『1Q84 Book2』(村上春樹 新潮社)
ファンタジー色が濃くなり始め、にわかに私は警戒した。月の二つ浮かぶ世界に暮らす『青豆』の物語は、『天吾』の創作なのではないかと。
たまにそういう仕掛けの小説がある。ちゃんちゃん、である。私の疑いが間違いなら良いのだがと思って、ふと我にかえる。
そもそもこれは創作である。どんな仕掛けがされようが、創作であることに変わりはないのだった、と。
こんな自明のことを忘れるだけ、本作には読者を引き込む力がある。『さきがけ』は、ヤマギシズムとブントの某派と、オウム真理教などを素材にしてコラージュし、興味を喚起するし、暴力やセックスに関しても、小説(ドラマ)の道具としては効果的に使いこなしている。
前回私は三島由紀夫や高橋和己と書いたが、この作品は村上龍あたりが得意とした手法をもカバーしている。まるで、それのみでさまざまな食材をまかなえてしまう鍋料理のように。
しかし、一歩間違えれば、おぢや、である。この作品が次の一冊で、どこに着地しようとしているのか、なんだか心配になる。と、妙な感想を抱いてしまった。
ファンタジー色が濃くなり始め、にわかに私は警戒した。月の二つ浮かぶ世界に暮らす『青豆』の物語は、『天吾』の創作なのではないかと。
たまにそういう仕掛けの小説がある。ちゃんちゃん、である。私の疑いが間違いなら良いのだがと思って、ふと我にかえる。
そもそもこれは創作である。どんな仕掛けがされようが、創作であることに変わりはないのだった、と。
こんな自明のことを忘れるだけ、本作には読者を引き込む力がある。『さきがけ』は、ヤマギシズムとブントの某派と、オウム真理教などを素材にしてコラージュし、興味を喚起するし、暴力やセックスに関しても、小説(ドラマ)の道具としては効果的に使いこなしている。
前回私は三島由紀夫や高橋和己と書いたが、この作品は村上龍あたりが得意とした手法をもカバーしている。まるで、それのみでさまざまな食材をまかなえてしまう鍋料理のように。
しかし、一歩間違えれば、おぢや、である。この作品が次の一冊で、どこに着地しようとしているのか、なんだか心配になる。と、妙な感想を抱いてしまった。
