らの死をもって贖うという意味が込められている。その意味で諫死は単なる反逆とは違うステージに昇華される。
これに対し田母神氏は
「私にも思想表現の自由があり、地位の故に自由に発言できないとするのは差別だ」と反論する。
以下は本の内容を離れて私見を述べることにする。
果たしてこの問題は田母神氏が言うように思想表現の自由(憲法十九条及び二十一条)或いは差別を禁止する法の下の平等(第十四条)の問題だろうか?
そうではあるまい。これは憲法第九十九条の公務員の憲法尊重擁護義務の問題である。
(憲法を尊重擁護する義務)天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。
田母神氏は「戦争に至ったのはアメリカや中国が悪かったからで日本は悪くない」と言って、「(日本国)政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し(憲法前文)」て制定されたこの憲法の精神を侮辱した。
田母神氏はこうして一方では憲法を侮辱しながら他方では同じ憲法の思想表現の自由を楯にとって自らの行動を正当化する。こうしたご都合主義は武士道とは無縁のものである。
検察の標的は民主党の石井一氏だと思われる。だから政治とした。小沢氏秘書逮捕に続く検察の民主党叩きと見られる。恐らく内閣官房副長官の漆間氏らが検察のねじを巻いていることだろう。
だが石井氏をかばう気にもなれない。彼は民主党の中でも最も自民党的体質をもった政治家であるので彼の失脚は民主党にとっても日本の政治にとっても悪いことではない。
石井一と聞いてもピンとこない人には衆議院予算委員会で麻生さんの漢字テストをやった議員と言えば思い出される人もあるかもしれない。「この大事な時期に漢字テストとは」と大いに義憤を感じたものである。
考えようによっては今度逮捕された厚生労働省の役人は被害者と言えるかもしれない。
法案を通すために政治家の面倒をよくみて、永田町に貸しを作るのが上手な官僚が高評価される。逮捕された女性キャリア官僚は有能だからこそこうした霞が関と永田町の腐れ縁にはまったのだろう。
つまりこの事件ははしなくも法案を作成するのは国会議員ではなく官僚であることを明らかにした。国会で実質的な議論が行われることは少ないので国会通過など単なる儀式でしかない。
議員内閣制の王道は議員が法案を発議し官僚に作成させることだと思うが実態はそれとはまったく違う。現実の国会議員は業界と官僚の間を斡旋するロビイストに成り下がっている。民主党が官僚政治の打破を言うからにはこうした構図にもメスを入れる必要がある。
鳩山邦夫さんが、麻生さんから西川さんの後任候補を書いた手紙をもらったことを暴露したことが政府自民党を怒らせている。二人はしょっちゅう顔を合わせていたはずなのになんで他人行儀に手紙など出したのだろう。
朝日ニュースターの女性キャスターに重信メイという人がいる。
彼女のネイティブ言語は日本語ではないと見えて、中々適切な日本語が出てこないことがある。日本でジャーナリストとして生きて行くつもりであればもう少し日本語能力を高めることだ。
自民党の古川禎久氏が自民党代議士会で「大政奉還」と言っていた。民主党に政権を明け渡せという意味だろうが、いくら比喩とはいえひどいね。それを言うのであれば「下野する覚悟をもて」だろう。
大政奉還とは本来あるべき政治のあり方つまり古代の天皇親政に戻せという復古論である。ところが民主党は過去一度も政権をとったことはない。民主党政権が本来あるべきかたちと考えるのであれば古川さんは自民党にとどまるべきではない。
先週鳩山さんが西郷を引き合いに出したように、政治家が歴史的な比喩を語ると私には歴史の冒瀆にしか見えない。
蛇足
学のない人ほど漢字やカタカナを多用したがる傾向があるが、私は漢字とひらがなが概ね3:7の割合におさまるように心がけている。経験的にそれくらいが一番読みやすい。漢字が多すぎても少なすぎても読みにくい。カタカナは基本的に適当な日本語がない場合に限っている。日本シリーズのことをジャパンシリーズと言った巨人の某終身名誉監督がいたのを思い出した。
西郷を知るには海音寺潮五郎を読むことだ。司馬遼太郎も「翔ぶがごとく」で西郷を描いているが、この作品は小説としてはあまりできがよくない。司馬は最初西郷と大久保の弟分村田新八を主人公とするつもりで描きかけたが、村田の資料が少ないので結局大久保の腹心川路利良を中心にした。
西郷を評価するには革命の前後で分ける必要がある。革命成功までの西郷の手腕には感嘆するほかない。主君島津斉彬が水戸の藤田東湖らに「私は近頃、宝物を見つけました。西郷吉之助というものです」と語っただけのことはある。
だが、革命成功後の西郷はまるで死に場所を探しているかのようだ。彼は明治政府の腐敗に憤り「この程度の政府しか作れなかったのでは、倒した徳川殿に申し訳ない」と歎じた。
確かに明治政府は創立早々腐敗がきざし、西郷の憤りもわかるが、世界史的に見ればさほど悪くない。西郷は潔癖すぎたのだろう。明治6年の政変を征韓論だけで説明することはできない。西南戦争を「不平士族の反乱」などど捉えては歴史の本質がわからない。司馬は「明治時代、汚職が比較的少なかったのは西郷の乱が東京の官吏を粛然とさせたからだ」と言っている。
日本人が好む英雄の条件として「私心がないこと」が第一にあげられる。だから権力欲旺盛な大久保より、権力にも金銭にも恬淡としていた西郷が好まれる。但しこうした西郷像は革命成功後のものである。
私は吉田松陰と西郷隆盛に武士道の粋を見る。この二人が丹念に孟子を読んでいたのは偶然ではない。勝麟太郎と坂本龍馬には武士道より商人的合理主義を感じる。
鳩山さんの話から西郷の話になった。鳩山兄弟についてはこれからいくらでも論じる機会があるのでお楽しみに。
とはいうものの、一言鳩山さんのために弁じることにする。テレビを見ていたら「鳩山さんがあれだけ日本郵政社長人事に固執するのは総理総裁をめざしているからだ」と言った人がいる。これは「下司の勘ぐり」「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」の類。
取り敢えず首がつながった西川さんも安閑としてはおられない。民主党が政権をとれば様々な政府の株主権を行使する可能性がある。
よく「あなたは歴史が好きですか」と他人に問われる。私にはこの質問が「あなたは人間が好きですか」と同じ程度の愚問に聞こえる。
彼が地元のために尽力することにケチをつける人はいないし、それどころか美談として語られることであろう。 だが私は別のことを考えた。それが国会議員の仕事だろうか?そんな仕事は川口市長や県会議員にまかせておけばいいではないか、国会議員は全国民の代表であって地域の代表ではないと。だが進藤さんが悪いわけではない。彼にはむしろ同情する。小選挙区制になって候補者は一層こうした地元サービスを要求されるようになった。そういう意味でも小選挙区制は失敗だったと思う。
こうした地元エゴは、実は世襲議員が多いこととも密接に関連する。国会議員の年功序列は年齢ではなく当選回数によるので若くして議員になることが大物議員になることの条件の一つである。世襲候補者なら二十代或いは三十代そこそこで当選することもむずかしくない。そうなれば彼(彼女)が将来大物議員になり、地元のために大いに働いてくれるだろうと期待できる。だから有権者の本音はよその選挙区の世襲は反対、だが自分の選挙区の世襲は大いに結構というところにある。私がよくいうところの衆愚政治である。
以上述べたことは主に自民党に当てはまり他の政党には必ずしも当てはまらない。
首相と各閣僚との関係は、会社法の取締役と比較して考えれば、現憲法の規定の不合理性がわかりやすい。
会社法では(運用実態は別として商法上は)、取締役は、等しく株主総会で選出される。したがって、取締役は連帯して、株主に対し責任を負う(会社法第266条)。社長は取締役の互選で選ばれ、取締役中の首席でしかなく、社長といえども商法上は取締役の任免権はない。旧憲法の首相と他の国務大臣との関係がこれに近い。
一方、現憲法は、国会が首相を事実上任命し、その首相が他の閣僚を任命する。したがって、首相以外の閣僚の任免は、国会の関知するところではない(衆参両院のいわゆる各大臣の問責決議は衆議院の内閣不信任決議と違って何の法的効力もない)。首相と他の閣僚が連帯して国会に対し責任を負うとの規定(第六十六条第三項)は削除すべきだろう。
戦後日本で強い首相が生まれない背景は、以上のべた法制度だけでなく日本の政治風土もある。こころみに、自民党の総裁と幹事長の選び方をみれば、日本の政治風土の格好の教材となる。佐藤首相まで総裁任期は二年であったが、再選、三選も可であった。中曽根首相のとき、二期四年を限度とする改定が行われた。その上、幹事長は総裁派閥から出せない、経理局長は幹事長と同一派閥であってはならない等の内規ができた。
このように日本の政治風土では常に権力は掣肘され、下位に移る傾向がある。ゆがんだ平等主義が支配する日本の政治風土では傑出した人物を指導者として押し立てるよりも、高い地位を単なる役得ととらえ嫉視羨望の対象とする。よって権力の集中を防ぐとの美名のもとに、一人の人物が長期間その地位にとどまることを許さない。
それを、自民党は今になって(2001年頃)、総理総裁の地位の強化などと言い出している。よってたかって総理総裁の地位を弱くしてきたのは誰であったか忘れたかのようだ。又自民党単独政権時代に、首相を代えることによって政権を野党に渡すことなく擬似的政権交代を演出し、国民の不満をかわすのが自民党の政治的狡知でもあった。その後短命政権が続いたのは自民党が過半数を失って連立政権が続いたことによる。
戦前の首相の最長の連続在位期間は、第一次桂太郎内閣の4年6ヶ月、戦後は佐藤栄作の7年8ヶ月、これはむしろ例外であって、吉田、池田、佐藤、中曽根、小泉を除く戦後の首相の平均在任期間はわずか一年前後である。日本にあっては長期政権の弊害より、短期政権の弊害こそ著しい。
ところで憲法には首相の任期に関する規定はないので、法的には10年でも20年でも首相を続けることが可能である。国会が首相を選出する議院内閣制の下では、その任期も国会の意思に委ねればよいという考え方である。これまでは国会というより自民党という一種の私的団体の規約が事実上首相の任期を決めてきた。自民党の規約など変えることは容易であるから、今後長期政権の「弊害」が現実化する可能性はある。政党はその目的こそ公的利益の追求であるが法的には一種の私的団体に過ぎないのである(例;自民党総裁選挙に公職選挙法の適用はない)。但し、いわゆる政治改革によって政党が法律の中で定義されたことにより、やや公的性格が与えられた。以上引用
幸か不幸か今の日本で長期政権が生まれる予兆はない。仮にこの夏(秋?)政権交代があったとしても依然として短期政権の弊害に悩まされることになりそうだ。
日本郵政社長人事に関し、久しぶりに「閣内不一致」という言葉を聞いた。これに関連する一節を拙文「日本国憲法論」から引用する。当ブログの6月4日号を参照されたい。
現憲法は、行政権は合議体としての内閣に属するとしている(第六十五条)。さらに国会に対する連帯責任を定める。
一方では、内閣総理大臣は他の国務大臣を任意に任免できるとする(第六十八条)。首相と他の国務大臣は旧憲法と違って対等ではない。任命権者と被任命者が連帯責任を負うとはいかなる論理によるのか理解に苦しむ。任命権者の単独責任とすべきだろう。
旧憲法下では、首相を含む各国務大臣は形の上では等しく天皇によって任命され、首相は同輩中の首席でしかなかったので(憲法及び内閣官制によって)、天皇に対し他の閣僚と連帯責任を負うのが理の当然であった。(明治18年、旧内閣官制第二条「各大臣の首班として、機務を奏宣し旨を承けて行政各部の統一を保持す」に由来する「首班」の意味するところは、同輩中の首席に過ぎず、現行憲法の首相の地位を表すのに適当ではない(例、首班指名など)。そのため戦前首相の指導力は弱く、統帥権の独立、軍部大臣現役武官制等とあいまって軍部の横暴を許すことになる。
東條は大東亜戦争の一時期、首相、陸相、参謀総長を兼ね、東條独裁とか東條幕府と非難されたが、このことはむしろ戦前の首相の地位の弱さを表す例としてみた方がよさそうである。つまり首相、陸相といえども、作戦には容喙できなかったので、そのためには参謀総長を兼ねる必要があったのである(ただし陸軍のみ、海軍は軍令部総長)。終始軍の全権を掌握していた総統ヒットラーと東條ではその立場は全く違っていたのである。現にヒットラーはその死まで権力を手放すことはなかったが、東條はサイパン島陥落を契機として重臣の策謀によって、もろくもその地位をおわれた。
奇妙なことに、明治憲法制定に先立って存在していた内閣及び内閣総理大臣が憲法上の機関としては盛り込まれなかったことも、首相の立場をあいまいなものにとどめた。明治憲法起草者の伊藤に、内閣制度と憲法との整合性をどう考えていたのか尋ねてみたくなる。
そうした戦前の歴史に鑑み、現憲法は首相の地位、権限を強化しようとしたが、憲法自体及び関連の法律で中途半端になってしまった。たとえば内閣法第六条「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて、行政各部を指揮監督する」。これは首相といえども、行政各部を直接指揮監督することはできないことを意味する。これは、憲法の定める内閣の「連帯責任」とも関連する。
首相に各閣僚の任免権がある以上、直接、各省の指揮監督権を認めることになんの差し障りがあろうか。閣議をひらく猶予もない、緊急非常の事態にどう対応するつもりか。従って閣議の全会一致主義の慣行など論外であり、多数決主義すら無用であろう。
閣僚間で意見が分かれたら首相が裁決し、首相一人が責任を取ればすむこと。それに従わない閣僚がいれば、罷免すればよい。この意味で、閣僚間の意見の相違をとらえて、閣内不統一などと大騒ぎする野党やマスコミは旧憲法との相違がわかっていないのではないか。
立法論としては、首相に他の閣僚の任免権を与えたからには、行政権は合議体としての内閣ではなく、独任制の内閣総理大臣に属するとすべきだろう。その上で、国民の直接投票で選ぶことにすれば大統領制に限りなく近づく。
上に述べたように現憲法の問題点は9条だけではない。