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松下 vs. ジャストシステム ヘルプアイコン訴訟の復習

2005年09月26日 | 科学技術・システム・知財など

2005/9/30に知的裁判高等裁判所にて松下電器とジャストシステムとの間で争われている「ヘルプアイコン訴訟」の判決が出ます。これは、ワープロソフト「一太郎」のヘルプアイコン機能が、松下の特許を侵害しているとして訴えられた件で、今年2月東京地裁では松下の主張を認め特許権侵害があったとしてジャストシステム側に「一太郎」の製造停止を命令しました。これに対しジャストシステムは控訴しており、その判決が9/30に出ることになっています。今年2月に地裁の判決が下りたときは、コンピュータ業界の中でも多くの議論があったので記憶されている方も多いのではないでしょうか。

判決が出る前に地裁判決の復習をかねて、私見をまとめてきたいと思います。


過去の議論をネットで調べてみるといろいろな意見がありましたが、私はこの裁判のポイントは2つあったのだろうと思います。

ポイント1: 松下の特許を「一太郎」のヘルプアイコン機能が侵害しているか否か

ポイント2: 松下の特許は本当に特許性を有するのか?(特許としてふさわしいものか?)

松下特許の請求項及び判決文に書かれているジャストシステムの反論をざっと見た感じでは、「一太郎」のヘルプアイコン機能がこの請求項とは異なるものであるというジャストシステム側の主張には無理があるように思えます。従ってポイント1について、私も「一太郎」のヘルプアイコン機能が松下特許を侵害していると考えます。

しかしながら、松下特許の請求項と判決文を読んでみると、ポイント2について、松下特許に特許性(新規性、進歩性)があるのかどうかという点が疑問になってきました。

(注)特許の新規性→出願時点で公知になっていないこと
   特許の進歩性→出願時点において出願内容が属する技術分野に従事する技術者が容易に思いつかない(想到し得ない)ものであること

従って本ブログでは、ポイント1を肯定した上で、ポイント2について議論してみます。

× × ×

まず、松下の特許は以下のとおりです。

特許番号   第2803236号
発明の名称  情報処理装置及び情報処理方法
出願日    平成元年10月31日
出願番号   特願平1-283583
公開日    平成3年6月20日
公開番号   特開平3-144719
登録日      平成10年7月17日
特許請求の範囲請求項1
「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と,前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と,前記指定手段による,第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段とを有することを特徴とする情報処理装置。」

一方、ジャストシステム側は松下特許の出願時点で、ワープロのあるキーを押した直後にヘルプキーを押すと最初に押したキーの説明が画面に表示される機能について記載した特許出願が開示されていることから、松下特許は容易に類推可能であることとしています。


その公開特許広報は以下のとおりです。(これは三洋電機が出願しているので、以下「三洋特許」と呼ぶことにします。)

公開番号 昭61-281358号
発明の名称 ワードプロセッサの機能説明表示方式
出願日    昭和60年5月14日
出願番号   特願昭60-102080
公開日    昭和61年12月11日
審査請求   未請求   
特許請求の範囲請求項1
 「文字・記号キー、削除、挿入などの編集処理を指示する機能キー及び操作説明キーを有する入力手段、該入力手段からの入力に基づいて文書もしくは操作ガイダンスを表示する表示手段を有するワードプロセッサにおいて、上記操作説明キーと上記機能キーとが連続して入力されると該機能キーにより特定される編集処理機能を説明する説明文上記表示手段に表示することを特徴とするワードプロセッサの機能説明表示方式」


両者を見比べると、松下特許は単に三洋特許の「キー」の部分を「アイコン」に置き換えただけのように見えます。従って私はジャストシステムの主張のとおり、松下特許には「進歩性」がないと考えます


しかし、判決では「アイコン」と「キー」とは異なるものであり、当時の当業者(同じ技術分野にいた通常の技術者)はヘルプアイコンを実現する方法を容易には思いつかなかったであろう、としています。

判決は以下のとおりです(判決文はこちらから取得できます)

第4 当裁判所の判断
4 争点(3)(権利濫用)について
(2) 本件第1発明(noribo2000注:松下特許の請求項1)の進歩性について

ア 前記(1)アで認定したとおり,引用例には,機能キーと操作説明キーを有するワープロにおいて,操作説明キーと機能キーが連続して入力されると,機能キーにより特定される処理の説明を表示する発明が開示されている(以下「引用例発明」という。(noribo2000注:三洋特許のこと))。
したがって,本件第1発明と引用例発明を対比すると,本件第1発明は,表示画面上におけるアイコンに関する発明であって,「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させるアイコン」を有するのに対し,引用例発明は,キーボードのキーを対象とする発明であって,操作説明キーを有しているが,上記のようなアイコンがないという点において,相違するものということができる。
本件第1発明は,従来キーボードのキーに担わせていた役割を,現実のキーボードのキーと対応する必然性のない「アイコン」という別個の概念に担わせているものであるのに対し,引用例発明は,あくまで現実のキーボードのキーに関するものであるところ,キーボードのキーを対象としており,表示画面上のアイコンというもの自体が全く想定されていない引用例発明について,キーボードのキーをこれとは質的に相違するアイコンに置き換えることを示唆する刊行物はないから,キーボードのキーに関する引用例発明からアイコンに関する本件第1発明に想到することが容易であったとはいえない。


ここでの判決に最も違和感を覚えるのは、「従来キーボードのキーに担わせていた役割を,現実のキーボードのキーと対応する必然性のない「アイコン」という別個の概念に担わせている」から進歩性がある、と断じているところです。

地裁の上記の文章は発明の「新規性」を主張する文章であるならば理解できます。三洋特許では「キー」で実現するとしか記載されていませんが、松下特許では「キー」とは技術的に異なる「アイコン」で実現すると記載されているからです。従って、三洋特許と松下特許は違うものである、即ち松下特許は出願時点で新規のものである、ということは可能だと思います。

しかしながら、「進歩性」を議論するならばこれでは不十分と考えます。私は、ある役割が割付けられた「キー」を「指で押下する」という行為と、ある役割が割り付けられた「アイコン」を「マウスでクリックする」という行為とは、共にある役割が割付けられた「もの」を「指定する」という行為であり、これらは本質的に同じであると考えています。両者は現実世界のものか、画面上の仮想世界のものか、という部分だけが異なっています。このような「キー」と「アイコン」の間の本質的な同一性については、既にアイコンという概念が松下特許出願時に公知であったことからすれば、当業者の共通認識であったと思われます。

もちろん本質的には同じであっても、「キー」から「アイコン」に置き換える上でで必要な技術的な工夫が請求項に記載されていれば進歩性が認められるのですが、上で挙げた松下特許にはそのような技術的な工夫が一切記載されていませんので、当業者に容易に想到しうると判断されてしかるべきと考えます。よって松下特許には、進歩性がないと考えています。


× × ×


結論

松下特許には「進歩性」が無いため、松下特許の請求項に記載の内容と「一太郎」のヘルプアイコン機能とが同一かどうかに関わらず、「一太郎」の販売差し止め請求は却下されるべきであると考えます。


高裁はどのような判決を下すのでしょうか。上記のような判決になれば良いのですが、地裁の判決が支持されてしまうとすると、今後ますますほとんど工夫の見られない、取るに足らない「特許」によって、ソフトウェア産業が萎縮してしまうのではないかと危惧しています。