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よい子の読書感想文 

2005年から、エッセイ風に綴っています。

読書感想文823

2022-06-26 21:32:00 | 詩歌・戯曲
『キリンの子 鳥居歌集』(鳥居 KADOKAWA)

 新聞の書評で気になって手帳にメモしていた。
 蓮の花は泥で咲くとはいうが・・・
 絶句し、胸が戦慄く読書となった。
 ある意味で、私小説的な成り立ち方をした歌集といえようか。
 凄絶な子ども時代が予備知識としてあって、それのアウトプットのように鑑賞せざるをえない。予備知識で埋め込まれた伏線が、短歌によって物語は可視化され、回収される。
 とはいえ。回収され、救われるわけではない。なんらかのカタルシスがあるかといえば、そうでもない。
 ただ読む側は、31語に濃縮された“表現”を手にして、絶句するのみである。このとき、私は、ふと「どういえばよいかわからなくなり戦慄いている、この私はなんなのだろう」と立ち止まる。
 個人的に、共感できてしまう景色があって、私は言葉を失いながらも、私の“歌”を再生していた瞬間があった。だから、自らを顧みることになっていたのか。

 就職は数十年後も生きていて働きますと交わす約束

 子どもの頃から自死念慮にとらわれていた者にしかわからぬ隔絶感、疎外感。来年まで生きていてなきゃいけないと考えただけで疲弊してしまっていた者には、そんな“約束”ができるとは思えなかった。
 よくぞ生きてきましたと、作者の短歌と、短歌との出会いを讃えたい。
 こうした私小説的構造の短歌はしばらく続くかもしれないし、それはそれで手に取りたいが、飛躍して、自由に詠まれたものも、みてみたい。
 


読書感想文689

2019-09-18 18:38:00 | 詩歌・戯曲
『句集 未完成』(住宅顕信 春陽堂)

 朝日新聞の『天声人語』でその存在を知り、読みたいと思って手帳にメモしていた。新聞の効用(の一つ)は自分のソナーに映らない魚影が、投網にストンと入ってくる、そういう不意の出会いである。
 届いた本の帯には、
“「天声人語」で大反響!”
 大新聞の影響力を思った。私のような経緯で手にした人が大勢いたのだろう。
 更に、帯はこう語っている。
“23歳で白血病に倒れ、妻にも去られ、病室で幼子を育てながら、わずか25歳で世を去ったひとりの俳人。”
 絶句させられるような晩年である。この壮絶なイメージが読む者を覆い尽くしてしまうのは、作品を鑑賞するにあたって良いことだったのかどうか、難しい。

 月、静かに氷枕の氷がくずれる。

 この句に鳥肌が立つのは、著者がどのような状態で詠み、その後、若くして亡くなってしまったことを知っているからだろう。
 現実のストーリーと補完し合うことを、文学としてはどう解釈すべきなのだろう。当初読んでの衝撃を経て、幾日かして冷静に思うのはそういう屁理屈なのだが、しかし詩歌は考えるのでなく感じるものなのだとすれば、それは感じた通りで良いのだなとも思う。
 週末に届いたのを、早く目を通したくて、週明けから耽読した。仕事に身が入らなかった。自由律俳句というのをよく理解しておらず、他と比較して鑑賞する術もないのが歯がゆかったが、技法など云々する以前に、これは・・・
 仕事どころではなかった、としか表現できない。



読書感想文620

2017-12-02 11:46:00 | 詩歌・戯曲
『世間知ラズ』(谷川俊太郎  思潮社)
 
 ふと谷川俊太郎の詩を読みたくなって手にした。
 メジャー過ぎて、教科書で、雑誌で、本屋に並ぶ背表紙で、探すまでもなくその名は目につく。ひねくれ者の私は、有名な、主流の、売れているものを無意識か故意にか避ける傾向があって、谷川俊太郎の著書は一冊も持っていなかった。(出版業界においては、その発行部数の少なさで、詩集じたい傍流のような扱いなのだろうが)
 若い詩人の、きらきら、ひりひりするものとは対極にある詩集である。だいぶ齢を重ねてからのもので、年齢ゆえの気付き・反省が、違和感なく詩情に溶け込んでいる。それが味わい深くもあり、気配なく肩を叩かれたときのような小さな衝撃にも見舞われる。

 だが自分の詩を読み返しながら思うことがある
 こんなふうに書いちゃいけないと
 一日は夕焼けだけで成り立っているんじゃないから
 その前で立ちつくすだけでは生きていけないのだから
 それがどんなに美しかろうとも
(『夕焼け』より)

 谷川俊太郎が年老いてもなお詩人であり続けている理由を垣間見た気がする。
 安住しないのだろう。詩は静的なものに見えて、それを表現するほうは絶え間なく動いている。アングルを変えるためだけではない。自分を脱皮し、あるいは俯瞰し、場合によっては生まれ変わるためにも。

 私はただかっこいい言葉の蝶々を追っかけただけの
 世間知らずの子ども
 その三つ児の魂は
 人を傷つけたことにも気づかぬほど無邪気なまま
 百へとむかう

 詩は
 滑稽だ
(『世間知ラズ』より)


 と、表題作は本詩集の特徴を、最後の7行に凝縮して結晶化している。
 唸らされる。けれども、これは“谷川俊太郎”という詩人のキャラが立っているゆえに成立する詩作でもあるなと感じる。という意味では、私小説みたいな特殊なスタイルに依った詩なのかなと思う。
 その是非を言えば、きっと幾度となく繰り返された私小説に関する論争を煎じ直すだけになるだろう。
 理屈で考えず、是非は問わず、詩は感じれば良いのだと、いまぱらぱらと再読の頁をめくりながら思った。





読書感想文594

2017-03-21 18:47:00 | 詩歌・戯曲
『ロング・グッドバイ』(寺山修司 講談社文芸文庫)

 通読して感想文をアップするのは三度目となる。今回もまた、手持ちの未読文庫本がなく、通勤電車用にチョイスした。
 前回、寺山修司作品を読んでから二年近くが経過している。(その間、映像作品は『田園に死す』と『書を捨てよ町へ出よう』を観た)。やはり読んで得られる感触は、その時その時で異なる。
 今回は、詩歌の言葉ひとつひとつに心を震わすというより、それらが喚び起こす寺山修司のイメージに身を委ねる読書となった。
 具体的にいえば、映像作品や、記念館で私の中に刻印されたもの(映像や音声或いはイメージ)が活字によって再生され、まるでコラージュされた走馬灯を眺めるように疾走していったのだ。
 かつての私ならば、活字のみで成り立つべき文学にとってそれは不純なことだと感じたろう。けれど少なくとも寺山修司に関しては、今回私の中で駆け巡ったものを、そのまま受け止め、鑑賞して良いのだと思う。
 職業“寺山修司”と自称した男は、そういう多面的なクリエイターだったはずなのだから。
(ちなみに、寺山修司に関する新聞記事をここ数ヵ月のうちに二つ目にした。ひとつは、昔、頭でっかちで津軽弁丸出しの話し方を揶揄して真似するのが一部の間で流行った、という昔話。もうひとつは、18歳の寺山修司が短歌誌編集長に宛てたという手紙が発見されたという報。評価は様々だが、いまでも話題に上り続けている、古びない人であるのは確かだろう。)
 そういえば、私が青森在勤時に通ったジャズ喫茶のマスターは、寺山修司と同級の親戚で、寺山があずけられた青森市の映画館の子だった。元気だろうか。しばらく会っていないのである。


読書感想文516

2015-09-26 07:33:00 | 詩歌・戯曲
『原民喜全詩集』(原民喜  岩波文庫)

   五 月
 遠いい朝が来た
 ああ 緑はそよいでゐる
 晴れ渡つた空を渡る風
 なにしに今日はやつて来たのだ

 
岩波文庫に、民喜の詩集があるとは、最近知った。幾つかの古書店を覗いてみたが見つからず、Amazonを頼った。届いて奥付を見ると、今年の7月に第1刷とある。民喜といえば『夏の花』しか店頭にない昨今(講談社文芸文庫から戦後全小説が出ているが店頭ではほとんど見ない)、詩集と聞いて、だいぶ古いもの、絶版のものを想像していたから意外だった。
 上に挙げた詩は、民喜が若い頃多作したという四行詩のひとつ。広島弁特有の形容詞が、静かな、朴訥なリズムを形成するかに見えて、最後の行で、意外な展開を見せる。“今日”を擬人化し、なにをしに来たのかと問う。鮮やかな飛躍に、清々しいものを感じた。
 とはいえ胸を震わせたのは、これまでにも幾度か目にしてきた戦後のものだった。

   永遠のみどり
 ヒロシマのデルタに
 若葉うづまけ
 死と焔の記憶に
 よき祈よ こもれ
 とはのみどりを
 とはのみどりを
 ヒロシマのデルタに
 青葉したたれ

 原爆を体験したことにより、生きることを、書くことを決意する。夢魔のような現実に立ち向かおうとする、詩人の切実な祈りの詩である。
 そして、『悲歌』によって、自らに終止符をうつ。衝動的な死ではないこと、それは『悲歌』の、静謐な言葉の連なりから窺える。
 私は幾度か、通勤電車でこの詩集を手に、涙がこみ上げそうになった。元来、実生活に耐えられぬような詩人が、妻を失い、家を失い、原爆に遭って、なお戦後の辛酸をなめ、水が蒸発するように自殺してしまった。美しい文体、詩だけを残して。
 空気を吸うごとく、この人の書いたもので自らを満たしたい、そういう1日を頻繁に持ちたいと、あらためて思った。