男性であれば誰もが、小学校の低学年くらいの時期に、自分が好きだった女の子に対して、その気持ちとは裏腹に、思わず嫌がらせのようなことをしてしまった思い出があるのではないでしょうか。通学時に、後ろからからランドセルを引っ張って転ばせてしまったり、そんなバカなことをやってしまった思い出が一つや二つあるのではないでしょうか。なぜ、こんなことをやるのかというと、それはその子に注目してもらいたいからです。本当にバカなことですが、自分の気持ちをどう表現してよいか分からないので、このような屈折した行動に出てしまうのです。
今回の北朝鮮の核実験に関する宣言も、この男の子が女の子のランドセルを引っ張る行為と少し似ています。男の子の目的が女の子をいじめることではなく、その子に振り向いてほしいということであるのと同様に、北朝鮮の目的は核実験をすることではなく、そのように宣言することによって、アメリカを交渉の場に引きずり出し、金正日政権の体制保証を確約させることです (ご参考:過去の投稿「北朝鮮の核問題」)。ただ、この男の子の比喩と違うところは、今後の状況の進展の具合によっては、北朝鮮が実際に核実験を実施する可能性があるということと、また実際にやってしまった場合は、その政治的インパクトのほか、放射能汚染などの甚大な物理的被害が出る可能性があるというところです(地下核実験でも、技術的な失敗があれば周囲への放射能汚染の危険があります)。
この問題の背景には、北朝鮮政府が一貫して、武力による朝鮮半島統一の野望を捨てていないということと、それをアメリカが絶対に容認しないという、朝鮮戦争以来の両国の伝統的な確執があります。そして、いまやこの対立は、両国のメンツを超えて、両国の国益の実質に深く影響するところまで深刻化しています。
アメリカは、金正日政権の存在を、世界と地域の安全保障、国際経済・国内経済の安定、人権問題など、あらゆる観点から、もはや放置できないものとしてとらえてます。その一方で、北朝鮮(政府)は、核兵器開発、通貨偽造、覚せい剤の密輸、外国人の拉致など、政府ぐるみで違法行為に手を染めないと、どうにも体制維持が図れないところまで、経済的にも軍事的にも完全に行き詰ってしまっています。こうしたことから、両国の対立は、もはや抜き差しならないところまで来ているように思えます。
それでも、アメリカが北朝鮮との直接交渉を断り、六カ国協議での交渉にこだわる理由は、直接交渉が決裂した場合(その可能性が高いわけですが)、北朝鮮側は交渉が失敗した責任をアメリカになすり付け、さらにそれを自らの行動をエスカレートさせる口実として利用することが、最初から分かっているからだと言われています。つまり、北朝鮮政府は、米朝交渉という場を、本当の交渉の場として考えているというよりも、アメリカに一方的な要求を飲ませるか、もしくはあえて決裂に導いて、それを口実にさらに行動をエスカレートさせるための政策手段としてしか考えていないということです。このことが、アメリカが米朝協議に応じない理由の一つだと言われています。
今回の事態が、今後どのように展開していくのかということは何ともいえませんが、二つのことだけは指摘できるように思います。一つは、今回の北朝鮮の核実験に関する宣言は、アメリカを交渉に引き出すための北朝鮮特有の瀬戸際外交の一環であり、実際に核実験を実行する可能性は極めて低いということです。そして、二つ目は、それでも北朝鮮は、もう失うものはないところまで追い詰められていますから、核実験をしないよりも、核実験する方がメリットがあると判断したら、本当にやってしまうだろうということです。
しかし、北朝鮮は、今回の核実験に関する宣言を、たんなる感情の爆発などではなく、綿密な計算の上で発出したものと思われます。なぜなら、これまで継続して北朝鮮問題を協議してきた国連の安全保障理事会は、今週の2日(月)まで次期事務総長の選出で忙殺されていましたが、時差を含めたちょうど半日後の3日になって、北朝鮮がこの宣言を公表してきたからです。つまり、北朝鮮は、関係国がこの問題を集中的に協議できるように、タイミングを見計らった上で、宣言を公表したように見えるのです(同時に、事務総長選に事実上勝利した韓国政府に、冷や水をかけるという狙いもあったでしょう)。
今回に限らず、北朝鮮政府の行動パターンというのは、一見したところメチャクチャで、狂気さえも感じさせるところがありますが、核開発問題だけでなく、拉致問題などにおける行動パターンをよく見てみると、実に巧みに計算をし尽くしているところがあります。ですから、今回も国際社会は、詰め将棋のように、冷静に諸要素を計算しながら行動することが、相手を利することなく、事態を打開するために必要なのではないかと思います。