名邑十寸雄の手帖 Note of Namura Tokio

詩人・小説家、名邑十寸雄の推理小噺・怪談ジョーク・演繹推理論・映画評・文学論。「抱腹絶倒」と熱狂的な大反響。

◆ 怪奇夜話 【優雅な食生活】

2016年12月03日 | 日記
「食べ過ぎで胃はもたれるし、ワインの呑み過ぎで肝臓がおかしい。子孫を作る為とはいえ、こう忙しいと女性のお相手も心臓に良く無い。肥り過ぎで糖尿病と高血圧を病んでいる上に、前立腺の調子も良くない」
「食に不自由のない方が良いと云ったのは、お前さんじゃないか」
「健康な体と魂の安らぎが欲しい。こんな事なら、冬の野山にいれば良かった」
「この世は、儚(はかな)い夢さ。贅沢は云えない。あんたは料理用のガチョウなんだ」
「フォア、グラ」(立ちくらみがした)

               *

 「フォア(Foie)」は肝臓、「グラ(gras)」は脂身を指します。ガチョウや鴨に、過剰な栄養を与え肥らせた肝臓を食すのが、フランス料理の珍味「フォアグラ」です。ワイン、シェリー酒、シャンパン、ドライ・マティーニに合いますが、「脂肪肝」を食べる訳ですから健康管理風病理学的には余り好ましくありません。

 日本料理にも、江戸っ子風精神病理学的に不健康な「親子丼」というメニューがある。鶏肉を卵でとじた料理です。無粋(ぶすい)な名前のせいか、動物愛護精神が旺盛なせいか、親子丼だけは口にした事がありません。鮭にイクラをまぶした「鮭イクラ丼」なども、倫理道徳的な拒絶反応が生じます。

 元来食べるという行為は残酷であり、食物連鎖の定めは無慈悲なものです。別に作家がそう揶揄する訳ではなく、人類の属性とも云える確とした普遍的な事実ではないでしょうか。長期冷蔵した海鮮食材は、長く冷凍安置所に置いた魚介類という事も出来ますが、貯蔵という方法を本能的に考え出したのは、人類と鰐(ワニ)と北極の猛獣あたりが元祖でしょう。

 「目玉焼き」は、勇気を出せば何とか食べられます。「たぬき(種抜き)蕎麦」なんて粋ですね。「かつ丼」も美味そうです。しかしながら、Tボーン・ステーキ、踊り揚げ、すっぽんや魚、伊勢海老の「活き造り」となると、何となく菜食主義者の気持ちが分かる野蛮な名称です。ワインや酒の酔い抜きに、野蛮極まりない料理を食する方々のお気持ちが理解出来ません。

               *

「鶉(うづら)のパイ詰め三皿と、赤ワインの追加を頼む」
「これでボトル五本目ですが、だいぶ酔っていますね」
「鶉の脳みそを吸うんだ。しらふでいられるか」

「なんのそれしき。生きた猿の脳みそを、生で食べる国もあるそうです」
「アルコール度数96度の、スピリタスに合いそうだな」
「それは...、猿に呑ませるそうです」
「へえ...、良く生きてるね」














◆ 怪奇夜話 【少しはましな人生】

2016年12月03日 | 日記
【タクシー・ドライバーと客の会話】

「何だか、無性に眠い。でも、無性に死にたいと思うよりましだ」
「それは...同じ事さ」


【手術中の患者と医者の会話】

「先生。無性に死にたい気分です。でも、無性に人を殺したいと思うよりましですね」
「それは...如何かな」


【戦場で出遭った敵同士の会話】

「何だか、無性に人を殺したい。でも、殺されるよりましだ」
「良いご意見をありがとう」


【最期の希望】

「何だか、無性に死にたい。でも、首に縄を巻かれるのは嫌だ」
「安心しな。フランス(ここ)では、ギロチンだ」


【愛より憎しみ】

「何だか、無性に誰かを愛したい。無性に誰かを憎むよりましだ」
「出獄してからにして呉れ」


【比較論理の放下】

「何だか、無性に論理的観念を捨てたい。間違っているだろうか」
「元々この世に存在しないものを、如何やって捨てるんだい」


【矛と盾を売るセールスマン】

「何だか、訳が分からなくなった。矛盾に囲まれている」
「矛と盾を捨てりゃあいいだろうに」


【気分転換】

「何だか、捨てるという考えが嫌になってきた」
「だったら拾う事さ」


【悟り】

「何を拾えば良いのだろうか」
「捨てたもの」
「一体何を捨てたのか思い出せない」

「それが人生というものさ」








◆ 怪奇夜話 【新大臣の選択】

2016年12月03日 | 日記
「三人の大臣候補者よ。おぬし達の中から、新大臣を選ぶ。目隠しをして、これから触るものが何か答えよ」

「国王閣下。これは、太い蛇でございます。ぬるりと動いておる」
「いや、これは太い樹ではないでしょうか。がさがさしております」
「これは、象の耳に違いございません」

「ぞうの鼻と、足と、耳に触らせたのじゃ。秘書官、任命書を持て」
「ぞうの耳と正確に云い当てた優れ者が、新大臣ですね」
「初めの者が政務大臣、二番目が大蔵大臣じゃ」
「それは理に適いません。三人目の賢い候補者は...」
「将来の憂いを鑑み、首を刎ねよ」
「それは...如何なものでございましょうか」
「秘書官、文句があれば何でも申せ」
「命に代えても進言致します。正しく聡明な第三の候補者を、選ぶべきかと存じます」
「命に代える...、とな。衛兵。秘書官も、首を刎ねよ」

 第三の候補者は、王族一党を皆殺しにしてしまった。聡明で残虐無慈悲な謀反人は、新たな王となり、元秘書官を大臣の重責に据えた。その後、王国は栄えたと伝わる。




◆ 怪奇夜話 「絵画の好きな少年」

2016年12月03日 | 日記
 新入生が、教室の床で泣いていた。書き尽くした紙が、方々に散らかっている。

「アルフレッド。如何して泣いているのかね」
「先生。自分の思った様な絵が描けないのです」
「そんな事はない。どれも皆、可愛い絵だと思う」
「先生は目が悪いのですか。少なくとも、画才が全くありませんね」
「まあ、私の担当は音楽だからね」
「音楽も駄目だと思います。藝術は、完璧を追求するものです」
「随分と酷い事を云うね。しかし、当たっている」

「外れた目玉とスピーカーを、直せばいいのに。少しはましになるでしょう」
 先生を見上げる少年がにやりと笑みを浮かべると、教室に大きな悲鳴が響いていた。

◆ 怪奇夜話 【浮遊霊】

2016年12月03日 | 日記
「お祖母ちゃん。こうして窓の外をぼんやり眺めていると、浮遊霊が見える」

「あんたの父親が、死んだ猫を庭に埋めている」
「ひとつの生命が、俗世から開放されて天国に迎えられるのね」
「客間の金魚鉢を見てごらん。別な循環世界も見えるだろうよ」
「何もお魚がいない」
「さっきまで、フグがいたのじゃ」
「という事は、詰まり」
「他の生命も、世俗から開放されたのじゃ」

「そう云えば...お父さんが、空の彼方に消えてゆく」


◆ 怪奇夜話 【泥の河】

2016年12月03日 | 日記
「河向こうのあの樹に実ったマンゴ、美味しそう」
「そうだね」
「何で取ろうとしないの」

「何かを望んでも、誰かを動かす力がなければ手に入らないし、自分で動くのは誰かに動かされる様で、理想的な生き方とは云えない」
「取って呉れたら百ドル上げるわ」
「そう云う条件であれば、二つもぎ取ってひとつは自分で食べる」
「向こう岸まで、底なし沼を渡り切れるかしら」
「人生に危険は付きものさ。浮き袋を付けて行こう」
「勇敢なだけでなく、頭も良いのね」
「それほどでもないさ。ほら、もう半分渡ってしまった」
「気を付けてね。下流から、人喰いワニがうようよと寄って来た」

「やはりそうか。泥が動くのは、どこか変だとは思っていたんだ」




◆ 怪奇夜話 【鉄格子の中】

2016年12月03日 | 日記
「やあ、元気そうだね。鉄格子越しでも、相変わらず綺麗だよ」

「髪型を変えたの。監獄の住み心地はいかが」
「火星や土星からお客さんが来るから退屈しない」
「まあ、あなた。頭がいかれちゃたんじゃないの」
「そうかい?」
「だって、火星や土星に生物はいないわ」
「生物がいるのは、どの星だったかな」
「アンドロメダよ。さっきまで、お客さんが一杯でてんてこ舞い。まだ一人残っているわ」
「どんな会話を交わしたか、教えてくれないか」
「それは内緒。あなたが一日も早くこちらの世界に来れる様に、秘密の相談をしたの」
「それじゃあ、又来るよ。元気でね」
 夫は、看護婦に挨拶すると病院を後にした。

「ふふふ。あの人、気が違っている」と、女は透明な異星人に話し掛けていた。


◆ 怪奇夜話 【バスの中】

2016年12月03日 | 日記
「あたしのお腹が、見えますか。妊娠しているのです。紳士のたしなみとして、席を譲って頂けませんでしょうか」

「先ず第一に、僕は紳士ではない。第二に、お腹の子は僕の子ではありません」
「それでは、この子の父親は一体誰なのですか」
「そんな事、僕が知る訳ないでしょう」
「思い出しました。カクテル・バーで知り合った異星人だったわ。朝目が覚めたら、ホテルの部屋から消えていた」
「何だか、人を殺したい気分になって来た」
「陣痛が始まった。赤ん坊が生まれそうです。何とかして下さい」
「何処でも空いている席に座ればいいだろう。これだから、精神病院の送迎バスは嫌なんだ」

「あんたもかい」と振り返る運転手の顔を観ると、空間を引き裂く様な女の叫び声が響いた。



◆ 怪奇夜話 【ノストラダムスの大予言】

2016年12月02日 | 日記
「あたくしの占いは、三割当たります」
「僕の占いは、六割当たります」
「ノストラダムスさん。貴方は、いかがですか」
「我こそは、全てを云い当てる世紀の大予言者である」

 さて、誰を選びますか。一番目を正解とする似非論理が多い。予言の反対の%が高いからという仮想論理に拘るからです。「三人とも当てにならない」というのが正解です。

 「ノストラダムスの大予言」の一つに、「港の近く、二つの都で、かつて類を見ない惨禍が二度起きるだろう」というのがあります。良く分析すれば、幼稚ないかさまだと分かります。港町が、山の中より栄えるのは当然です。二つの都市と云っても、巨大な港街は世界に五万とあります。その中の僅か二つの港街に厄災が起こるなど、百%以上の確率で確かな事と云える。

 戦争は商権の集る港の取り合いが原因するものです。自然災害も、山岳や密林よりも人や建物の密集した都市の被害が大きくなります。「かつて類を見ない惨禍」という表現も当然の道理です。歴史と共に被害が大きくなるので、トリック表現です。詰まりこれは予言ではなく、最大公約数的な曖昧な表現に過ぎません。どんな場合にも当てはまるのです。

 どちらかというと稚拙極まりないトリックであり、御本人は冗談で云ったのではないかと思う程、全ての予言の仕掛けが同じ論理で分析出来ます。単なる言葉の遊びであり、如何とでも取れる意図的な文章技巧が窺える。こういう似非論理は、世の至る処に蔓延しています。

 ところが、かの予言者を賛美する方々は「長崎と広島の原爆を予言した」と大騒ぎなさる。港のそばで起きた「かつて類を見ない惨禍」など、他に幾らでもあります。真珠湾や東京の空襲、尼港事件。上海でも、フィリピンでも、シンガポールでも、チリの大地震も、火山の爆発も、五年前の大津波も当て嵌まる。ハリファックスの大惨事など、より悲惨なものです。予言者と云われる記録には、詐欺思考と受け取る側の錯覚が多々隠されています。詰まるところ、言葉のトリックに過ぎません。

「下らない分析推理を書く作家は、碌な死に方をしない。その名前には、A,U,O,I,Eの単語が幾つか入っている」と云うノストラダムズの声が、どこからか聴こえて来ました。

 NAMURA TOKIO (名邑十寸雄)には、A、U、O、Iが入っている。しかしながら、母音の入らない名前は先ずあり得ませんので「AIUEOの幾つか」は誰の名前にもあるのです。一寸、からかってみましょう。名邑十寸雄は、今日から「Z」と改名します。


◆ 怪奇夜話 【Z 謎の新人作家】

2016年12月02日 | 日記
SF冒険推理サスペンス小説 「QとXの脱出」

「OやP,R部隊はどうなったんだ」
「皆、爆発で死んでしまった。生き残ったのは僕とQだけだ」
「Xよ。二人でこの惑星から脱出しよう」
 二人が七次元空間移動ロケットでアンドロメダ第536惑星から飛び出すと、巨大な星が小さくしぼみ出し、ブラック・ホールの点の中に消えて行った。

 異次元空間の長いトンネルを抜けると、そこは亡霊の世界だった。魑魅魍魎達が、二人を囲んで云った。
「BDD、FFR、GGJJGKT!」
「Q、何て云っているか分かるか」
「簡単だよ、X。この星の生物は母音を使わないんだ」
「そんな馬鹿な」
「別に、不思議はないだろう。我々の名前であるQとXには、母音が要らない」
「母音抜きで発音できるなんて奇跡だ」
「新人推理作家の名前も、当て嵌まるかも知れない」

(「QとXの脱出行」了)   Z 作

                 *

 この手の小説が、巷に溢れています。疲れ切った生活のほんの合間に、誰も小難しい本は読みたくない。かくいう作家 Z も、たまにはカント哲学の本でも読みながら、頭脳の疲れを癒したいと思う時があります。余りにも馬鹿馬鹿しい論理ゆえに、直ぐに眠り込んでしまう。

Z  Z   Z  Z  Z  Z  Z

◆ 怪奇夜話 【秋】

2016年12月02日 | 日記
 紅葉の絵を探しながら画廊を歩いていた。

 ゴッホの麦畑、ピカソのピエロ、葛飾北斎の富士が混沌として並ぶ行き止まりの壁穴に、ロココ調の滑り台がある。下を見下ろすと、暗黒の彼方まで続いていた。あっと思うと、体が吸い込まれてしまった。

 時空を超え、夢の中で眠る様に長い時間が経過した。ふと目覚めて窓外を眺めると、公園に沿って色鮮やかな黄色い銀杏並木が見える。音の無い静謐の中、宇宙船の硝子窓に映ったのは絵画館通りの風景写真だった。

 地球時間で何百万年もの間、空を彷徨っている。銀河系を出てから、見知らぬ故郷を想う事が多い。遺伝子に伝わる不思議な情感が蘇えるに連れて、顔の無い男は、独り言を呟いていた。

「もう秋だね。しかし...何故、僕にそんな事が分かるのだろう?...そうか、光の影がだんだん薄れてゆくからなんだ。それに...だんだん体が冷たくなってゆく...」


◆ 怪奇夜話 【げろ温泉の看板】

2016年12月02日 | 日記
〔当温泉では、心臓病・高血圧の方、刺青のある方、泥酔なさった方々のご入浴は、皆様の安全を鑑みお断り申し上げます〕

「お爺さんや。あんたは、心臓が悪いから駄目ですね」
「お婆さんこそ、血圧が高いから止めときなさい。折角みんなで遠路はるばるやって来たのに、何の為の旅行か分かりゃしないね」
「そんな事ないですよ、お爺さん。旅の目的には、適っています」
「それは、一体どう云う意味かな」

「馬鹿にしてやがる。俺達、シマ馬も駄目なのか」
「ガラガラ蛇も、お断りという訳かい。背中の縞模様は、刺青じゃあねえ」
「泥酔していますね。自分がシマ馬やガラガラ蛇だと思っている皆さんも、条件に合わないでしょうね」
「そう云うあんたは、如何なんだ」
「我々の種族をお断りとは書いてありませんし、お酒も呑んでおりません」
カエルに似たゲロ星人は、ゆっくり温泉に浸かりながら歓(よろこ)びの声をあげた。
「げろげろ。クワッ、クワッ」

「お婆さんや」
「何だい、お爺さん」
「年のせいか、目も耳もおかしくなった様だ。あの酔っ払いの連中。突然倒れた後、透明な浮遊物が体から抜け出した様に見えた。幻覚かな」
「心配ありませんよ、お爺さん。あたし達、冥土の旅に出たのです」

               *

【げろ温泉お愉しみ速報】 
 
 昨夜、げろ温泉を訪れた老人団体と、泥酔した精神病院のツアー客がショック死するという不可解な事件が起きた。ただ一人の目撃者である温泉管理人も精神状態が安定せず、「カエルに似た宇宙人が出没した」と、うわ言を繰り返している】

 一ヵ月後、気のふれた老管理人が静かに息を引き取った直後、温泉の脇に新たな看板が遺された。

〔当温泉は、精神を病んだ方、宇宙人、幽霊の皆様のご来場を心よりお待ち申し上げます〕

げろ、げろ、げろっという歓喜の声が、湯煙に響きながら遠ざかっていった。