音楽家ピアニスト瀬川玄「ひたすら音楽」

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◆リスト作曲《メフィスト・ワルツ“村の居酒屋の踊り”》の詩と音楽

2011年05月12日 | リスト Franz Liszt
F.リスト作曲の名作《メフィスト・ワルツ(“村の居酒屋の踊り”)Mephisto-Walzer (Der Tanz in der Dorfschenke" Episode aus Lenau's "Faust")》の楽譜には、
その冒頭に、作曲者の意図により、ある長大な「詩」(N.レーナウ著『ファウスト』より)が、
この曲の出版に際し印刷されています。


今日、2011年5月11日、
東京・表参道でのクラシック音楽道場では
この曲《メフィスト・ワルツ》を取り上げたのですが、そこでは、
この楽譜に書かれている「詩」と、実際の楽曲との相関関係を
実演とともに、ご紹介しようと試みました。


そのまとめと言ってはなんですが、
ここに、
ピアノ曲《メフィスト・ワルツ》の、音楽と詩の一致する(かもしれない)様子を
書き記してみたいと思います。



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【楽曲冒頭、第.1~110小節〔序〕】

親愛なるみなさん、あなたがたの弓は
あまりにも眠そうに弾かれてますぞ!
みなさんのワルツでは、
病気の快楽ならマヒした足の指の上では回転するかもしれないが、
血気や炎に満ちた若者が、ではありませんぞ。
ヴァイオリンを私に手渡してくれ、
すぐに別の響〔=音楽〕をもたらすだろう。
そして居酒屋のなかで別の跳躍〔=踊り〕をもたらすだろう!
楽士が狩人(メフィストが変装している姿)にフィデルを手渡し、
狩人がフィデルを乱暴に弾く。



楽器ヴァイオリン(=フィデル)を乱暴に弾く(streich引っ掻く)様が
以下の譜例の音に現れているかのようです。↓


そして、よく言われるのが、
メフィストがヴァイオリンを受け取って、
乱暴に!?調弦する様を思い起こさせるのが
この冒頭の5度音程の重なりです。↓


つづいて、テーマ、


【第111~338小節〔A〕】

すぐに茶化した音がうねったり消えたりする。
まるで至福へと引き寄せられていく快楽のうめき声のような、
秘密で安全でもある、甘いおしゃべりのような、
すぐまた上昇し下降し、またふくれ上がる。
水浴びのみだらな彼は、そのように
花盛りの娘の裸形にまといつく。



「茶化した音」は、第149小節の「p scherzando」に見られるよう。↓


「すぐまた上昇し下降し、またふくれ上がる」様は、
上・下降する音階やオクターブ、↓


さらには、オクターブのグリッサンドに見出すことができるようです。↓



【第339~451小節〔B〕】

黒い目をしたあそこの娘が
私の心をすっかり夢中にさせてしまった。
魅惑的な強い力をもった目
深き至福の深淵が光を放つ。
あの赤いほおが、なんとほてることか、
満ちた、新鮮な生命がきらめき出る!
計りしれないほど甘い快楽に違いない、
あの唇に押し当てることは。
唇が恋いこがれてふくらみ、
意識にとっては官能的な柔かい二つの死にまくら〔=唇〕。
彼女の胸がいかに格闘して恋しがっていることか、
この上ない幸せにみなぎる願望のなかで。
あの豊満に細いからだのまわりに
私はうっとりとまとわりつきたい。
ほう! 長く黒い巻き毛が
もどかしげに、いかに〔社会的〕束縛に打ち勝つことか、
いかにうなじのまわりを揺れてなびくことか、
肉欲にとっては、まさに急速な嵐の鐘のようである!
私は荒れ狂い、私はやつれ果てる、
もし私がこの女性をもっと長く眺めていたら。
しかし私のあいさつで彼女となれそめになろうという
決心もうまくいかない。



「愛のワルツ」と呼んでもよさそうなこの〔B〕の場所は、
面白いほど、
詩の2行毎と、楽曲の8小節(=1フレーズ)が重なりあうようです。

「二つの死にまくら〔=唇〕」には、
ちょうど第375小節の右手オクターブと「dolce」が現れ、↓


「私はうっとりとまとわりつきたい。」というところでは、ちょうど
第391小節の「p dolce appassionato(静かに 甘く 情熱的に)」という指示があります。↓


しかしその熱い思いを告白できない様は、
徐々に静かに、情けなく消えてゆく(perdendo)音が現しているかのようです。↓



【第452~550小節〔C〕】

今度はかん高く、金切り声がざわめき声の中へ響き渡る。
娘が怖がって、助けを呼び、
情熱的な若者がアシのなかから飛び出す。
そのとき楽の音は力強く互いに憎みあい、つかみあい、
混乱した人込みの中で、もつれて戦う。
長く格闘した水浴の乙女は、
ついに男に抱き締められる。
そこでいとしの人は哀願し、女性は憐れむ。
彼女が彼のキスで暖まるのが聞える。


この言葉ほど、激しい男女の格闘シーン!?ではないようですが、
ざわめき声の中から聞える娘の助けを呼ぶ声や、↓


娘をつかまえようと迫る男の誘惑する姿・避ける娘の姿も
見えてくるようです。↓


最後には彼のキスによって、彼女が暖まる様も!?↓



【第551~643小節〔B2〕】

今度は、陽気な弦がトリプル・ストップの和音で鳴り響き、
それはあたかもひとりの娘をめぐって二人の若者が争っているかのようだ。
勝った若者のほうは徐々に黙り込み、
愛する二人は至福のなかで絡み合う。
二重に鳴り響く音の中で、とけあった声は
荒れ狂って、快楽の階段をよじ登る。


「陽気な弦のトリプル・ストップDreigriff die lustigen Saiten」の表現は
もしかすると、
第551小節からの右手の「三連打」が現しているのかもしれません。
右手の若者、そして左手にも朗々と歌うもう一人の若者、合わせて
「あたかもひとりの娘をめぐって二人の若者が争っているかのよう」
という場面と、一致するのではないでしょうか。↓


「二重に鳴り響く音の中で、とけあった声」↓


最後には「快楽の階段をよじ登る」様もうかがえるようです。↓



【第644~763小節〔A2(再現部?)〕】

ますます情熱的に、ますますたけり狂って、ますます嵐のように、
男の歓呼する声と、乙女のめそめそ泣く声のように、
ヴァイオリンは誘惑的な旋律を鳴り響かせる。
すべてをバッカス祭の目まぐるしい旋回が飲み込んでしまう。
村のヴァイオリニストたちが、いかに愚かに振舞っていることか!
彼らは皆が皆、フィデルを地面に投げ出している。
魔法にかかったうずは、
何であれ居酒屋にいる命あるものすべてを動かす。
青ざめるほどにうらやんで、とどろき渡る石の壁が
彼らといっしょに踊れないことをくやしがる。


再びヴァイオリンを弾くメフィストの様子は、
再現されたこの曲のテーマ〔A〕に見て取れましょう。↓


「バッカス祭(ギリシア神話の御酒の神)の目まぐるしい旋回」を右手の急速なアルペジオが、
そして注目すべきは
低音の「sf」とともに書かれる長い「Ped *」の指示により
不快なまでに濁る低音の響は、まさに
メフィストの悪魔的な様を描いているのかもしれません!!↓

ピアノの「音の濁り」を巧みに利用した高度な「音楽表現」と言えましょうか。


【第764~838小節〔B3〕】

とりわけ至福の境地にあるファウストは
ブルネットの女性と轟然と踊りゆく。
彼は彼女の小さな手を握り締め、〔愛の〕誓いをどもりながら述べ、
開いた扉から彼女を踊りながら導き出してゆく。
彼らは踊りながら玄関を通り抜け、庭の並木道を通り抜ける。
ヴァイオリンの響に後ろから駆り立てられて。
彼らはよとめきながら森へと踊っていき、
ヴァイオリンはだんだん小さくなって消えていく。


「〔愛の〕誓いをどもりながら述べ」ている様子は、
この曲の有名な(!?)超絶技巧の箇所、右手のオクターブ+オクターブ跳躍に
表現されているのかもしれません。なぜならこれは
〔B〕の「愛のワルツ」が変奏されているわけですから。↓


「轟然と踊りゆく」様は、この曲のクライマックスといえる
「fff tutta forza(全ての力で)」に、あらわになっています。
ここでも、低音の最初の音につけられたアクセントと同時に踏まれるペダルにより、
第679小節にあったような、悪魔的な音の濁りが表現されます。↓
 
「濁らない」優等生ピアノ弾きの「澄んだ音」では、
メフィスト・ワルツは表現できないのかもしれません!?



【第839~904小節〔Coda〕】おしまい

揺れ動く音が木々のあいだをサワサワと通り過ぎてゆく。
みだらで、媚びた愛の夢のように。
そのときフルートのような音が歓喜の歌声を
霞がかった茂みのなかから、ナイチンゲールが上げる。
ナイチンゲールはより熱く、陶酔した彼らの喜びを盛り上げる。
あたかも悪魔が注文した歌手であるかのように。
憧憬が彼らを重く引きずり降ろし、
歓喜の海が荒れ狂って彼らを飲み込む。


「みだらで、媚びた愛の夢」は、
オクターブ違いで現れる同じ旋律により、
男性・女性の両者が歌っていると解釈できるのかもしれません。↓




それにすぐ引き続くのは、ナイチンゲールの鳴き声。
同じような旋律でありながら、和音が変わります。↓


「悪魔が注文した歌手」によって
「より熱く、陶酔した彼らの喜び」は「盛り上」がり、
ついには「歓喜の海が荒れ狂って彼らを飲み込む」様が
この曲のエンディングとなるのではないでしょうか。↓



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使用楽譜は、全音楽譜出版社(2008年発行)
校訂&詩の翻訳 野本由紀夫氏

★余談ですが、
今年2011年のリスト生誕200年に際して
リストの音楽をまとめて勉強している最中、
どの楽譜を使おうかと調べたところ、
ここ数年の内に出版されている「全音」からのリストの新しい楽譜が
どれも、原典版としての内容に非常に富んだ、
信頼おけそうな素晴らしいものであることが分かりました。
リストのいくつもの作品が既に出版されているようで、
どれも値段もお手頃!(1,000円前後)で、お薦めです。

なお、
上記の詩の翻訳は、全訳の一部から
私個人の解釈により取り出したものであることを
お断わりいたします。

全文は、原本より以下の通りです。



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