goo blog サービス終了のお知らせ 

よい子の読書感想文 

2005年から、エッセイ風に綴っています。

読書感想文443

2014-01-20 19:19:00 | 大衆文学
『1Q84 Book2』(村上春樹 新潮社)

 ファンタジー色が濃くなり始め、にわかに私は警戒した。月の二つ浮かぶ世界に暮らす『青豆』の物語は、『天吾』の創作なのではないかと。
 たまにそういう仕掛けの小説がある。ちゃんちゃん、である。私の疑いが間違いなら良いのだがと思って、ふと我にかえる。
 そもそもこれは創作である。どんな仕掛けがされようが、創作であることに変わりはないのだった、と。
 こんな自明のことを忘れるだけ、本作には読者を引き込む力がある。『さきがけ』は、ヤマギシズムとブントの某派と、オウム真理教などを素材にしてコラージュし、興味を喚起するし、暴力やセックスに関しても、小説(ドラマ)の道具としては効果的に使いこなしている。
 前回私は三島由紀夫や高橋和己と書いたが、この作品は村上龍あたりが得意とした手法をもカバーしている。まるで、それのみでさまざまな食材をまかなえてしまう鍋料理のように。
 しかし、一歩間違えれば、おぢや、である。この作品が次の一冊で、どこに着地しようとしているのか、なんだか心配になる。と、妙な感想を抱いてしまった。




読書感想文442

2014-01-12 18:00:00 | 大衆文学
『1Q84 Book1』(村上春樹 新潮社)

 二年近く前に人からもらったまま積ん読していたのをやっと紐解いた。ぶ厚いハードカバーのため持ち歩きにくく、出勤時あるいは外出時のチョイスに毎回漏れ続けたのである。しかしそんな理由で手にしないと、いつまで経っても読めないなと、最近は重いバッグを持ち歩いている。慣れれば電車で開くのも、そう違和感のあるものではない。
 あまり期待はせずに紐解いた。けど、がっかりはしないのはわかっているから、安心して読めるのが村上春樹だ。おそらくこの人は、作品は商品でもあると割り切っているのではないか。その意味では良くも悪くも熟達のプロである。
 たとえば十年ほど前に『海辺のカフカ』という作品を読んだ。面白く読めたし、ドキリとし、ズキリとした印象はある。だが内容は覚えていない。琴線には触れるが、優しく撫でていくのみで、(もし琴線というものが物理的に存在するとして)まったく痕跡を、傷のような痛みを、残しはしない。村上作品にはそういうところがあるように思う。だから本作についても、期待はせずに手にしたのだった。
 で、少なくともBOOK1は、意外に良かった。『ヤマギシ』や『エホバの証人』をモデルにした団体が登場し、革命の季節から脱落していった人々のその後が作品の周縁に描かれる。
 皮肉なもんだなと思う。世の中がシリアスだった時代には、極めて趣味的に斜に構えた作風を気取り、やはりその反対の世相に対しては、こうしたスタンスで描く。
 その守備範囲の広さには素直に感嘆せざるを得ない。おそらく世相の機微な、多様化した嗜好を敏感に受け取り、それをカバーする作品を形成している。そんな器用なことができる書き手は、そうそうおるまい。
 高橋和己や三島由紀夫が担うべきだったあれこれを、ひとりでコラージュする器用さ。しかし一方、文体は雑になりつつある。『目を細める』とか『顔をしかめる』という慣用表現の多用にはうんざりさせられた。けれどそれは、読み手のレベルに合わせたプロのサービス、なのかもしれない。
 しだいにシリアスさが脱線してファンタジー色を濃くしていく終盤。結局、期待はできないのである。外れのない安心はあるけれど。




読書感想文436

2013-11-04 23:18:00 | 大衆文学
『青春失恋記』(太田治子 新潮文庫)

 ちょうど三年前に、この著者の作品を初めて読んだ。『手記』という極めて若い頃のものだった。私は複雑な感想とともに、いずれは“斜陽の子”という規定から自由になった作品を読みたいと感じた。
 それを覚えていて、ふと古本屋で見かけた本書を、そのまま置いていく気にはなれなかったのだ。けれど私は何らの期待もせずに読んだ。心のどこかに、やはり話題性や七光りだろうという見くびりがあったのだと思う。
 ふわふわとして、童話みたいである。語り手は少女マンガの主人公のように見えてしまう。失恋を繰り返すその性格からは、未成熟、あるいは意地悪な表現をすれば、おめでたささえ感じてしまった。
 すれてないというか、世間知らずというか、目もあてられぬと思って、ふと考え直した。その割に、私は嫌気もささずに読み進めているではないか? それに、未成熟さや歯痒いほどの世間知らずさは、描かれ、つまり客体化されているのではないか? と。
 以前、『手記』を読んだときもちょっと感じた文才というのを、再確認した。これといって感銘もなく、少女趣味に惑わされながらも、つい読めてしまうのであるから。
 自ら探し求めはせずとも、偶然目にしたら、つい手にとってしまうのは、今後もありうることだろう。



読書感想文409

2013-02-12 22:36:00 | 大衆文学
『442部隊の真実』(武知鎮典 ポプラ社)

 副題“アメリカ陸軍史上、最も勇敢だった日系人部隊の魂の物語”とある。知られざる戦史にスポットライトを当てたドキュメントかと思いきや、小説である。『小説風だから読みやすいよ』と出張先で上司に渡された。
 私は私で積ん読のものを消化すべく幾つかを持参していたので、あまり予定外の読書はしたくなかった。しかも本書は600ページ近い厚さである。とはいえ断るわけにはいかない。私自身、経験があるが、勧めたものを読んでもらえないと非常に残念である。それに、日系人部隊が大戦中にどんな苦労をし、また何故に勇敢に戦い得たかは知りたかった。
 持参のものは諦めて、私は出張先での余暇時間をこの本に集中させた。
 序盤は良かった。真珠湾攻撃での衝撃的な展開、苦境に立たされる日系人、それゆえに熱烈に兵隊に志願する若者たち。
 しかしその難しい立場にあって苦闘した彼らの戦記も、結局はアクション映画のように、無内容で陳腐な描かれ方をしてしまい、読んでいてまったく作中人物たちの顔が見えなかった。小説というよりはB級映画の台本でも読んでいるみたいだった。
 頭を使わずに流し読みできてしまうから、楽である。エンタメである。しかしエンタメにしてしまう題材ではないはずだ。ここ最近、質の高いドキュメントや戦記文学を読んでいたので、目が肥えた悪いタイミングで読んでしまった。



読書感想文390

2012-08-21 23:27:00 | 大衆文学
『アメリカひじき 火垂るの墓』(野坂昭如 新潮文庫)

 アニメーションが有名な作品。原作も読もうと幾度か手にとったが、関西弁がほとばしる特異な文体に、その都度躊躇してしまっていた。落語みたいなリズム感で、息つく間もない文体は、きっと劇画とのギャップを際立たせて、違和感を与えていたのだろう。そもそもこちらが原作なのだが。
 他にも戦災を題材にした短編が収録されているが、そのいずれもが、『火垂るの墓』同様のテーマにこだわり抜いた形跡を見せる。戦地だけが戦場ではなかったと、私はふと思う。途中、幾度か読むのが苦痛にさえなった。最初は好きになれなかった落語じみた文体が、ある意味ドライで救いだった。普通の文体では描写しきれない現実を前に、著者が振り絞ったスタンスがこれだったのだろうか。
 作り話ではない凄みがある。この文体は悲しむにも悲しめんなと当初は疑問だったが、そんな感傷をいざなうがために筆を起こしたのではなかったのだ。
 文庫化されてないものも探してみたい。