The Place

自分の言葉で、ゆっくり語ること

Day 2 雨が降ったら木陰で休め

2009-09-30 00:16:48 | 日記
朝の5時過ぎ、寒さで目が覚める。
部屋の中は、海の底のように冷え冷えとしている。
クーラーのリモコンが壊れていて、温度調節ができないせいだ。
オンかオフの2択しかない。
それでも、昨夜はぐっすり眠れた。
きっと、飛行機での移動やトゥクトゥクの運転手とのやりとりなんかで、疲れていたのだろう。

すぐに部屋を出て、朝のカオサン通りを少し歩く。
目についた食堂で、トーストとコーヒーの軽い朝食をとる。
熱いコーヒーを飲みながら外を眺めていると、ゴミの回収車がやってきた。
通りのあちこちに山のように積み上げられた黒いビニール袋を、次々に拾い上げていく。
その脇を、黄色い装束を着た僧侶達が、黙々と歩き去る。
朝の托鉢をしているらしい。
路上の隅では、中年の白人男性が、若いタイ人娼婦らしき女性と立ったまま抱き合っている。
一夜を共にし、今がお別れの時間なのだろう。
それぞれの朝の時間が流れていく。

朝食を食べ終えた僕は、タクシーでトンブリー駅へ向かった。
カンチャナブリ行きの列車の発着駅だ。
着いてみると、列車の時間までは1時間ばかりあることが分かった。
駅前には、大きなマーケットがあるので、列車の時間までそこを見て回ることにする。

朝7時のマーケットは、喧噪と鮮やかな匂いに満ちている。
様々な野菜、無造作に積み上げられた肉、原色のお菓子、店の人のかけ声。
見る物すべてが珍しく、歩いているだけで楽しい。

しばらくウロウロしていると、向こうから、楽器を演奏している二人組がやってきた。
一人は子供で、ポンポコと太鼓を叩いている。
子供の後ろには大人の男性が立って歩き、二胡のような楽器を弾いている。
太鼓のリズムに合わせ、二胡が単調なメロディを繰り返す。
よく見ると、子供と大人は短いロープで繋がれている。
大人の男性は、両目がふさがっており、どうやら盲目らしい。
日本で言う琵琶法師のような人なのだろうか。
その二人と僕はすれ違う。
すれ違う瞬間、僕は特に何も考えなかった。
だけど、ポクポクという太鼓のリズムだけが、僕の耳にしばらく残った。

マーケットの中で、僕は久しぶりの再会を果たす。
ドリアンだ。
ちょうど一人前がカットされて売られている。
迷わず買い、近くの路上でむさぼる。
これだ、この味だ。
僕がマレーシアに居た時に出会い、大好きになった食べ物だ。
しばらく口にしていなかったが、僕の中では、世界で最もおいしい果物であり続けた。
ずっと会いたかったよ、と心の中で呼びかけた。

そのうち、列車の発車時刻がやってくる。
ディーゼルらしき牽引車の後ろに、6両ほどの客車が連結されている。
車内は空いており、4人掛けのボックス席に一人で座ることができた。
列車は定刻通りに出発し、バンコクを離れる。
スラムを抜け、小さな町を通り過ぎ、しだいに景色は田園風景に変わっていく。
途中の駅では、籠に果物やお弁当や飲み物を乗せた物売りが乗ってくる。
クーラーこそ付いていないが、窓を開ければ心地よい風が入ってくる。
まどろんでいると、単調な線路の音と、売り子の掛声が遠くに聞こえる。
やはり、電車を選んで良かった。

2時間半ほど走って、列車はカンチャナブリに着いた。
ここでも、駅を降りてすぐ、タクシーやバイクの運転手がしつこく声をかけてくる。
でも、全部無視して、ゲストハウス街へと歩いた。
大した距離では無いのだ。
3件ほどゲストハウスを見て歩ってから、最も印象の良かった「Pong Phen Guesthouse」に泊まることにする。
エアコン付きの小さなコテージが1泊400バーツ(1000円程度)で、部屋のすぐ外にはゆるやかな川が流れている。
川のそばでは、水牛が草を食んでいる。
店員も愛想がよく、庭には小さなプールまで付いている。
プールの脇にはデッキチェア。
ゆっくり過ごすにはぴったりの場所だ。

昼食は、ゲストハウスの中にある食堂へ。
野菜チャーハンを食べ、パイナップルジュースを飲んだ。
食堂には、近郊の自然を見て回る日帰りツアーのパンフレットが置いてあったので、翌日のツアーを申し込む。
それから部屋に戻り、クーラーの効いた部屋で一眠りした。
午後3時頃に目を覚まし、プールへ行く。
水面には強い日差しが照りつけ、その中を白人のカップルが泳いでいる。
僕はデッキチェアでしばらく小説を読んでから、プールに入り、背泳ぎをする。
プールの脇の草むらでは、小さなトカゲがひなたぼっこをしている。
なんとゆったりとした午後だろう。

夕方になると、空全体を積乱雲が覆い始めた。
すぐに大雨が降りだしそうな雲行きだ。
部屋に引きあげてすぐ、土砂降りの雨が降り始めた。
コテージのそばの川の水面には、無数の波紋が広がっている。
そういえば、こんな雨の中で、水牛はどうしているのだろうと、ふと気になる。
川の向こうを見ると、水牛たちは急ぐように集団で樹の下へ向かって歩いている。
やはり水牛にとっても、大雨は迷惑なものらしい。
彼らは、木陰に入り、それからしばらく動かなくなった。
互いに身を寄せ合って、何も言わず、じっとしている。
その姿を見ていると、「そうか、雨が降ったら木陰で休めばいいんだ」と思った。
当たり前のことかもしれないが、その時は、なんだか何か大切な啓示を受けたような気分になった。

夜になってから、近所のレストランへ一人で出かけた。
チャン・ビールを飲み、海藻スープを食べ、ココナッツミルクとヤム芋のデザートを味わった。

帰りにタイ・マッサージの店に入り、1時間のコースを受けた。
足の指圧に始まり、腰をひねったり、首を伸ばされ、最後にはエビ反りのような格好までさせられた。
マッサージが終わった後は、なんだか新しい体に生まれ変わったような感覚になった。

帰り道、ネオンの看板には、ヤモリがたくさんくっついていた。
明かりに集まる虫を食べにやってきているのだ。
その光景が、どうしてか分からないけど、僕をすごく幸せな気持ちにさせてくれる。
僕は、一人で異国を旅する静かな充実感に満ちていた。