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ブルターニュ紀行 59 < ナント 1 東ブルターニュの二つの首都の一つ >

2021-06-18 00:29:20 | 素晴らしき世界/フランス/ブルターニュ
巻頭写真 : ナントのシンボル『りんご園のパッサージュ』

海と信仰とケルト文化と古代巨石文明と
フランスにあってフランスではない異世界を訪れよう
59



旧ブルターニュ公国以来
ブルターニュには中心都市が3つある
西に『カンペール』
東に『ナント』と『レンヌ』
東の二都市はともに大ブルターニュ半島付け根
ノルマンディーとアンジュー(王室親族)という二大ライバルの勢力圏に接し
その南北の半ばに「レンヌ」
南の際に「ナント」がある

「ナント」に歴代ブルターニュ大公のの主城があり政治都市
「レンヌ」は二大対抗勢力に接する戦略的拠点都市
「カンペール」はケルト色の強い民族都市

『Château des Ducs de Bretagne ブルターニュ大公城』

この街は
世界史を取れば必ず出てくる
16世紀後半数十年続いた
国家と民族の基盤「カトリック」と
抵抗勢力「プロテスラント(抵抗する者たち)」
との間の宗教戦争「ユグノー戦争」を
新旧両教派を納得させて終わらせたブルボン王家の始祖『アンリ4世』が
新教の信仰の自由を認めた「ナントの勅令」を発布した街として


城の壁面に「1598年4月13日 国王が勅命に署名した」と明記された
銘板がはめ込まれて記念されている

1598年最後のブルターニュ大公国の継承者『アンヌ・ド・ブルターニュ』女大公が
フランス国王ルイ12世に「嫁がされ」て
ブルゴーニュ公国はフランス王国と「同君連合」となって以降も
議会や裁判権など大半のブルターニュ既得の主権は認められていたが
「ナントの勅令」によりほぼ全ての独立していた権利が王国に吸収されてしまう
いわばブルターニュの終焉でもあった

『Duchesse Anne de Bretagne ブルターニュ大公アンヌ』

父君大公フランシワ2世の後を受け24歳でブルターニュ公国の継承者となった
「アンヌ・ド・ブルターニュ」は
独立を維持する能力はないだろうと考えた重臣たちにより
フランス王国と合併することを推し進められかかり
オーストリア大公マクシミリアン・ド・ハプスブルクとの結婚を決める
ところがブルターニュの爵位と公国が次世代にオーストリアに移ることを危惧した
フランス王シャルル8世に強引に略奪結婚されて一度フランスと合体
王の夭逝で独身に戻って公国の独自性が回復した直後
次期仏国王ルイ12世に嫁がざるをえなくなり
ブルターニュが最終的にフランス王国と合併してしまうことになった

 城は
堀に縁取られた中世の城塞の城壁に囲まれ
その中に近世の城館が建っている


城を見晴らすこの広場は夏にはそこかしこから水を吹き出す
噴水というか散水というかになっており


子供達が濡れながら大喜びではしゃぎまわる






中世の城壁は単に周壁ではなく
塀自体が後世の城館の構造体として組み込まれていることが見て取れる



大手門


搦手門


塔の左側はゴシックの時代の建物
右側はルネッサンスの時代の建物



井戸もそこにあった
城館の中は「ナント歴史博物館」になっている



ブルターニュ侯爵家とフランス王室の紋章を交互に配置したタピスリー






古い城と新しいトラム

博物館つながりでもう一軒

『Museum d'Histoire Naturelle de Nantes ナント自然史博物館』

フランス語では博物館・美術館は「Musée ミュゼ」ですが
自然史博物館だけ「Museum ミュゼオム」と言います






幾つかの他の町にもある「ムゼオム」と同じで
地球上のあらゆる生物(動植物)を化石から実物の剥製まで
時代順地域別に網羅する展示


入り口は
反対側の通りの面した方にある

さらにもう一軒
ナントが生んだ稀代の異彩『ジュール・ヴェルヌ』の記念館

『Musée Jules Verne』

『地底旅行』
『海底二万里(リーグ)』
『月世界旅行』
『八十日間世界一周』
『十五少年漂流記』
『気球に乗って五週間』
多くの作品からこれだけ挙げるだけでも
空想科学小説で冒険小説で
地球内部の探検や海底での半永久的生活を送れる大潜水艦やら
月面に到達できるロケットやら
世界中の主だった土地の有様や
少年たちの冒険心やら
杞憂やらアフリカ大陸の様子やらを題材にした
稀有の才能を誇った小説家であることがわかる


残念ながら
この家は生家でも彼が済んだ屋敷でもない
彼と同時代の富裕層の屋敷を市が買い取り
ジュールヴェルヌボツ150年祭を記念して博物館をオープンした



通りの反対側は斜面になっているので4階建
内部には
「ジュール・ヴェルヌの世界」が満載


奇才というか鬼才というか
SF小説と冒険小説の父と言われる「ジュール・ヴェルヌ」は
宇宙ロケットや
空気や水も自給自足する技術を備えた何年も深海で生活できる大潜水艦や
ユートピア的機械製品など
数々の
19世紀における未来世界のイメージを生み出した

陸海空の三刀流の乗り物

その
近代都市ナントの時代を現代に伝えるシンボリックな場所が
パッサージュ

『Passage Pommeraye パッサージュ・ポムレィ』

この「パッサージュ」は
ある一人の若き公証人「ルイ・ポムレィ」が
地味で特徴のなかったこの一帯を高級ショッピングの場所として再開発したい
というアイデアから生まれた
フランス最後の国王「ルイ・フィリップ」の御代1843年に落成


三層のショッピング・ギャラリーと
オフィスや住居に使える最上層とで構成されている


外部からの入り口は何箇所かある


Pommeraye の「y」を「i」に替えれば
同じ発音で「りんご園」という意味になる
しかも
欧州の言語はもともとは「y」と「i」は同じ字だった
多分発案者の交渉人はご先祖がリンゴ農家だったのかも


高級ショッピング・ギャラリーを
と望んだその感覚は十分に今でも生き続けている



吹き抜けの場所の中央階段


別に側面の階段もある


最上層


パッサージュだからガラスの天井は必須


19世紀半ば
最後に復活した王政時代を彷彿とさせる大理石の彫刻






レトロだがしっかり現代的でもあり
ナント市の「ランドマーク」だけのことはあります

もう一箇所「博物館」をご紹介しておこう
『Musée Dobrée ドブレ博物館』

『Musée Départemental de Thomas-Dobrée 県立トーマ・ドブレ博物館』

19世紀にトーマ・ドブレが
わざわざ「復古主義」で15世紀イタリア風の館を建てたのは
彼がその土地を購入した時点で
すでに15世紀の司教の屋敷が立っていたから



あるいはベルギーの古都にでもありそうな建物にも見える

建物は19世紀末には既に県が所有しており
近年中世から20世紀までの美術と古代の出土品などを展示する為に
ここに博物館を置く事にした







『ブルターニュ公爵アンヌ・ド・ブルターニュ』


『アンヌ・ド・ブルターニュの心臓を収めた遺物匣』










ところで
ここ「ナント」はブルターニュで一番の都会だけあって


高層アパートもあるし


ブルターニュ全体でおそらく唯一の高層ビルも有る


(続く)
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