ジャスミンのひとりごと

甘い香りにつつまれて、気のむくままに

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HTMLエディターに挑戦!!

2006-06-30 12:13:51 | パソコン教室

今日は、HTMLエディターを使います。
パソナコンじゅく大船教室での授業です。

1つの記事に写真を2枚入れてみます。
さて、どうなるでしょう?


↑ ジャスミンの花です。 ↑


↑ 満開のジャスミンです。 ↑

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紫陽花ツてどんな花?

2006-06-28 19:02:00 | 雑学
「紫陽花はアジサイのことにきまってるジャン!」
こんな答えが返ってきそうです。

このところ、色とりどりの綺麗なアジサイの花が
ブログに登場して目を楽しませてくれました。

実は、アジサイは梅や菊などと違って、
古くから日本に存在した花で、古くは
「味狭藍」とか「安治佐為」と書いていました。

紫陽花と書くようになったのは、
平安時代の学者「源順」が『和名類聚抄』のなかで
「白居易」の詩にあった『紫陽花』を漢名に
選んだからです。

「白居易」が杭州の長官の頃に、
郊外の招賢寺と言う山寺を訪れると
そこに名も知らぬ花がひっそりと
咲いているのを見つけました。
彼は大変に心を引かれてこの花を『紫陽花』と
名ずけて詩をつくったのです。

彼はこの花を色は紫にして気香ると表現しています。
香りの高い紫の花というと
私たちが眼にしているアジサイとは
別の種類の花ということになります。

因みに中国語ではアジサイを
「綉球花」又は「八仙花」といいます。
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耳かきはいつから使われていたか?

2006-06-25 18:37:22 | 雑学
耳かきが好きで歴史を調べた人がいます。

物が物だけになかなか資料が無いが、
室町中期の貴族、三條西実隆の日記の
1520年代の部分に
「耳掻進之」(耳かきを進呈した)
と書いてあるそうで貴族社会では耳かきが
使われていたことがわかります。
耳かきを贈り物にした事を日記に
書くほどですから希少品だったと想像されます。

江戸時代中期から後期には
「耳のあか、とろうとろう」と呼ばわりながら
町内を歩きお客の耳を掻く職人がでてきたり
女性の簪に小さな耳かきをつけるのが流行して
この頃から急速に広まったようです。

1911年に京都市内にある稲荷山経塚から出土した
銅製の簪の下部が耳かきの形をしており
製作された時期は平安末期から鎌倉初期と
推定され、現存する最も古い耳かきのようです。
現在東京国立博物館に所蔵ざれているそうです。

前回アメリカ人と日本人の耳あかの違いを
お話しましたが,dream様からコメントを頂きました。
ありがとうございます。

耳あかの種類には、コナミミ(粉状・カザブタ状)と
アメミミ(湿り気・粘着質)とがあり、いずれも
遺伝によるそうです。
因みに,dreamさまはコナミミでご主人様はアメミミ
だそうです。
うちの主人はコナミミだと言っております。

最後まで読んでいただいて有難うございます。













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アメリカ人は耳かきを使わない

2006-06-17 17:04:01 | 趣味
では、耳の中をどうやって掃除するのだろう。

日本人は耳かきが手放せない。
恋人、愛人、あるいは女房の膝枕で
耳を掃除してもらうのは、
男にとって無上の幸せで
時代劇には良く出てくる風景です。

畳が少なくなった現代では、
さしずめソファーでということになるが、
これはやはり畳に限るようですね。

もっとも女性の強くなった昨今ではこのようなことは
望むべくもないことかもしれませんが。

ところで、アメリカ人と日本人とは耳垢の種類が違うらしく
欧米人に湿り気を帯びたものが多いのに対し、
日本人のは乾いているものが多いそうです。

だからアメリカ人は綿棒を使い
日本人は耳かきが手放せないのです。

いったい耳かきは何時ごろから使われていたのか?
次回お話しましょう。お楽しみに。


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フロクじゃない

2006-06-12 19:00:55 | パソコン教室
薬が切れたのでご主人が医者に行ってきました。
10日ぶりの外出で膝がガクガクしたそうです。
「疲れが溜まっていたのだから、ゆっくり休んでくださいよ」
と医者にいわれちゃッたそうですよ。

ところで「怪我の功名」と言う諺がありますが、
今度のことでは二つあったと言っております。

一つは、体力の限界が よく わかった こと
そしてもう一つは、ブログのお陰で
今までにない最高の誕生日だったので
"ブログってインターネットのフロクなの"
なんてトンでもない事が
 トッテモ ヨーク ワカッタ
ことだそうですよ。
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内緒の話

2006-06-10 16:47:01 | 趣味
ご主人は今日も朝食後の心地よい眠りを貪っています。

昨日書きのこした内緒の話をご披露しましょう。
主人は勿論誕生日を喜んでおり、今の生活に感謝すると共にこれからも
楽しくゆっくりと過ごしたいものだと考えているのです。
ブログを立ち上げるためタイトルを決めるときに先ず考えたのが
   人生交響曲  第5楽章  でした。
  第1楽章 school 誕生から卒業まで
  第2楽章 army&war 軍隊時代
  第3楽章 company part1 最初の会社生活
  第4楽章 company part2 第2の会社生活
  第5楽章は職を離れてから現在そして未来へ
と言うわけでタイトルは
  人生交響曲
     第5楽章 dream
      polka & andante
      (明るく楽しくゆっくりと)
としたらユーモアがあってしゃれているじゃないかと考えたのです。
前の日になって、”ウーンブログのタイトルとしてはどうかなアー
と考え直して急遽私の出番になったわけです。
その節はあわてていて自己紹介が遅れすみませんでした。
ご主人の心の中ではいつも、そしていつまでも第5楽章が
奏でられていることでしょう。
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ウーン!痛い!

2006-06-09 18:01:42 | Weblog
ご主人は医者の薬で痛みは和らいだいだものの、
鈍痛が続いて今日も教室を休みました。
薬が眠気を催すのでミミーちゃんと一緒に
リクライニングチェアーの上で寝ています。
今日は丁度誕生日なのに教室の皆さんに
祝ってもらうこともできませんでした。
ご主人ぐらいの齢になると誕生日は"冥土の旅の一里塚
目出度くもあり目出度くもなし”と皮肉る人も居ますが、
ご主人の場合は死を覚悟して戦場に赴き
九死に一生を得て今日まで生きながらえてきたわけで
素直にお目出度うと喜ぶべきでしょうね。
お誕生祝いは主人の好物のピザパイにビールとケーキでした。
ご主人は脚の痛いのも忘れてビールでいい気分になり
また椅子で寝ています。ではお休みなさい。

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ヤマツツジ

2006-06-08 16:55:29 | 植物
ご主人が那須高原のゴヨウツツジの群生地と八幡崎(ヤワタサキ)地区に自生する
ヤマツツジを観てきました。
13haの土地にヤマツツジレンゲツツジなど約10万本が群生しているそうです。
展望台からの眺めは写真のようにツツジので実に見事なものです。
この地区にツツジが群生したのは次のような理由だそうです。
昔この地区には牛や馬が放牧されて、木の芽や葉が食べられて育たなかったが、
ツツジは毒性
あるため食べられず残ったので群生するようになったと言います。
先日躑躅と「足偏」の付いた文字が使われたのは「キレンゲツツジ」に毒性があるためで他のツツジにとっては迷惑な話だとお知らせしましたが、
どうやらツツジには大なり小なり毒性があるということですね。
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