「フシギコト、フシギコトたくさんあった」と話したのはアメリカ空軍の上層部から派遣された日系二世の会計検査官だった。以前にも書いたが、私は日本政府から派遣されてアメリカの空軍の仕事をしていた時の事だった。その時はカミサリー・ストアーと称する巨大なスーパーマーケットの経理責任者だった。誰かが私に双子の娘がいることをその検査官に話したことが発端だった。
彼女も双子だった。姉なのか妹なのかは知らぬ。アメリカでは双子の上か下かは特別な場合を除いて区別しないようだ。お互いに名前を呼ぶのが通常らしい。そのフシギコト、不思議な事の話が続いた。「私がブラウスを買ってくると、その同じ日にフリジアは同じブラウスを買ってきた。色が少し違うだけで形も柄も同じだった」。また「父の誕生日にケーキを買ってきたときは、フリジアは私のものと全く同じものを同じ店で買ってきたのよ」とこのような話が延々と続いた。
双子の話ばかりをしていて会計検査はどうなっているのだろうと心配していると、「今日は時間がないから、また来るわ」と云って早めに帰ってしまった。それから二、三日して検査官が来ると、私を親しげに見て「双子のお嬢さんは可愛いでしょう」と云って、機密である筈の会計検査の結果報告書のコピーを渡された。それには全ての点において完璧に処理され、非常に優秀なチーフ・アカウンタント(経理事務者)だ」と記されていた。
双子の話で会計検査が終わるとは全くの拍子抜けだった。尤も我々に1セントの間違いもなかったので当然の結果であるとは思った。
私の双子だが、会計検査官の云うような「フシギコト」はなかった。一卵性と二卵性の相違なのだろうか。而し、今は知らぬが当時の医学では一卵性であるか二卵性であるかの判断は出来なかったようだ。起きているときは姉と妹の区別は完全につくが、寝ているときは全く判断がつかない。二段ベッドの上か下かを決めていてくれればいいが、彼女らはその時の気分で上と下と入れ替わる。そんな時は足を触ってみる。見た目ではそれほどの違いはないので分からぬがが、姉の方がいくらか肉付きがいいように思えた。それで判断するしかなかった。
姉の方は結婚して香港に移住した。生活が落ち着くと香港の複数の大学で日本語を教えることを始めた。妹はずっと日本で暮らしている。住む環境に依って性格も顔も変わると云うが、それが原因だけではなく、私の双子は二卵性であるように思える。
行き始めるとすぐに行きたくなるのが動物園だ。今回も上野動物園の写真だが、前回同様に非常に入園者が多かった。週日でも混むのは、幼児を連れた若い奥さんたち、外国からの観光客、それに定年を迎えて何もすることのなくなった多くの人たちである。
虎の足を撮ってみると、同じネコ科なのになじみのあるネコどもに比べて足が巨大であることに気が付いた。今更と思うかもしれぬが、今までは虎の表情と体つきを観ながら写真を撮っていたので、足にはそれほど気を付けて見なかった。今回はシロテナガザルの奥方(毛の黒い方)が姿を現してくれた。優しそうな顔立ちをしていた。