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小山 青巖寺

三重県津市一志町小山にある真宗高田派のお寺です。

死の自覚

2014年02月16日 | 聞法会・月例法座

  今日は、月例法座でした。

  これまで月例法座では、平野恵子さんの『子どもたちよ、ありがとう』を読んできました。 今は、田代俊孝さんの『悲しみからの仏教入門』の中にある「悲しみからの贈り物 『子どもたちよ、ありがとう』ノート」という章を読んでいます。平野さんの『子供たちよ、ありがとう』について書かれているからです。今回はその2回目で、「3 今を生きる」(p.156-p.170)を読みました。

 今は、病院で死を迎えるのがほとんどで、日常生活において死を目にすることはあまりありません。だから、私たちは普段、死を考えることもありません。それどころか、死について考えるなんて、縁起でもない。もっと生を謳歌し、楽しいことを考えよう、と思っています。しかし、死から目を背け、生のみを追い求めることで、本当に充実した生を生きることができるのでしょうか。

 鈴木章子さんはガンを告知されたとき、「ああ、私、人間だったんだ、生きてたんだ」と思われたそうです。逆に言えば、「忙しい、忙しい」と言って過ごしてきたこれまでは、むなしく日々を過ごしてきただけで、本当の意味で、人間として、生きていたのではなかったと気づかされたのでした。

 死を自覚するとき、今過ごしている日々が、二度と戻ることのないかけがえのない日々であることに気づかされます。だからこそ、一日一日を大事に生きようと思わされます。

 死を自覚してこそ、本当に充実した生を生きることができるということを、息子の話、猿渡さんの作文、アンパンマンのマーチを通して、お話しさせていただきました。

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白蓮華のように

2013年08月30日 | 聞法会・月例法座

 今日は、聞法会の日でした。

 『観経』に「分陀利華」という言葉が出てきます。「白蓮華」という意味です。

 そのことについて、中島みどりさんの『白蓮華のように-あなたに会えてよかった-』という本を紹介させていただきました。

 その本の一部をプリントにコピーし朗読させていただいたのですが、みなさん、感動されていました。

 みなさんもよかったら、お読みください。

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岩田アサオさん

2013年07月30日 | 聞法会・月例法座

 今日は聞法会でした。『観経』ももう少しで読み終わります。

 今回は、イダイケはいつ救われたのか、について、お話ししました。善導は、釈尊の説教が終わった時救われたとするそれまでの説を否定し、阿弥陀仏に出遇った時に救われたと説きました。

 阿弥陀仏に出遇った時に救われるとはどういうことか、その説明に岩田アサオさんの文章を紹介させていただきました。三宮義信編『ひとそれぞれに-お念仏に生かされて-』に収録されている「父母の足あと」という文章です。

 ただ、岩田さんの文章は、示唆に富み、説明したいと思っていたことのみに留まらず、いろいろなことを教えてくれる文章でした。

 その文章は、次のように締めくくられています。

 「家庭内においても、四六時中、美しい態度を保つことはなかなかできません。もともと煩悩具足の身ですから、子供にも家庭にも見せたくない恥ずかしい姿もあります。子供や家族たちに、いつも立派な私を見せようと気張れば、かえっておかしいものになります。それよりも如来さまから照らし出された、あさましい我が姿を、お母さんはこのように粗末なのよ、恥ずかしいことです、だから如来さまのみ教えを聞かせていただくのよ、と、子供に恥じながら詫びながら、ひたすら聞法をつづけていく方が、子どもにはすんなりと温かく受け入れられるのではないでしょうか。また、人間は不完全なのだから、常に如来さまのみ光を仰がねばならないことを、口にもいい、態度にもあらわしていくことがたいせつでしょう。」

 家庭でも、学校でも、聞法会でも、その通りだと思います。教えを知っているから教えてあげる、というのではなく、教えを聞かねばならないどうしようもない我が身であることを知ってもらった時、相手はより教えを聞こうと思ってくれるのではないでしょうか。

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宗祖降誕会の感想

2013年06月30日 | 聞法会・月例法座

 今日は、聞法会でした。

 聞法会に来てくださる方の中に、5月13日の高田短期大学の宗祖降誕会にお越しくださった方がいらっしゃるので、同じ講話を聞いて、学生たちがどんな感想を持ったのか、知ってもらおうと、学生の感想をパソコンに打ち込んでいました。

 ただ、9時、10時、11時とお寺参りがあったので、お昼休みに少し打ち込んだだけに終わりましたが。

 とりあえず、それを、聞法会の初めにお配りしました。

 みなさん、熱心に読んでくださいました。ここでも少し、紹介させていただきます。

○清水谷先生の話で心がジーンとしました。実話でもある話を聞き、涙が出そうでした。不妊症や病気で妊娠できない人もいる。そして赤ちゃんを産んだ後にでも病気で苦しんでいる人もいる。赤ちゃんが欲しくてもできない人もいる。私たちみたいな普通の生活ができない人がいる。その話を聞いて、命(生きる)ということの大切さを知りました。「命を軽く考える人、病気で苦しんでいる人を見てほしい」間違いないなと思いました。自殺する人、何かしらの理由はあるかもしれない。でも病気と闘っている人がいる。生きたくても生きれない人がいる。私は、これからの人生、命を大切に生きようと思います。

○私は今、一人暮らしです。始める前まではやっと親の小言から解放されるという嬉しさでいっぱいでした。でもいざ始まると、当たり前だと思っていた「おかえり」や「おはよう」「おやすみ」という言葉がないことにとても寂しさを覚えました。当たり前だと思っていたことが実は幸せそのものであったということを18年間生きてきてようやく分かりました。ずっと一緒にいると、腹が立つことや親なんていらんと思ってしまうこともありました。でも初めて親と離れて親のありがたみを痛いほど知り、親がいてくれる幸せというものを知ることができました。なので今回の話はとても通ずるものがありました。これからは親の大切さをかみしめ、今までの恩返しをしていけたらいいなと思います。

○命とは誰のものだろうか。私という意識が生まれる前からある。生まれたいと思ったから生まれた。生きたいと思ったから生きている。命がけで母は子どもを産む。偶然が重なって今がある。どれだけ命が尊いか。一日一日が大事。本当の幸せは生きていること。よく「今ここにいることはすごいことなんだ」と言うが、今までは、そんな風に思えなかった。しかし、今日の講話を聞いて、命ということについて、改めて考えられる機会だった。いろんな偶然が重なっているなんて思いもしなかった。生まれることが当たり前だと思っていたから、自分がここにいることが幸せなんだと感じたことは今までなかった。生まれたくても生まれることができなかった子もいる。生きたくても生きられなかった人もいる。だから、この人たちに恥じないように生きていこうと先生の話を聞いて強く思った。

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悪に遇った凡夫

2013年04月30日 | 聞法会・月例法座

 今日は、聞法会の日でした。

 『観経』の下品上生・下品中生・下品下生のところを読みました。善導によれば、「悪に遇った凡夫」について書かれた箇所です。

 九品に入る前に、九品についてはまとめましたが、今、九品すべてを読み終えて、来月、改めて九品をまとめてみたいと思います。そして、念仏とは何かについて、お話しできれば、と思っています。お楽しみに~♪

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縁は異なもの

2013年01月16日 | 聞法会・月例法座

 夜7時半から、月例法座でした。

 今月からは平野恵子さんの『子どもたちよ、ありがとう』を読んでいきます。

平野恵子

 ところで、平野さんは岐阜県の方で、高山市のお寺に嫁がれたのですが、ご実家は郡上でした。

 そのことを月例法座に来ていただいた方にお話ししたら、偶然にも同じ郡上でお生まれの方がお一人いらっしゃいました。

 お話を伺っていると、どうもご実家をご存知のよう。もちろん平野恵子さんのご実家だということは知らずに、です。

 いやぁ、世間って、せまいですね~!

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三心

2012年12月19日 | 聞法会・月例法座

 今日は、聞法会でした。

 いつもは30日に行うのですが、今月は年末なので、早めました。

 今回は、前回に引き続き、至誠心・深心・回向発願心という三心についてお話ししました。

 とても大事なところですが、それだけに、とても難しいところです。

 ですが、みなさんに届いたようで、うれしかったです。

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「文類偈」読了

2012年12月16日 | 聞法会・月例法座

 今日は、月例法座でした。

 今まで月例法座では、「文類偈」を読んでいました。これは前住職が読んでいたものを、父亡き後、私が引き継ぎ、みんなと読み進めていました。

 今日、それを読み終わりました。

 来月、つまり新年からは、新しく平野恵子さんの『子どもたちよ、ありがとう』を読んでいくことにします。

201212hon

 毎月16日午後7時半からで、本堂に集合です。どなたでも参加できますので、よかったらお越しください。

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疑情と信心

2012年11月16日 | 聞法会・月例法座

 今日は、瀬田で仏教の授業でした。授業後、受講生たちに「学生による学期半ばの授業アンケート」を配り、「名前は書いても書かなくてもいいから、正直に書いてね」と言って書いてもらいました。

 結果、みんな授業内容に満足してくれているようで、よかったです。特に「この授業を好き」と言ってくれる子がたくさんいてくれたのは、嬉しいことでした。みんな、ありがとう!

 家に帰って、月例法座の用意をしました。

 月例法座は、このところ、お葬式が入ったり、なんだかんだで、ずっとお休みでした。調べてみると、前回の月例法座は6月でした。しかも、このときは、別の話をしていたので、文類偈の話は5月以来、なんと半年ぶりです。もう何を話したのかさえ、よく覚えていません。

 そこで、はじめに、法然上人についてお話ししてから、今回の箇所に入りました。

  還来生死流転家 決以疑情為所止
  速入寂静無為楽 必以信心為能入

 
 疑情によって生死流転の家に留まり、信心によって寂静無為の楽に入る。つまり、心静かな安らかな境地に至るには、信心が必要で、疑情があると入れない、ということです。

 しかし、こう言うと、「信じれば救われる」ということだと思うかも知れません。でも、それは違います。

 なぜなら、信じていない自分であり、信じることのない自分だからです。

 「疑情」というのは「疑っている」ことですが、何を疑っているのかと言えば、仏智です。仏智疑惑。仏智とは仏の智慧です。仏の智慧とは、衆生を目覚めさせるものです。つまり、「疑情」とは、「仏が私を目覚めさせることを信じていない」ことを意味します。仏の力を信じていないのですね。

 で、何を信じているかと言えば、自分の力です。自分ががんばらなきゃ、誰も助けてはくれない、って感じですね。

 自分の力を信じる。この反対は何でしょう?

 普通は、他人の力をあてにすることだと思います。

 しかし、自分の力を信じることと、他人の力をあてにすることは、実は同じです。仏の力を信じていない、という意味においては。

 それが、親鸞聖人の言葉で言えば、「疑情」なのです。

 つまり、私たちの普通の状態が、「疑情」なんですね。

 では、「信心」とはいかなる状態か?

 それを、今日は、お話しさせていただきました。自分の力や他人の力しか信じられない自分であっても、それではどうしようもないことが起こってくるでしょう、と。自分の死であったり、身近な者の死であったり、苦しいこと、悲しいこと、自分の力ではどうしようもないことが起こってきます。そんな時でも、決して見捨てることなく、真実へ導こうとしているはたらきがあります。無謀とも思えることを、今も、一生懸命やっているはたらきがあります。

 本当に、疑情しかない私、信じることのない私に、信心の智慧をもたらす本願力のはたらきは、とてつもなく、はかり知ることができないほどの力です。でも、それが、今、自分の身にはたらきかけているのです。これを読んでいるあなたの身に、今現に、はたらきかけているのです。

 それを知ることを「信心」と言います。それに気づくかどうかが、心静かな安らかな境地に入るかどうかの差なのです。

 そんな話をさせていただきました。

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予行演習

2012年06月16日 | 聞法会・月例法座

 今日は、夜7時半から月例法座でした。

 ただ、夜7時から、夜の報謝念仏があったので、少し遅れての開始となりました。

 月例法座も、聞法会も、まず本堂で30分ほどお勤めしてから、茶所に移り、1時間の講話、その後、茶話会となっています。

 今、月例法座では、文類偈を読んでいますが、今日は少しお休みして、18日に短大でお話しする内容を、先に月例法座のみなさんに聞いていただきました。

 だいたい40分くらいにまとめられましたが、まだまだ内容を詰めなくてはなりません。さてさて、明後日までにうまくまとまるでしょうか。

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