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すべって転んで、今は幸せ

いつだって、今が一番でいたい! 気分はいつも二十代。みずみずしい感性を持ちたいね。

USCPA受験ドタバタ記ーその2

2006年01月11日 | 仕事とUSCPA
バーミリオンは、「田舎のカレッジタウンとはかくあるべし」というような超田舎町だった。地元で唯一のホテルに泊まったにもかかわらず、ルームサービスもレストランも無し。要するに、ちょっと気の利いたモーテルだったのだ。近隣にレストランもなく、食事が一番困った。タクシーでどこかのレストランに食事に行こうにも、町にはもともとタクシー自体が存在しない。あるのは、葬式と結婚式の際のリムジンサービスくらいのもの。幸いモーテルの近くにスーパーマーケットがあったので、そこで果物などを調達し、後は日本から持参したカップラーメンとインスタント味噌汁で5日間を食べつなぐという、悲惨な食生活となった。

さらに困ったのが、泊まっているホテルから受験会場のサウス・ダコタ大学まで遠かった事。事前の調査では「近い」と聞いていたのだが、彼らの言う近いは「車で行ったら」という不文律が付いていたのだ。試験前日に歩いて下見に行ったら、片道30分は優にかかる。試験は午前8時には開始となるから、7時半には会場で受付を済ませていなければならない。「こりゃたまらん」と思い、ホテルのマネージャーに掛け合って試験当日2日間は車で会場まで送ってもらった。唐突だが、この時ほどアンチエージングの重要性を感じたことはない。私はこの時30代後半;

マネージャー氏「どっから来たんだい?」
otaka 「極東の果て、日本から」
マネージャー氏「そりゃ、随分遠くから来たね。大学生かい?」
otaka(ウグ、えぇい、ダメモトでブリッコしちゃえ)「うん、東京の大学生」
マネージャー氏「そうかぁ、若い内は色々なことに挑戦しなくちゃな。送っててやるよ、試験がんばれよぉ!」

誠に持って美しき誤解。日本人は若く見られるって本当だったんだ!(って、ホントか?) ちなみに、かのマネージャー氏は、私より実年齢は5歳は若かったと思う。

更なるハプニングはまだあった。受験票にNotarization(公証)が必要だと分かったのが現地に入ってから。あわてて電話帳でLaw office を探し、公証してもらって何とか事なきを得たが、Law office では料金を受け取ろうとしない。「お金のない大学生の公証はタダでしょっちゅうしてあけてるから」てな調子で、東洋から来た訳の分からん受験者からもお金を受け取ろうとしないのだ。どうやらここでも、貧乏でかわいそうな大学生と思ってくれたらしい。
(to be continued)

USCPA受験ドタバタ記ーその1

2006年01月08日 | 仕事とUSCPA
私が米国公認会計士の試験に合格したのは 1997年、30代後半の時のこと。試験は全米共通のユニフォーム試験だから、特に簡単に受かる州というのは無いのだが、州毎に受験資格が異なっていて、外国人や居住者以外の受験を受け付けていない州が半分以上はあったと思う。

当時、日本国内の受験予備校は、日本人が受験しやすい幾つかの州(モンタナやアラスカ、グアム)にツアーで受験生を連れて行っていた。しかし私は取得単位数の関係から、どのツアーにも参加できず、自力で受験地を探すところから始めなければならなかった。 居住者以外の受験を認めている全ての州に手紙を書き、受験に必要な科目の単位数などを確認し、最終的に受験できるところはサウス・ダコタ州しかないことが判明した。

受験地は、Sioux Fall(スーフォール)郡バーミリオンにあるサウス・ダコタ大学。アメリカ人に聞いても「それどこにあるの?」と反対に聞かれるくらいの田舎町。住所こそサウス・ダコタ州だが、空港はアイオワ州スーシティ空港の方が近いという、誠に持ってややこしい場所にある。

まずミネソタ州のミネアポリス空港近くに2泊し、時差ぼけ解消を図り、3日目に改めて国内便でスーシティに飛んだ。ところが、スーシティの空港についてから、待てどくらせど搭乗時にあずけた荷物が出てこない。あまり暗くならないうちにバーミリオンに到着したかったので、見つかり次第スーツケースをホテルまで届けてもらう約束で一足先にホテルに向かうことにした。結局、深夜になって荷物が見つかり配達されてはきたものの、受験を目前に控え、慣れない土地で、不安におののきながら、何度その航空会社に催促の電話を入れたことか。それ以来、私はこの航空会社のことをNorth Worstと呼んではばからない。

スーシティ空港は、日本の田舎のJR無人駅を思わせる小さな空港で、タクシーなんて常駐していない。車が必要なら皆レンタカーを借りるのだが、不幸にも私は国際免許なんぞは持っていなかった。電話でタクシーを呼んで待つこと小一時間、さらにバーミリオンまでは延々と続くトウモロコシ畑の中のフリーウエーを2時間近く、まるで地の果てに向かって、奥へ奥へと進み入るような感じだった。