もったいない・ご恩返しの心を!太田清蔵の世界世直し運動

地位と名誉と資産と収入を一番大切にする自己中心主義を替えて、戦争とテロと貧乏と病気と麻薬撲滅に全力集中

日本の外貨準備金と海外援助③ ~中曽根康弘首相とレーガン大統領の約束

2009年07月15日 19時23分42秒 | トンチン年金
 中曽根さんは、1982年から1988年まで総理大臣をやっておられました。その間に、アメリカではレーガンさんが80年から88年まで大統領をされ、最後の6年間がお互いに大統領と総理大臣として交流を深めました。
 1987年(昭和62年)にレーガン大統領が中曽根首相をワシントンに呼び、かつて福田赳夫がカーターと約束した20兆円ずつの話をします。15年も経っているので計算し直すと、300兆円をODAで外国に出さないと、不公平になるよということで、中曽根さんは
「日本で特別立法をつくって日銀券とは別に政府発行貨幣で出すことになっていて、それが貯まりたまって1000兆円になっている。だから、1000兆円のうちの700兆円は、日本の国民年金、厚生年金の赤字分、538兆円と、建築基準法の改定をやらなければならなくなり損をさせた262兆円、あわせて700兆円は日本の国内で生じた赤字のために使って、残りの300兆円を世界の困っている地域を支援するために使う。これらは法律で決まっているので心配しないで下さい」
 と、約束させられたのです。しかし中曽根首相が帰るなり、大蔵省と厚生省から、
「そんなことをしたらハイパーインフレーションになるから駄目だ」
 と言われてしまいました。結局、それも実現しないまま、外国に対する援助というものは途絶えてしまった。

 ところが、この話はこれまでにも幾度となく話してきました、ダクラス・マッカーサー元帥につながります。(マーシューペリーが観た日本の武士道)

 この話も以前しておりますが、乃木将軍の大変な信奉者であったマッカーサーの居室には生涯、乃木将軍の肖像画が飾られていたといいます。それにも係らず、ルーズ・ベルト大統領から日本を叩き潰せ、原爆を使えと言われて、2発も落とされたわけですが、しかし、マッカーサーは、そのことに対する申し訳なさでいっぱいだったわけです。いてもたってもいられない気持ちだった。これは、戦争が終わってからマッカーサー自身が言っていたことです。どうしたらお詫びをすることができるかと考えます。
(太田清蔵勉強会『もったいないご恩返しの会』2009年6月19日スピーチより)

日本の外貨準備金と海外援助② ~福田赳夫首相とカーター大統領の密約

2009年07月14日 22時12分41秒 | トンチン年金
 実は、当然、そのへんのところは、そんな勝手なことを民間の連中にやらせるわけにはいかないと言っておりますが、しかし、このことは、1978年頃、時の総理であった福田赳夫さんがカーター大統領からフィンランドの首都カトマンズに呼ばれ、
「日本はいま海外でもって非常に利益を上げて外貨準備金がたくさんある。英米両国が外貨準備がたくさん余っていたときに、何に使っていたかというと、GNPの6~8%を世界の安全保障に使っていた。ところが、日本は安全保障はアメリカに任せて1%しか出していない。英米両国は世界一の外貨収入のときに、GNPの2%をODAとして困っている国に出してあげることにして、安全保障と困っている国に対する援助両方を合計すると、GNPの8~10%を出していた。だから、日本も外貨準備がある間に、安全保障は1%で仕方がないとしても、少なくともこれだけ外貨収入が多いのであれば、0.13から0.28しかODAに出していないことになるから、英米並みに4%まで、つまり500兆円の外貨収入から毎年20兆円ずつ外国に対する援助費として出してもらいたい」
 と言われた。
そのときに福田赳夫さんが、お答えなさったのは、
「日本がいま財政的に非常に苦しくなって国債をたくさん出しているので、この国債の出している率が減って、外貨準備金が十分に他のことに使えるようになったら早速、20兆円ずつ出しましょう
 ということであっのです。
 ところが、実現する前に福田内閣は退陣し、大臣も変ってしまったので、結局そのままになってしまいました。
(太田清蔵勉強会『もったいないご恩返しの会』2009年6月19日スピーチより)

日本の外貨準備金と海外援助

2009年07月13日 18時37分37秒 | トンチン年金
これまでにも何度かお話しして参りましたが、イタリアの数理経済学のトンチンという方が17世紀に出まして、それまで年金というのは付加式年金といいまして若い人が保険料を払って年寄りがそれを受けるというやり方でした。しかし、若い人は多くて年寄りが少ない場合には、そうした年金は可能ですけれども、若い人が少なくて年寄りのほうが多い場合、今の付加式年金ではつぶれるのを待っているしか方法がないです。そういうやり方ではない、同じ世代同士で年金を構成しようということで、1689年(ルイ王朝時代のフランス)にトンチ(Tonti)という方は、元金はいろいろな形で契約者に戻るような形にして、後の利息や配当金だけは、最後まで長生きするほどたくさんもらえるという方法を編み出しました。そういうやり方でやれば、長生きの奨励策にもなるではないかということで、提案しました。
それを聞いて一番喜んだのは、フランス革命の犠牲者になられたルイ14世という王様でございました。これでやれば、カネが集まってしょうがないという状態にもなるというわけで、早速始めたのはいいのですが、当時は戸籍も整備されていませんし、当然コンピューターなどはなく、何から何まで手作業の時代でしたから、結局すぐに行き詰って破産してしまいました。
それを見たある小説家が、フランスのルイ14世がトンチン年金を始めたら、同じ年齢同士で殺し合いを始まって、殺し合いが途絶えなくなり、その結果フランス革命が起きたんだというような筋書きにしてしまった。ヨーロッパやアルリスでは、今でもトンチン年金というと、同じ年代同士の殺し合い年金だと信じている方が過半数なのです。

ところが日本においてこのトンチン年金、一ツ橋大学をお出になって今生きていらっしゃったなら百歳を越えていらっしゃる元日本興業銀行頭取・会長であり経済同友会の代表幹事をされました、中山素平先生が提唱します。
「日本は戸籍がしっかりしているし、また日本のように外貨準備金が余っているところでは、この外貨準備を世界の困っている国に渡すためには、このトンチン年金が一番よい。大蔵省、厚生省は、このトンチン年金を、国民年金、厚生年金といった付加式年金に代わって変えるべきだ」
ということを訴え続けられました。
しかし、それに対して、日本の大蔵省並びに厚生省は、そんなことをしたら、ハイパーインフレーションが起こって止まらなくなるから駄目だというようなことで、外国でやったことのないものはやれないとした。
今度は日本経済復活の会会長の小野盛司さんと、筑波大学の副校長から新潟の国際大学の学長におなりになった宍戸駿太郎先生方が中心になって、それをもってひとつの、世界共通のテーマを取上げるようになれば、日銀発行券とは別の政府発行貨幣を発行することができるから、これを我々にやらせてもらいたいということを言っていらっしゃいます。
ということで、外貨準備金と外国支援に関連したことを少しお話ししたいと思います。。(太田清蔵勉強会『もったいないご恩返しの会』2009年6月19日スピーチより)

「もったいない・ご恩返しの会」第6回会合・太田清蔵スピーチより④

2009年04月09日 19時34分16秒 | トンチン年金
それで、私はバカな男ですから、そのときなすぐにアメリカに飛んで行きまして、アトランタの世界一の民主党の党本部の解体をやりますCNNのテッド・ターナーに向かって、
「あなたの会社は、赤字だらけでどうにもすることができないから、日本のトンチン年金をやった儲けでそっくり買ってあげるから、アトランタの本部をよこしなさい。そうすれば、私はあなたのようにケチではないから、民主党の全国大会も全部タダでやらせてあげるよ」
そこまで言いました。そうしたらさすがにテッド・ターナーがカッとなったのでしょう、
「ダメ!」
と一蹴されました。
そこまではよかった。そこまではよかったけれども、また図々しい私は、ワシントンの連邦弁護士会総本部のホールを買ってしまいました。そうしましたら、どこからともなく、「太田を潰せ!」という掛け声がかかってしまいました。

「もったいない・ご恩返しの会」第6回会合・太田清蔵スピーチより③

2009年03月18日 14時05分01秒 | トンチン年金
ところがそれに対して大蔵省と厚生省は、「その国がやらないことは怖くて出来ない。やらない」といって蹴散らした。それで蹴飛ばした結果、今どのくらいの赤字が国民年金・厚生年金にあるかというと、538兆円の赤字です。その赤字を、増税と年金の減額で誤魔化して全部消してしまおうということを言ってらっしゃる。それに対して、そんなことをしなくても、簡単に日本の資産でもって払うことが出来ますよと言っていらっしゃるのは、日本経済復活の会会長の小野盛司さんと、筑波大学の副校長から新潟の国際大学の学長におなりになった宍戸駿太郎先生です。
ところが大蔵省も厚生省も絶対にそれを認めないですから、そこで中山素平先生は、私のところにおいでになりまして、
「あなたは変わった社長だから、世界中らも変人だということで有名だから、あなたのところで変人代わりに私の言っているトンチン年金をやんなさい。私は自信をもってあなたにやらせる」
と言われました。
「中山先生がおっしゃったら問題ないですから、やりましょう」
ということで、1978(昭和53)年にトンチン年金を日本で一番最初にやらせて頂いたら、これが成功し、すると日本中の生命保険会社と郵政トンチン年金、農林かんぽトンチン年金、NTTトンチン年金これは役人の年金ですが、これらも全部トンチン年金でやり始めて、トンチン年金は一気に広がりました。その結果が、中山素平先生がおっしゃった通り、外貨収入が大きいですから、ものすごい黒字になりました。

「もったいない・ご恩返しの会」第6回会合・太田清蔵スピーチより②

2009年03月09日 18時47分38秒 | トンチン年金
トンチン年金が潰れたことが面白くないからと、ある小説家が、
「ルイ14世がトンチン年金を始めたら、同じ年齢同士で殺し合いが始まって止まらなくなった。だからトンチン年金は殺し合い年金だ」
ということを世界中に銘打ってしまい、アメリカやヨーロッパ全体がそれを信じてしまうようになりました。今なおです。ですから、それを実は、元日本興業銀行頭取から経済同友会の代表幹事になられた中山素平先生が、
「その当時は今から200年前ですから、当然事務的に出来ないことでしたし、法律的にも出来ないことでした。しかし現代は日本の戸籍は世界一ですし、日本の電算機も世界一です。日本の東京理科大学のメンバーでもって応援しましたから、日本の大蔵省と厚生省は世界一の外貨収入があるので、それでもって世界に対してたくさんのODAを出すことができるので、これでやりなさい」
といったことを、大蔵省・厚生省に対してものすごく強く仰った。それはちょうど1975年、私どもの東邦生命のビルが出来た年です。
(つづく)
2009.2.18日スピーチ

「もったいない・ご恩返しの会」第6回会合・太田清蔵スピーチより①

2009年03月03日 15時44分18秒 | トンチン年金
17世紀に世界の数理経済学者のトンチさんというイタリア人が、
「今の年金はみんな若い人がお金を出して、それをお年寄りがもらうという仕組みになっているが、どんどんお年寄りが増えて若い人が減っていくと、赤字になってしまう。先々ダメになることがわかっている」
と、それまでとは正反対の、同じ年代同士で助け合う『トンチン年金』というものを考案して世界に発表したのです。

元金は全部ご本人に戻すけれども、利息配当金は生き残った人のほうへどんどん繋いでいくという、そういうやり方です。

従って、くやしかったら長生きしろ、足りないものを国からとるなどと、そんなバカなことはしないというものです。

ところがそれを知ったフランスのルイ14世が、
「これは、こんなに素晴らしい年金があるんだったら、早速フランスでやろうじゃないか」
と言って、早速取り上げたのはいいのですが、その頃は戸籍ははっきりしておりませんし、何より電算機などもありませんから、事務的に何も出来ないので、『トンチン年金』はすぐに潰れてしまいました。

(つづく)
2009.2.18日スピーチ

健全財政の上に立った対外大型援助を可能にするためトンチンの国債発行で諾悪の根源を絶つ提案⑥

2009年02月24日 15時33分59秒 | トンチン年金
銀行・生保は夫量の海外資金を帰国させ為替高値安定が可能に

現在海外に直接産業資金として投資させている約五百億ドル(十兆円)は別として、債券や貸付、あるいは単なる思惑買いをしているような不動産は、六十兆円の肩替りとしてかなり大量に海外から引き上げざるを得ない、と思います。
 現在主要債務国の債務超過額総計が、一兆ドル三百兆円一で、一九九〇年までには元利共に一兆五千億ドルになるだろう、と言われています。
 それにアメリカが昨年から債務超過国に転落して、今年末には一千億ドル、一九九〇隼には一兆ドル債務国になってしまい、総計で二兆五千億ドルの債務超過が予想されます。
 日本の金融機関が世界から引き上げる分は六十兆円一三千億ドル一のうちのどのくらいになるかわかりませんが、もしも急激な引き上げをしようとすれば、為替市場と金融市場に大変な圧力をかけることになる、と思うので慎重に時期を見ながら返さなければなりませんが、このドル売り援軍は、円高誘導に熱中しておられる日本の大蔵省・日銀にとって、またとない援軍になると確信します。
 ただしアメリカ側の反応にも現れているように、円高誘導はそれだけでは、決して世界、ことに日米の貿易アンバランス解消にほとんど効果は期待できない、と思います。したがってこれからの日米関係は、単に売り言葉に買い言葉式の反駁外交に終止するのではなく、日本が世界の経済安定と繁栄に、どのような哲学をもって望もうとするのかをはっきり提示する必要があります。
 十九世紀のイギリスも、二十世紀第三四半期までのアメリカも、世界の工業生産基地として、膨大な貿易アンバランスをなしていたのですが、その余剰金をもって世界の経済をどのように切り盛りするか、自国中心でない哲学をもっていました。
 世界が今日本にいちばん求めているのは、世界に対する日本のこの哲学であります。さもなければ、日本が世界経済を崩壊させる元凶扱いを受けることになるでしょう。(一九八六年四月十五日)。
(太田清蔵著『米ソ二者択一より世界緑化を』毎日新聞社刊より)

健全財政の上に立った対外大型援助を可能にするためトンチンの国債発行で諾悪の根源を絶つ提案⑤

2009年02月23日 13時40分52秒 | トンチン年金
六十兆円の公共投融資不足分を民間金融機関資金で穴埋め

 六十兆円の国債を一挙に不償還国債で整理してしまうと、郵貯・簡保がこれまで受け持っていた六十兆円の公共投融資を民間の銀行・生保で肩替りしなければなりません。
 もしもその利息が貯納金者に対して支払う利息及び経費に満たない場合は、その不足未満額を国庫が郵貯・簡保に補助していたと同様に補助しなければ、負担しただけで民問金融機関は破綻してしまいます。
 一方また、貯納金の半分をトンチン国債化した場合、将来コンピューター計算による生存している方々に対する配当金給付事務は残りますが、通常事務としては半分になってしまうので、前記の共済社会作りに民保と共々、積極的施行者として参入されることが期待されます。
 と同時に大蔵省の財政統治の原則にもかかわらず、公共投融資分についての執行権は大蔵省よりも国会にありますから、六十兆円その他今後国会管掌事項は、従来の大蔵省・日銀と民間金融機関との密接な関係でなく、新たな路線で国会の指導製肘を受けることになりましょう。
 半面一回の徳政令でこれまで伏魔殿といわれた郵貯・簡保が、これからは天下晴れて晴天白日の下に再スタートするのですから、コンピューターの連動によって国民の納得のいく公平な運用に変化すると思います。
 したがって、公平原則の上に生まれ変わった郵貯・簡保に対して大蔵省・日銀や民間金融機関は、これまでの資金にはクレームをつけられないことにもなって、官業と民業のよい意味での協業と競争が再スタートすると思います。(太田清蔵著『米ソ二者択一より世界緑化を』毎日新聞社刊より)

健全財政の上に立った対外大型援助を可能にするためトンチンの国債発行で諾悪の根源を絶つ提案④

2009年02月20日 15時02分53秒 | トンチン年金
INSと高齢化社会演出者としての郵貯・簡保と生保
 
 簡易保険が個人終身年金を始めてからすでに六十年以上経っていますが、短命だった当時の日本と異なり、世界一の長寿国になった今日の日本で、簡保も民保もこの終身隼金が花型商品になったことはご同慶の至りです。
 しかし、郵貯・簡保、生保の施行者は、高齢化問題を単に募集・集金・給付という金銭によるものだけでなく、国の財政投融資を厳しい予算枠で抑えられるようになった現在では、高齢化社会をどのように演出するかが任務であると言えましょう。
 明治の昔、郵便の搬送だけでなく生活の各般における出合い連絡の場であった駅逓の制度は、INSやVANが誕生して国民の一人一人が手慣れない機械と対置するのでなく、専門的な機械を扱う人々と地元の人々とのふれ合いの場、お世話の場がこれから絶対必要になってきましょう。
 最近、大分県竹田の付近の久住町で、郵政の方々が高齢化した一人一人の面倒見運動を始めて注目を浴び、住民の皆さんから期待と喝果を受けておられます。
 これまでの郵貯・簡保と生保の敵対関係を解消して、このような自治体を中心とする地域共済社会の演出者として任務をおびて手を握るようになれば、無限の仕事が開けてくるのではないでしょうか。(太田清蔵著『米ソ二者択一より世界緑化を』毎日新聞社刊より)