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よい子の読書感想文 

2005年から、エッセイ風に綴っています。

読書感想文482

2015-01-14 23:37:00 | 大衆文学
『津軽の野づら』(深田久弥 新潮文庫)

 以前から少し気になっていた。青森市に八年間も住んだので、その風土や言葉は故郷のそれのように思い出せる。表紙の紹介には『浪漫性の濃い健康さに満ちあふれ、津軽の風土色ゆたかな地方主義文学の傑作である』と記され、興味をそそらないわけにはいかなかった。
 しかし読んでみて、濃厚な津軽弁と女性視点に違和感を覚えた。あの独特なイントネーションを耳に蘇らせられる私には、この文体のリアルさがわかる。だから当初は著者を津軽出身の作家と信じて疑わなかった。
 だが、この男には想像もつかぬような視点、展開は何か。と、思い至って、つい私は読み切らぬうちに著者の名をネットで検索し、そこで北畠八穂の存在を知ったのである。
 もうこうなると素直には読めぬ。迸るような津軽弁が続くかと思えば、教訓じみた感慨が付加されていて、ああ、もらった原稿に添削するみたいにして注釈を入れていったのだろうかと勘ぐってしまった。
 太宰の『斜陽』も日記の提供を受けて成ったものと聞く。そういう共同、結晶は、ひとつの帰結でもあろうと私は思う。
 本書においては、離縁さえなければ、もしかしたら永遠に二人の合作に関する事情は表に出なかったかもしれないのだ。



読書感想文470

2014-09-05 20:18:00 | 大衆文学
『一瞬の風になれ②・③』(佐藤多佳子 講談社)

 2巻、3巻といっきに読んだので、感想も併せて書く。
 高校生の口語体を呈する文体に当初は違和感を覚えたが、気づくと熱中して読んでいた。高校入学から三年時の高校総体までを描く長編であり、作中人物たちの成長を追うことができる。
 陸上競技、特に短距離を描くのだが、必要最小限の描写で、情景が頭に浮かぶ。アニメタッチな文体にはじめは反感さえ覚えたが、活字だけで短距離走の動きをイメージさせられるのだから、この作者の描写力は驚異的だ。しかも一人称によって。
 くさい話、感動する話、これらは紙一重なのだが、不思議と臭味がない。なんでだろうと思って読後、調べたら、作者はある高校に3年間にわたって取材し、この作品を書き下ろしたらしい。
 リアルなわけだ。そして作者が感情移入しているからこそ描けた爽やかさなのだろうと思う。
 また、構成にも工夫が凝らされている。兄の交通事故は冗長になりそうな話の筋に香辛料のようなアクセントを与え、青春小説に定番の恋に関する展開は、非常に適度な線を保っていて快適に読めた。
 紛いなりにも陸上競技に携わる身としては、鼻の奥がツンツンくる場面が少なくなかった。走ることの楽しさを思い出させてくれた。
 自分から手にすることはなかっただろう本だが、出会えて良かった。人との出会いがもたらしてくれる本というのがたまにある。その巡り合わせに感謝したい。
 走る情熱が、また湧いてきた。それは生きる力といっていいかもしれない。ひょんなことで、人は倒れもし、立ち上がりもするのだ。
 

 



読書感想文464

2014-07-28 21:26:00 | 大衆文学
『一瞬の風になれ①』(佐藤多佳子 講談社)

 ある人と酒の席で本の話をしていて、『あげるので読んでみて』と言われ、いただいた。私がマラソン好きな文学好きと知ってのことだと思うが、文章のマンガみたいな軽さには驚いた。陸上競技が題材で、かついただいたものでなければ、読まずに投げていたかもしれない。それだけ軽すぎる文体なのだ。
【授業が終わると部室に直行するんだけど、とにかく狭いもんで一年は追い出されて外で着替えることになる。冬場は寒くて死ぬらしい。】とか、
【合宿からは逃げ出そうとする。国体予選の前に外国に遊びに行く。いくら才能があっても、こんな奴は勝てない・・・。クソッ、人のことなのに、なんだかムカムカしてきたぜ。】という具合。
 違和感はあるが、現代の高校生に一人称を語らせるには、これがリアルな手法なのだろうか。
『風が強く吹いている』という映画は、面白いし良いラストだったが、陸上特有のストイックでキツイ場面は描かれず、不満の残る内容だったが、本作はその点では過不足なく描かれていきそうな予感はある。そもそもサッカーをドロップアウトしたという経歴が、作品に深みを与えていて、それらの下拵えがあるから、軽さも許せてしまった。
 次もさらさらと楽しんで読めそうだ。しかし著者はどうしてこの若い感性を文体で表現してみせることができるのだろう。 



読書感想文445

2014-01-30 23:01:00 | 大衆文学
『1Q84Book3』(村上春樹 新潮文庫)

 読み進めるにつれ、これは純文学でもファンタジーでもなく、それらを纏った恋愛小説なのだと思った。
 手の込んだ恋愛小説である。しかし、映像は飛躍的に進化し、アニメやマンガが市民権を得たいま、活字が力を持ち得るとしたら、このような付加価値が与えられねばならないのだろうか。
 そういう意味で、村上春樹は活字の持つ力というものを、活字が劣勢に立たされているいま、存分に発揮してみせる稀有な作家といって良いだろう。恋愛を扱うにしても、ストレートな、純な文学で満足できないほどに、マンガやアニメ
が発展している。それ故に、春樹特有のファンタジーな作風と、社会問題を包摂するような本作のテーマがマテリアルとして必要だったのだろう。
 いったいどこに着地させるのだろうと不安を覚えたが、結局、“さきがけ”という宗教団体の意図するところも描かれずに終わっている。作品を彩る材料に過ぎなかったわけだ。
 という意味で脱力感に見舞われてはいるが、しかし活字の力というものを再認識させたのは、さすがという他ないのである。




読書感想文444

2014-01-29 16:48:00 | 大衆文学
『高円寺純情商店街』(ねじめ正一 新潮文庫)

 以前からよく書店で目にした。印象的な題名と作者の名前のせいかもしれない。でもあまり食欲を覚えなかったのは、下町の人情を描いた直木賞受賞作、という安直なイメージを私が抱いたからだろう。
 今回、いまさら手にしたのは、帰省するたびに五冊以上は買ってしまう行き着け古書店において。きっと東京に住むようになり、高円寺という街が好きになったからだろう。以前とは違う輝きがこの本の背表紙にほの見えた。
 外野から想像するステロタイプな“下町”とは違う独特の魅力が高円寺にあって、それが舞台の作品なら読んでみたいと思ったのだ。
 しかし、読み始めて、これが小説なのか? と、やや戸惑いながら頁を繰っていった。あまりに自然体な、少年視点の回想録みたいな印象的なのである。なのに、ついつい次へ次へと読み進めたくなる。
 子供視点を、抑制された大人の文体で描く。それが作品を味わい深くしているらしい。
 読み終えてから、無性に高円寺に行きたくなった。なんであの街が好きなんだろうと、ふと思ったが、答えは簡単明瞭、実家界隈に似た雰囲気なのである。