あうりのPSO日記

ファンタシースターオンラインシリーズ。昨今PSO2が主体の中、リアルな事も含めてPSO人生を語る日記です。

Rord of LONDON Ⅰ

2016-03-05 04:22:21 | Rord of LONDON
心臓に手を当てると、


エコーの音が聞こえて来る。。。


人が人で有る奇跡を考えた事が有るかい?


人生を生きている間、どのくらいの人と出会えるか考えた事が有るかい?



そう、1億人が暮らす、この日本ででさえ、


出会える人は、ほんの一握り。。。


出会えた人が、奇跡と呼べる事に、気が付いた事があるかい?







昔の事だ。。。




小さな子供が、目の不自由な父親と連れだって、地元の公会堂へ足を運んだ。




と、ある。バンドのライブを見に行った。







あこがれ?たぶん違う。








父親が聞いていたので好きになり、よくレコードを聞いていた。






まだ、カセットテープの出がけの頃の話だ。





目が不自由な父親は、耳がたよりだが、家族と同様に音楽をこよなく愛していた。



そんな父親は、レコードのプレイヤーと、



FMラジオから録音するために、オープンリールと言う再生機を使っていた。



言うなれば、カセットテープのテープ部分が巻いてあるリールが、むき出しになった大型の物である。







そんな時代なので、生録と言う文化が結構あったものだ。



小さな視聴覚室の様な部屋で幾つかの机が並んでいて、そこに個人の録音機が置いてある。



目の前で、トリオかカルテットの演奏者の演奏を生録するって感じ。








生録と、一言で言っても物凄い大変なんだ。



細かく説明してると読むのが退屈だろ?



なので、簡単に言うと、50cmX60cmX30cmぐらいの、大凡20kgぐらいの、



大人が持つのも大変な録音機を会場まで運び込まなければならいと言っておこう。





車など無いぞ!?、有るのは錆さびのリアカーだ!!





ふっ、この話を話だすと長くなるのと、精神的に苦痛になるのでこの辺までだ。



まだカセットテープレコーダーが高級品であるのと、



オープンリールに比べて、まだ音質が悪かった時代。









生録出来る訳ではないが、



父親が好きなロックのバンドが地元に来るっていうんで、



自分も見たかったし聞きたかった。



こんな片田舎に来る、アメリカのアーティストって。。。







そう、ザ・ベンチャーズ と、言う、ロックンロールのインストゥルメンタルバンド。








初めて、生で見た大物のバンド、知ってるアーティストだった。



レコードでしか聞いた事なかったし、情報と言えるほどの物はろくに無くラジオぐらいであった。





そんなバンドが演奏中に、ドラマーのおっさんが、ベーシストの処へ駆け寄って、



ドラムのスティックで、ベースの弦を弾きだすではないか!?



ベーシストはそのまま、フレットを忙しく指でさす、ドラマーはスティックで弦を細かく叩く。。。



二人が一体一になって、演奏し曲を奏でていたのだ!










。。。子供の脳ミソからアドレナリンが初めて出た瞬間だったと思う。










それを、人は感動と言う。。。









感動!?









そんな生やさしいものじゃぁないな。




子供が見たものが、如何に物凄い物であったか。。。




人生を生きる、一つの目標が決定した瞬間だったんだよ。







何が言いたいかって言うと、



Liveを見なきゃ分からんものが有るって事だ。



これだけ情報が錯走し、出かけなくとも何でも知ることが出きても、



その場の雰囲気と言うものは、行った者のみが知る、体で感じる生き物のような体現だろう。









同時に、開演前に近くの人が大きなカセットプレイヤーを持って意気揚々としていたのも記憶にある。



ちょっと羨ましかったな。あの場面の音がもう一度聴けるんだろうしと。。。



今思えば、この時代にそんな事は許されるものではないが、



まだまだ、いろんな意味で自由差があったように思う。








高2の文化祭に同級生らと、メタルの原点で有るハードロックを歌ったのが始まりで、




どれくらい真剣にやっていただろうか?




その時は真剣にやっていたのかも?しれない。。。




各種のコンテストで良い感じには選ばれていた。




おごりがあったのは確か、そして何より肝心の努力の仕方が分からなかった。












。。。何時からか、












俺は、











自分が求める目標を、見失ってしまった。













努力することを忘れ












安易な道を、ただ、さ迷っていただけだ。。。







なまじ、もうダメだ!って言う挫折を味わっていないから、




努力する事が、どこにあったのか分からないでいた愚か者なのだよ。








もし、もう一度、人生をやり直せるのなら、はっきりと前を見据えて努力したい。



かなわぬ思いを吐き捨てても、どうにも成らないことは分かっているけど、



この歳になっても、まだ何か出来るんじゃないかって思う事がたまにあるからだ。








くわえたタバコから出る煙のような、不確かなものだが。。。











見てやろうじゃないか。




まだ10代の若い女の子達と、それを支える神バンド、KOBAMETALそのチーム全体を。



かつて俺が夢見た、日本の日本人としての世界のバンドの実力を。








だが、俺の様な者がロンドンへ行くのは、幾つものハードルが有る。




渡英への資金と、休暇の習得だ!!w



まぁ、それと、今やかなり年取った目が不自由な父親と、



体が不自由な母親の事がきにかかる。



他の家族に話してあるので、何とかはなったが不安ではある。




資金は、まぁなんとか、ささやかな貯金が足りるだろう。



問題は、新婚旅行でも行く訳でもないのに、長期の休暇が取れるかって話だ!



ましてや、アイドルとしか取られようのないBABYMETALの公演に行くだと~、ぉぃ、バカカオマエ



い、いくら話の分かる上司と言えども、コレハ、キツイ、ゼッタイ!








JTBツアーの日程は、こうだ。


4月1日(金)、日本出発→ロンドンへ

4月2日(土)、ロンドン・ウェンブリー開演。

4月3日(日)、自由時間、各種オプションの観光ツアー

4月4日(月)、ロンドン出発→日本への帰国。




弾丸ツアーほどじゃないが、かなりの強行スケジュールではある。



おまけに北陸の田舎から、東京へ行かねばならないし、帰ってこねばならない。



もはや、年老いたこの身では、コレモ、キツイ、ゼッタイ!







まっ、正直ダメだわ、これ。






思ったが、





諦め切れない。





そんな葛藤が、1か月ほど続いた。。。











友人の背中を何度も押して来たが、何時も自分の背中を押せなかった。











イギリスのバンドでDEEP PURPLEってのが有るんだが、



ハードロックファンでなくとも、名前ぐらいは知っていよう。


あるシングル曲のB面の曲なんだが「When a Blind Man Cries」って曲がある。


ハードロックと言えば、やかましい音楽である。が、


案外知られていないのだが、この曲は、静かなバラードである。。。


邦題は確か「ブラインド・マン」とだけに、なっていたと思う。


子供の頃は、父親が目が不自由だったので、ブラインドマンと位置付けた事もあったが、






何を言おうか、俺の様な盲目的に生きている者の事だったのだ。






現実? 虚ろの様な現実とは言えない不確かな世界であがくことばかりな人生。



生かされていると言うのではなく「生きている」と、何が言えるんだい!?







葛藤と、もはや後ろ向きな答えばかりになった俺は、



暗黒な深淵へと踏み込んでいた。。。


In The Dark and ABIS、





探し求めていた答えは、何処にも無い。



見えるものと言えば、たまにチラチラ光る、もやの様な、そうでないような訳のわからない物だけ。。。









どれだけの時間が経ったのだろうか?















「悩む」と言う事がチープに感じるほど考えた。。。














。。。コツン、ある瞬間、BABYMETALの曲を聴いている時に気が付いた。



俺は、小さな事に拘って、本来の目的を「また」見過ごすところだった。







A Light In The Black


暗闇に照らしだす光を見たんだ。







ずっと見えていたのに、ずっと側にいてくれたのに、





俺は気がつかないでいた。。。いや、気が付かないフリをしていたのかもしれない。







俺はやっと、上司に話す事が出来た。










Rord to LONDON Ⅱ へ、つづく。。。


See,You!!










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