朝鮮について知りたい

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繁栄する祖国、同胞たちの幸せ

2013年09月09日 | 在日朝鮮人
9月9日、朝鮮民主主義人民共和国の創建65周年という節目は、わたしに色々なことを想起させる。
1948年5月10日、UN主催の下、「単独選挙」が行なわれた。8月15日「大韓民国」が樹立され、李承晩が大統領となる。「親日派」はよみがえり、「国家議員」の座に腰を下ろした。
48年4月、56の政党、社会団体代表の参加の下、南北連席会議が開かれた。提案されたのは、単独選挙の反対、米ソ両軍の撤収、全朝鮮的政府の樹立、である。9月9日には共和国が樹立され、南北代表の代議員が選出された。スローガンはもちろん祖国の統一である。続く49年6月、南北71の政党、社会団体を網羅した祖国統一民主主義戦線が結成される。祖国統一と完全な独立、米軍の撤収と民族反逆者への反対、南朝鮮人民委員会の復活、獄中にある愛国者の釈放、南北総選挙と統一的立法機関の創立などが提案された。
さて、このように並んだ事例をわれわれはどのように見るのであろうか。私は上の並んだ二つの歴史的事実を、並列的に評価することはできない。
今日という節目が私に想起させるのは、上記のような歴史的事実ではない。その歴史を創りだした民衆の声である。南へのアメリカ軍駐屯に対して、朝鮮民衆は黙っていたのか。そんなはずはない。すぐさま反対の声はあがってくる。済州4.3事件や麗順(麗水・順天)軍人蜂起、南におけるゲリラ闘争はその最たる例であろう。そしてそれらは最たる例ではあってもすべてではない。済州島の住民30万人中3万人、麗順では8千人、1949年まで11万を超える人民が虐殺された。
その理由は何か。彼(女)たちが「独立」を志向したからに他ならない。独立統一によって不利益を被る者たちにとって、「独立勢力」がいかに畏怖的な存在であったのか垣間見ることができるであろう。
そのような民衆の志向と希望は共和国に託された。独立統一を志向する全朝鮮政府の樹立をめざす主権国家の誕生が9月9日である。それから65年という歳月が流れた。未だ共和国は独立統一を志向し、厳しい闘いを強いられている。
「独立」はそれを阻む勢力との闘いを抜きに勝ち取れるものではない。現にいまなお植民地から「解放」されたはずの朝鮮半島で起こった戦争は終結をみていない。共和国の言う、「独立」とは「国際社会」の承認のもとでのみ自国の存在を許される秩序、これの解体である。この「独立・統一」こそ共和国の建国理念である。なるほど、このような共和国が「野蛮」に見え、「脅威」に見えるのは至極当然かもしれない。しかし、止むことのない「暴力」のなか、共和国は今日もかわらずこの道を進んでいる。胸のすく思いだ。
さて、今日共和国では新しいリーダー、金正恩第一書記の指導のもと、独立統一の旗印である金日成主席、金正日総書記の遺訓をブレることなく、貫徹していっている。人民は明るい未来を展望し、少しずつではあるが、着実に変わっていっている「今日」を生きながら、よりよい「明日」を切り拓いていっている。
「繁栄する祖国、同胞たちの幸せ」。このスローガンを掲げた我々は今どこに立っているのであろうか。90年前、同胞たちは「朝鮮人」という理由だけでいわれのない虐殺を甘受した。「4.24教育闘争」時、在日同胞が対峙した相手は「軍隊」だった。今日の「高校無償化」や「補助金カット」が垣間見せる日本の朝鮮人にたいする眼差しは、このような思想レベルでの「植民地」が、未だ連綿と続いていることの証左であろう。
「真の独立」のための闘いの先頭には、いつも共和国が変わらず立っている。祖国の「繁栄」は、在日同胞に「第二の解放」を迎える転換点を与えるに違いないだろう。