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小山 青巖寺

三重県津市一志町小山にある真宗高田派のお寺です。

仏とは?

2017年11月16日 | 聞法会・月例法座
 夜は、月例法座でした。
 今回から『観経序分の問題点』という本を読んでいきます。
 今日は、「仏とはどういう人か」という章を読み、善導大師の「自覚・覚他・覚行窮満」ということを中心にお話ししました。

 ただ、本の中に、
  「問う。いかんが是れ仏?」
  「麻三斤(ゴマが三百六十匁ある)」(6頁)
 とあるのですが、麻はゴマじゃないですよね。(^^;
 この本は昭和38年の本で内容も古く、また誤植を含め間違いも多い感じでした。(^_^;
 なので、今後は、ひょっとすると、テキストを変更するかもしれません。f(^^ゞ
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死をどう生きたか

2017年10月30日 | 聞法会・月例法座
 今日は、聞法会でした。
 今は『阿弥陀経』を読んでいます。
 今回は、「倶会一処」「少善根」「執持名号」「一心不乱」などをお話ししました。

 その後、少し時間があったので、寺報に書いた日野原重明さんのことをお話しし、『死をどう生きたか』を紹介しました。

 

 その中の「死を受容した十六歳の少女」を抜粋しながら音読し、みなさんに聞いていただきました。
 この話を日野原さん自身が短くした文章を寺報に書きましたので、寺報が配られた方はまた読んでみてください。
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『大阪のおばちゃん超訳 ブッダの言葉』読了

2017年10月16日 | 聞法会・月例法座
 今晩の月例法座で、『大阪のおばちゃん超訳 ブッダの言葉』を読み終わりました。
 割とお休みすることが多くて(来て下ってるみなさん、すみません)、なかなか進まなかったのですが、ようやく終わりです。
 この本で、「法華経」、「華厳経」、「維摩経」、「観無量寿経」に出てくるいろんな釈尊の言葉を楽しみました。
 次回からは、最後に出てきた『観無量寿経』をちゃんと読もうかなと思っています。
 毎月16日、午後7時半からです。
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善財童子の旅

2016年12月17日 | 聞法会・月例法座
 昨晩は、午後7時半から月例法座でした。

 今回は、『華厳経』の第八会・重閣講堂会(じゅうかくこうどうえ)でした。
 『華厳経』の三分の一を占める大長編「入法界品(にゅうほっかいぼん)」の箇所で、善財童子が53人の善知識を訪ね、ついに真理の世界(法界)に入るまでが描かれています。

 そこで、昨日高田短大での仏教専門講座を終えて帰宅してから、大角修氏の『善財童子の旅』(春秋社)を読みました。

 スダナ・クマーラ(善財童子)が訪ねる53人は、お医者さんだったり、大富豪だったり、王女や、仙人や、香料商や、美しい聖少女や、航海士や、遊女や、女神など、本当に職業も地位も年齢も性別もさまざまで、おもしろかったです。特に、暴虐の王アナラの殺戮には驚きましたし、お釈迦様の母親のマーヤーが出てきたのも驚きでした。

 はじめは、細田守監督のアニメ映画「バケモノの子」で、九太が熊徹たちと各地の宗師を巡る場面のようなイメージで読み進めていましたが、その内、法蔵菩薩のことが思い起こされました。

 法蔵菩薩が、世自在王仏に二百一十億の諸仏の浄土を見せてもらって、それぞれの浄土のいいところとそうでないところを選んでいったのは、ちょうどこんな感じだったのかなぁ、と。

 住んでいるところも、説く教えもそれぞれ違う53人の善知識たちを訪ねるスダナと一緒に、自分も旅しているような気分を味わえました。

 その後、夜7時半から、月例法座を始めました。昨晩は寒かったですが、寒い中、ようこそお越しくださいました。
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あれ、十一光??

2016年07月30日 | 聞法会・月例法座
 今日は、聞法会でした。今は、本願寺出版社の『浄土真宗聖典 浄土三部経 現代語版』の『大経』を読んでいます。

 

 今日は、その50頁からでした。阿弥陀仏の光明の話で、読み進めると、阿弥陀仏の別の呼び名がたくさん出てきました。

 

 そこで、それをすべて、ホワイトボードに書き写しました。無量光仏、無辺光仏…

 そして、「では、いくつあるか、数えてみましょう」と言って、数えてみました。

 「…9、10、11。…あれ? 11?」

 十二光の話をするつもりが、11しか見つかりませんでした。あれ? 『大経』では11なんだっけ?

 仕方なく、正信偈を見てもらって、十二光の説明をしました。

 聞法会を終えてから、再度確認してみました。

 

 やっぱり、11。念のため、他の本でも確認。

 『真宗高田派聖典』…あれ? 12?

 『註釈版』…やっぱり、12。

 他にもいろいろ確認した結果、やっぱり『大経』には12光が書かれています。てことは、『現代語版』の脱字だったんですね。(^-^;)

 まあ、どうしても誤字脱字は出てきてしまうものではありますけどね~。ただ、ちょっと、ビックリでした。(^^ゞ

 ちなみに、『現代語版』は「9不断光仏、10無称光仏」となってますが、それは間違いで、「9不断光仏、10難思光仏、11無称光仏」が正解です。
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華厳経

2016年07月16日 | 聞法会・月例法座
 今日は、月例法座の日でした。

 先月までは『法華経』の言葉を読んでいましたが、今月から『華厳経』に入ります。

 今回読んでみて、ちょっと『華厳経』のイメージが変わりました。

 今まで、十玄縁起などから、私は『華厳経』に対して、思弁的なイメージを持っていました。ですが、今回、「多聞」についての批判や、浄行品での具体的な実践法などを読んで、結構実践的なんだなぁ、と考えを新たにさせられました。

  「多聞とは、たとえば、大勢の人の前に立って、立派なことを言いながら、自分はそれができない人のようなもの。知識を多く持っているだけでは無意味なのだ。」(『大阪のおばちゃん超訳 ブッダの言葉』110頁)

 いくら知識を多く持っていても、それを実践しなければ、意味は無い。その通りですよね。

 『華厳経』、おもしろそうです。

 
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常不軽菩薩

2016年06月16日 | 聞法会・月例法座
 今日は、月例法座でした。今回は、『法華経』の常不軽菩薩品に出てくる言葉を学びました。

 常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)とは、「どんな人でも仏になれる」ということを広めたくて、頼まれてもいないのに、いつでもどんな人にも礼拝していた人です。『法華経』には次のように書かれています。

 昔、常不軽という菩薩の比丘(びく)がいました。なぜ「常不軽」というのかというと、この比丘は、仏教徒を見ると誰にでも礼拝して、次のように誉め讃えたからです。

 「私は深くあなたを敬います。決して軽んじません。なぜならあなたは菩薩の道を行じて、必ず仏になるからです(我深敬汝等。不敢軽慢。所以者何。汝等皆行菩薩道。当得作仏)」

 言われた人の中には、「仏になるなどとデタラメな預言をしてくる」と言って、怒り出す者もいました。なかには、棒で打ってきたり、石を投げつけたりする者もいました。そんなとき、この比丘は、その場から走って逃げ、遠くからなお大声で叫ぶのでした。「私はあなたを軽んじません。あなたは必ず仏になります」と。

 この比丘は、臨終時に法華経の教えを聞いて、寿命が延び、その教えを説くと、今まで彼を軽んじ石を投げつけていた者も、彼に付き従うようになり、多くの人々を悟りへと導いたのでした。

 釈尊は、この常不軽菩薩の話をした後、こう言います。「この常不軽菩薩こそ、私だよ」と。そして、「この常不軽菩薩を軽んじていた者こそ、今、この場で私の話を聞いている人たちだよ」と。

 この話は、法華経の功徳と、釈尊の寿命が無限であることを説いたものですが、なかなか示唆深いな~と思いました。

 「あなたは必ず仏になります」と言い続ける常不軽菩薩と、彼の言葉を信じず、石をぶつける人々……これって、阿弥陀仏と私たちの姿のようではないですか?

 「必ず仏にします」と言ってもらっているのに、それを信じず、迷い続ける私たち。愚かな自分の姿をまた、気づかせていただきました。

 今日は、このほか、宮沢賢治や斉藤宗次郎の話をしました。これらの話も、またいつか時間があれば、書きたいと思います。
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方便と真実

2016年02月25日 | 聞法会・月例法座
 今日は、午前中、本山で、伝灯奉告法会の打ち合わせがありました。

 午後からは、青巖寺で、聞法会でした。
 いつもは30日なのですが、2月は30日がないので、25日に行いました。

 今日は、第十八願、第十九願、第二十願について、お話ししました。

 「念仏で救われるというのは方便であって、本当はいろんな修行をいっぱいしないと救われない」と思われていたのを、親鸞聖人は反対に「いろんな修行をいっぱいしなさいというのが方便であって、念仏だけで救われるということが真実なのであり、仏の願いなのだ」と説かれた理由をお話しさせていただきました。
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ブッダの言葉

2016年02月16日 | 聞法会・月例法座
 今日は、月例法座の日でした。

 今日から、『大阪のおばちゃん超訳 ブッダの言葉』を読んでいきます。

 

 ただ、今日は本を用意できなかったので、コピーして、この本がどういう本であるかを説明しました。

 来月には、みなさんに本を用意して、第2章から、読み進めていく予定です。

 大乗仏教経典には、どのようなことが書かれているのかを、ざっくり知っていければ、と思っています。お楽しみに~♪
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第十七願の諸仏

2016年01月30日 | 聞法会・月例法座
 今日は、聞法会の日でした。

 ただ、ウチのお檀家さんではないのですが、今日は小山でお葬式があったので、少人数になりました。

 そこで、テキストを進めていくのではなく、第十七願に出てくる諸仏とは誰のことか、についてお話しさせていただきました。

 藤場三津路さんや平野恵子さんや青巖寺のお檀家さんの話などを通して、仏とは何か、諸仏とは誰か、について。

 その諸仏が、私たちをお念仏の信心へと導いてくださったのだ、と。

 来月は、第十八願などについて、お話しさせていただきます。
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