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気ままな散策に出かけた寺神社、風景、人、城跡、歴史建物、花などです。写真は他に転載禁止

作手村の散策

2005年10月28日 | 神社と寺関係

愛知県作手村の散策に行って来た。(合併で新城市)

歴史民族資料館にて説明を受けてから出発。

作手歴史民族資料館

甘泉寺、現地説明板

右 開山堂と鳥居強右衛門勝高の墓

長篠の戦いで武田勝頼軍が1575年長篠城を包囲し防戦したのは作手亀山城主奥平美作守貞能の婿男貞昌氏21歳で、攻防し5月14日城中の食料が尽きて岡崎の家康に援軍に走ったのが、強右衛門であり帰り道で捕らえられた。

現地説明板、コウヤマキ。樹齢600年樹高27メートル。

コウヤマキ、左下で絵を書いている二人がいた。

静かな寺であった。

次に善福寺へと

善福寺仁王門

現地説明板。仁王像は運慶の作といわれているが保存状態はよくない本物かなー

右の仁王像、蜜蜂の巣になっている。腹の穴から蜂が飛んできて注意。

善福寺本堂。

仁王門から下って来たところで蝶をとった。名前わかりません。

次は、三河の発祥と言われたところへ

巴山の白髪神社鳥居。ここから10分くらい登る。標高719メートル

説明板、巴山三川分流碑。巴山は分水嶺として豊川、矢作川、男川が流れている三川分流碑は三角の形の石で立っている。説明板は額田町文化保護委員会と記載されている。国境になるのか、

右の碑が三角柱で豊川の文字が見える。中央の石碑は巴山白髪神社の御神体である。巴印があるが写真では見えないかも。

 

三角柱の後ろから見ると矢作川男川の文字が読めるがその下に書かれている文字は読めない。

ここの山はハイキングコースで地元の人が来ていたが、三角柱はどこですかと聞いても判らなかった。三河の発祥の地なんですが-----

今日は作手の半日コースの予定で城巡りはやめて次の地へ移動した。

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