ツチノコで頭がいっぱい

幼児期に目撃したツチノコにより、その存在を確信。35年間ツチノコ捕獲に情熱を注ぎ、今までに4度の目撃体験あり!。

―― 茨城県のツチノコ PART Ⅰ――

2007-12-02 17:20:27 | Weblog
【画像の説明】
 
 私は数年前まで、手嶋会長率いる「未確認生物研究会」の面々と共に、週一度のペースで茨城県土浦市田村町へ赴いていた。最近は探索ポイントを多摩川河川敷に絞ってしまったため土浦から遠退いてしまっているが、決してこの地を忘れてしまった訳ではない。来春は再び出かけようと思っている。そもそもここに惹かれるのには理由がある。早い話が、ツチノコ目撃率が非常に高いからである。
 田村町は霞ヶ浦の北西部に位置しており、県道を挟んで南側は広大な蓮根畑で北側に里山が連なっている。この里山と平行する県道を数ヶ所で切通した先に集落が点在しているのだが、町というより村の集合体という感じのする地域である。
 この田村町の県道沿いにKYさんのお宅があって、ここに我々は足繁く通っていた。この家の庭先に立つと、県道越しに蓮根水田とその先に広がる霞ヶ浦が一望でき、その眺望の良さには幾度も心を癒されたものだ。その反対に、家の真裏は里山の一角をなしていて鬱蒼と繁った樹木に覆われている。このギャップが、相反する風景を造り上げていて不可思議な空間を形成しているのだ。そして、この鬱蒼たる樹木に覆われた裏山こそ、ツチノコの目撃多発現場なのである。
 
 それでは、画像の説明をいたしましょう。
 今から十年以上前の夏、このKYさんのお宅で祝い事があり、夕方を過ぎた頃には振舞い酒が出された。集まっていたのは近隣の方々だったが、その中に親類の男性でAさんの姿もあった。この日、Aさんは飲みすぎた所為もあって早々と生理現象に見舞われた。仕方なくトイレに立ち上がったAさんであったが、運悪くトイレは使用中である。そこでAさんは家の裏で用を足そうと、外へ出た。
 玄関先から庭の奥まで続いている石垣に片手をつき、バランスを保ったAさんは石垣に向け放尿しようと社会の窓を開けた。その時である。石垣の上で何かが動いたのだ。母屋から漏れる明りに照らされて浮かび上がったのは、異様に太く短いヘビであった。一瞬にして酔いの冷めたAさんは、これぞ噂に聞くツチノコに違いない、咬まれては大変と、逃げ腰になった。その刹那、怪蛇が半身を捻るようにして跳びかかってくる気配を示したのだ。慌てたAさんは咄嗟に両手で顔面を覆ったという。
 ところが、その怪蛇はAさんに跳びかからず、バサバサ音を立てながら石垣の上の斜面を飛ぶように駆け上がっていったのだ。この怪蛇の逃げ去る姿は、まるで大きな尺取虫のような格好で物凄い速力だったそうである。

 この体験談は私が初めて田村町に足を踏み入れた時に聞かされた話で、ツチノコが人家の近くに棲みついているという証明でもある。幾度も言うようだが、ツチノコは深山幽谷といった辺境の地にのみ生息している訳ではないのである。
 

▲▼ 田村町のツチノコ PARTⅠ▼▲

 日本全国のツチノコ目撃多発県を挙げるなら、1位は岐阜県、2位は福岡県、3位は茨城県という順番になるのではないだろうか。四国の徳島県も負けず劣らずの感は否めないが、情報確度という点でやや欠けているようだ。
 最近は意外な地域での情報に接する事が多くなってきている。これは、インターネットの普及によるもので、今後は上位3県を脅かすことになるものと期待したい。

 ところで3位に位置付けした茨城県だが、東京を起点に活動するツチノコ研究者の我々にとって、至近距離というのは万金の値がある。それだけに、情報収集の容易さや実地探索の安易さから3位にランクされたと考えて良いだろう。
 車で2時間も走れば茨城圏内に到着するという気安さは大きなメリットだ。裏を返すなら、日帰り出来るということである。例えば、午前中に囮のネズミを入れて罠を仕掛け、昼から巣穴を調査し、夕方には現地の方のお宅で雑談後、罠を点検して帰路につくと午後10時には帰宅しているという寸法だ。こうなると、翌日も同じことを繰り返す事が可能になる訳で、これが秋田県や関西方面となると三泊か四泊を考えなければならなくなる。宿泊中、天気が崩れでもしたら計画はお手上げだ。
 こんな訳で茨城県は我々のフィールドワークの場としては願ってもない探索現場となっていたのである。

 そこで、この茨城県に着眼した経緯をお話しすると……昭和48年夏、日本がツチノコブームに席巻されている時、それまで関西中心だったツチノコ目撃情報に負けじとばかり、茨城県土浦市沖宿町で目撃者が現われたことを新聞が記事にしたのである。
 その後、火の無い所に煙は立たないの例えの如く、沖宿町の隣りの田村町でもツチノコ目撃者が現われるようになり、そのニュースは「未確認生物研究会」の知るところとなる。その真偽の程を確かめようと、手嶋会長は直ちに乗り出したのだった。
 ひとたび現地に足を踏み入れた研究会の面々は目撃者たちの声を直に聞き現場を徹底調査したことは言うまでもない。しかも茨城は近いという事もあり、二度、三度と探索を繰り返していると、数人が同時にツチノコと遭遇するという誠に嬉しい事態に出っくわしたのである。
 ツチノコは見ようと思って見れるものではない。これに気を良くした手嶋会長は、目撃現場の徹底探索を号令し、以後は人海戦術で茨城県へと繰り出したのである。そして数々の目撃と生活痕跡のデーター収集、地元目撃者からの膨大な証言を集めるに至ったのだ。 この間、手嶋会長は二千万円を越す費用を負担されている。その執念には頭の下がる思いであるが、その後十数年の探索を尻目にツチノコは捕獲どころか写真にも撮れなかったのだ。同時に未確認生物研究会の古参メンバーたちも、このゲームから自然消滅する者が増えていったのである。幻に業を煮やしたのではなく、仕事や家庭を放り投げいつまでも加担している訳にいかなくなったという事情である。 
 手嶋会長は目前のツチノコに手も足も出せない歯がゆさを噛み締めながら、メンバーの補充を図り、更には特殊カメラを発注するなどして、平成8年からは心機一転、夜間探索もにも重点を置いた新たな探索要綱を打ち出したのである。
 他人様から見れば我々の組織はバカなオヤヂ達の集団に見えるであろう。しかし、見栄も外聞も気にしてはいられない。やがてツチノコ捕獲は執念と化していったのである。

 本日はここまでです。
 次回のPARTⅡでは、田村町を中心に茨城県内の目撃談等を綴ってみたいと思います。  尚、アンビリーバボ出演の日程は間もなく詳細を記します。 

■ お知らせ ■
ツチノコのDVDが付録にセットされた「未知動物の特集本」が発売されます。発売は2月10日頃で、全国の「セブンイレブン」で4万部の限定販売です。その中で私の談話や山形で撮影された「死骸写真」も登場しますのでお楽しみに!

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