山遊塾With You

ハイキングやウォーキングの紀行、感想など。
気の向くままに歩いています。

連休の真ん中、裏妙義山へ行ってきました。

2020年11月23日 | 登山
 紅葉のピークは過ぎていましたが、3日連休ということもあって、妙義湖畔の元国民宿舎周辺には沢山の車とキャンパーがいました。国民宿舎の駐車場も満杯で、かってテニスコートが登山者の駐車場として提供されていたので、そこに空きがあったため駐車セーフと相成りました。


 籠沢は鬱蒼としていて陰気な沢ですが、途中から足場も悪くなってきて、鎖場も現れます。入山者が多く順番待ちの登山者も出るほどでした。


 沢の中ほどに大きな岸壁が両岸から迫って谷が狭くなった所が木戸で、右手の岸壁にクライマーが数名取りついていました。妙義山の岩は岩質が悪くクライマーには敬遠されていましたが、最近はルートもいくつか開拓されて、結構登られているようです。


 木戸周辺も楓の紅葉が見ごろとなっていて、ここまで来て紅葉見学だけやって帰るのもいいかもしれません。


 登山道の途中に今も形を崩さずに残っている炭焼窯がありました。少し手を加えるだけでまだ使えそうです。


 丁須岩基部まで登ると案外近くに浅間山が望めます。手前の尾根の木々たちが紅葉していると素晴らしい眺めを得ることが出来るのですが。


 丁須岩の基部まで上がると表妙義山のギザギザ尾根が目前です。何しろ狭い場所なので10人も登ったらこぼれ落ちてしまうような所です。


丁須岩を背に同行のAさんを1枚パチリ。この後すぐに縦走に移りました


 縦走途中に約20mのチムニー(煙突)があります。我々が下った後、逆縦走のパーティが登り始めました。鎖もありますが慣れない人にとってはきつい場所です。


 赤岩で後ろを振り返ると丁須の頭に人影が二つ見えました。手持ちのカメラが安物なので、これ以上引っ張るとピンボケになるのでこれで止めておきました。


 次の難所が赤岩のトラバース(横断)です。足場板が架けられていますが、最近相当痛んでいます。支持杭が破損していたり、足場板が落ちて無くなっていたりと、この分では普通の登山者は通行不能になるかもしれません。


 ここでも1枚Aさんにモデルになってもらいました。結構怖かったようです。


 三方堺から国民宿舎に戻る道はカエデの紅葉が見事で、このまま下山するのが惜しいくらいでした。


 青空と紅葉。月並みな表現しかできませんが、本当に見事な紅葉でした。今回はこれを見れたことだけでも来た甲斐がありました。








11月に入って最初の土曜日に荒川倶楽部12名で京浜運河沿いを歩いてきました

2020年11月08日 | ウォーキング
 京浜東北線大森駅から京浜運河に沿って、高輪ゲートウェイ駅までの軽いウォーキングを楽しみました。天気予報では午後には雨になると言っていましたが、具合よく外れてくれたので、温かい日差しの中の水辺歩きができました。大森駅を出て東に向かうと平和島競艇場です。京急大森駅から右折して平和島口でまた東に曲がり、右に平和の森公園、平和島公園と過ぎ、新平和橋を渡ると大井ふ頭中央海浜公園です。


京浜運河に架かる新平和橋を渡ります。橋を渡ってそのまま行けば、東京貨物ターミナルを経て大井ふ頭へ行けます。


 新平和橋を渡るとすぐ左が京浜運河緑道公園です。運河の向こうに東京モノレールが走っているのが見えます。丁度上下線が交差していました。


 品川清掃工場脇を通り、京浜運河を大井北側ふ頭橋で左に渡り、天王洲アイルのマンション群に入ると、桜が紅葉しており、落ち着いた紅色が素敵でした。


 公園通りとでも呼びたい素敵な道です。


 目黒川と高浜運河の合流点に小さな公園があって、アーチのアイル橋が架かっています。人工の島に高層マンションと洒落た公園。今どきの若い子持ちのファミリー憧れの街がここにあります。


 我々後期高齢者には時代が変わってしまったの感ばかりです。完全な人工の街、コンクリートと鉄の街です。


 運河沿いにマンションが立ち並びます。


 運河の河面を覗くと30cmほどの魚が沢山泳いでいました。彼らは人を恐れないようで、池に飼われている鯉のように人間の近くに集まってきます。海の魚が人に慣れるのか。


 やはり海なのです。カモメが沢山集まって羽を休めていますから。


 泉岳寺に向かって山手線の線路下を抜けて行きますが、天井が低く背の高い人だったら確実に頭をぶっつけてしまいます。


 高輪ゲートウェイ駅に着きました。初めて利用する駅です。駅前は現在工事中でした。


 駅の窓から外を見たら、東京タワーがビルの間にかろうじて見えました。

四国石鎚山に登って来ました

2020年11月04日 | 登山
 日本七霊場のひとつで深田百名山にも選ばれている四国の最高峰です。画像は弥山から天狗岳を撮ったものです。紅葉は既に終わっていました。


伊予西条駅から乗ったバスには私の他に山登りの女性が一人だけ。その人は途中で降りたため乗客は私一人になってしまいました。成就まで上がるロープウェイも私一人でした。どうやらこの山は土、日のみが繁盛する山らしいです。


 成就まで一気に上がってしまうロープウェイは流石に便利です。標高1300mまでが紅葉の見どころで、それ以上は紅葉の最盛期は過ぎていました。


 ロープウェイ駅から成就石鎚山神社中宮まではドウダンが真っ赤になっていました。


 歩き易い落ち葉の道が中宮まで続いています。


 石鎚山神社中宮です。誰もいなくて静かなものです。でも猫がいました。


 この日は成就の白石旅館に泊まりました。三軒ある旅館で営業中はここだけでした。そしてここでも宿泊客は私だけでした。晩飯は豪華版。おかずだけでも13種類もありました。お風呂もあって湯船に満々と湯を張ってのんびり山の湯を楽しみました。ビールを飲んでマンガ本を読んで午後9時に就寝。


10月31日午前6時20分山頂に向けて出発。まだ薄暗い中を神門に向かいます。


 神門を潜るといきなり下り坂です。木の階段をもったいないほどずんずん下ります。


 通称八丁坂の下りと言われる下りの途中に遙拝所の鳥居があります。頂上まで行けない人はここから引き返せと書いてありました。鳥居の間から石鎚山が僅かに望めます。


 八丁坂を下り終えると正面に山頂が姿を現します。このあたりで陽が登り始めました。改正の空とかろうじて残った紅葉が奇麗でした。


 八丁暗部から今度は急階段です。この階段登りがきついです。それにしても良く作ったものです。


 階段登りの苦行の後にいよいよ「鎖禅定」の始まり。まず試しの鎖約50mです。太い鉄棒を曲げて加工したものを繋いで作られています。つなぎ目は靴が突っ込める大きさなので、ツルツルの岩場ではここに足を突っ込んで登ります。こんな重量物をどうやってこんな高所まで持ち上げたのか不思議です。ヘリコプターもクレーンも無い時代にです。


 登り終えたところが岩塔になっていて、この上に立つとその眺めのいいこと。正面に石鎚山がバッチリです。ここから休憩所のある暗部までの下りの方が緊張します。


 岩塔から見た石鎚山です。


 暗部にある休憩所です。今は無人で何もありませんでした。


 一の鎖からさらに二の鎖と続きますが、これは長いです。80mくらいはあるでしょう。部分的に垂直に近い所もありました。いくら頑丈な鎖でも手を離したら終わりなので緊張します。


 三の鎖で親子三人のパーティに追いつきました。4歳の女の子が元気にクサリと格闘していましたが、写真を撮り忘れました。写真の人はその子のパパさんです。


 三の鎖は弥山頂上に直接突き上げています。これも長い鎖です。しかし4歳の子はここも自力で登り切りました。このこのパパは勇気があります。


 頂稜の木々は霧氷に輝いていました。やはりこの高さだと朝は相当気温が低いことがわかります。


 弥山頂上には石鎚山神社上宮が祀られていました。


 弥山山頂は広くて結構な登山者で賑わっていました。夕べから山頂小屋に泊まっていた人たちでしょう。


 山頂からの眺めは雄大です。二の森がなかなか立派です。次に来る機会があったら面河の方から登ってみたいものです。


 そして最高点の天狗岳まで足を延ばして、お粗末な私自身を記念に一枚。


 天狗からの戻りでかの4歳の女の子に会ったので、パパの承諾を得て一枚撮らせてもらいました。この子は将来日本を代表する名クライマーになるでしょう。今回の山行の一番の収穫でした。





 


九州英彦山に登ってきました

2020年11月02日 | 登山
 10月25日に福岡県田川郡添田町と、大分県中津市の境にある英彦山に登りました。英彦山は九州修験の総本山。古くから霊山として信仰の対象になってきた山で、出羽の羽黒山、大和の大峰山と並んで日本三大修験道場とされてきた山です。画像は英彦山中岳に建つ英彦山神社上宮です。


鹿児島本線久留米駅から久大線日田駅まで乗った特急ゆふ号です。


日田は山の町とは思えないほど大きな町です。ここから日田彦山線に乗り換えるわけですが、現在この線は不通になっていて、代わりに添田まで代行バスが出ています。


日田~添田間を走っている代行バスです。この日乗っていた客は私も入れて4名だけでした。


彦山駅です。現在は無人の駅になっています。ここから登山口の銅鳥居(かねのとりい)まではタクシーを使いました。


正面登山口の銅鳥居です。重要文化財になっています。佐賀藩主・鍋島勝茂の寄進によるものと言われます。


その銅鳥居に架かる扁額は、霊元法皇の宸筆によるものと言われます。


参道の両脇には英彦山信仰の華やかなりしころの坊跡が並んでいます。


奉幣殿への石段は一段ときつい登りです。兎に角階段が多いです。


奉幣殿は細川忠興公の寄進によるものとされ、国宝になっています。


中宮で出会った山伏さん二人。なかなか恰好いいです。法螺貝を吹き鳴らしてくれました。


稜線がちかくなると紅葉もきれいでした。


英彦山は北岳、中岳、南岳の三峰があり、英彦山神社上宮は中岳にあります。これも佐賀藩主鍋島勝茂の寄進と言われます。しかし今は相当痛んでいます。山頂からの眺めはまずまず。


最高峰の南岳山頂です。標高は1200mです。