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小山 青巖寺

三重県津市一志町小山にある真宗高田派のお寺です。

疑謗を縁として

2015年03月30日 | 聞法会・月例法座
 今日は、午後1時半から、聞法会でした。

 今回は、『教行証文類』の後序にある「信順を因とし、疑謗を縁として、信楽を願力に彰し、妙果を安養に顕さん」というお言葉についてお話ししました。

 私たちは、もともと仏に対して「疑謗(ぎほう)」というあり方で生きています。「疑謗」とは、「疑い、そしる」ということです。「仏なんて、そんなのいないし、仮にいたとしても自分には関係ない」というあり方です。

 そういう私に対し、そういう私であるからこそ、仏は何度も何度も私を呼び続け、目覚めさせようとはたらき続けています。少しくらい呼んだところで、気づくはずのない私だからです。そういうあり方を「疑謗」と言います。

 しかし、気づくはずのない私であったのに、仏がいつまでも呼びかけ続けてくださったおかげで、気づかされた時、それを「信心」と言い、それを「智慧」と言います。

 そしてその時、多くの仲間に支えられていたことに気づかされます。

 「どうしてこんな目に遭うんだ」と思っていたことが、しかし、そのことがあったからこそ、今、仏の呼びかけに気づくことができたのでした。「疑謗」を縁として、「信心」という因をいただいたのでした。それはまったく仏の願力のおかげでした。「絶対にお前を救う」という仏の願いの強さが、私を目覚めさせたのでした。

 そういうことを、お話しさせていただきました。

 しかし、もう少しで『アジャセからの贈りもの』も読み終わります。次に何を読むか、そろそろ考えなければならないようです。
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ダルマーカラの修行

2015年03月16日 | 聞法会・月例法座
 今日は、月例法座でした。お葬式などでお休みしていたので、久しぶりの月例法座です。(^^ゞ

 今回は、『絵ものがたり正信偈 ひかりになった王子さま』の2回目で、ダルマーカラの修行についてお話しさせていただきました。
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願いと慚愧

2015年02月25日 | 聞法会・月例法座
 今月は2月なので、前住職の命日である30日がありません。そこで、前々住職の命日である25日、つまり今日、聞法会を開きました。

 今回は、「願いと慚愧」についてお話ししました。

 仏から願いをずっとかけられ続けている我が身です。けれど、そのことに気づいていない自分です。しかし、そのことに気づかされた時、慚愧の心が生まれます。そして、如来の子として、生まれかわります。

 もとより、一回で生まれかわれるほど、業の浅い自分ではありません。いろんなことを通して、何度も何度も気づかされて、徐々に徐々にお育ていただいて、いつの間にやら、お浄土へと向かう身へと転じられているのです。

 なぜ転じられたのか?

 ずっとずっと、あきることなく、願われ続けていたからです。自分にかけられ続けている願いがあったからこそ、転じられた自分です。その願いによって、生まれかわることを、いろんな例を出してお話しさせていただきました。

 そんな中、今日は特に、「レ・ミゼラブル」に出てくるミリエル司教の話を中心にお話しさせていただきました。

 ミリエル司教が死んでからも、ジャン・バルジャンを死の直前まで支え続けていたのは、彼を生まれかわらせたミリエル司教の言動であり、願いだったのではないかと思います。
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絵ものがたり 正信偈

2014年11月16日 | 聞法会・月例法座
 今日は、月例法座でした。

 今回から、「絵ものがたり 正信偈 -ひかりになった、王子さま-」を読み始めました。

 絵本になっていて、読みやすいです。

 月例法座は、毎月16日、夜7時半から始めています。どなたでも、どうぞ♪
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願いの連鎖

2014年10月30日 | 聞法会・月例法座
 今日は、月例法座の日でした。
 地獄を怖がっていたアジャセが、地獄の人びとを救いたいとまで願うように生まれかわった後の話を読みました。
 そして、「一人が変われば、みんなが変わる」ということと、「お浄土からいつも教えられ、支えてもらっている」ことを、二つの話を例に出して、お話しさせていただきました。
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茶話会のみ

2014年07月30日 | 聞法会・月例法座

 先週に引き続き、今週も今日明日と二日続けてお葬式です。

 なので、今日の聞法会は、私抜きの茶話会のみでした。

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縁起

2014年06月30日 | 聞法会・月例法座

 今日は、聞法会でした。

 前回、アジャセが釈尊の所へ行き、釈尊がアジャセに教えを説かれたところまでお話ししました。そこで説かれた教えは、「縁起」に基づいたものでした。そこで、今回は、「縁起」というものがどういうものか、お話しさせていただきました。

 ちょうど1週間前の6月23日、高田短大で灌仏会という仏教行事があり、講話させていただきました。そこでお話しした内容が、「縁起」についてのものでしたので、同じ話をさせていただきました。

 付き合っていた彼を交通事故で亡くした彼女の手紙、小学5年生を担任した女の先生の話を題材にして、縁起についてお話しさせていただきました。

 「いいお話を聞かせていただきました」と言っていただきました。ありがとうございました。

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生かされ、支えられてこそ

2014年04月16日 | 聞法会・月例法座

 夜は、月例法座でした。

 今回は、「生かされ、支えられてこそ」という箇所を読みました。

 そして、鎌田実さんの本を紹介して、そのエピソードにより、人は生かされ、支えられてこそ、生きていることをお話しさせていただきました。

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アジャセとわたしたち

2014年03月31日 | 聞法会・月例法座

 今日は聞法会でした。

 本来、聞法会は毎月30日なのですが、3月は30日が日曜で寺務が一杯だったので(実際には、そこにお葬式まで入ってきました)、今月は31日に変更してもらっていたのでした。

 今回は、アジャセとは何を意味しているのか、そして、仏に遇うとはどういうことか、について、お話しさせていただきました。

 そして、その例として、二十歳の息子さんを亡くされて悲しみに沈んでいた父親が、『歎異抄』との出遇いによって生き返ることができたお話を紹介させていただきました。

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月愛三昧と法友

2014年02月25日 | 聞法会・月例法座

 今日は、聞法会でした。今回は、月愛三昧と法友についてお話ししました。

 月愛三昧とは、釈尊がアジャセの身心の苦しみを除くために入られた三昧のことです。

 苦しんでいる者を救う仏の慈悲のはたらきを、月の光にたとえたものと言えましょう。

 その月愛三昧について、①光と闇、②平等、③寂静という三つの視点から、お話しさせて頂きました。

 その後、アジャセを支えたギバについて、法友のありがたさをお話しさせて頂きました。

 仏教では、三つのことを宝と言います。三宝ですね。仏と法と僧です。仏とは法を教えてくださった方、法とは真実の教え、そして、僧とは僧伽(サンガ)、つまり法友の集まりのことです。

 単なる友達の集まりではなく、法友の集まり、それは宝なんですよ、とお話しさせて頂きました。

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