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蚊対策

2024-09-01 | 独白
いくら血が美味しくなったからといって、庭木に水やりするたびに、ムヒSのお世話になっている訳にはいかんだろう。ということで
庭木の事なら『カーメン君に聞いてみた』(園芸専門店に20年以上勤め、初心者向けにYouTubeで発信している。)

その中でやってみたのは、サラテクト。
コツは吹き付けるだけでなく、手で刷り込むよう全面に広げること。
なかなか具合がいい、ほぼ食われなくなった
。塗り残したと思われるところを、何度か食われた事があるけど。

『あさ使って夜まで1日しっかりガード』は検証していません。


蚊に食われる、刺される、噛まれる。

2024-08-13 | 独白
 もともと蚊に食われにくい体質みたいです。特に年取ってから小太りのアルコール好きは格好の餌だと思うけど。

しかし肝硬変で、血液の不純物が充分に排出されてなく、かついろいろな肝臓の薬が含まれた不味い血である事が蚊さんたちにわかるんだろうか?

ところが、今年は違う。家の中は大丈夫だけど、朝に庭に水やりをしてて、食われました、脛、ふくらはぎ中心に広範囲に。暑い夏で蚊が大量発生したのか、蚊同士の生存競争が厳しいのか。

それとも、断酒も7年日頃の節制が功を奏して、蚊も『これなら食える』程度に直ってきたのか。そう思ってムヒSを塗る手も軽くなったような気がする


出所後後始末記

2024-05-17 | 独白
『出所後5日目
思ったより順調な日々である。作業療法士さんとしたシュミレーションはほぼ想定通り。違ったのはオイラの思い違い。玄関の手摺は思ったより先まであって、継ぎ足しや縦の手摺の追加は不要だったのが大きかった。後は些細な修正をしながらの生活となる。



禁錮8週間

2024-05-11 | 独白
退院前夜』

看護師さんが、融通の効かないのは病院の方針なり雰囲気なんだろう。
一番接点が長かった療法士さんも真面目で融通が効かないけど、これは職業柄妥協出来ないからだと解った。

2カ月の長い間、個人個人は職業に忠実な人ばかりで心地よい日々が過ごすことが出来た。個人個人は一緒に話ししてたら退屈しなかった。

関係者のみなさん長い間たのしかったです、本当にありがとう。明日退院です。

***  出所後始末記 ***
に続く、乞うご期待

禁錮8週目

2024-05-11 | 独白
『出所前日』
約2ヶ月の入院生活を振り返ってみる。

○治療

過去何度か骨折の経験はあるけど、痛みは唐突で瞬間であった。今回は肝機能障害で出血のリスクが高いとの判断で手術はしない事になった。
代わりに何をしたかという『修復』
聞き慣れない言葉だが、折れている踵を医者が押さえ付けた。次に反対側から押さえ付けた。

唐突に、継続した激痛が。生まれて60数余年いちども経験した事ない痛みが。
廊下まで聞こえるのほどの叫び声を上げていました。

○リハビリ
この病院の特徴はリハビリにある。それも基本的に午前、午後、理学療法士、作業療法士さんが土日祝(療法士の出面が足りなく)どちらかが欠けても、リハビリの継続性を、守っていた。

禁錮8週目

2024-05-08 | 独白
『出所日決定』
最後に金曜日に、担当医師の診察で確認、諸手続があり、日曜日に出所出来る事になった。
思えば長い8週間であった。まず車椅子での生活が始まった。部屋のトイレが狭く共同のトイレで用をたすことに。2〜3回は看護師の補助が付いたけど、すぐにコツをつかんで、ゆっくりと。
基本的に午前と午後に1回ずつ、作業療法士と理学療法士のリハビリがある。土日も同様である。

大切な事。膝を伸ばして真っ直ぐ立つ事。色々の動作で出来ない時は、ここに戻る事で解決した。18週目でもそうだつた。基本に忠実ってどの場面でも同じ。

最初から指導してくれた理学療法士さんとは色々な話しをして楽しくやれたのが、順調に18週をなし終えた原動力だった。

*** 続く***(出所後顛末)お楽しみに。
関連の画像はスマホのアプリで塗り絵のイラストです。

禁錮8週目

2024-05-05 | 独白
退院が見えて来た
筈がなかなか進まない。ゴールデンウィークのおかげで、決定する先生がいない。
文化の日、緑の日、子供の日、と来て振替休日だとさ。
一番患者の状態を知っている理学療法士さんに必要な権限を与えて、退院を決定して欲しい。そうすれば1週間前には、門前に関係者の黒のセルシオ並ばせて、堂々と出所してやったのに。




禁錮8週目

2024-04-30 | 独白
退院が見えて来た。
なんとか、7週目あたりで模範囚として、退院出来ればと思っていたが、無理。予定通り8週目の退院になりそうです。
この医院の特徴みたいですね。最初に受け持った医者の気持ち次第であって、最初の見立てから、大きくは離れたくないみたい。


その2

2024-03-22 | 独白
週一回のリハビリに通い、だいぶ良くなってきた。一カ月がたった頃、自主トレで積極的に歩いていた。右肩を庇い、左手が下り歩くので、腰が痛い。
そのうち右踵に違和感が、今思えば疲労骨折してたのかも。

2連チャン目の事故はこうして状況で生まれた。室内の階段の踊り場で、後方に転げ落ちた。幸い折れてる右手には影響が無く、今度は右踵骨折。😭

取り敢えず、禁固6〜8週間の実刑です。とほほ



新年そうそう事故2連チャン。

2024-03-20 | 独白
少しの晴れ間に買い物をと、電動自転車で出動。建物の陰にアイスバーンがあったけど、根拠のない自信で突破したら、当たりまえに転倒。転倒は大した傷も無く無事だったのだが、自転車を起こす際に重たい電動ゆえに、再度転倒。万歳した格好で倒れた際に肩に激痛が。

結論は上腕骨骨折

医者で手術かどうのこうの、略。
手術はしない保存治療なりました。

あけましておめでとう

2024-01-10 | 独白
と、素直に言えない1月1日になりました。

オイラは31日から4日まで、孫に会いに行っていたので遠くに離れていたけれど、
震度3でも体感はもう少し強い気がする揺れでした。

4日に自宅に戻り、食器棚から食器が飛び出している恐れを感じながら、台所に入ると【セーフ】特に異常はなし。
結局2階の片付け途中の本が飛び出して、非常用に溜めてある、水入ペットボトルが倒れたぐらいで、ほぼ実害はなし

でも日に一度程度の有感の余震は、いいものでありませんね。
このまま収まって下さい。珠洲や輪島など被害の大きく、水も何もかも不足している震災地の皆さん、かける言葉はわかりませんが、私自身に何ができるのか、よく考えてみたいと思います。


遺品整理 そのろく

2023-01-04 | 独白
 今回4か月掛けた遺品整理の後で気がついた事。

 ○確定申告の保存期間、控え、請求書、領収書などなど、捨てる事に熱中して考慮せずに捨ててしまった。(あらまぁ時既に遅し、税務署さん目を付けないで)
  ここの記事を参考にしないで下さいね
 ◯全ての資料、引き出し、ポケットをいちいち探した事は、手間が掛かったけど、それなりに得るものはあったと思う。父親の個性の一端を覗く事が出来た。残念なのは現金が出てこなかったのはお駄賃ぐらい準備しとけよって心境です。
 ◯残しておく資料は決して封筒などに入れず、クリアファイルなど外から見て見える物に保存すれば、その後利用、捨てる際にスムーズに作業が進むメリットが生まれる。
 ○鉛筆はもう一生買う必要がありません、同様に赤青色鉛筆、ボールペン、消しゴム、ホッチキス、ホッチキス芯、立派な家庭で出きるSDGsでないですか。
 ◯スキャナーで読み込む。今回は捨てるのが主な作業度なったが、捨てるにしろ保存するにしろ、スキャナーで読み込みすればその後の検索を含めて効率化が図れるなと思った。

 まだまだ書き足らないけれど、遺品整理のひと段落として『達成感』があるのがいちばんうれしいことだ。
 次の段落は遺品だけではなく自分の身の回りの整理を、差し当たってはネガフィルムをスキャナーで読み込んで整理する目標にしたいと思っている。


遺品整理 そのご

2023-01-03 | 独白
『姑の遺品整理は迷惑です』の主人公である望登子さんは2ヶ月で済ませたけど、オイラは倍の4ヶ月でほぼ終了にこぎつけた。望登子さんはパートの休みの通いで、終了させたのはとっても優秀だわ。
まぁ小説だからねぇ〜。

今回全ての資料に目を通して良かったのは、父親は最後の応召兵として満州に送り込まれて、すぐに終戦。終戦後シベリアに抑留されて・・・の記録があり当時のことが、取材ではなく体験として残してあるのを見つけた事である。

単にポイポイ捨ててしまったら貴重な記録が無くなるところである。
しかし、出来れば最終版として一部残して欲しかった。本文自体はワープロで作成しており、その点は年齢的に拍手なんだけれど、二版三版・・・、つぎはぎコピー、など途中途中で全て保存してある。最終版と思われる版も2、3部ある。
全部取っておけばいいのだけれど、やり始めた意地で最終版を確定し、後は廃棄した。
相当手間取ったのは間違いない。

筆まめも相当で、その返事も当然に封書で届く。
今ならメールなりLINEでやり取りだろうが、昔の人は手段として封書しかないので仕方がないとはいえ、筆まめさんですよね。
手紙、写真は基本的に残す事にしたので、捨てる保存するの判断分けが不必要なのは、精神衛生上良かった。

その他、表彰状など記録だけは取っておきたいものは、スキャナー(複合機)で読み込み記録した。


遺品整理 そのよん

2023-01-03 | 独白
あとは燃えるごみがほとんどだけど、そう簡単には行かなかった。

まず書類を封筒の中から出す、という動作から始まる。出てくるのは、過去の確定申告の綴りや、介護保険の領収書、同じく介護施設からの請求書や領収書など、 etc etc
最初は氏名や住所がわかる物は、シュレッダーしていたけど、途中で止めた。とんでもない時間が掛かる。ごみ収集してそのまま焼却炉に投入されると信じて、気にしない事にした。
45ℓの指定ごみ袋に集めていたが、書類の固まりとなると45ℓでは重たくなり過ぎて、30ℓのごみ袋をもっぱら使用した。

封筒内の札束を期待したけれど皆無。父親は経理屋であって収支と現金(銀行口座)の突き合わせを常にする習性があり、札束が宙に浮く事は皆無であった。ある程度は予想していたのだが、入退院の時期に間違いがないか多少楽しみ(不謹慎か)だったのだが、死ぬ間際まで認知症も出ずに、しっかりしてた。


遺品整理 そのさん

2023-01-03 | 独白
衣類は記念になる、この時期だとトレードマークのような毛糸の帽子とかあるんだけど、息子の思い出にはならないだろうという事で全て廃棄。
ただ廃棄の前にひと仕事、ポケット内をチェックした。もちろん現金で小遣い程度にならないかと。背広からは皆無、熨斗袋が出てきた時はどきどきしたけどぬか喜び。これが「のしにぬか」のいわれかと。(なんのこっちゃ意味不明)
結局でてきたのはティシュと使い終えたティシュと小銭だけ。500円にも満たなかった。

鉛筆屋が開けるほど多量の文房具がでてきた。普通の鉛筆はもちろん、赤青鉛筆、マーカー、ボールペン、色々ボールペン、ホッチキス、定規、消ゴム、糊、封筒、etc etc
一生文房具の購入はしなくて済みます。