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インドと中国

2007-08-26 20:26:51 | 歴史諸随想
 インドと中国は共に経済成長が著しく、古代四代文明発祥の国でもある。長い歴史、広大な領土と厖大な人口を持つ大国というところも同じ。そのため共通する面も多いが、文化面では相違点が目立つようだ。この2つの大国を比較するのも一興だと思う。

 まず、この両国で決定的に異なるのは政治体制だ。十億の人口と様々な宗教を抱えつつ、曲がりなりにも民主主義制度をとるインドに対し、未だ選挙制度も言論、思想の自由なき共産主義国家の中国。後者が共産主義体制ゆえ毛沢東や周恩来批判などもっての外だが、独立の父M.ガンディーさえも批判や揶揄の対象となる前者。一応インドも1950年代にガンディーへの侮辱を禁じる法を制定したが、我国の賭博禁止法の如くこれほど拘束力のない法もない。数年くらい前だったか、M.ガンディーは実は英国人女性とプラトニックながらも恋愛関係にあった、という極めて眉唾な本が出版されている。ガンディー主義者からはかなりひんしゅくを買ったが、その類の本を出せるのは面白い。選挙制度のあるトルコでも初代大統領ケマル・パシャへの侮辱はご法度であり、公の場での批判は監獄送りとなる可能性もある。

 インドも多民族、多宗教国家で、現代に至るまで民族、宗教紛争の火種は絶えない。加えて独特のカースト制度、貧富、地域格差、夥しい文盲率…このような問題を抱える大抵の国なら、共産主義を国家原理にしても不思議はない。しかし、独立後のインドは社会主義路線を取るも、共産主義国家にはならなかった。共産主義者がいない訳ではなかったが、宗教が密接に民衆に根付いているためか、あまり共産主義は支持されなかったのだ。他の国同様インド共産党も武装革命路線に走ったゆえ、ついにJ.ネルーにより非合法化される。

 中国もインドも様々な王朝が興り、常に異民族が侵入した歴史を持つ。ただ、中国の諸王朝はインドに比べかなり中央集権が際立つ。儒教を国家原理にし、科挙のような官僚登用試験を続けていたのであれば、儒教的価値、思想観で統一されるのも当然だろう。
 一方、インドの王朝はインド亜大陸を統一した王朝はあまりない。南端部を除き初めて亜大陸全域を統一したマウリヤ朝も統一国家として長続きせず、グプタ朝も中央集権国家とは到底言えない。四大文明の中で最も研究が遅れているインダス文明も、強大な王権により成立・繁栄したのではないことは確かなようだ。

 インド社会の複雑はよく「多様の中の統一」という評で語られる。あれだけ内情が多様でありながら統一を保っている最大の原因はやはり宗教。いかに政教分離が定められていても、社会のあらゆるところに宗教が介入する。ヒンドゥー教ほど定義できない宗教も珍しく、儒教と対照的に画一、統一に程遠い。
 よく中共の強権体制を、人口が多すぎる、国土が広い、教育水準が低い等と擁護する者がいる。だが、インドも同じ状況に変わりなく、さらに民族、宗教問題もある。にも係らず選挙制や言論、思想の自由が何とか保障されているのは何故だろう。

 家父長社会、男尊女卑という点ではインド、中国ともに共通している。1月の「賛中侮印、報道」でも書いたが、跡継ぎに男児を望むため女児を中絶する傾向があり、男女比が崩れてきている。ただ、首相も出したほど日本よりインドでの女性の政界進出は進んでおり、先月は女性の大統領が誕生した。また儒教圏と違い、インドが女性の統治者を輩出したのは一昨年11月の「女性君主」でも触れた。

 “地大物博”とばかり領土の広さを誇るのも印中両国民同じ。ただ、古来から様々な異民族を受け入れたインドに対し、後者が許可したのは唐の時代くらいではないか。現代でも移民を出しながらも難民も受け入れるインドと、密入国は厳しく取り締まりつつ他国には夥しい不法移民を出し続ける中国。ちなみに唐時代に来華した諸民族で、割合早く現地に同化してしまったのはインド系の移住者だった。

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8 コメント

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嫌○家 (Mars)
2007-08-27 21:34:59
こんばんは、mugiさん。

本当に、私も非民主的な中国は、真の友とはなえりえない国家だと思います。
また、印度の核を批判するもの者もいますが、中朝露を同様に批判する者は少ないですね。
そして、これらの核の内、どの核が日本を射程に入れているか。その点だけでも、答えは明白のように思えます。

また、領土・資源・エネルギーの問題にしてもそうですね。ジャイアン的な要求を繰り返す中国を、真に信頼し、友ともなりえませんが。
シー・レーンの確保という面からしても、印度・台湾は重要でしょうし、法整備も必要でしょうけど。
(それでも、お花畑の方も少なくないでしょうけど。)

大本営発表を批判している、この新聞社は、未だに、大本営発表を繰り返しているのではないでしょうか。
また、時の指導者達は、国民を誤った方向に導き、危急存亡の危機にした罪は重いでしょう。
しかし、彼らの多くは、その命で罪を贖ってうるのに、政府と同様、国政を誤らした責任を反省せず、今現在も混乱をもたらそうとしている、とすら思えてくるの腹立たしい者ですが。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1022007.html

多くの英霊、犠牲者の上で、私達は生きている。
決して、忘れたくないものですね。
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「中国」なんて…… (のらくろ)
2007-08-28 01:58:58
自らその名前を否定してますよ。対白人国という観点からは。

かの国の英語表記はPeople's republic of Chinaです。

さて、Chinaって何でしょう。

例えば、ヴェトナム、ラオス、カンボジアのあるあたりの事を、英語ではIndo-Chinaといいます。日本語表記はご存知のとおり、「インドシナ」です。

つまり、英語表記(多分フランス語、ドイツ語、ロシア語でも)では、自らの国名を「支那」と認めているのです。

「中華」なんて言葉は周辺漢字文化圏だけに通じることであって、世界の圧倒的多数の国々に対しては「支那」だと自らのことを認識させているのです。

ですから、わが国もかの国について、これからは正式名称「支那人民共和国」、通称「支那」で行きましょう。

え、かの国は怒りたてる?

ならこういいましょう。「英語、フランス語等の表記も中華人民共和国として残りのP4に認めさせよ。話はそれからだ」。しかしこんなの残りのP4が認めるわけはありません。P4にしてみれば「中」だって受け容れ難いのに、さらに「華」が付きますからね。かなり忠実に英訳するとこんなになります。

The central people's republic over all of the
world

こんな表記をアメリカ合衆国大統領や、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国総理大臣として受容できますか?
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中国の中央集権 (motton)
2007-08-28 13:28:18
『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド)では、中国がインドやヨーロッパと異なり統一国家が続いたのは、険しい山河に乏しかったことが大きな要因と説明していました。正しいのではと思っています。
もっとも長江を挟んで南北に分裂した状態もかなりあるのですが。(三国~南北朝、五代、金元・南宋)

また中央集権体制(皇帝独裁体制)が強化されたのは、秦・隋唐・元明清で、明を除いて北方に起源を持つ王朝であることも重要かもしれません。(そういえば共産主義も北から来ましたね。)
やはり、放牧・狩猟民族は独裁制に農耕民族は合議制になりやすいこということでしょうか。

ただ、中国史のターニングポイントは宋だと思います。
宋も突厥系軍閥に起源を持つ王朝ですが、殺伐とした五代を終了させ、文治主義に移行しました。「言論を理由に官僚を殺さず」という、中国史上唯一ともいえる言論の自由があった時代で、暴虐な皇帝も出さなかった時代ですが、悲しいかな軍事大国の遼・金・元の勃興により滅び、その反動が朱子学を遺してしまいました。
宋が滅亡せず(または同じ様な政治体制の後継王朝になり)、それゆえ朱子学も出てこなければ、東アジアの近代は全く変わっていたのかもしれません。
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コメント、ありがとうございます (mugi)
2007-08-28 22:19:49
>こんばんは、Marsさん。
「英国以外は皆敵だ」と言ったのは確かチャーチルでしたが、大国、小国問わず国家間に友情など存在しないのが鉄則です。
個人間なら友情は存在しますが、どの国家でも“真の友”はありえないでしょう。

印度の核を批判する反核団体も中朝露を同様に批判するなら、真の平和主義者ですが、そんな者はいるのでしょうか?先日作家の小田実氏が亡くなりましたが、「ベ平連」がKGBから資金的・物理的援助を受けていたことがWikipediaにも記載されてます。小田氏追悼一辺倒の河北新報にはこんな事は載せない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E5%B9%B3%E9%80%A3

多くのコメントにも見かけますが、「朝日新聞にとって中国の重要性、インドの比ではない」でしょ。河北など社説でも無視してますよ。出来るだけインドは記事にしたくないとあからさまな意図が見えます。


>のらくろさん
「People's republic of~」って、笑えますね。ブラックジョークの最たるものです。
北朝鮮の正式名も「朝鮮民主主義人民共和国」でしたが、自称にしてもたちの悪い冗談に過ぎません。少し前まで日本のニュースは馬鹿丁寧に「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」と言ってましたね。

初の統一王朝の秦が「支那」の語源になったとされてます。中世イランでもかの国を「チーン」「チーナ」と呼んでいました。
日本の場合、明治以前は「唐」と言ってましたから、これなら角が立たないかも。かの国は日本を倭、現代は小日本と表記してますから、「死那」とも書きたくなりますが。

東アジア、中近東などという分類も西欧中心の表記であり、“中華”と本質は同じです。
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中東の中央集権 (mugi)
2007-08-28 22:28:38
>mottonさん
私も何年か前、『銃・病原菌・鉄』を読みました。
確か「中国人はいかにして“中国人”となったか」という章で、中国の歴史が論評されていたはずです。
人間は環境の生き物なので、国家も地理的条件に大きく影響されます。しかし、複雑な地形を持つ中東もアッシリア、ペルシア、サラセン、トルコのような中央集権帝国を相次いで成立させていますね。遊牧社会なので、こちらも独裁制になりがちで、地形ゆえに中国ほど中央集権は進まず、中央政府の力が弱まるや、早々地方王朝が独立する、というパターン。

インドの場合、クシャーン朝など異民族征服王朝だし、元々アーリア人も亜大陸に侵攻、定住した騎馬民族でした。ただ、中国の殆どの北方民族同様、インドに侵攻した異民族も現地に同化して“インド人”になりました。
こちらのターニングポイントは中世の相次ぐトルコ系ムスリムの侵略。ムガル朝を除いて大半は侵略、掠奪して、融和しませんでした。現代なお続くヒンドゥーとイスラムの対立は、この時に遡ります。
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国名 (motton)
2007-08-29 14:20:06
満州やチベットと区別すべき地域名は「支那(シナ)」、国名は外交儀礼として「中国」でいいかと。中国でも公式には「日本」も「天皇」も使っていますしね。
(古代から中国は、文字のない民族には酷い字をあてるのですが、他国が自ら名乗った場合は受け入れる度量のあるところがあります。)

日本は、ほぼ全世界で、自ら名乗った現在の国名である「日本」由来の言葉でよんでもらえるので幸運なのかもしれません。

ところで、「華」の字ですが、以前『「華」は「花」より左右対称だから良い』と聞いたことがあります。でも簡体字では「化」の下に「十」のような字体なんですよね。どう見ても、かっこ悪い。

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Re:国名 (mugi)
2007-08-29 21:40:13
>mottonさん
アラビアンナイトなどの中世のイラスムの文献では日本を「ワクワク」と表現していますが、これは倭国が訛ったものでしょう。もちろん今時イスラム圏で「ワクワク」と日本を言う者などいないと思いますが。

中国は文字がある文明国でも酷い字をあてる場合もありますよ。インドを身毒と表現したこともあるし、唐に亡命したサーサーン朝ペルシアの皇子ペーローズを卑路(“ズ”に当たる漢字は失念)などと書いてました。やはり中華なのか、と。
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Re:国名 (motton)
2007-08-30 12:15:59
ちょっと誤解されてしまいましたね。
漢字で名乗った場合です。漢字で名乗る=中華圏の一部であるという認識なんでしょうけれど。
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