今までのエピソードはこちらからどうぞ
目次 
懐かしい喫茶室を前に、ぱぁっと表情を明るくさせたKを見て、一瞬で嫌な予感がしてしまった私。
しかし、Kはそんな私の嫌な予感を裏切ることなく、嬉しそうな顔をして
「なぁ、行った事もないフランス料理の店なんかより、こっちのほうがよっぽどいいよな?
こっちで食ってくか。」
と言ったのです。
私はやっぱり、と思いつつもその言葉には反応せず、押し黙っていました。
するとKは私に
「なぁ、上の(レストラン)食事をキャンセルしてこっちで安く食べさせてもらえるように頼めないかな?」
と言ったのです。
私は思わず小さく
「はぁ?」
と言ってしまいました。
Kが嬉しそうな顔をした時点で、もしかしたらこっちで食べたいと言い出すのではないかと思っていた私。
確かに、目の前にある喫茶室のほうが私達にとっては思い入れのある場所ではありました。
なので、キャンセルして喫茶室で食べたいと言い出すことに関しては予想出来ていたのです。
しかし、まさか安く食べさせてもらう(=上のレストランが特別価格だったから同じように割り引いてもらうという意味だったと思います)などと言い出すなんて、全く考えていなかった私。
一体何を言い出すのかと、また思考が停止しそうになってしまいました。
しかし、Kはそう言った後、自分でもそれはさすがに無理だと思ったのか、
「さっさと行こうぜ。」
とつぶやいて、エレベーターホールに向かって歩き出しました。
私は心底ホッとして、Kの後をついて行きました。
エレベーターの扉が開くと、私たちはゆっくり降り立ちました。
真正面にはレストランの入り口があり、その奥に一面ガラス張りの窓が見えました。
その入り口からでも、景色がきれいに見えるくらい、眺めのいいレストランでした。
入り口にはウエルカムボードのようなものが置いてあり、中ではボーイさんが行ったり来たりしていました。
私がゆっくり歩いて入り口に近づくと、その後ろをKがついてきました。
一緒にエレベーターに乗っていたスーツの男性にワンピースの女性のカップルも私たちの前にいて、中を覗いていました。
私はやはり自分の服装が恥ずかしくなり、上着の前をぎゅっと合わせるようにしてなるべくその人たちから離れるようにして立ちました。
するとこちらに気がついた年配の男性がこちらに向かってゆっくり歩いてきました。
そして、
「いらっしゃいませ。」
と静かに言ったのです。
男性は最初に前に立っていたカップルの名前を聞き、席に案内していきました。
そして、またすぐにこちらに戻り、私たちの名前を確認して席に案内してくれました。
黙って席に着き、あたりを見回すと、夜景がよく見えるように横一列に配置されたテーブルにはカップル達がずらりと並んでいました。
考えてみたら、私達が式を挙げたその日は大安の日曜日。
私達以外にも12組ほどいて、介添えの女性に
「今日は大変 人気のお日にちなんですよ。」
と言われていたのでした。
そんなことをぼんやり思い出すと同時に、周りの人の服装をちらりと見てみると、私達のような普段着で来ているようなカップルは1組もいませんでした。
私は気恥ずかしくなり、上着の裾をぎゅっと握り締めてうつむいてしまいました。
しかし、Kはいきなりタバコを吸い始めると、踏ん反りかえるようにして いすにもたれかかったまま、深く煙を吐いていました。
しばらくするとさっきの男性が花束を持ってやってきました。
「本日はご結婚1周年、まことにおめでとうございます。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎくださいませ。」
と言って私に花束を手渡してくれました。
私が花束を受け取り、Kの方をちらっと見ると、Kは無表情でじっとしていました。
正面にある大きな窓から、夕暮れの横浜の景色が広がり、とてもきれいだったので、思わず
「本当に綺麗だね~。」
とつぶやくと、それに対してKは尚も押し黙ったまま、そのうち目をつぶってしまいました。
それから更にしばらくして飲み物が出てきたので、とりあえず2人で乾杯をしたのですが、Kの様子は全くの無表情で、淡々とその場にいる時間を過ごしているという感じでした。
私はまたKの機嫌が良いのか悪いのか、そればかりが気になって来ていました。
最初に前菜が目の前に並べられると、Kはそっと目を開けてナイフとフォークを持って食べ始めました。
そんなKの姿をいちいち気にしながら食べ始める私。
しかし段々と
(何でこんな日にこんな思いをしなきゃいけないんだろう・・・)
という気持ちになり、バカバカしくなってきてしまったのでした。
私の為にレストランに来てくれたのはいいけれど、訳の分からない態度で居られても、ちっとも楽しくない・・・と思った私は、次第にムッと来てしまったのでしす。
このままKがそんな態度なら私も口をきかなくてもいい、そんな風に考え始め、出てきた料理を黙々と食べていました。
周りで楽しそうに談笑するカップル達に囲まれながら、微妙な雰囲気で黙々と食事を続ける私達。
心の中では何度もため息をつきました。
しかし、内心そんな風に思ってはいても、どうしてもKの機嫌が気になるのと、何としても記念日を楽しく過ごしたい気持ちが強かった私は、くだらないことを話しかけてはKの様子を伺っていたのです。
早食いのKはお料理が運ばれてくる度にさっさと食べ終わってしまい、次の料理が出てくるまでの時間を何となくもてあましていました。
そして、体中からこの時間がつまらないというオーラをかもし出していました。
そのうちKが
「なぁ、タバコを吸ってもいいか?」
と私に聞いてきたのです。
本来は食事中にタバコを吸うなど、してはいけないことは分かっていました。
しかし、何だかんだ言ってKの機嫌を優先させている私は、即座に
「いいよ。」
と答えていました。
Kは堂々とタバコに火をつけると、ふぅと息を吐いて
「やっぱりフランス料理は肩がこって嫌だな。来年こういう案内が来ても、もう絶対嫌だからな。」
と眉間にしわを寄せて言ったのです。
それはまるで私が強引に連れてきたから、来てやったとでも言いたげで、私は何だか腑に落ちない気分でますますムッとしてきてしまいましたが、この場で雰囲気を壊すのも嫌で、必死に我慢していました。
そんな風にして全ての食事が終わり、最後のデザートとコーヒーが出てきた時点で、席に案内してくれた男性がやってきて
「いかがでしたか?ゆっくりお食事はされましたでしょうか?」
と声を掛けてくれたのです。
私は作り笑いをしながら
「とても美味しかったです。有難うございます。」
と言うと、男性はちらっとKの方を見たので、Kもにこっと笑い、次の瞬間
「いやぁ俺らは式場はここでもこのレストランは初めてだからねぇ。
できればレストランが選べたらいいんだけどね。
ほら、下の喫茶室、あそこなら良く行ってたから、そっちのほうが良かったな。」
と言ったのです。
私は何を言い出すのかと隣でぎょっとしていました。
しかし男性はにこやかに
「そうでしたか、それは申し訳ございませんでした。しかしこれに懲りず、またいらしてください。」
と言ったのです。
そんな男性の態度に、調子に乗ってしまったのか、Kは
「実際こうやって同じ日に式を挙げた人たちと一緒に並んで食事ってのもねぇ・・・。
こんな風じゃないと思ってたから・・・。」
と、これまた訳のわからないことを言い出したのです。
私はKの言葉を遮るようにして
「お水をいただきたいんですけど・・・。」
と声を掛けると、男性はニコニコして
「かしこまりました。」
とその場を離れて行きました。
Kは知らん顔をしてまたタバコに火をつけました。
私はKが実はさりげなく雰囲気を壊そうとしているのではないかと思えて、何だかとても気分が悪くなってしまいました。
そして私達は静かにそのお店を後にしたのでした。
お店を出た後、車で家に帰るまでの道のりで、Kがまたレストランのことで何か文句を言ったら、私もいい加減切れてしまおうと思っていました。
しかし、Kは淡々と車を運転し、レストランにいた時のような態度ではなく、割と機嫌のいい雰囲気でいたので、私は悶々としていたのでした。
私は目の前に流れていく景色を眺めながら、
(この人はどうしてわざわざ雰囲気を壊すようなことをするのだろう?)
と必死に考えていました。
(普通なら自分が行きたくなくても行くと決めたらその場で楽しい雰囲気を作るよう努力するのではないだろうか?記念日なんだし・・・。)
そんな思いがどうしてもわきあがって来てしまうのです。
しかし、あれこれ考えているうちに、Kは元々行きたくないと言っていたレストランの食事に連れて行ってくれたことで精一杯だったのかもしれない、それなのに私がこんな気持ちになってはいけなかったのかもしれない・・・と反省してしまったのでした。
まだ心の中ではもやもやしていましたが、半ば必死にそう思い込もうとしていました。
そうしないとせっかくの記念日が台無しになってしまいそうな気がしたのです。
そんな私の気も知らず、Kはその後ニコニコしていました。
自宅に着いて、少しくつろいだ後、私が用意してあった小さなプレゼントを渡すと、Kは大喜びしたのでした。
そして、何事もなかったかのように静かに記念日は過ぎて行ったのでした。
私が記念日にこだわり過ぎ???
でも記念日にこんな微妙な思いをしたのはこの時が初めてでした。
実は私がモラハラという言葉を知って、自分の過去を綴り始めてからいつのまにか2年が経ちました。
それなのに
一向に進んでいないこの遅さ・・・。
待っていて下さる方もいらっしゃるというのに、申し訳ない気持ちです。
がっ、どうかお見捨てになりませんよう、これからもよろしくお願いします。
でもって、いつものも、お願い申し上げます。

