goo blog サービス終了のお知らせ 

瓦版CARAVAN

かけがえのない我が子、天日古と大日人への遺言一式。「心を強く生き抜いて」と切に願いながら。04.10~07.3

再掲載『森の学校92』~「柿月夜連々、第一夜「刺青」(2005.9)

2012-01-11 | 閑話
秋です。 何を眺めても物憂い気分の方も たくさんいらっしゃるのではないでしょうか? 「鬱」などに籠らず、 爽快にあしたが迎えられれば、 とても幸せなことです。 ただY3号のフィルターを被せたように 風景全体を琥珀色に枯らしてしまう風の「移ろい」には 人の心も「寂しさ」にかまけてしまいがちです。 これは「怠惰」かもしれません。 特段にアグレッシブであれと言うのではありませんが、 ビビッドに思考 . . . 本文を読む

再掲載『森の学校90』~「神々に二進法の果実を供えよ」(2005.9)

2012-01-09 | 閑話
僕達は神になれるのでしょうか? ふとそう思いました。 IT関連技術の先行きを、 「ユビキタス」と称して統括する流れがあります。 ひとつのストリームとしての呼称ですから、 あまり神経質に捉えるのも大人げないですが、 きょうの「糸口」にしてみましょう。 「ユビキタス=ubiquitous 」の語源はラテン語です。 「同時に至る所に存在する」という意味合いのようです。 翻って、こんにちでは、 あらゆ . . . 本文を読む

再掲載『森の学校89』~「僕らはカメムシのパラダイムに救済されるか?」(2005.9)

2012-01-08 | 閑話
仕事中、iTuneでネットラジオを かけっぱなしにしています。 PCのスピーカージャックから ミニコンポのAUXに繋いでやると、 まるで「ユウセン」みたいに使えます。 国内のFM局のように CMや余計なおしゃべりがないので、 もう五年くらい重宝しています。 デフォルトで300局ほどが内蔵されていますから、 僕みたいな無精者には うってつけの「音楽グッズ」です。 きょうはJAZZのジャンルの 某局 . . . 本文を読む

再掲載『森の学校88』~転載:「水」(2005.9)

2012-01-07 | 閑話
一昨日の記事、 「僕らはカメムシのパラダイムに救済されるか?」 にお寄せ頂いた、 すずきけんじ氏のコメントを 転載させて頂きます。 :::::::::::::::::::::::: ご無沙汰でございます。 中国には古くから、 水を治めるものは天下を治めるとの諺がありますから、 全く心配ないでしょう。 先人の経験を学ばない国だったら別ですが(笑) さて、水も竹炭も使っている者として「水」に . . . 本文を読む

再掲載『森の学校86』~「アンジェリカ」:エピローグ(2005.8)

2012-01-04 | 閑話
前編があらぬ方向へ飛躍したので 主旨が飛んでしまいました。 ここでまとめておきます。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 人間の「潜在的な能力」というのは 現在の「自然科学系の医療」を遥かに凌駕しています。 アンジェリカ女史の「とんでもない教育方法」が 「視力の代替機能」を開化させたり、 スズキケンジ氏の希有な治療経験が . . . 本文を読む

再掲載『森の学校85』~「アンジェリカ」:プロローグ(2005.7)

2012-01-03 | 閑話
1982年のことだったと思います。 サンパウロ市から一人の養護学校教師が来日しました。 とてもユニークな教育方法を実践している方です。 ただ招請したのはTV局ですから、 オンエアでは「マジックショー」並みの扱いを受けていました。 折しもニューエイジサイエンスという流行の只中でしたから、 むべなるかなと言う気もするのですが、 「自分の技術を先進国日本で広汎に知らしめる」 という気概を持って来日され . . . 本文を読む

再掲載『森の学校84』~[over the rainbow](2005.8)

2012-01-02 | 閑話
このブログの現実的な目的のひとつとして、 「食」に関係する話題に照らしながら 中国(及び周辺国)産農水産物の 「安易な輸入」に警鐘を鳴らそうと決めていました。 併せてこれまでの「流れ」を知る上で 過去の国会質問や答弁の記録をほじくり返していました。 「枯れ葉剤」の原料が 三井東圧化学(大牟田)から カナダやオーストラリアに輸出されていた事実を知り、 愕然としたのもその頃です。 時間を掛けた分だけ . . . 本文を読む

再掲載『森の学校81』~「ショコラ」(2005.6)

2011-12-30 | 閑話
先週「自転車泥棒」という映画を引き合いにだしたので、 ものはついで、いくつか映画の話をします。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 「自転車泥棒」は「救いのない」映画です。 あらましはこんな感じです。 「世界大戦後イタリアは、 ぶつけようのない怒りや悲しみ、将来への不安に満ちていた。 社会の混乱のなかで懸命に生きる労働者たち。 主人 . . . 本文を読む

再掲載『森の学校79』~「珈琲演歌」(2005.7)

2011-12-27 | 閑話
60年代の終わり、 ベトナム戦争や日米安全保障条約を巡る学生達の活動に 色を添えていたのが、集会の中心に響く歌声でした。 最初は唱歌の替歌のようなものが曲の中心でした。 ばらまかれたゲラ刷りの歌詞カードは 誰かが徹夜で拵えたことが一目でわかるほど粗末なものでした。 選ばれた元の曲は大抵三つのコードで弾けるものばかりで、 ギターを持ち込んでキーさえ同調させれば すぐに合奏に加わることができたのです。 . . . 本文を読む

再掲載『森の学校77』~「ブックエンド」(2004.12)

2011-12-25 | 閑話
[2045年、セントラルパークの晩秋] 風に舞い落ちる枯れ葉も 残り少なくなった11月初旬。 ニューヨークのセントラルパーク。 二人の老人がベンチに腰をおろした。 遠慮がちに両端に座った二人は 両手をポケットにしまい身じろぎもしない。 僕は後ろから彼らを見ている。 二人とも黒っぽいコートを羽織っているので、 どちらがどちらだか区別できないでいる。 60年代の中頃、 「Bookend」という . . . 本文を読む

再掲載『森の学校73』~「憂鬱なヒツジ」(2005.6)

2011-12-21 | 閑話
「武力による世界革命」を高らかに謳い、 アクセサリにエネルギーを注入して高値で売り、 チャイナドレスの女性が舞い踊った宴の終焉に 「ジンギスカーン」と叫んで乾杯する、 怪しい集団「ザイン」のニュースを見ていたら、 ある社長のことを思い出した。 で、きょうは「羊」の話。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: . . . 本文を読む

再掲載『森の学校72』~「瘋癲TV(ふうてんティヴィ)」(2005.6)

2011-12-21 | 閑話
「こちら、事件現場です。 警察発表によりますと、犯人の男はこちらの一軒家で 祖父母と共に暮らしていたと言います。 十年前に一度結婚したことがありますが、 三年前に離婚してからは実家であるこちら、 私の後ろに見えます豪邸に戻り、 仕事にも就かず暮らしていたようです。 両親はかって優良企業の役員だったこともあり、 金銭に不自由のない暮らし向きであったことが想像されます。 あ、今その裏口から人影が見え . . . 本文を読む

再掲載『森の学校71』~「神々のプロテイン」(2005.6)

2011-12-20 | 閑話
若い友人ヨシムラが最近胃ガンを患い、 胃切除の手術を受けた。 極めて初期の状態であったため 経過は良好であるが、 いかんせん体力が落ちたことを気に病んでいた。 術前60kgあった体重が48kgまで落ち なかなか増えないと言うのだ。 それでも自らの会社の営業で世界中を飛び回っている。 戦時下のイラクへも最近赴いたと言う。 実際、彼がどう言う類いの仕事をしているかは知らないが、 鉛筆ほどに痩せ細った . . . 本文を読む

再掲載『森の学校65』~「河童の言い分」(1985.1)

2011-12-15 | 閑話
 河童は首から数珠を垂らし, 神妙な顔はしているものの元来の臆病な面持ちが災いして, 皆に軽んじられていた. 河童の方では別段これと言った企みもないので, 村人の思うにまかせていたのだが, このところ何やら村が騒がしい. 峙てた尖った耳に聞こえてくるのは どうにも我慢ならない音楽と, 文明開化の音頭取り. 一体此の世紀に何の文明開化なのかと, 更に耳目を澄ましてもどうにも合点が行かない. 村の誰よ . . . 本文を読む

再掲載『パらドクす伽藍』(1985.4)

2011-12-05 | 閑話
太陽の機軸を盗んだ堕天使が、 そのレジュメに沿って二つ目の太陽を試作した。 それは大きな爆裂音と共に、 この世を消し去り、 イカロスの翼を溶かした。 幾度目の終末だろう。 幾度目の過ちだろう。 僕らは幾度後悔の旗を翳せば思い至るのだろう。 星の瞬きや水のせせらぎと同じように 土が誰のモノでもないってことにさ。 近視眼の良識派は小僧のロジックにタジタジになり、 ヒスタミンまみれの言葉を撒き散らす . . . 本文を読む