農大現代視覚文化研究会

「げんしけん」の荻上と「もやしもん」のオリゼーを探求するブログ

「五年生」をさらに読み解く

2006年05月29日 01時39分55秒 | げんしけん以前
「五年生」実に恐ろしい話である。

この物語は、登場人物の心理を読者が推測し、その推測した心理がぴったり噛み合った瞬間の恐ろしさを体験するマンガであると言える。根底に流れるキーワードは「罪悪感」。木尾士目は全ての登場人物に「罪悪感」を植え付け、最後に癒す人、壊す人をきっちり分けている。いや、全ての登場人物と言ったが、主要キャラで罪悪感を植えつけられていない人が1人だけいる。吉村さんである。彼女はきままな自我であり、混沌(エス)を産み出す原因であるアキオに罰を与える超自我として存在するので、超自我に罰を与えられる存在はいないのである。精神分析用語を使うとわけわかんないので、以後使いません。

1巻から順に見ていこう。と思って1巻をざっと見たんだが、第1話と第2話の絵が違いすぎると思った。木尾士目の絵の感じ……うまく言えないんだが……「陽炎日記」&「四年生」時代の絵と、「五年生」の絵の境が、「五年生」の第1話と第2話の間にあるのは偶然か意図したものなのか。特に芳乃さんの顔に顕著なように思えるのだが。邪推すれば、芳乃さんの卒業を期に世界観が一変したのを意図しているのかもしらんが、単なる偶然という事にしておこう。

やっぱり「四年生」から入るか。芳乃さんの疑念は、自分が「さげまん」なんじゃないかという事。もちろん漠然とした疑念ではなく、男の扱いが下手なのではないかという事、もっと具体的に書くと、自分と付き合った男がダメになってしまう事を恐れている。過去の2人(84ページ)はダメになってしまったし、アキオも1年の時は成績が良かった筈なのに……とは言え、芳乃さんとアキオが付き合い始めたのは実は3年次の8月からなので(五年生3巻で判明、「四年生」時点では未定)あまり関係は無く、ダメ男くさかったアキオの就職も決まって、アキオの両親との面会もうまくいって、二人が添い遂げるところを想像してめでたしめでたし……というのが「四年生」。

んで「五年生」1巻。順風満帆だったアキオが(自分のドジで)留年。さらに芳乃さんの元カレの河合くんも退学していた事が判明。芳乃さんの自分に対する疑念が募る所にアキオの冗談にならない一言。芳乃さんは泣く。アキオは驚く。ここまでが2話。3話ではアキオの疑念を芳乃さんが先に述べつつ、「少しは防げる……?」と自分から述べてアキオがちょっと感動している。そのままみかんになだれ込む。3話終了。

4話から5年生開始。新キャラ3人登場。ムチムチ吉村さん。野郎鳩山。まだ名前の出ない本田さん。オナニー話は余談かね。木尾士目の意見陳述って所か。倉橋さんも当て馬。一人称がころころ変わる同士、倉橋さんを見るのは同類嫌悪なすっとこさんですよ? 多分俺あんなんだし。自分の頭のよさが自信につながってるとあんなんなるのかねぇ。1巻終了。

2巻。アキオの学生っぷりと、芳乃さんの社会人っぷりのギャップをお互いに確認。アキオが自分勝手で、それによって生じるひずみを芳乃さんが吸収している、という言い方はどうかなぁ。あと、やっぱり男はいつでもみかんしたい。女はみかんしたい時としたくない時がある、ってギャップはでかいんだよね。遠距離恋愛で、男はみかんする時のために準備をできるけど、女は生理(すまん)の関係で、みかんしたい時としたくない時がある、なんて普通の男は知りません。すっとこさんも「五年生」5巻で初めて知りました。彼氏のいる女性は彼氏にはっきりと言って、この事実を普及せしめるべきです。頼むよホント。お互いのために。

芳乃妹&家族登場。親父さんが帰ってきた時、芳乃さんが母親&妹をみて何を思ったのかは不明。アキオとの結婚の可能性かね。妹をアキオに見立てての、アキオ両親との面会の思い出か。裕介&有賀さん再登場おめ。裕介に遠距離恋愛の感想を述べる。木尾士目の実感?「家族」についても木尾士目の実感かねぇ。しかしこの「家族」ってのがやっかいな共同体だって最近気づいて、って「五年生」でも家族ってのはあまり重要なテーゼじゃないから置いておこう。一言だけ書いておくと、この世にごまんと種類があり、1つ1つ全く違うのに、「家族」という同じ言葉でくくられるのは良くない。しかも「世間」とは異なる価値観があり、世間に順応できる個人を作る家族ならいいんだけど、順応できないといろいろ悲惨だよー? という話。「四年生」のアキオの家族がそんな感じかね。知らんけど。とりあえずここまではアキオも芳乃さんも、環境の変化に応じて関係を微妙に変化させるも、互いの気持ちにほぼ変化は無いわけだ。第8話終了。

後輩編の開始。いきなり持ち込まれる混沌。アキオに焦点を絞ると、一目惚れというものが実在し、自分がその対象になるという事を認識するのがヤバイ。芳乃さんとの、なんか煮え切らない恋愛より、いわゆる「運命の出会い」的な方が「本当の恋愛」であるという誤解だな。すっとこさんや岸田秀の考えだと、いわゆる「運命の出会い」「一目惚れ」というのは、抑圧した過去の記憶の反復に過ぎない、と。過去の失敗した記憶の賠償を心が求めているだけであるとゆーこった。本田さんの場合は、アキオに一目惚れをした原因は明らかにされていないが、後々の芳乃さんの場合は「五年生」のメインテーマとも言える。

アキオが言う通り、「よく知りもしない相手をんな簡単に好きになれんのか」だが、つまるところ過去の抑圧された記憶と、何らかの共通点があれば、一目惚れは発動してしまうのである。これは無意識の問題なので、そのメカニズムは普通の人には理解できないだろう。よっぽど自分の心を見つめる訓練をしないと無理だろうねぇ。性欲との直結はわかりやすいね。笹ヤンは抑圧と性欲の複合っぽいんだけど、それはまたそのうちの話。この「一目惚れ」がやっかいなのは、このようにメカニズムを知ってても余裕で発動してしまう所なんですよ。そうなるともう自律神経失調症並の苦痛に襲われて苦しい苦しい。これを無理やり抑圧すると、さらに抑圧がひどくなるので、とっとと告白して自爆した方が楽です。万一うまく行ったらめっけもんですが、たいていうまく行かないのは「初恋はうまくいかない」という言葉の伝える通りです。ああ。

んでもまぁ、抑圧した記憶が発動しても本人に責任は無いんですがねぇ。んでも発動した故に行動した結果には責任を負わないといけないのがつらいとこ。本田さんは鳩村に一目惚れ、鳩村は本田さんに一目惚れ、しかし、吉村さんが鳩村を好きなのは……5巻を読むと、やっぱりそうなんだろうなぁ。吉村さんの恐ろしい所は、自分の受けたダメージを、他の3人にもきっちり返して帳尻を合わせてしまった所にある。みんなが自分勝手をするならば、それに辻褄を合わせる人間が必要だという事か。このへんは後述。
4人それぞれが、他の3人の事をどう思っているかが、この部分の面白い所なんだが、説明すると長くなりそう……とりあえず108ページの吉村さんの説明は重要。この関係の根本の原因は、本田さんがアキオと鳩村を両天秤にかけた所にある事に気づいているのか。

男女関係におけるみかんの効用なんか、男女関係そのものの解説をしないといかんので、この場じゃ無理っす。吉村さんの呪いは、元ネタは京極夏彦の「姑獲鳥の夏」かね。11話終わり。ここまでが「五年生」の準備段階に当たる。伏線の仕込みが全部終わったわけね。そして、芳乃さんの一目惚れをきっかけに、張り詰めた伏線が動き始めるわけだ。それに関しては次回以降で。

一点だけ忘れないように書いておくと、芳乃さんとオギーはやはり同一人物である。ポイントは「五年生」5巻142ページ2コマ目と、「げんしけん」6巻86ページ5コマ目。話し始める前に喉の調子を整えるという共通点がある。ここまで露骨に描かれるとねぇ。それが木尾士目なのかどうかはわからないけど。

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