「言葉によって人は変わる」ということを話すつもりだったので、何か実例がないかなと、朝から本棚を探し、とりあえず短い話を4つほど見つけて、それをプリントして、みんなに配って、お話しさせていただきました。
その時、見つけた話で、授業で紹介するには長すぎるので、取り上げなかった話を、ここに書いてみます。
アンパンマンの話です。
アンパンマンについては、昔、寺報で取り上げたこともありますし、調べるといろいろお話ししたくなるような情報がたくさん出てくるんですが、とりあえず今回は、今日本棚で見つけた話の紹介です。
その前に、アンパンマンの説明ですが(たぶん、説明するまでもないとは思いますが)、アンパンマンはもともと、やなせたかしさんが書いた絵本です。その絵本のあとがきにこう書かれているそうです。
子どもたちとおんなじに、ぼくもスーパーマンや仮面ものが大好きなのですが、いつも不思議に思うのは、大格闘しても着ているものが破れないし汚れない、誰のために戦っているのか、よくわからないということです。
ほんとうの正義というものは、けっして、かっこうのいいものではないし、そしてそのためにかならず自分も深く傷つくものです。そういう捨て身、献身の心なくして正義は行えません。正義の超人はほんとうに私たちが困っている飢えや公害などと闘わなくてはならないのです。
アンパンマンは焼け焦げだらけのボロボロのこげ茶のマントを着て、恥ずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって飢える人を救います。それでも顔は気楽そうに笑っているのです。
子どもたちはこんなアンパンマンを好きになってくれるでしょうか?
それともテレビの人気者のほうがいいですか?
やなせさんが、本を書いているときも、出版された後も、多くの人から「顔を食べさせるなんて教育に良くない」などと批判されたそうです。けれど、その後、アンパンマンはテレビ番組にもなり、今では日本中の誰もが知っているヒーローとして、ずっと子どもたちに愛され続けています。
そのテレビ番組のアンパンマンの主題歌は、やなせたかしさんが作詞された『アンパンマンのマーチ』です。その『アンパンマンのマーチ』についての話です。以下、日本民間放送連盟ラジオ委員会編『コトバのチカラ』(PHP)からの引用です。
なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんて
そんなのはいやだ!
先天性の病気をもって生まれてきた息子は、赤ちゃんのときからずっと入退院のくり返しでした。
幼い身体のあちこちに点滴や注射用の針が刺され、鼻には栄養液を注入する管、口には人工呼吸器をつなぐための管が入り、絆創膏で何重にも留められ声すら出せない。
二十四時間、部屋の電気が消されることなく続けられる看護や処置。
昼夜もわからず、表情のないうつろな目で、ただ一日じゅう天井だけを見ているしかないわが子を見ているのは、とてもつらいことでした。
(こんなに苦しくても生きなくてはならないのか)
悲しみがこみあげました。
苦しむためだけに生まれ、苦しむだけの人生なんて、地獄以外の何ものでもない。
息子がどんな悪いことをしたというのか。
なぜ、地獄を味わわせなければならないのか。
こんなことならいっそのこと……と何度も思いました。
そんなある日、せめてもの慰みと思い、息子の枕元でかけたカセットテープから流れてきたのがこの歌でした。
(エッ、なんですって?「こたえられないなんて そんなのはいやだ」? だったらどうしたらいいの?)
私は小さな音でかけられているカセットに耳を近づけました。
そうだ うれしいんだ 生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
なにが君の しあわせ なにをしてよろこぶ
わからないまま おわる そんなのは いやだ!
そうだ おそれないで みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
そんな歌詞が胸に残り、私は悲しみをこらえ、何度も何度も巻き戻してこの歌を聴き、自分でも口ずさんでみました。
病院の面会の帰りに、泣きながら歌ったこともありました。
生きることがうれしいということを知らずして死んではいけない。必ず楽しい日々が来ると言い聞かせながら。
この歌は、そんなつらかった私を慰め支えてくれた忘れられない歌です。
愛嬌由美子(群馬県 42歳)