寝ても覚めてもインド。 <トムソーヤと冒険>

20年想いそして念じ続けてようやくたどりついたインド。私の「それから」インド日記。

Uber な日々

2015年11月25日 | 日記

駐在員という身分のインド生活が終わり、いよいよ本編「私とインド」が幕をあけつつある。

 

 

稼ぎ確保、という重要なことの他に日本の家族やインドの家族や色々‥自分に課しているThings to doは、これまで自分の人生で経験のない、自分には主導権を持つことのできない「運命に任せる」インシャー・アッラーなことでこれがちょいと心身に堪える。

 

ともかく、この数ヶ月は諸事情あり生活ベースの準備はそっちのけでインドと日本を往復してきた。デリーではゲストハウス・ホテル生活。

 

インドの宿泊施設は、上級と下級は「理にかなった」値段設定になっているのだが、中間クラスは質が妙に当たり外れ多く割高感あった。ハリボテ感満載で危険なゾーンだった。

 

今回、滞在予算を抑えたい、でも仕事にも支障ないロケーション、施設ということでほとんど期待せずに予約したゲストハウスがなかなか快適。これまたインド IIT/IIM出身者がスタートさせたホテルらしい。無駄なもの、不安定な要素一切省いた、それでいて心がパッと上向くアップリフティングなインド色がある。

 

 

 ilodge.com

 

ゲストハウス以外に重要な移動の「足」。当然、メトロの方が便利な場合には以前の生活と同様プリペイドカードもってガシガシ利用する。そうでない時はアプリベースの配車サービス、Uber、Ola Cab。Olaはソフトバンクが2億ドル余りを投資したインド・バンガロールで生まれた企業だ。両社、一長一短あるのだが配車されてくる運転手の話ではほとんどの車は二社の端末をどっちに繋ぐか状況判断するのだとか。条件はUberの方が圧倒的にいいらしい。

 

一旦予約を入れると車は必ず来る。客もペナルティとられるから車を待つし、運転手も必ず到着する。乗客の評価によって各運転手の今後商売が左右するようで愛想がよい、というか必死感がある。

 

厄介なのは英語が全くできない運転手との交信。こっちはヒンディー語が分からなすぎる。あらかじめのロケーションは地図上で指し示していても正確な場所を予約入れた途端に運転手から電話が入る。「英語ダメです、ヒンディー語でお願いします」となると道行く人を捕まえて場所を説明してもらう。

 

ディワリ休みのごった返す国内線の到着ロビー前で待てど暮らせど運転手は来ない。「どこにいますか?」と何度も電話をかけてきてヒンディー語で聞かれているのはわかっているのだが英語オンリーの自分はどうにもこうにも通じ合えない。「ちょっと待った!」と運転手の電話口から聞こえる雑音を頼りにスーツケースを引っ張りながら移動してやっとそれらしき車を見つける。おー!っと手を振り運転手と抱き合わんばかりに出会いを喜ぶ。遠い親戚のおじさんに迎えにきてもらったような妙な暖かさ。

 

別の時は、あまりの英語の流暢さと運転席の脇に置かれたiphone6みて根掘り葉掘り聞く。北イタリアで姉夫婦と農業関連のビジネスをやっているパンジャブ出身者。(パンジャブ出身者のイタリア農業従事者は多い)お母さんが病に倒れ誰かがインドに帰って看病を、という話になり独身であるその人がインドに戻ってきたのだとか。インド滞在がいつまでになるか分からないからとりあえずの仕事、ということでUberのドライバー。「イタリア語は勿論話しますよ」

 

完全にガラ系携帯しか持ったことのない運転手がUberから支給されているスマホに苦戦しているのもよく出会う。必要に応じて後部座席から身を乗り出して操作してあげる。いつだったか運転手がボタン押し間違え、車を3時間確保してあちこち行ってもらって支払う段になると初乗り料金の80ルピーという表示。申し訳ないのだけど私のせいではない。

 

目的地まで音声案内をオンにしているのだが、英語が全くできない運転手は聞いちゃいない。地図なんか読めない人も多いから、こちらもスマホの地図で右、左、まっすぐの指示出しする。

 

 

デジタル進化で「人間関係が希薄」と思いきや私にとっては温かな人との接点を作ってくれるテクノロジーだ。

 

品薄、種類薄、店舗によって値段設定バラバラ、入荷日不明などの消費者の不便を一気に解決するソリューションとして利用客激増のネットショッピングのように、明朗会計、地図を頼りに(前は明らかに知らない人に聞きまくり混乱して目的地に着けない)苦情対応・運転手評価(あんまり頭にきてしまい車のボディーに蹴りを入れることもあった)と他国で感ずる「Uberって便利」というレベルでなく、悪徳帝国をやっつけるヒーローにさえ思えてくる。