寝ても覚めてもインド。 <トムソーヤと冒険>

20年想いそして念じ続けてようやくたどりついたインド。私の「それから」インド日記。

再会 <初秋のカルガリー>

2015年09月18日 | 旅行

 

成田空港を出発して9時間。

 

太平洋を渡ってBC州の上空に入ってまもなくロッキー山脈が眼下にひろがる。そしてパイロットのアナウンスが始まりカルガリー空港に向けて高度が下がっていく…

 

  

ゴツゴツした岩塊のロッキーを横断したところで空港に向けて降下していく。ダントツ好きな空港へのアプローチ。

 

娘と会うのは1年半前にドイツの空港であちらは西へこちらは東へと別れて以来。昨今、スカイプやらでお目にかかってはいるので久しぶり感が少ない。とは言え、抱き合うとちょっと涙が出てくる母。

 

8年前、当時日本のカナダ系のハイスクール12年生だった娘が寄宿付き夏期講習に1ヶ月来たことがきっかけでカルガリーを知り、のちにその(芸術)大学に進学したことでより身近に感じ「暮らすが如く」過ごすようになった。

 

今回もそう、料理したり、散歩したり、書店で立ち読みしたり、映画みたり、友人と会ったり…満喫の10日間だった。

 

ファーマーズマーケットで天然蜂蜜とベーコンと野菜買出し

 

Fish Creekでは鹿の群れが目の前を風のように走り

 

すっかりカナダ人的感覚の娘に「ちょこっと散歩」と連れて行かれたGlenmore Reservoir一周はずっしり思い10キロ余りの散歩だった


25℃超の晴れ日にアパートから徒歩10分ほどのPrince Albert Parkでピクニック

 

番長への報告のためにカルガリーポロクラブにも足を延ばす。絶景の競技場。


映画その1: 爺さん二人のAppalachian Trail縦断挑戦という話。

映画その2: The end of the Tour アメリカ近代文学作家デビッド・フォスター・ウォレスとRストーンズ誌のレポーターとの話。いずれも絶対にインドでは興行されないタイプの作品だ。


 

中華街もウロウロ。フラッと入った食堂で鴛鴦茶。TV画面でアランタム見て一人笑い。

 

娘は、仕事をし始めて大人になったのか、あのクルっと世界一人旅で自立心が芽生えたのか、逞しく頼もしく育っていた。親としての一番の心配ごとは「子が親元を離れずに自立しない大人に育つこと」だったから、今回の娘の時間を通して心から安堵した。

 

 

仕事はアートスタジオ(文化教室みたいな)で子供や大人にビジュアルアートを教えるインストラクター。小規模ながらそのスタジオで絵画から陶芸、シルクスクリーン、アートヒストリーまで教えているらしい。薄給ではあるけど、学んだ知識やノウハウからマネタイズしているのだから大尊敬。

 

私に似ず自分を「過小評価」しがちで何事にも自信なかった娘が胸を張って子供たちに教えているのだから、凄い。そんな情熱や自信が生活の中心柱になっているようで日々を楽しんでいるのがよくわかった。

 

娘の現在のBFというのがこれまた南インドケララから15年前にカナダへ一家で移民してきたインド人。是非に、と言われて今回カルガリー郊外にある邸宅にお邪魔して彼のお母さんに久々の南インド料理をご馳走になった。

 

ネットで日本語を独学し始めたのよー、ということでようこそ!

 

 

アッパムとチキンカレー&ひよこ豆のカレー

 

 娘がいつも「素敵なお母さんなの」と言っていたのがよくわかった。南インドの伝統的な家庭の価値を尊重しつつサバサバして好奇心にあふれた女性だった。やや北インドにありがちな見栄とか意味なく長いものに巻かれていない価値観がやけに自分と合って楽しかった。

 

ITバブルが崩壊する直前に移民して来られエンジニアのご主人がIT系企業に勤務されているのだが「カナダの経済停滞云々というよりもはやそこに人材コストを高くかける企業がない」という息子であるうちの娘のBFが言うように仕事の誘いがどんどんある、という状況ではないらしい。カルガリーよりもカナダ最大の商都トロントへ出稼ぎされているのだとか。奥さんは、カルガリーの基幹産業である石油会社(埋蔵量はサウジアラビア、ベネズエラに次いで世界第三)勤務なのだが昨今の原油価格暴落で会社都合の休職で自宅待機状態。豪邸のローンもまだまだ残っているらしく「夫の仕事があるトロントで仕事探そうかと思っているの」

 

確かにこの原油価格が影響してのカルガリーの不況というのは肌で感じたなあ。不動産もことごとく下がっていたし。

 

とはいうものの私の友人・知人ではないけど、憂いても仕方なし。生活レベルを一段さげて、その会社都合の労働時間短縮を利用して、「(雄大な自然と)遊ぼう!楽しもう!」と皆さんお忙しい。

 

カルガリーの自然の厳しさの中で生まれ育ってきた人々ゆえか腹がやけに座っている。娘の「腹の座り方」にも進化を感じた。この街が大好きなのよ、ということで娘はこれからもここを生活拠点とする覚悟らしい。

 

 

毎度短い滞在期間ではあるけど島民にはない大らかさと懐の深さというのかな、厳寒の町の人の心の暖かさを改めて感じた。色々な意味で肩の荷がおりた旅だった。


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