反戦の視点 その38
崩落の秋(とき)に抗(あらが)いて 第1回
井上澄夫(市民の意見30の会・東京)
※ 本稿では、朝鮮民主主義人民共和国を北朝鮮と略記する。
井上澄夫さんからのメール2のつづき
臨検の後方支援は、国境侵犯への荷担である
船舶は外交上一つの国であるから、臨検は一つの国に踏み込むことである。それは
場合によっては戦闘に発展するし、戦争のきっかけになりかねない。麻生外相は貨物
検査を行なう米軍からの「要請にこたえねばならない」と言い切っている。
麻生の考えはこうだ。今回の事態は、「周辺事態法」に基づく「周辺事態」認定に
関する6類型(政府統一見解)のうち「ある国の行動が国連安保理で平和に対する脅
威、破壊または侵略行為と決定され、安保理決議に基づく経済制裁の対象となり、日
本の平和と安全に重要な影響を与える」に該当するから、臨検を行なう米艦船への
「後方支援」は正当化される。だから当面は周辺事態法で対応し、その間、時間をか
けて、自衛隊による船舶検査に強制力を持たせる特別措置法を成立させる――。
しかし「周辺事態法」の言う「周辺事態」とは、「そのまま放置すれば我が国に対
する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平
和及び安全に重要な影響を与える事態」であり、核実験の実施がそのような事態であ
ると決めつけるのは暴論である。「周辺事態」は地理的概念ではないと政府は繰り返
してきた。今回の核実験を「周辺事態」とするなら、北朝鮮と同様、NPT(核拡散
防止条約)に参加していないインドやパキスタンによる核実験も「周辺事態」という
ことになるではないか。
ブッシュ政権の政治思考における硬直性を体現するボルトン米国連大使は、大量破
壊兵器の拡散防止構想(PSI)を持ち出して騒いでいるが、PSIは、2003年
に米ブッシュ大統領がブチ上げたもので、参加国はわずか15カ国、中国・韓国は参
加していない。PSIは国際法でも国際条約でもない。実態は「有志連合」で、「テ
ロとの戦い」を掲げる米国政府の単独行動主義の表われにすぎない。ほんらい日本が
つきあわねばならないものではない。それどころか、国連安保理の制裁決議に強く反
発している北朝鮮の船舶臨検がどれほど危険なものであるかは上にのべた。臨検は戦
争を挑発する行為である。外務省は周辺事態法による米軍の「後方支援」と自衛隊に
よる船舶検査の両方を求めているが、防衛庁は「北朝鮮に出入りする船と分かる黄海
に入ってからでは地対艦ミサイルも飛んでくる」と反発している(10月17日付
『朝日』)。要するに、安倍首相や外務省はひたすらブッシュ政権の顔色をうかがっ
ているのだ。
こういう雰囲気を読んで、愚かな暴言を吐く者もいる。10月15日に自民党の中
川昭一政調会長が行なった〈日本の核保有〉に関する発言要旨を以下に記す。この発
言は単なる投機的なものではない。これまでも繰り返されてきた自民党の本音であ
る。
〈核があることで攻められる可能性が低くなる、なくなる、やればやり返すという
論理はあり得る。当然、議論はあっていい。憲法でも核保有は禁止されていない。非
核三原則は守るが、議論はしないと(いけない)。重要な戦後の一つの約束を見直す
必要があるのかどうか、きちんと議論を尽くす必要がある。現在は非核三原則がある
が、日本の周りの状況を考えた時には当然「持つべし」という意見が出てくるから、
議論をきちんとする必要がある。〉
この発言は「北朝鮮の核実験」に反対するすべての人びとによって糾弾されるべき
である。さらに中川会長は同じ発言で「どう見ても頭の回路が我々には理解できない
ような国が(核兵器を)持ったと発表した。これは何としても撲滅しないといけな
い」とも語った。
近隣の国を「撲滅しないといけない」と言う人物が与党の最高幹部であるとは!
戦争はそこに至るプロセスが準備する
筆者は安倍首相が北朝鮮に戦争を仕掛けるとは思わない。しかし自衛隊が米艦船に
よる北朝鮮船舶の臨検を「後方支援」するなら、北朝鮮は自衛隊が挑発的で敵対する
軍事行動を起こしたと思うだろうことを指摘したい。安倍首相の好戦的な〈勇まし
い〉姿勢は戦争に直結するとは言えないが、明らかに戦争を準備するものだ。
戦争がいきなり始まることはない。敵愾心(てきがいしん)を煽動し国内世論を沸
騰させて開戦の前提条件を造る。銃後の社会が動揺するようでは戦争は維持できない
からである。その視点で過去を振り返ると、北朝鮮とことを構える条件は、かなりの
程度醸成されてきたと言わざるを得ない。近年、日本の政府・与党が整備してきた戦
争法体制は基本的に米日共同戦争をめざしている。日本が独自に朝鮮半島に手を出す
ことは想定されていない。しかし北朝鮮を憎悪する感情が軍事力の行使を求める気運
を生み出していることは決して軽視できない。しかも「朝鮮有事」への対応マニュア
ルがすでにできていることを防衛庁は国会で認めている。
まずかつての朝鮮に対する植民地支配の清算がなされていない。残念なことだが、
日本の民衆には、植民地遺制と言うべき、「朝鮮」と「朝鮮人」に対する不当な優越
感や低劣な差別意識が残存し再生産されている。日本は朝鮮戦争をきっかけに戦後復
興を軌道に乗せたが、自らが植民地支配した最も近い国の悲劇を奇貨として、それが
なされたことについての反省はない。そればかりか、朝鮮半島の南北両国が国連に加
盟している今でも、韓国とだけ国交を結び、北朝鮮との国交はない。
この異常な関係の継続の上で、2次にわたるテポドン騒ぎや同じく2次にわたる
「不審船」事件をテコに、対北朝鮮の敵愾心が醸成されてきた。繰り返すが、筆者は
どの国のいかなる軍事演習にも反対する立場から、北朝鮮政府のミサイル発射軍事演
習や核実験に反対である。しかしながら、同国が「何をするか分からない恐ろしい
国」であるとは思わない。世界最大の軍事力をもつ米国が北朝鮮を一貫して敵視し、
核兵器使用を含む先制攻撃を振りかざして恫喝を続けてきたことが今回の事態を招い
たことを思えば、北朝鮮政府の姿勢は少なくとも不可解なものではない。
一例を挙げておく。かつて北朝鮮がNPT(核拡散防止条約)から脱退したことを
米日など「国際社会」は度々非難してきた。しかし、同条約第10条にはこうある。
《各締約国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利
益を危うくしていると認めるばあいには、その主権を行使してこの条約から脱退する
権利を有する。》
だからNPTからの脱退それ自体は同条約に違反するものではない。脱退が好まし
いことかどうかについては様々な見解があるだろうが、どの国であれ、NPT体制に
とどまることが「自国の至高の利益を危うくしている」と考えれば脱退していいので
ある。ちなみに米国は、包括的核実験禁止条約(CTBT)への参加を拒否してい
る。
ただもう北朝鮮憎しの感情に翻弄されている人は、こういう単純な事実の確認さえ
しないかも知れない。しかし事態をこれ以上こじらせず、北朝鮮の暴発を防ぎたいな
ら、とらわれのない目で、これまでの経過を丁寧に点検すべきだろう。
もう一つだけ指摘しておきたい。安倍首相は10月16日、「まさに日本が一番脅
威を感じている」とのべたが、これは余りにも無惨な初歩的間違いである。今回の事
態で最も深刻な影響を受けているのは韓国である。米軍の出方次第では、韓国は戦場
になる。安倍首相の挑発的な言動は朝鮮半島の軍事的緊張を高進させている。
井上澄夫さんからのメール4につづく
崩落の秋(とき)に抗(あらが)いて 第1回
井上澄夫(市民の意見30の会・東京)
※ 本稿では、朝鮮民主主義人民共和国を北朝鮮と略記する。
井上澄夫さんからのメール2のつづき
臨検の後方支援は、国境侵犯への荷担である
船舶は外交上一つの国であるから、臨検は一つの国に踏み込むことである。それは
場合によっては戦闘に発展するし、戦争のきっかけになりかねない。麻生外相は貨物
検査を行なう米軍からの「要請にこたえねばならない」と言い切っている。
麻生の考えはこうだ。今回の事態は、「周辺事態法」に基づく「周辺事態」認定に
関する6類型(政府統一見解)のうち「ある国の行動が国連安保理で平和に対する脅
威、破壊または侵略行為と決定され、安保理決議に基づく経済制裁の対象となり、日
本の平和と安全に重要な影響を与える」に該当するから、臨検を行なう米艦船への
「後方支援」は正当化される。だから当面は周辺事態法で対応し、その間、時間をか
けて、自衛隊による船舶検査に強制力を持たせる特別措置法を成立させる――。
しかし「周辺事態法」の言う「周辺事態」とは、「そのまま放置すれば我が国に対
する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平
和及び安全に重要な影響を与える事態」であり、核実験の実施がそのような事態であ
ると決めつけるのは暴論である。「周辺事態」は地理的概念ではないと政府は繰り返
してきた。今回の核実験を「周辺事態」とするなら、北朝鮮と同様、NPT(核拡散
防止条約)に参加していないインドやパキスタンによる核実験も「周辺事態」という
ことになるではないか。
ブッシュ政権の政治思考における硬直性を体現するボルトン米国連大使は、大量破
壊兵器の拡散防止構想(PSI)を持ち出して騒いでいるが、PSIは、2003年
に米ブッシュ大統領がブチ上げたもので、参加国はわずか15カ国、中国・韓国は参
加していない。PSIは国際法でも国際条約でもない。実態は「有志連合」で、「テ
ロとの戦い」を掲げる米国政府の単独行動主義の表われにすぎない。ほんらい日本が
つきあわねばならないものではない。それどころか、国連安保理の制裁決議に強く反
発している北朝鮮の船舶臨検がどれほど危険なものであるかは上にのべた。臨検は戦
争を挑発する行為である。外務省は周辺事態法による米軍の「後方支援」と自衛隊に
よる船舶検査の両方を求めているが、防衛庁は「北朝鮮に出入りする船と分かる黄海
に入ってからでは地対艦ミサイルも飛んでくる」と反発している(10月17日付
『朝日』)。要するに、安倍首相や外務省はひたすらブッシュ政権の顔色をうかがっ
ているのだ。
こういう雰囲気を読んで、愚かな暴言を吐く者もいる。10月15日に自民党の中
川昭一政調会長が行なった〈日本の核保有〉に関する発言要旨を以下に記す。この発
言は単なる投機的なものではない。これまでも繰り返されてきた自民党の本音であ
る。
〈核があることで攻められる可能性が低くなる、なくなる、やればやり返すという
論理はあり得る。当然、議論はあっていい。憲法でも核保有は禁止されていない。非
核三原則は守るが、議論はしないと(いけない)。重要な戦後の一つの約束を見直す
必要があるのかどうか、きちんと議論を尽くす必要がある。現在は非核三原則がある
が、日本の周りの状況を考えた時には当然「持つべし」という意見が出てくるから、
議論をきちんとする必要がある。〉
この発言は「北朝鮮の核実験」に反対するすべての人びとによって糾弾されるべき
である。さらに中川会長は同じ発言で「どう見ても頭の回路が我々には理解できない
ような国が(核兵器を)持ったと発表した。これは何としても撲滅しないといけな
い」とも語った。
近隣の国を「撲滅しないといけない」と言う人物が与党の最高幹部であるとは!
戦争はそこに至るプロセスが準備する
筆者は安倍首相が北朝鮮に戦争を仕掛けるとは思わない。しかし自衛隊が米艦船に
よる北朝鮮船舶の臨検を「後方支援」するなら、北朝鮮は自衛隊が挑発的で敵対する
軍事行動を起こしたと思うだろうことを指摘したい。安倍首相の好戦的な〈勇まし
い〉姿勢は戦争に直結するとは言えないが、明らかに戦争を準備するものだ。
戦争がいきなり始まることはない。敵愾心(てきがいしん)を煽動し国内世論を沸
騰させて開戦の前提条件を造る。銃後の社会が動揺するようでは戦争は維持できない
からである。その視点で過去を振り返ると、北朝鮮とことを構える条件は、かなりの
程度醸成されてきたと言わざるを得ない。近年、日本の政府・与党が整備してきた戦
争法体制は基本的に米日共同戦争をめざしている。日本が独自に朝鮮半島に手を出す
ことは想定されていない。しかし北朝鮮を憎悪する感情が軍事力の行使を求める気運
を生み出していることは決して軽視できない。しかも「朝鮮有事」への対応マニュア
ルがすでにできていることを防衛庁は国会で認めている。
まずかつての朝鮮に対する植民地支配の清算がなされていない。残念なことだが、
日本の民衆には、植民地遺制と言うべき、「朝鮮」と「朝鮮人」に対する不当な優越
感や低劣な差別意識が残存し再生産されている。日本は朝鮮戦争をきっかけに戦後復
興を軌道に乗せたが、自らが植民地支配した最も近い国の悲劇を奇貨として、それが
なされたことについての反省はない。そればかりか、朝鮮半島の南北両国が国連に加
盟している今でも、韓国とだけ国交を結び、北朝鮮との国交はない。
この異常な関係の継続の上で、2次にわたるテポドン騒ぎや同じく2次にわたる
「不審船」事件をテコに、対北朝鮮の敵愾心が醸成されてきた。繰り返すが、筆者は
どの国のいかなる軍事演習にも反対する立場から、北朝鮮政府のミサイル発射軍事演
習や核実験に反対である。しかしながら、同国が「何をするか分からない恐ろしい
国」であるとは思わない。世界最大の軍事力をもつ米国が北朝鮮を一貫して敵視し、
核兵器使用を含む先制攻撃を振りかざして恫喝を続けてきたことが今回の事態を招い
たことを思えば、北朝鮮政府の姿勢は少なくとも不可解なものではない。
一例を挙げておく。かつて北朝鮮がNPT(核拡散防止条約)から脱退したことを
米日など「国際社会」は度々非難してきた。しかし、同条約第10条にはこうある。
《各締約国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利
益を危うくしていると認めるばあいには、その主権を行使してこの条約から脱退する
権利を有する。》
だからNPTからの脱退それ自体は同条約に違反するものではない。脱退が好まし
いことかどうかについては様々な見解があるだろうが、どの国であれ、NPT体制に
とどまることが「自国の至高の利益を危うくしている」と考えれば脱退していいので
ある。ちなみに米国は、包括的核実験禁止条約(CTBT)への参加を拒否してい
る。
ただもう北朝鮮憎しの感情に翻弄されている人は、こういう単純な事実の確認さえ
しないかも知れない。しかし事態をこれ以上こじらせず、北朝鮮の暴発を防ぎたいな
ら、とらわれのない目で、これまでの経過を丁寧に点検すべきだろう。
もう一つだけ指摘しておきたい。安倍首相は10月16日、「まさに日本が一番脅
威を感じている」とのべたが、これは余りにも無惨な初歩的間違いである。今回の事
態で最も深刻な影響を受けているのは韓国である。米軍の出方次第では、韓国は戦場
になる。安倍首相の挑発的な言動は朝鮮半島の軍事的緊張を高進させている。
井上澄夫さんからのメール4につづく