ねこさわの備忘録

電車、車、カメラ、旅行、ねこetcといった趣味の「穀潰し男」の日々を綴った備忘録です。果たしていつまで続くか…

猫にマタタビ?また旅して来ちゃいました。山陰編1(2以降はいつ書くのか?)

2007-02-23 13:38:59 | 旅行の思い出

前回のブログで振りがありましたがまた行ってきました。

尊敬し小学生の頃から愛読していた故宮脇俊三氏の著「汽車旅12ヶ月」ようになりつつあります。
もちろん名作家とは比べものにならないほどの文章力しか持ち合わせておりませんが…(酒好きは一緒ですw)

急に2月5日の月曜から3連休をもらえることになり(多少無理やり?)さぁどっかに行くべぇ…と考えたのがその前日の昼間、
もう仕事なんて手に付きません(今の時期日曜日は比較的ヒマだし)。
去年キハ181「はまかぜ」にie君が
大旅行の帰りに乗ると聞いていたので、
衝動的にワタクシも乗りたくなり播但線の寺前から大阪まで乗ったのですがイマイチ消化不良な面も無きにしもあらずでした。
それでは今回はまずその「はまかぜ」に全区間乗ろうと考えて家に帰って時刻表を紐解きました。
その後はどうすんべ?と考えているうちにすでに夜中2時半…
日のあるうちに乗車することが出来る「はまかぜ3号」に乗るには新横浜を9時20分の「のぞみ」に乗らなきゃ」行けない…
切符も難しいのをまた「みどりの窓口」氏に頼まなくてはならないし、
増しては月曜午前の「のぞみ」、普段でも混んでいるのに大混雑は予想に難くありません。
いくつかの案を考えつつその先は新横浜までで考えるとして就寝…
でも先が決まっていなけば眠りも浅く寝坊する夢とか何度も見ては目覚め、
ちっとも眠れず朝…カメラは前述のとおり今回は「コダクローム」の旅でもあるので、
コンタックス137MDにテッサー、プラナー85㎜とフジカGA645、それとブログ用のリコーGR-D(考えてみるとブログ用になんて贅沢ですね)と決めていましたので、
それらを詰め込みいざ小田急+横浜線で新横浜へ、
車中眠いながらも時刻表と格闘し、町田でとりあえず「のぞみ&はまかぜ」の切符だけ確保しておき、
横浜線車中でも考え抜いてやっとプラン決定!!
「のぞみ」の発車10分前に際どく作成してもらいました。

やっと落ち着き横浜名物「シウマイ弁当」など買い込み「のぞみ」に乗車、

今回の座席はやっぱり「B」つまり3人がけの真ん中…両隣はパソコンなど開いているビジネスマン、
というかなんか車両全体が「ビジネスマン」のオーラに包まれ、車両も「ビジネスライク」な700系では、
ワタクシ自身「場違い感」を感じざるを得ません…
でも昨日までは一生懸命仕事した自負もあるので「割り切って」、シウマイ弁当にビールを朝から飲んでしばし睡眠でもしようかと思ったのですが、
これから「はまかぜ」に乗れる興奮感も押さえられなく読書でも…
ここで寝てりゃいいのにこれが後の「大失敗」を招くことになるとは…

そんなこんなで新大阪着、いつもながら流石に早いっす!
「はまかぜ3号」は大阪発なので223系で一駅移動。

ブレてしまいました。しかし…うーむ関東ではあり得ない光景…

大阪着、いよいよ「はまかぜ」とご対面!!

…っといっても大阪始発なのにの停車時間短い、3分くらいで発車してしまうので各部を見るのはそこそこにします。

キハ181独特のマスコン機器類、もうすでにメロメロです。

今日も実はまたエクストラチャージを支払って「グリーン車」キロ180に乗車!!


なんてクラッシックというか旧い「特ロ」「二等車」…
シートもハイバックでは無く時代を感じさせます。


この小型テーブルや肘掛けのシーツなど正に「特ロ」!

嬉しいことに「ケツセンサー」的には最上!!
反発力がベストというか何やら先日岡崎で体験させてもらったキャトルーズ(R14)のシートのよう!
それと「グリーン車」を選んだもう一つの理由としてこの時期の「はまかぜ」は「かにかにエクスプレス」と化していて、
うっかり普通車に乗ってしまうと「宴会」に巻き込まれてしまうのですw
実際「普通車指定席」はJTBのツアーなども入っていて可成りの盛況。
「列車の存続」のためには物凄く良いことなのですが、
閑散としている列車を狙った独り旅を楽しみたいワタクシ的には…

というわけで「特別車両、グリーン車」には5,6名位。
去年に乗ったとき堪能しきれなかった
「ターボサウンド」
はデッキまで出て堪能しまくり!!
でも加速自体はキハ85から始まる「新世代」に比べると(以下ry)…
何せ223系「新快速」に追っかけられまくり、10分後に大阪を出る新快速に追いつかれてしまいますんでW
そいでも「ターボサウンド」をたなびかせ力走します。

姫路着、播但線と姫新線は地上駅のまま、ここで進行方向が変わります。

播但線以降はもう単なる「ローカル特急」、かつては播但線無停車を誇っていた「はまかぜ」の微塵も感じさせず、
あちこち停車、これも「列車存続」のためなら致し方なし。

播但線の終点、和田山から山陰本線に入ります。
「はまかぜ」に乗るからには「あれ」は絶対見ておかねばならないでしょう。
でも和田山から先の記憶が…睡魔が襲ってきたのです。
起きてなきゃとか思いつつ「特ロ」の系譜であるキロ180、
エスパス張りの絶妙なリクライニング角度に負けてついに撃沈…
目が覚めたら「まもなく、終点の浜坂~」…


「余部鉄橋見損ねたぁ!!!」(大馬鹿者)

…大後悔(泣)
もうあの姿を見ることは…(号泣)

まぁ去年「出雲」で見たし、終わってしまったことは仕方ないので気を取り直し(本当は今日現在も引きずっています…泪)、
キハ181のディティールに迫ります。


DML30HSC形エンジン、フラット12気筒ターボチャージャー、定格出力500PS、40年近く余り頑張って呉れてます。
ルマンのアウディディーゼルの咆哮を聴くと本当にキハ181を思い出します。
(今年は何処でも良いから是非放送を!BS、CSデジタルでも良いから。受信機買います!仕事辞めて見に行くか!!)


キハ180のチャームポイントである屋上ラジエーター、煤けていて年輪を感じさせます。
このラジエーターの姿が大好きです!キハ181ファンの方は全員がそうでしょう。

色は変われど「国鉄特急」のエンブレム、何故撤去してしまうJR-E!!
捨てる位ならワタクシに寄こせ!!(部品屋さんとかに売っているのでしょうけど)。


夕日に照らされるキハ181先頭部のサイドビュー、この「機関室」もある意味キハ181を象徴している厳つく且つ格好の良い部分です。

接続のキハ40改が来ました。今日は鳥取泊です。

後ろ髪を引かれる思いで浜坂でキハ181とお別れします。

鳥取到着。3セク若桜鉄道「さくら号」がお出迎え。「さくら」という言葉につい反応してしまう猫親バカ…
鉄道で降り立つのはなんと昭和54年8月の家族旅行で初めてブルートレインに乗った出雲3号以来28年振り!!
その頃もすでに高架駅だったので記憶にもあり物凄く感慨深いです。

さぁ明日は「西の気動車特急の横綱、キハ187」に6時間乗ります。
「北の横綱、キハ261」が大好きなワタクシにとって楽しみが続きます。

続きますが次書く間にももう旅の予定が…(爆)


コダクローム…散る

2007-02-13 10:41:02 | カメラ、写真

ついに恐れていたことがいたことが現実となりました。
こないだの「日本海」に乗るさい「ヨドバシのフィルムコーナー」へブローニーのリバーサルを買いに言った際、
コダクロームのコーナーに張り紙…

「コダクローム64フィルム」販売終了のお知らせ

(コダックのプレスリリースより)

えっ…絶句!!

ショックが強すぎると共にやはりという思いもありました。
カメラをやっている方はご存じだとは思いますがカラーフィルムには「内式」と「外式」があり、
現在販売されているフィルムはコダクロームを除き総て「内式」で、
ワタクシ的には解っているようで解っていなく上手く説明できないので、
ウィキペディアより転載…
カラーリバーサルフィルムには、感光乳剤中に色素を形成するカプラーを混入したものと、発色現像液中にカプラーを混入して処理するものがあって、前者を「内式」後者を「外式」と呼ぶ。
登場当時のカラーリバーサルフィルムは全て外式であったが、現在では、イーストマン・コダック社が製造するコダクロームフィルムが唯一のものである。
外式フィルムの現像は上記の内式フィルムの現像より複雑で、感光乳剤層を個別に二次露光と現像をするので、機械の精度や技術者の熟練が必要とされ、メーカーの指定の限られた現像所(KODAK K-LAB)でしか処理できない。
処理方法はE-6ではなくK-14と言う処理が行われている…

つまり解りやすくいうとコダクロームの「外式」はカラー処理を撮影中でなく現像処理にて行うので「面倒」であるということです。
現像時間も普通の「内式」E-6処理ならプロラボに行けば2時間ですが、
コダクロームは2~3日、しかも今は「堀内カラー」 (全く余談ですがワタクシらの学生時代はホリゲンって呼んでました。)
でしか処理が出来ないことのこと。
ちなみに「ヨドバシ」等の大きなカメラ店で現像出すと「一週間」といわれます。
至急を要する印刷媒体では「致命的」なはずなのです。

しかしなんでそんなに不便な「外式」が現在まで存在したかというのは、
知っている方も多いと思われますが、その現像処理方法の特性上「色の劣化」が殆ど起こらないこと。
カラーフィルムが一般家庭に普及し始めたのワタクシが生まれた頃、約30~40年前と思われます。
そのワタクシが生まれたばかりの頃のカラー写真って殆ど色が変色していると思われます。

これに対し「コダクローム」は殆ど劣化しない…
変な例えですが沖縄戦や広島原爆を米軍側から撮影している所謂「1フィートフィルム」の色の繊細さは初めて見たとき強烈な印象でした。
これって最近撮ったものかって…
そのほか「レイルマガジン誌」で2003年10月号〜2004年9月号に連載されていた諸河久氏の「KⅡの時代」も記憶に新しいところです。


ワタクシ自身もコダクロームには物凄く強い思い入れがあります。
ワタクシの場合はスチルではなく「映像」…
中高一貫教育校だったので部活、鉄道研究部に6年間在籍していたなか鉄道に関する8ミリ映画を3作品創りました。
その中で使われているフィルムの9割が「コダクローム8ミリフィルム」。
湯の水如く使いました、8ミリは3分しか撮れないので20分の作品を作るのには失敗することもあります。
カットするシーンとかもありますから多分全部で100本以上は使っているはず。
えぇすべて費用は学校持ち…ってことは学費を支払っている親持ちでしたから(スミマセン穀潰しで…)。

鉄研時代もKRにこだわっていた先輩沢山いました。
KR、コダクローム64は感度が低くまたその特性上「増感」が出来ないので雨が降ったらモノクロ「トライX」に代えたり…
(今は増感出来るという話も聞きますが…)
PKL、コダクローム200が出たときは衝撃でした。値段も高かったですが…
KM、コダクローム25は一回しか使ったことが無くどアンダーだらけでしたっけ…今じっくり使ってみたかったフィルムの一つです。
ワタクシはというとその時代はモノクロばっかり…何しろ安いし現像から全紙プリントまで出来ちゃうお手軽さでしたから…

色落ちしない特性…今のデジカメはその成り立ちから当たり前なことです。
また色落ちしたカラーフィルムもフォトショップ等で補正できてしまう時代になってしまいました。
だから「コダクローム」が消えるのも時代の趨勢には逆らえないことなのかも知れません。
イーストマンコダック社も社員の半分が削減というニュースも先日ありました。

レイルマガジン様の「編集長敬白」
http://www.hobidas.com/blog/rail/natori/archives/2006/12/post_427.html
と同じようにワタクシも余り使わなくなった35㎜カメラ、コンタックス137MDとKRを抱えてまた旅に出てきました。

コダクローム最後の一本を装填。その旅ことはまた次に…注、日向でのフィルム装填は止めましょう…

ワタクシもご多分に漏れずデジカメ率が非常に高くなっている昨今ですが、
旅には必ず「フィルムカメラ」を持って行くスタンスはフィルムが続く限り続けていたい…
それがカメラ趣味にはまってしまったものの「矜恃」ですから…

コダクロームで使いたかったフィルムをもう一つ…それは「ブローニー判のKR」。
でも35㎜ではKRにこだわりまくっていた師匠のIさん曰く、
「フィルムが硬すぎて平面が出ないからバケペン(ペンタックス67)には使えん」ということで使っていませんでした。
コンタックス645の「バキュームシステム」ならそれを救済してくれるはず。
あ、でも220は無かったかも?
カメラ熱が復活しブローニーを本格的に使い始めた10年前にはもう無かったから多分10年位しか作っていなかったのでは?
今でも実家の倉庫の屋根裏部屋に使わなかった(その時は機材持っていなくて前の会社のマミヤRZとかを借りていました)ブローニー判のKRが一本残っているはずです…