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よい子の読書感想文 

2005年から、エッセイ風に綴っています。

読書感想文915

2025-01-11 08:36:28 | 戦争文学
『ガリア戦記』(カエサル 國原吉之助訳 講談社学術文庫)

 いつも古書店の岩波文庫コーナーで目にしてきたが、手が伸びなかった。外国の古典、興味を持って読み進められる自信がなかった。
 とはいえ、それはいつも会う旧知の人みたいに、馴染みの背表紙となっていった。格調高い名文という評価も気になっていた。そして、現代においても、米陸軍士官学校では必読書とされていると知った。ようやく読む気になった。
 米軍が、将来を嘱望する士官候補生に読ませたいというなら、それは読まれるべき内容に違いないと思った。
 紀元前のものとは思えない、理性的で、親しみの湧く文章である(訳文とはいえ)。そして米軍が今でも重要視する所以も理解できた。
 カエサルは、戦役において、絶えず補給と奇襲に着意している。補給部隊を大事にし、それらが襲撃されぬよう、いつも護衛をつける。
 また、敵が降伏し人質を差し出すというなら、無駄な戦いはせず、寛大な処置を行い、なるべく戦わずして勝とうとする。他方、許すべきではない局面においては、その対外的効果を充分に見据えて、過酷な処罰も行う。
 米軍にあって日本軍になかったものが、カエサルの戦記から読み取れる。それは着実に勝利を手繰り寄せるベースともいうべき思考方法だ。
 義経ばりの奇襲を重宝し、補給を軽視した日本軍は、現地人から略奪するしかなく、それがまた作戦を政軍両面から困難にさせた。
 戦前の日本人は、ガリア戦記を読まなかったのだろうか。
 とはいえ、合理的ともいえるカエサルの戦争でさえ、略奪と破壊は戦争とセットで、人の命は家畜並に扱われている。年代を経るに従い、戦争にも最低限のルールが課されるようになったわけだが、欧州は今も戦禍の中だ。
 2000年以上経っても、人間は殺し合いをやめられていない。米軍のリアリズムはそのことも士官候補生たちに教えようとしているのかもしれない。

読書感想文876

2024-02-12 18:28:04 | 戦争文学
『伊号第一〇潜水艦 針路西へ!』(「丸」編集部編 光人社NF文庫)

 たまには資料的価値を求めた戦史ではなく、読み物としての戦史を読みたいと思って手にした。
 勉強として戦史を読書することで、知らず知らず共感ストレスにさらされ、心が疲弊するということに気づいたのである。
 読み物としての戦記は、その点、ヒロイズムと感傷、あるいは浪花節風な戦友愛に彩られ、読んでいてツラくなることはない。
 また、中学生の私は、古本屋で雑誌「丸」を入手しては、戦争体験者の手記などを読みふけっていた。その懐かしさも手伝って、郷愁さえ感じられた。
 「轟沈」という軍歌がある。その歌詞の元ネタになったのではないかと思われるエピソードあり、米本土空襲の戦記ありと退屈させない。
 また、当時の低性能な潜水艦による戦いの困難さが上手く描かれ、感銘を受けもした。
 回天を送り出す潜水艦搭乗員の様子、輸送潜水艦による孤島への困難な任務、これらは資料上は知っていたが、乗員の印象や感想は初めて目にして、感動してしまった。
 戦記といって軽く見てはいろいろ見落とすのかもしれない。美談化しているのは度外視し、読み物として味わいつつも、濾し取れるものは少なくないと感じた。

読書感想文854

2023-08-06 18:25:50 | 戦争文学
『一歩の距離』(城山三郎 文春文庫)

 予科練(←と書こうとして私のスマホは漢字変換できなかった!)の生徒を主人公に語る戦争の青春である。
 特攻隊への志願を募るとき「志願者は一歩前へ」と呼ばれ、語り手は硬直し、前へ出そびれる。それが表題の由来である。
 酷い時代である。皆、熱病にかかっていたかのようである。だが、日本人の本質は変わるまい。雰囲気に呑まれ、周囲の空気に支配され、雪崩れるように、取り返しのつかないところへ足を踏み入れる。
 軍国少年らの群像劇から、そのようなことを考えさせられた。

 併録の『マンゴー林の中で』は、特攻用のボート「震洋」の隊長として着任する若い大尉が主人公。
 18歳で、特別幹部候補生として終戦を迎えたという著者にとっては、ここで描かれる震洋乗組員の少年らこそ、当時の自分らであったろう。
 とはいえ、身に迫るものが文体から感じられないのは、著者の小説家としてのスタンスゆえだろうか。
 大衆小説寄りの経済小説を書いて名を挙げた人である。自身への鎮魂賦と解説にはあったが、突き放して、他人事のように書く文面からは、痛みや苦悩、絶望といったものは、さほど感じられない。
 私個人は、菊村到の、上手くない戦争小説のほうが、まだ好きである。

読書感想文799

2021-10-26 21:57:00 | 戦争文学
『学徒兵らくだ君』(たけだまこと 光人社NF文庫)

 数年ぶりの再読である。
 またいつか読もうと思ったのを覚えており、自宅から持って来た。
 兵隊としては低体力で要領も悪い学徒兵が、周囲に忖度せず、正論を持って、肝を据えて自分を押し通していこうとするさまが、なかなか痛快である。ノンフィクションではなく、ある程度の脚色はされているのだろうが、不条理な指導やいじめを行う上官・上級者も、呆れたり言い返せなかったりで、結果的に軍隊の抱える矛盾や欺瞞が透けて見えてしまう。
 学徒出陣の兵士たちの手記は数多く手にしてきたが、こういう手のものは珍しい。悲劇や美談、あるいは軍国主義批判だけではない、地に足のついた、しかし兵隊としては脱線している学徒兵の視点は新鮮である。また、不条理・不合理に抑圧され、同調圧力に忖度しがちな、組織内で硬直している自分を、弛緩させつつ鼓舞してくれる。
 楽しい読書ではないが、力づけられる読書ではあった。まあ、らくだ君にとって軍隊は不本意な、腰かけの居場所に過ぎなかったから、怖いものなしだったのであり、そのクソ度胸を真似するわけにはいかないのだが。


読書感想文791

2021-07-29 15:07:00 | 戦争文学
『永遠のゼロ』(百田尚樹 講談社文庫)

 今さらだが、初めて読んだ。確か、映画化されたのが8年くらい前だから、長らく敬遠してきたものである。
 広く支持されるということは、それだけ平易に、悪く言えば薄められ、角を削られ、無難に作られ、ディフォルメされているはずである。だから、あまりに多く売れたものを、私はひとまず敬遠する。本でも音楽でも、そういうものは数年経つと、ゴミのような値段で並んでしまう。普遍的な価値などなかったのだと言われても言い過ぎではあるまい。手にとるなら、そういうときにリサイクルするくらいで良いだろうと思う。
 この作品については、それのみならず、作者が嫌いだった。ネット右翼の、根拠に薄い偏った言説は、もとを辿ると、こういう男の発言がソースになっていることが多い。厚顔無恥な発言には怒りすら感じる。NHKも審美眼がなかったと言わざるを得ない。
 それでも、作者と作品は別に捉える必要がある、と冷静に考え、いずれ読もうと思っていた。もう何年も前から¥100で並んでいるし、ちょうどコロナ禍で時間ができたので、手にとった。
 戦争を知らない側が感情移入できるよう工夫された構成で、読みやすかった。
 しかし、少年の頃から雑誌「丸」などに親しんできた私にすれば、いまさら教えてもらうまでもないエピソードの数々であった。怖いのは、ベースとなる知識がない若者が、こういう構成で「教育」されて、妙な目覚め方をしてしまうのではないか、ということだ。
 主人公らが訊ね歩く元兵士たちの話は、さまざまな視点から描かれており、バイアスにまみれてはいない。しかしどこか、教養番組のような臭さが拭えない。戦争を知らない輩に教えてやろう、というスタンス。その行間に、やはり偏ったものがにおいたつのだ。
 その偏ったものが噴出するのが、主人公の姉のフィアンセとして登場する新聞記者の扱いである。なるほど、と思った。ここにおいて作者は正体をあらわにする。ピュアな読者が、このネット右翼なおっさんが行間に仕込んだものに感染しないか不安になる。
 いや、多くが、感染したんだろう。いま若い世代と話をすると、随分とナショナリズムな発言を聞く。裏付ける歴史や戦争の知識も浅はかなのに。
 作者は、もう小説家を引退したとか聞く。しめしめと思っているのだろうか。印税をせしめて、さらに多くの人を右旋回させたかもしれないのだから。そういう力を持った作品だったことだけは確かだ。