『ガリア戦記』(カエサル 國原吉之助訳 講談社学術文庫)
いつも古書店の岩波文庫コーナーで目にしてきたが、手が伸びなかった。外国の古典、興味を持って読み進められる自信がなかった。
とはいえ、それはいつも会う旧知の人みたいに、馴染みの背表紙となっていった。格調高い名文という評価も気になっていた。そして、現代においても、米陸軍士官学校では必読書とされていると知った。ようやく読む気になった。
米軍が、将来を嘱望する士官候補生に読ませたいというなら、それは読まれるべき内容に違いないと思った。
紀元前のものとは思えない、理性的で、親しみの湧く文章である(訳文とはいえ)。そして米軍が今でも重要視する所以も理解できた。
カエサルは、戦役において、絶えず補給と奇襲に着意している。補給部隊を大事にし、それらが襲撃されぬよう、いつも護衛をつける。
また、敵が降伏し人質を差し出すというなら、無駄な戦いはせず、寛大な処置を行い、なるべく戦わずして勝とうとする。他方、許すべきではない局面においては、その対外的効果を充分に見据えて、過酷な処罰も行う。
米軍にあって日本軍になかったものが、カエサルの戦記から読み取れる。それは着実に勝利を手繰り寄せるベースともいうべき思考方法だ。
義経ばりの奇襲を重宝し、補給を軽視した日本軍は、現地人から略奪するしかなく、それがまた作戦を政軍両面から困難にさせた。
戦前の日本人は、ガリア戦記を読まなかったのだろうか。
とはいえ、合理的ともいえるカエサルの戦争でさえ、略奪と破壊は戦争とセットで、人の命は家畜並に扱われている。年代を経るに従い、戦争にも最低限のルールが課されるようになったわけだが、欧州は今も戦禍の中だ。
2000年以上経っても、人間は殺し合いをやめられていない。米軍のリアリズムはそのことも士官候補生たちに教えようとしているのかもしれない。
いつも古書店の岩波文庫コーナーで目にしてきたが、手が伸びなかった。外国の古典、興味を持って読み進められる自信がなかった。
とはいえ、それはいつも会う旧知の人みたいに、馴染みの背表紙となっていった。格調高い名文という評価も気になっていた。そして、現代においても、米陸軍士官学校では必読書とされていると知った。ようやく読む気になった。
米軍が、将来を嘱望する士官候補生に読ませたいというなら、それは読まれるべき内容に違いないと思った。
紀元前のものとは思えない、理性的で、親しみの湧く文章である(訳文とはいえ)。そして米軍が今でも重要視する所以も理解できた。
カエサルは、戦役において、絶えず補給と奇襲に着意している。補給部隊を大事にし、それらが襲撃されぬよう、いつも護衛をつける。
また、敵が降伏し人質を差し出すというなら、無駄な戦いはせず、寛大な処置を行い、なるべく戦わずして勝とうとする。他方、許すべきではない局面においては、その対外的効果を充分に見据えて、過酷な処罰も行う。
米軍にあって日本軍になかったものが、カエサルの戦記から読み取れる。それは着実に勝利を手繰り寄せるベースともいうべき思考方法だ。
義経ばりの奇襲を重宝し、補給を軽視した日本軍は、現地人から略奪するしかなく、それがまた作戦を政軍両面から困難にさせた。
戦前の日本人は、ガリア戦記を読まなかったのだろうか。
とはいえ、合理的ともいえるカエサルの戦争でさえ、略奪と破壊は戦争とセットで、人の命は家畜並に扱われている。年代を経るに従い、戦争にも最低限のルールが課されるようになったわけだが、欧州は今も戦禍の中だ。
2000年以上経っても、人間は殺し合いをやめられていない。米軍のリアリズムはそのことも士官候補生たちに教えようとしているのかもしれない。