TDY、Temporary Duty。アメリカの軍隊用語で出張を意味する。世界の僻地の出張記録!TDYの次は日常の雑感

現役時代の出張記録。人との出会いと感動。TDY編を終え、写真を交えた日常の雑感を綴る。

折々の写真&雑感 523

2025年02月16日 | エッセイ

 最近はトランプの下卑た声を聞かされたり、品のない顔を見せられたりする。テレビは消せばいいが、新聞は捨てるわけにはいかぬ。

 一人を殺せば殺人罪だが、戦場で大勢を殺せば英雄であると云われている。一人を騙せば詐欺罪だが、大勢を騙せば議員になり、もっと多くの人を騙せばトランプのような大統領になる。

 以前にトランプが初めて大統領になった時、多くのアメリカ人の友人たちが「恥ずかしい」と云った。だが、今回は誰も何も云わなかった。呆れて声も出なかったのであろう。テレビでアメリカ人の誰かが云った「やりたい放題のトランプだが、彼はアメリカの大統領であって王ではない。何もかも自分の思い通りになると思ったら、それは大間違いだ」と。

 私がアメリカの空軍に勤務していた時、或る将校の教養のある奥さんが私に云ったことがあった。「このアメリカ空軍基地にいる兵士を見て、それが一般的なアメリカ人だとは思わないで下さい」。だが、兵士は屑ばかりではなかった。教養もあり、思慮深い人たちが大勢いた。だが、ハリス候補が負け、トランプのような人間が再びアメリカの大統領になったとは驚きだった。

 当時私が知っていた多くの善良な兵士たちがあのトランプに大統領になるように願ったのだろうか?鉄鋼労働者をはじめとする多くの労働者が、トランプが大統領になったら、自分たちの生活が本当に豊かになると信じたのだろうか?トランプにうまく騙されたのに相違ない。

 輸入関税を上げれば国内の値が上がり、そのしわ寄せは消費者に降りかかる。その事をトランプは正直に云っていない。トランプが国内のことを知らずに、相手国だけが苦しむだけと考えたなら、やはりトランプは売名優先のアホだ。

 深大寺周辺の冬である。神代植物公園に行ったついでに以下のような写真を撮ればいいと思うが、それにはレンズを変えなければならない。ただでさえ重いバッグに、もう一本のレンズを追加で持っていくのは考えただけでも気が重くなる。従って、一本のレンズで、片方を多少犠牲にしても、それで賄ってしまうのが日常的になってきた。

 


折々の写真&雑感 522

2025年02月09日 | エッセイ

 NHKの空からのクルージング特別編「イタリア・シチリア島一周の旅」と云うドキュメンタリーを観た。塩田が地平線まで続いているような風景に圧倒された。天日に干されて出来上がった塩の山に、雨水を避けるために作業員がハシゴをかけて瓦を敷き詰めていた。実に旨そうな塩に見えた。

 以前に友人からシチリア島の塩を土産に頂いたことがあったことを思い出した。その塩があのようにして作られているのだと、深い感銘を覚えた。友人から「金が無くなっちまったので、安い塩で勘弁しろ」と云われたが、非常にありがたかった。日本で売られている塩は原材料が一応は「海水」となっているが、同じ海水でも地中海の海水から生産されるシチリア島の塩の方がずっと味があると感じた。使ってみて、天然のミネラルが多く含まれていると感じた。そして期待通りの味だったことを今でも覚えている。この塩をもっと欲しいと云わなかったことを後悔している。

 テレビの番組で見た塩を料理にふんだんに使ってみたかった。私は料理人ではないが、非常な食いしん坊である。あの塩を利用したらどのような味になるだろうかとの考えが頭の中に次々と浮かんできた。釣ったばかりの魚にあの塩を一振りして焼いてみたらどうだろう?白菜の漬物に使用したらどうだろう?よく冷えたスイカにかけて食べたらどうだろう?

 日本にも食通をうならせるような天然の塩がある。而し、漬物に気安く使えるような値段ではない。あれだけ大量に作られているシチリア島の塩は庶民でも気軽に使えるほどの価格に違いない。羨ましいかぎりだ。だが、あの塩を日本に輸入し、小売店に並ぶ価格は日本の高級な塩と同等かそれ以上の価格になるのではないか?

 現役時代の私は、紫檀の代用品として床柱用のパリサンダーをマダガスカルから結構な量を輸入し、新木場の銘木店に卸してきた。私の売値は非常に良心的なものであったが、それを床柱に加工したものはかなりの値が付き、中でも杢目のいいものは眼が飛び出るほどの値段になっていた。「そんな高値で売れるなら、私の卸値に少し色を付けてくれませんか」と頼むと、「それなら、パリサンダーは使わない」と云われた。苦労して集めたパリサンダーを買いたたかれ、自分だけがすごい利益を上げている床柱屋とは縁を切ってしまった。シチリア島の塩を誰かが輸入するなら、自分で販路を開拓し、小売店まで制御出来なければ、庶民が気軽に買える価格にはならないだろう。

 以下は冬の日本民家園である。その日は、陽のたるところは暖かったが、日陰に入ったり、風が少し吹くと古民家の中に逃げてしまう程に寒かった。

 

 


折々の写真&雑感 521

2025年02月02日 | エッセイ

 私には数学の才能は全くないが、暗算で出来る範囲での知識ならある。偶然にスマホの電卓には計算出来ないような数式を発見してしまった。シャープの小型の、千円もしない計算機を日常的に使っているが、それが見当たらず、仕方なしにスマホの「電卓」を使った。だが、どうも答えが違っているような気がして、49+51÷2と云う計算をやらせてみた。すると答えが74.5と出た。49と51を足せば100となり、それを2で割ったら50になる筈だ。次に40+60÷2の計算をやらせてみた。答えは70だった。念のために、大型のシャープの計算機で上の二つの計算をやらせてみたところ、答えはどちらのちゃんと50の表示になった。

 私のスマホはBASIO4という一番簡単で値も安い機種だ。私のスマホの電卓が異常なのかと考え、サービスセンターに電話をしてみた。係員は私と同じ機種を持ち出し、同じ計算をした。やはり答えは74.5と表示されたと云った。私のスマホの電卓は異常ではなく、加減乗除通りの計算をやっても駄目で、その計算を二度に分けなければ出来ないことが分かった。

 要はスマホの電卓と通常の計算機と考え方が違うらしい。スマホの電卓は単純な計算は出来るが、いくつかの計算を一度にこなす能力がないのか、スマホに無理なことをやらせた私が悪いのか。単体の計算機とはかなり能力も方式も違うようだ。友人たちとの割り勘の勘定には使えないと感じた。もし使うなら、足し算の答えを覚えておいて、それから人数分で割る計算をしなければスマホの電卓は使えない。

 後日、同じ計算をエクセルの同じセル内でやらせてみた。答えはスマホと同じ74.5だった。スマホの電卓とエクセルでは考え方が同じであることを発見した。このような答えが出る以上、エクセルで計算をやらせるときは充分な注意を払い、大切なものは計算機で確認する覚悟が必要だと感じた。全ての計算を一つのセル内でやらせず、計算のもとになる数字を別々のセルに記入し、その後で別のセルを使って全ての計算をやらせれば答えに狂いがない。詰まらないことでお手間を取らせたようだが、スマホで一度に面倒な計算をやらせるのは止した方が良いと考える。

 今回も神代植物公園の写真である。そして、その全てが温室で撮ったものである。今の時期、ロウバイを除いて花らしい花は温室にしか咲いていないように思う。だが、スノードロップ(マツユキソウ)は平和の森で咲いているそうだが確認はしていない。

 

 


折々の写真&雑感 520

2025年01月26日 | エッセイ

 家内の友人の話だが、通っている内科医から認知症の診断を受け、治療の薬を処方された。その友人は「私は認知症ではないので、そのような薬は必要ありません」と云ったそうだ。内科医は怒って「もう来ないでくれ」と縁を切られたとの事だった。

 家内の友人の判断の方が正しいように思える。私は医師ではないので医学的なことはわからないが、その薬を断って正解だったような気がする。全ての開業医がそうとは云っていないが、患者を認知症と診断しておけば、定期的に通院させられ、処方箋代も稼げる。おまけに認知症なら全治は難しいので患者の命ある限り、言葉は悪いがいい金蔓だ。

 以前に私も近くの内科医から「糖尿病だ」と診断された。処方箋を持って大病院の門前の薬局に行った。その薬局で薬を手渡された時、「一度セカンド・オピニオンを受けた方が良いと思います」と云われた。後で聞いた話では、職業柄か私の顔色や動作を見てとても糖尿病患者には見えなかったとの事だった。私を糖尿病だと診断した医師は、私のインシュリンの排出量が多いから糖尿病だと診断したのだそうだが、その医師の長男の診断では「○○さんは糖尿病ではありません。而し、コレステロールの値が高いので、その治療を始めましょう」と云われた。そして新たな血液検査のため血液を採取された。

 此の医院には、体の異常は全くないが、ゆっくり眠るためのデパスを処方して貰うだけに通っていたのだ。それでは医院の利益は薄いので、なんとか病気を作り、その治療に通わせようとの魂胆が見え見えだった。血液検査の結果は来週出ると云われたが、それっきりその医院には行っていない。私がマラリアにかかった時、「風邪だ、風邪だ」と云われて放っておかれた医院だ。家内が救急車を呼び、都立駒込病院での治療があと一日遅れていたら、私の命はなかった。そのような誤診をしたままでは、その医師も寝覚めが悪いと思い、「不眠症」を名目に通っていたのだ。それなのに、適当な病名を付けられ治療費を稼ごうとする医院との付き合いは御免だ。転医した先の大病院では糖尿病も過多のコレステロールの診断もされていない。

 家内の友人を認知症と病名を付けた内科医もそのような開業医と同じ気がしてならない。だから、彼女は認知症ではないと私は考える。

 どの医院に行けば、良心的に病気を診て貰え、手に負えなければ専門医への適切な紹介状を書いて貰えるのか?一旦網にかかった患者を簡単に逃がしはしないだろう。聞いた話だが、最近は開業医に大病院への紹介状を書いて貰うと4千円か5千円を請求される医院もあるそうだ。紹介状なしで大病院に行くと、初診料が6千円から8千円である。開業医と近江商人が同列になったような気がする。

 一月のうちにと考え、先週の日曜日に阿佐ヶ谷の神明宮に行ってきた。まさかこれほどの人出があるとは思いもよらなかった。とても写真を撮れる状態ではなかった。だが、折角来たので一枚でも二枚でも撮って帰ろうとカメラを出した。理想的なアングルではないが、考えれば何とかなるものだ。だが、出来はかなり悪かったと思う。

 

 


折々の写真&雑感 519

2025年01月19日 | エッセイ

 寝ている間もエアコンをつけっぱなしにする人が増えてきたと聞く。私は必ず消して寝るので、特に寒い夜には電気毛布の温度を上げる。「頭寒足熱」のことわざ通りに電気毛布は足元でかなりの熱になる。私は電気毛布を掛けるのではなく、敷いて寝ている。或る時から、左足の外側と右足の内側のくるぶしを中心に痛くなり腫れた。その個所を抑えると痛みを感じたが、歩くときは全く痛みを感じない。

 何故こうなったのだろうか、インターネットで調べると同じような症状が低温やけどで起こることが分かった。特に、左足の外側と左足の内側にその症状が起こったと云うことは、私が左向きに寝ることが多いのでそうなるのだと考え、皮膚科の診察の結果、医師は「低温やけどではない。血管の影響だろう。診たところ貴方の血管は細いのでそのような症状が出る」と云われた。そして診察後にソックスをはこうとしたら足がつった。それを見ていた医師は「足がつりやすいのも血管が細いせいだ」と確信をもって云われた。そして「専門医を紹介するから診断して貰いなさい」と紹介状を書いてくれた。

 私が以前に通っていたかなり大きな病院の「心臓血管外科」を紹介されたのだ。紹介状があれば、べらぼうに高い初診料を払わなくて済む。それに現在通っている病院はバスを二回乗り換えなければ行けない。その大病院の受診の予約は私自身で行わないといけなかった。予約の際に誕生日を聞かれた。すると以前に使っていた診察券がまだ有効だから持ってくるようにとも云われた。これでその病院の敷居が低くなったと喜んだが、他の科にかかるときはその都度紹介状がなければ受診出来ないような方針になったと説明された。高額な初診料を払えば別だが、そのような制度になったので申し訳ないと非常な宣言をされたのだ。

 同じ病院の患者が他の科の受診に制限されるなど聞いたことがない。あの悪名高い警察病院でさえ一定期間内であるなら、どの科も初診料なしで受診可能だ。地域の開業医からの突き上げが激しく、そのような制度になったのだろうか?而し、どこも悪くないのに紹介状を書いて貰うだけに開業医の受診は受けられない。また、現在通っている病院の皮膚科の医師に他の病院の皮膚科への紹介状を書いてくれとは患者側からは云えない。どうすればいい?

 先の皮膚科医の診断だが、紹介された心臓血管外科の予約は2週間以上先だ。その間に迷医がインターネットで診断した低温やけどの症状を放ってはおけない。インターネットで調べ、手持ちの軟膏を塗り迷医が自分で処置をした。かなり改善した。だが、目が覚めて、伸びをしようとすると足がつる。この件だけでも折角の紹介状を無駄にせず、心臓血管外科に行こうと思う。その際、その医師に他科への受診を相談してみるつもりだ。

 神代植物公園に、写真仲間と先週の木曜日にロウバイの撮影に行った。ぽかぽか陽気の次の日で、寒さが余計に強く感じられた。而し、前日の温かさでロウバイは一気に咲き、築山では満開になり、梅園でも60%以上は咲いていたと思う。