夜明けの曳航

銀行総合職一期生、外交官配偶者等を経て大学の法学教員(ニューヨーク州弁護士でもある)に。古都の暮らしをエンジョイ中。

東野圭吾『幻夜』『白夜行』(ネタばれ注意)

2004年09月23日 | 読書
1.幻夜
少し前になるが、東野圭吾『幻夜』を読んだ。
これは、『白夜行』の続編ともいえる作品であり、これを読んで、東野圭吾という作家を見直したきっかけになったのだが(どれくらい感心したかは以下に感想文を添付)、『幻夜』はどうもいただけなかった。『白夜行』では、主人公二人の魂が寄り添っていたのに、『幻夜』では、男が女に一方的に利用されるだけで、せっかくの傑作である前作まで台無しになるような後味の悪い作品だった。

ちなみに、「見直した」というのは、彼の昔の江戸川乱歩賞作品『放課後』についてはそれほど感興を覚えなかったからだ。
私は、江戸川乱歩賞作品を、小説が対象になってから最初の受賞作仁木悦子『猫は知っていた』から、昨年までのものを(今年のは図書館の順番がまだ廻ってこない)全部読んでいる。
最近は質が落ちてきたが、昔の受賞作品はすごかった。
トリックや人間心理の描写が卓越しているだけでなく、『写楽殺人事件』では写楽の正体についての謎解き、『20万光年の孤独』には、考古学等、ミステリーを切り離しても、十分通じる世界が描かれていたし、『伯林1888年』では森鴎外、『猿丸幻視行』では折口信夫という著名文学者が主人公だったりして、重厚な作品世界を作り出していた。『アルキメデスは手を汚さない』の小峰元の作品(古代哲学者の名を冠したもの)も全部読んだけど彼は筆を折ったのだろうか?
一番すきなのは、大谷羊太郎の『殺意の演奏』。
高校の文化祭でミステリー劇の脚本を担当したのだが、この作品のトリックがあまりに気に入っていたので、トリックだけ使わせてもらった。
今はトラベルミステリーで荒稼ぎしている西村京太郎も、乱歩賞作品は『天使の傷痕』という、障害者差別を扱うきわめてまじめな社会派の作品だった。
そういえば、桐野夏生についても、受賞作品『顔に降りかかる雨』はそれほど感心しなかったが、『OUT』で示された才能には驚嘆し、今では全ての作品を読破している。最近では東電OL事件をモデルにした『グロテスク』に心酔した。

2.白夜行
普通、小説を読むということは、書いてある内容を鑑賞することであり、読者は受身であり作家は書く文章だけで勝負しなければならない。そうした常識を覆し、書かれていないことこそ最も重要であり、読者は想像力を総動員してそこで何が起こったかを推量するという、いわば読者の想像力が主役の小説である。革命的な手法ではないだろうか。
「白夜の中を歩くような人生」を生きる男と、彼を「太陽のかわり」として「陽のささない人生をやっと生きてきた」女の、出会いから別れまでの約20年間の魂のふれあいをを綴る作品だが、二人が実際に会っている場面は一度もなく、彼ら二人による完全犯罪の被害者たちの経験のみを語り、その背景にある二人の瀕死の魂の結びつきを読者に想像させる。そのうちに、読者にも次第に主人公の影にもう一人の主人公が寄り添っているのが見えるようになり、胸を締め付けられるような思いがしてくる。彼らを負う刑事が「君は本当に『一人』なのか」と思わずつぶやくように。
また、少なくとも4人の殺害、強姦、窃盗等の凶悪犯罪を描きながら、ミステリーでなく清冽な純愛小説の読後感を与える点も特異だが、それは、幼い頃、二人が大人の酷い仕打ちを受け「魂を奪われ」て以来、「自分たちの魂を守る」ためにしてきたことだと納得できるからである。
さらに、1970年代から90年代の、オイルショック等の事件やヒット曲等の社会風俗が丹念に描写されている点や、電気工学科出身の作者らしくコンピュータ・ソフトの偽造、ネットワークへの不正侵入など、IT技術の進歩に伴う彼らの犯罪の進化も緻密に描いている点も、特筆に価する。鋏、切絵細工、小物入れ、キーホルダーの鈴といった小物使いのテクニックも出色。
自分もこの作品に参加したのだという快い疲労感とともに、聖夜のラストシーン、ジングルベルの音がいつまでも読者の胸に響く。果たして二人の魂は救済されたのであろうか。
 
3.他の作品
本格的に読み始めたのは『白夜行』以来だから、そんなに読んではいないが、
『秘密』(映画化)『分身』(1993年作品だが最近胚移植による生殖医療が現実化しており、時代を先取りしていたんだなあ)『殺人の門』『ゲームの名は誘拐』(藤木直人で映画化)『手紙』『超殺人事件』(一部が『世にも不思議な物語』西村雅彦でドラマ化)。
どうも最近の作品では、他人を意のままに操る人間の悪意が描かれているような気がする。
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